推しの為に死ぬ話。 作:ざるそば
「あ、初めまして……。ヴァン・カーハインです」
「……ふぅん、貴方が彼の。確かに、噂で聞いていたのは大分と違うわね」
西の森。最初こそ日差しが差していたが、少しずつ足を踏み入れていけば鬱蒼と生い茂った迷宮の樹海へ変貌した。けれど怯まず、迷う事無くその奥深くを目指し辿り着いたのは、一つの館。
待っていたのは黒いフードを被った女性。神秘的な雰囲気を漂わせており、その真意は伺えない。
初対面で敵意は感じない人は、久々だと思ってしまった。
「まずは剣を見せて頂戴。彼が、命を燃やし尽くして打った刃。それを証明とするわ」
「はい」
鞘に納めた剣を、そのまま手渡す。道中では絶対にしなかった行動。途中で出会った行商人に剣を見せてくれと言われても、俺は決して手放さなかった。
それが何を意味するかなんて、言うまでも無かったから。
でも目の前の人は違う。今日からお世話になるのだから、信頼し信用を預けなければならない。
唯一の武器を容易く渡したことに、彼女は不思議そうに微笑んだ。
「不用心ね、私が貴方に攻撃したらどうするつもりだったのかしら」
「死んでたでしょうね。今の俺じゃ、どう足掻いても貴方相手に生き残るなんて出来ませんから」
「あら、現実をしっかり見ているのね。……まあ紹介なんだし、まずは貴方自身を見極めさせてもらうわ。
貴方に魔術の修行をつけるように頼まれているの。けれど容赦はしないからそのつもりで」
フードが外れる。
宝石のように透き通った赤い瞳、後ろで長い銀色の髪を一本で纏めた妖艶の雰囲気の女性。ああ、確かにこれは一目見て魔女だと思ってしまう。
そんな事言ったら殴られるぞ、とあの人――師匠の言葉を思い出して喉まで出かけた言葉を飲み込む。
初対面で悪い印象を持たれたら殺されてもおかしくないぞ、俺。
「私はマギラ。魔導に身を落とし、この世の道を外れたモノ。かつての人は私を魔女と呼び、今では伝承、御伽話に成り果てた存在。そもそも人に会う事すら久しぶりだもの。――良い暇潰しになって頂戴ね」
マギラさんは、ぺろりと唇を妖しく舐めた。
彼女が指を立てると、その先から小さな炎が灯される。
――これが、俺と彼女の初めての出会いだった。
マギラ――確か本編には出てこなかったような気がする。けれど、魔女と呼ばれる存在でありゲーム中では、彼女の事を匂わせる文章が度々出ていた。
さすがにテンション上がると言うよりは、とんでもねぇ人に出会ってしまった気持ちの方が強かったのである。
彼女の館で魔法を学ぶ日々が始まった。
まずは俺自身の魔力を増やす所。次に魔術・魔法とは何か。
「まず貴方の魔力なんだけど……ぶっちゃけヘボねヘボ」
「ヘボっすか……」
「まずは意識して練り上げなさい。はい、繰り返す。無いよりあった方がマシでしょ」
「いや、どうすれば」
彼女は俗にいう天才であり、神域に辿り着いた存在である事は分かった。
魔術に関して分からない事を尋ねれば、すんなりと腑に落ちる回答が返ってくる。
館にある書物を読めば、魔術魔導に関して不明瞭な事は何一つないだろう。
そんな日々が続いたある日、彼女は修行中にふと思い出したかのように尋ねてきた。
「そういえば、貴方の目的について知らないままね。彼が私を頼れ、なんて初めての事だもの。
それもわざわざ家を飛び出してまで、相応の事情があるのよね?」
「魔王軍幹部、ウェルナスを単身で倒す事です」
俺の言葉に、彼女は表情を凍り付かせる。
それもその筈。素人がいきなり、人類未踏の山へ登ろうとするようなものだ。
僅かな沈黙の後に、再び彼女は言葉を紡いだ。
「……何故、その結論に至ったのかしら。」
「そうしないと、大切な人が死ぬのを夢で見たからです」
「……夢、夢ね。余程の悪夢だったのでしょうね。その後の人生の事を全て擲ってしまう程に」
「はい」
後は何よりも、あの人に背中を押してもらったから。笑う事もせず諦めろとも言わず、ただ追いかけろと。
その言葉を、信頼を、無かった事になんてしたくなかったから。
「――」
その瞳は何を考えているのか読み取れない。
だけど、決して軽視されている訳じゃないと言う事だけは分かった。
「まあ、がんばりなさいな。もしかしたら、何かが芽吹く事もあるでしょう」
魔術の教練――と言うよりは魔力を利用した戦い方の講義はますます密度を増していく。
マギラが作った魔道人形と戦いながら、少しずつ少しずつ理解を深めていく。
まあ時折、本人が出てくる時もあったけど。
「さあ、次は回避よ。私が全力で放つから、全力で避けなさい」
「え、待って。それ死ぬんじゃ」
「貴方が本気なら死なないから大丈夫よ」
「人任せが過ぎるっ!」
天才には天才の考えがあって、俺のような人物には理解できないのだと、本能から思い知った。
だから彼女がいつか起こす気まぐれだって、きっと彼女には当たり前の事なのだろう。
風はいつだって自由に吹く物だ。
「今日は出かけましょうか」
「はい?」
「年頃の子なんですもの、たまには外でも見てみないと勿体ないでしょ?」
一体どうやって、と言う前に気が付けば景色は変わっていて。どこかの街の路地裏に立っていた。
彼女にとって転移は指先一つで終わる物らしい。
彼女に招かれるように大通りへ出ると、思わず声が漏れてしまう。
「――」
行き交う人々。荷を首にぶら下げた竜に乗って、空を駆ける者。牛のような見た目の魔物に荷車を引かせる者。
鮮やかな街の景色に言葉を失ってしまう。
こんな光景をしばらく見ていなかったから、忘れてしまっていた。
この世界は確かに生きているのだと。
「さあ回りましょうか。そして行きつく先は討伐ギルドよ」
「討伐ですか」
「ええ、人々を困らせてる厄介な魔物。それを討伐する組織があるのよ。勿論これも修行の一環。
世界を見るだけではなく、様々な魔物や人物にも触れてきなさい」
「……ちなみに俺一人ですか?」
「当たり前でしょ、修行よ修行」
そんな言葉を交わしながら、ギルドへ向かう。
契約書を書いて、登録して。何とそのまま外へ連れ出されて、戦う事になったのは狼の魔物の群れ。
後方から眺める彼女を尻目に、俺は一人で戦う羽目となった。
めちゃくちゃキツかったけど、何とか勝てたのは運が良かったのだろう。
「疲れたぁ……」
館に帰ってきて、ベッドの上に体を伸ばす。マギラが掃除してくれたおかげかいい匂いがして、ちょっとだけ心が安らいだ。
彼女の気まぐれで街へ跳んでは、依頼を受け。修行の一環として魔物を倒す。そんな日々の繰り返し。
溜まったお金は俺の自由にしていいとの事だったから、それで少しの観光も出来た。――そのどれもが強く記憶に焼き付いている。
目を閉じるだけで瞼の裏に光景が蘇ってくる。かつて俺が知らなかった世界の景色。
視界の彼方まで広がる砂漠と所々にあるオアシス。そこでは魚釣りを現地の子どもと行い、交流を深めた。最終的には古代の化石とも言われる幻の魚を釣り上げて大騒ぎとなった。
まるで海であるかと錯覚してしまう程の巨大な砂海。そこでは人の世を離れ、静かに過ごす者達と言葉を交わした。最初は敵対されたが、こちらに害が無い事を証明して何とか乗り切った。別れ際に貰った一輪の花は、砂海の環境であり彼らの技術が無ければ決して咲かない大切な宝物だった。
植物が巨大化し一種の建物と言わんばかりに広がった大樹林。そこを通る商人達を護衛した際に幾度となく商隊を襲ってきた魔物と戦い大激戦の末に討伐。その後彼らから深く感謝され、もてなしを受けた。
空に届くのではないかと錯覚してしまう程の山々。かつては古代の神々がそこに住を構えていたと言う。珍しく乗り気になった彼女とそこで調査を行い、根城としていた盗賊達を捕獲し、全滅させた。遺跡の保護に努めていた協会と何故か彼女から感謝を受けた。
大昔、魔族との戦いで崩壊した王国。その廃墟にあるとされる秘宝の調査。中は魔物の大軍であり、これらを殲滅。秘宝は、かつて滅びた国の王女が鍵をかけて大切にしまっていたもの。王国での日々を日記として書いたものだった。さすがにこれは持ち帰れる気にならず、そっと元あった場所に戻した。その後彼女が改めて訪れたが、置いてあったはずの日記はなく外部から侵入した形跡も無かったと言う。
街から街へ跳ぶ飛行船。そこを襲う魔物の撃破。搭乗した飛行船の甲板で、居合わせた戦士と共に討伐に挑んだ。終わった後、船内で戦った者達とお互いを讃え合った。
「……」
その思い出があり過ぎて、言葉に出来ない感情が零れてしまう。
死にたくない、生きていたい。
――彼女を見捨てて、この世界で生きてみてもいいんじゃないかと思ってしまう。だって、相手は最強の存在なんだぞ。
数百年かけて最強であり続けた者。俺みたいなただの凡才では、比較にならない。戦うとしても余りにも多くの物を犠牲として捧げ、さらに多くの時間を費やさねば抗う事すら出来ない。
酷い夢物語だ。子どもでももうちょっとマシな内容を考える。
「……」
だけど、それでも。その夢を信じてくれた人がいたから。
俺の夢を笑わず、背中を押してくれて。命を賭けてくれた人がいたから。
そして何より、この世界をもっと彼女に知って欲しいと思ったから。
「師匠……」
鞘込めの剣を翳す。俺にとっての相棒であり大切な旅の証。
俺は、戦います。貴方の背中を追いかける――と言う理由だけじゃなくて。貴方が信じた俺の為に、戦います。
夜の山は言うまでも無いがとても暗い。灯がなければ、方向を誤り夜明けまで延々と彷徨い続けるだろう。
故に人の手は届かず。古代からあり続けた自然の光景がまだ残っている。
微かな光を漂わせながら、宙を舞う蛍などはその最たる物だろう。
「おおー……!」
「いい光景でしょ。この時期になるとみられるのよ。この子たちは人の気配が苦手だから」
「俺とマギラさんはいいんですか?」
「魔術で気配を誤魔化しているの。私でなければ無理ね。彼らは繊細なの」
その光景は私にとって見慣れたものであれど、やはり彼にとっては目を輝かせる程に美しいものだったらしい。
ヴァン・カーハイン――あの人の言葉で弟子として受け入れる事にした少年。最初こそ何の変哲も無いただの子どもだったけれど、年不相応な程理解が早く、精神は成熟しきっていた。
彼には内緒のままだが、魔術で紐解けばその理由も分かっていく。
外の世界、此処ならざる場所から魂が迷い込んだ存在。突如として別人の運命を背負わされ、不条理な環境に陥れられた。
文句を言って泣き言も吐き捨てていい筈なのに、彼はそれらを全部押し殺して今日まで生きてきた。
――それが余りにも理不尽だと感じてしまって。そんな残酷なままの記憶ばかりにしたくなかったから。彼を外に連れ出した。
様々なモノを見て、数多の大地をその足で踏み締めて、世界中を彼と共に回った。
その時の彼は無垢な子どものように目を輝かせていたのを、今でも覚えている。
「……」
でもそれは、死ぬ未来を受け入れた者にしては残酷なほどに無垢だったから。
決して言葉にするまいと決めていたのに、思わず告げてしまった。
「ねぇ、ここで暮らさない?」
「……はい?」
それが何を意味するのか、なんて私も彼も分かっている。
彼の意志を何もかも無視した我儘な発言だと。けれど、それでも彼にはこれ以上傷ついて欲しくないと思ってしまうのだ。
「貴方はよく頑張ってるわ。たまに泣き言を零すし、悲鳴も上げてるけれど。それでも手を抜かず、逃げ出さない。
魔術の才こそ無いけれど、それでも前を向き続けている」
本当の所、魔術を教えるつもりなんて元から無かった。――彼の遺言があったから引き受けただけで、それが無ければ追い返していた。
自らの行いで追い出された貴族の息子なんて私が一番嫌っていた人種だったから。勿論そう思っていたのは最初だけ。彼の秘密を知ってからは寧ろ真逆だった。普通の幸せを普通に享受するべき人間だと思った。
だから自分でも理不尽な事ばかりを押し付けた。
才能が無い者に才能を必要とする事を教え、魔術を覚えてなければ対応できない訓練を幾度もさせた。
連れ出したのもそうだ。この世界に愛着が湧いて、もっと様々な景色を見て、色々な人との交流を深めれば。きっと彼はその未来を躊躇すると思ったから。
自分だけの幸福を見つけてくれて、それを優先してくれると勘違いしてしまったから。
「貴方がここを選んでくれるなら、私も数多の事を教えてあげられる。
素質が無くても魔術が使える手段だって探し出す」
気が付けば、彼を失いたくないと思っていた。
独りに慣れた私にとって、彼の存在は大きなものだった。
「……凄いですね。誰でも魔術が使えるなんてなったら、それこそ世界が変わりそうだ」
「ええ、変えられる。変えて見せるわ、だから」
「――でも、ごめんなさい。俺はいつかここを出ます。そうしなきゃ、一生後悔し続けるから」
闇の宙を漂う淡い光。それを眺める彼の瞳に迷いは無かった。
そういえば依頼を受ける時、彼はいつだってそうだった。魔物に襲われた時の内容を一言も疑おうとせず、全て真剣に聞いていた。
明らかに嘘も入っていて騙されていたであろう事まで、その何もかも。
「ちょっとは考えました。死にたくない、どこかでひっそり生きていくのも悪く無いかなって」
「なら……!」
「死ぬのは嫌です、痛いのは苦手です。苦しかったら逃げたくなります。
でもそうしてしまったのなら、俺は何の為に生まれて、何の為に悩んできたのかなって」
それは充分な経験と景色を見てきた者に突き付けられる命題だった。
夢ばかり見ている人間の世迷い事だと切り捨てる事は出来なかった。彼の今までの行動そのものが決意を物語っていたから。
勝てない、届かない、至らない――そんな言葉は彼の前では何の意味も持たないのだ。求めているのは奇跡とそれを起こすための対価だから。
「綺麗なものをたくさん見てきました。もちろんそれと同じくらい目を瞑りたくなるモノもありました。
けれど、俺はそんな世界が好きで。その光景を、見て欲しい人がいて。そのためならこの命だって惜しくない程に」
その答えに彼が辿り着くには、余りにも歳月が早すぎた。
永く残り続ける後悔を持つか、それとも早すぎる生涯に満足を得るか。人の生は残酷だと、思い知らされる。
この時初めて、私は彼に残酷な仕打ちをしてしまったのだと気が付いて。心の底から後悔した。
「ありがとう、そしてごめんなさい」
そう言って、彼は深く頭を下げた。
やめて、私にはそんな資格がない。貴方を死へ送り出す事を止めない女なのだから。
――だから罪滅ぼしにはならないのは分かっているけれど。貴方には私に出来る精一杯の事を。
貴方に魔術の師として出来る、最大限の事を。
攻撃が激化している。――剣でかろうじて打ち合えてこそいるものの、まだウェルナスにとっては準備運動の段階に過ぎない。
己の培った技量で抗えるのは此処まで。ここから先は受け取った物を使い潰しての戦いになる。
「神眼散大――偽孔稼働」
左目の眼帯を外す。――ちりちりと、光が瞼を焼くような錯覚に襲われる。
これは副作用だ。本来、俺の体質では魔眼など到底扱える筈もない。
魔の師匠であるマギラが己の技術と知識を総動員し、宿した奇跡の産物。それがこの左眼。彼女が俺に送ってくれた師弟の証。
「その瞳……魔眼か。だが、自然体質では無いな。偶発的に宿したモノか……?」
「悪いが、種明かしはしてやれないなっ!」
一気に斬りかかる。再び交わる生死の攻防。
魔眼によるその効果は、俺の生存を引き延ばしてくれていた。
大丈夫、まだ動く。まだ戦える。
「なるほど、停止――対象に及ぼすのではなく、己への強化という訳か」
ウェルナスに見抜かれた通り。簡単に言うならば魔眼の効果は動体視力の極限化。故に脳への負荷は甚大。
決して長生きは出来ないと言われたけれど、それでも十分すぎた。
この先に待ち受けていた筈の未来。心に残る後悔を、振り払えるなら。
「であるならば、捉えられぬ技を以て超えていくだけの事」
「!!」
早い――魔眼で見ていると言うのに、反応が付いていくのが精一杯の猛攻。
魔眼の負荷と攻撃を凌ぎ続ける疲労が、一気に押し寄せてくる。
構うな、そんなの今はどうだっていい。
見ろ視ろ観ろ、この目と培った技量があればある筈だ。押し寄せる激流の如き攻撃。そのどこかで、微かに浮かぶ途切れが。
「!」
それは反射的に動いていた。左手が剣の鞘を掴み、振り抜かれた拳を捌いていた。その一撃は、間違いなく俺を屠る決定打として打ち込まれていた筈の一撃。
「な、に?」
ヤツ自身、それも捌かれてからようやく気づいた。
俺とてもう一度繰り返せと言われても不可能であろう芸当。
けれど偶然ではなく、積み上げた鍛錬があったからこそ成し得た奇跡。
「おおおおっっっ!!!」
「ぬうっ……!?」
ヤツの胸目がけて繰り出した渾身の突き。全体重と魔力を込めて繰り出したそれは、ウェルナスの体を大きく後退させた。
――けれどそれでもヤツは怯みはしない。
「……」
鞘を見る。何の飾りも無い、ただ実用性だけで選んだもの。歪んだそれは最早使い物にならない。
もう使わないのならば必要ない。だから背後へ放り投げた。
「とっておきだ、遠慮するなよ……!」
そして、後退し次の行動へ時間がかかると判断したからこそ、一気に叩き込む。
「っ! 成程、見誤っていたのは儂であったか……!」
「だったら、そのままでいてくれよ!」
懐にしまっていた小さな欠片を左手で握りつぶして、前方へ投げつける。
彼女から聞いた通りの言葉を叫んだ。
「“
俺が砕いたのは、マギラから受け取ったもう一つの餞別。呪い石――砕く事と起動言語を呟く事によって、その石に封じ込まれた魔術を解放する代物。
そして放たれる魔術は俺ではなく、師である彼女のモノ。それは国を守護する魔術師団ですら指先一つで壊滅させる程の実力者。
ウェルナスの総身を、蒼い炎が焼き尽くそうとするべく纏わりつく。
「嘘だろ……?」
彼女の術を、ヤツは――魔力を解放し、一種の鎧のようにして拮抗している。
武だけじゃなくて、魔まで兼ね備えているとか反則だろそんなの。
「この魔……さてはあの魔女か!?」
次の欠片を手に取る。全体への攻撃を防いでるなら、今狙うは一点突破。
「“
魔力で構成された槍――彼女の力で作り出されたソレは、あらゆる護りを貫く。
「ぐぅっ……!」
ヤツの魔力に罅が入り、一点を貫いた。
そこは急所でも何でもないが、今この時ヤツの守りは確かに途切れた。――余波で刻まれた傷は、ヤツにダメージこそ与えてはいないものの時間が経っても確かに存在している。
けれどまだだ。まだその奥には、有り余るであろう魔力が眠っているのは分かっていた。
次の一手は攻撃ではなく環境を講じるモノ。こちらに有利な環境を作り出す。手は休めない。
「“極天封鎖領域 ラトリア・アルグリアス”」
砕けた欠片を中心として、疑似的な世界が形成される。
結界魔術――普通ならば指定された極僅かな領域のみに簡単な効果をもたらすモノ。それをマギラは、大規模な範囲へ仮想的に世界を顕現させる事が出来る。
俺とウェルナスが対峙する中で形成されたのは、何もかもが瓦礫となり果てた地平とそれを見下ろす星空。
外部の者が見れば、魔術障壁が展開されており中の状況は見えないだろう。
「――!」
「“自壊証明螺旋 アルム・バルヴェガン”」
二つ目の結界魔術――星空の中心から生まれる虹色の渦。まるで巨大な台風のようなソレは、回転を続けながら俺達の事を見下ろしていた。
「……欠片とはいえ、使用には所有者の魔力と理解を必要とする。成程、そちらの鍛錬もしていたか」
「生憎、俺自身は一人じゃロクに詠唱も出来ないヤツだけどな」
ここからは魔力を削る戦い。
剣の腕を決して緩める事は出来ず。魔術に関する知識を回し続け、ヤツに残った防御分の魔力を全て枯渇させる必要があった。
左目の魔眼へ魔力を回す。
“魔眼縮瞳――
ズキンと、一際大きい痛みが脳に響いてくる。
けれど少しでもそれに意識を絡めとられれば、待ち受けるのは敗北だ。
「ああ、受けて立つともッッ!」
ウェルナスが、凄まじい速度でこちらへ飛来する。自身の魔力を推進剤として使用し爆発的な加速を見せたのだと理解した。
足が振り上げられるとその部位へ雷を纏われる。
技の名は旋風迅雷――地盤すら容易に打ち砕く踵落とし。受ければ死ぬ。けれど、わざと受ける構えをした。
力その物を使わせる事が、この世界の狙いだから。
「!!」
瞬間、暴力的な破壊力を持った筈のソレは突如色を変え始めウェルナスは即座に背後へ跳んだ。
――マジかよ、あのまま使ってくれれば足ごと弾け飛んでくれたのに。
「……そういう事か。一つ目の世界は全力を出すのであればそれを阻止し、二つ目の世界は力そのものを暴走させ自身の体を崩壊させる。
カカカッ、儂でなければ今頃即死だったろうな」
「だから、頭も回るヤツは嫌なんだよ……」
「――言った筈だ、受けて立つとな。元より万全の状態でしか戦えぬ程、腐ってはおらん。
ここまで出させたのは、お前が初めてだ」
「……」
痛みの拍動が、喧しい程に響き続けている。
大丈夫だ、恐らく全力であろう速度は見えた。このまま魔眼を維持し続ける。
「行くぞッ!」
先手必勝、今は魔眼があるが故に最初の動きは俺の方が早い。
背後へ飛びのいて、欠片を使用する。結界と全力の魔眼を展開しておいて、肉弾戦を挑む意味は無い。
「“
形成される土壁が次々とヤツの体を囲み、幾重にも重なってその動きを封じる。
思考も手も何一つ休めない。
「“
ヤツを周囲事、無数の冷気が覆い尽くす。
見届けようとするな、当たる前提で動け。
彼女の力が最強へ届かない筈が無い。もしそうであるのならば、その原因は手札を切る俺自身に他ならない。
「“
周囲を取り囲む灼熱の炎。それらが渦となって、ウェルナスの体ごと飲み込んでいく。
「おおおおっっっ!!!」
その体が、火傷と再生を繰り返し続ける。
まだだ、手を休めるな。ここで休めたら、世界ごと破壊される。その拳は文字通り世界を砕く次元にまで至っている。
「“
空より飛来する無数の剣が、次々とヤツの下へ殺到する。
全て魔力で生成された剣であるが、そのどれもが名剣宝剣に引けを取らない出来であった。
――煙が晴れる。
そこにヤツは立っていたが、その体に傷は無い。
あれだけの猛攻を受けて、未だ尚その体へ傷を残し続けるには至らない。
大地を溶かす業火の中で、何事も無かったかのように佇んでいる。だが、纏っていた濃密な力は、もう感じない。
「……まともに打ち合える所か、ここまで削られたのは久方ぶりだ。」
残った欠片を口に入れて噛み砕く。
魔力が充填され、体の傷と疲労が癒えていく。
これでいい。これでヤツの回復に回されるであろう魔力は枯渇した。
「……そうか、儂に傷を癒す余力を残さぬためか」
「お前に回復されたままなら勝ち目がないんでな。卑怯とか言うなよ」
俺の言葉にウェルナスは小さく笑った。それは決して侮辱で無く、呆れたような。けれどどこか認めたような物で。
「言うものか、あの魔女が半端者に力を貸す筈が無いだろう。それらも含めて全てお前の力には相違ない。
下手な謙遜は止めておけ」
「……」
意外な言葉に、思わず動きを止めてしまう。
けれど頷く事なんて出来なかった。
俺の力なんて、結局剣術までしか無くて。剣も魔眼も欠片も、この体も。全部譲り受けたものだ。俺自身が学び、育てたものではない。
何より彼ら無くして俺はここにいない。
「――そうかよ、なら師から継いだ力。たっぷり見ていけよ」
「面白い……っ!」