推しの為に死ぬ話。 作:ざるそば
以降はマジで何も考えてません。また何か思いつけば……。
感想、返信出来ていませんが何度も目を通しています。本当にありがとうございます、励みになります。
この世界にギルドと呼ばれる組織がある。世界中からの依頼を一手に担い、管理している。世界各地に支部があり、俺もその中の一つには世話になっていた。国から国を跨いでもギルドでの身分証明が出来れば、渡航も問題ない。そんなギルドが管理する依頼は大半、討伐だ。
討伐依頼――説明するまでも無く、その通りの事。人々に危害を加える魔物は基本、すぐに現地で討伐されるがたまに特殊な変化を遂げて類まれな力を持つモノがいる。
そういったモノは腕利きの実力者が集う酒場などに、依頼として発注される事が多い。その件数は、日に日に変化を遂げており掲示板を見れば、すぐに依頼は変わっている程。
閑話休題、つまり鍛錬にはもってこいの内容である。マギラから度々課題として出され『今回は十件の討伐依頼を解決してくるまで旅をしてきなさい』などと言われてきたのだ。
「……じゃあ、これでいいですかね」
「はい、問題ありませんよ。いつもありがとうございます、ヴァンさん」
「いや、そんな感謝される程の事じゃ……」
「何言ってるんですか。もう一端の稼ぎを得てるんですから、立派な事ですよ!」
受付嬢の雰囲気に押される。この人、結構勢い強いんだよな。
……今回受けてきたヤツは、ちょっと手間取ったが無事に討伐できた。
洞窟に潜む神出鬼没の大蛇がターゲット。痕跡を集め、姿を現すまでずっとそこに潜み続けて、出てきた所を狩猟した。
別段、忍耐力があればそこらの兵士でもこなせたものだろう。ただそんな事に兵を割いていたら国力は大きく低下しかねない。騎士団や軍が動くとなれば、それは国家存亡クラスの魔物が相手だ。
さすがにそんな大物に挑む余裕は今のところない。
「あっ、そうだ……! 丁度、今特殊依頼が発生しててですね」
「特殊依頼?」
「はい。そういえばヴァンさんには初めてでしたね。
討伐対象が一定数以上、或いは想定以上の被害が予想される場合、皆さん複数人で同時に依頼を受けて貰うんです。大規模任務だとでも思ってください」
「集団に入って、討伐をするって事か」
そんな任務は、聞いたことあるような気がする。
とある大砂海では、豊穣を齎す竜が現れる日があるとされ、その時は他所からの狩人を呼び込んで狩猟を行うと。
それはまるでお祭りのように街中が盛り上がり、自然からの冨に感謝する一種の形でもあるとマギラが言っていたような気がする。
「場所は大樹林。そこを往く行商人が次々と襲われる事件が発生しています。既に被害は金額にして数百万に上るとされていて、これを見過ごせば更なる被害の拡大が予想されるでしょう。
ギルド支部は直ちに召集し、討伐を行う決定を下しました。既に本部からの認可も得ています」
「ここからも何人か?」
「はい、既に出立していて現地で落ち合う予定になっています」
……誰かと協力して討伐、なんて経験無いから大丈夫かなぁ。
師匠なら『やってみてから言え』って言うだろうし、とりあえず受けて……。
「――その話、私にもお聞かせ願えますか?」
凛とした、精悍な声。
見ると浅黒の肌をした青年が一人。上からマントを羽織っていて、まるで旅人のようにも見える。
「ナルディアさん! 良かった、丁度いたら声を掛けようと思っていたんですよー」
「ならば僥倖でしたね。私も、時間を持て余していたものですから。
その依頼、同行させては頂けませんか?」
「え、いや、寧ろこっちこそ助かります……?」
やばい、ちょっと人見知り発動してるかもしれない。
基本人とあんまり話す事ないからなぁ。
「私はナルディアと申します。この依頼の間とはなりますが、どうぞよろしくお願い致します」
例の大密林への到着には、一晩かかるらしい。
馬車で移動しながら、ぼんやりと目の前の青年を見る。
……腰に下げられた二振りの特殊な形状をした剣。見るからに鍛えていると分かる体。
けれどそれはどこか上品さを保っていて。彼自身きっと良い所の出身なのだろうというのが見て取れる。
「……さて、落ち着いた事でしょうし改めて自己紹介でも。
私はナルディア。近接と遠距離、どちらでもこなせます」
「俺はヴァンだ。専門は近接。魔術はある人に教えられているから知識ぐらいなら頭に入ってる」
「ヴァン……?」
その言葉に、思い当たる節があるのか顎に手を当てる。
……つまり、そういう情報が伝わってくるところもであると。あんまり言いたくないなぁと思いながらも口にする。
「……貴方相手じゃ隠しても逆に不信感を持たれかねない。下の名前はカーハインだ」
「……成程、貴方があの。ですが百聞は一見に如かず、とはよく言ったものです」
「?」
「一応、誤解の無いように伝えますと、私は自分の目と耳で最終的に判断します。他人からの評価、と言うのはあくまで目安です」
「変な先入観を持たれなくてよかったよ」
「いえ。……ですが、貴方が素性を明かした以上はこちらも明かさなくてはなりませんね。お互い、戦場では背中を合わせる立場になるのですから。
私の本名はナルディア・ゲーヘラルト・アルケノス。……とある国家の、王位継承者となります」
「は……? 何でそんな人が……?」
「私の国では、王位を継ぐ者は一年の間、国を出て旅をすると言う習わしがあるのです。実際に外の世界を歩き、現実を自分の体で生きていかなければ治世を理解出来る筈が無い――それが先祖代々の言葉です」
「……俺の師匠によく似てるなぁ」
師匠もそんな人だった。
選択も決断も全部自分で決めていい。だからその運命を選んだ責任から逃げるな――そんな事も言われたっけ。
「今の身分は貴方達と変わりありません。貴方が素性を明かしてくれたから、その返礼としてこちらも明かしたまでです。どうか他の方には内密に願います」
「何で、わざわざ危険な討伐依頼を?」
「……? 王であるのなら、人々を救わなくて何が王なのでしょう」
あぁ、成程そういう事か。
多分この人物は、骨の髄まで王様だ。――きっと素晴らしい王になる。
「ヴァンさんは、元々この仕事を? 特殊依頼を受けるという事は相応の戦果を挙げていると思われますが」
「昔からね。鍛冶師がメインだったけど、そのお試しで狩りに出たりしてたよ」
「ふむ、鍛冶師からですか。……その剣、相当な業物とお見受けします。良き師に巡り合えたのですね」
「あぁ、本当だ。本当によく、あの人に出会えた」
多分あの人に出会っていなかったら、今の俺は無い。
間違いなくどこかで野垂れ死んでいるだろう。
そんな他愛もない話をしながら、時間は静かに過ぎていった。
「着きましたね」
「……ここが」
「えぇ、マガンライナ大樹林。間違いありません、行きましょう」
丁度ついたのは俺達が最後だったようで。
狩猟者達や行商人と共に、配置を相談する。リーダーとなる年長者の狩人の助言を得ながら、それぞれに出来る事を話しあう。互いが互いに出来る事をすると言うのが、合同任務での基本らしい。
そこから出立はすぐだった。
俺達は、行商人の前方を守護する形での配置となる。
――大樹林を進む。まるで木の上を歩いているような気分だ。
「……凄いな、視界がほとんど大木だらけだ」
「この大樹林は、神話時代における古代文明の名残と地脈異常が伴い、ここまで発展したと考えられています。ここを超える規模の森林は存在しません。ですがこの生育速度は、年月を考えても異常でしょうね」
「知ってるのか?」
「えぇ、ある程度の旅はしてきたものですから。それに調べること自体は苦ではありません。……確かにここまで視界が外から見えないとなると、襲撃には相応の場所ですね。やはり魔物は賢い」
「……でも、此処の道を通るのが一番安全なんだっけ」
道は長年、交易路として使われていたのかある程度整備されていた。正面だけに集中すれば、視界はそれなりに開けている。
他所の場所だと盗賊や山賊と出会う可能性が高まるため、あえてこの道を通っていると行商人は告げていた。
結局は人間が一番怖いという事なのだろう。
「……ん」
「聞こえましたか?」
「……何か、ね」
マギラとの修行で気配には本当に敏感になっているからこそ、それに気付けた。
あぁ、全く人の直感は馬鹿に出来ない。
「そこっ!」
あらかじめ用意しておいた投擲用のナイフを投げる。
草木に吸い込まれていったそれは、明らかに生命体に当たったような音を上げた。隠れていた魔物達が姿を現す。
「! 魔物だ!」
「待ち伏せされていたようだぞ!」
「お前ら、配置につけ! 商人さん達は中に隠れてろ!」
狼の形と虎の大きさを混ぜたような魔物の群れ。
これは少し手間取りそうだ。
「ヴァン、背中は任せましたよ」
「こちらこそ!」
戦場は、一気に乱戦へ突入した。
「数が、多い!」
下っ端と思われる魔物を次々と斬り捨てながら、中核とも言えるであろうボスを探す。
右から左、上から下。ひっきりなしに気配を感じる。
あぁ、確かにこれは。それなりの人数を集めて正解だ。そこそこの人数を集めておかなくては返り討ちにあうだろう。
腕利きの者ばかりのおかげか商人達に被害はない。
「……アイツか!」
森の奥、瞳孔が赤く輝く巨狼が一匹。
その視線が俺を捉える。見られた、と感じた瞬間体は地を跳ねて、大地を大きく転がっていた。
受け身を取りながら立ち上がると先ほどまで俺が立っていた場所を、その巨大な爪が砕いている。やはりコイツ、只者じゃない。
「こちらだ!」
ナルディアが二振りの刃で、巨狼の足を斬りつける。
一瞬だけ視線が逸れたのを見逃さず、俺も同じように剣を振るった。
手応えあり。並みの剣なら、途中で刃が止まっていただろうが師が打った剣は易々と、その巨体を斬り裂いた。
「■■■――!!!!」
巨狼の咆哮。その勢いで体が吹き飛ばされる。このままだとまた森の中に逃げられる。そうなっては相手の思うツボだ。
俺もナルディアも同じように受け身を取って――。
「逃がさん!」
ナルディアの持っていた刃。その柄が接合し、一つの弓へと形を変えた。
青い光の矢が番えられ、弾丸の如き矢が放たれる。それは俺が付けた傷痕と寸分違わぬ箇所を撃ち抜いた。
「やる! 何それ、カッコイイ!」
「説明なら後で存分にいたしますとも!」
巨狼の動きが鈍る。動きをナルディアの矢が止めてくれていた。
その隙に大木の壁を駆け上がり、相手の真上を取る。
「最後の最後まで、油断はしねぇよ!」
宙で身を翻し、交差気味に放たれた前足を回避する。そして心臓があろうと思わしき所を剣で思いっきり貫いた。
――今までの経験則やマギラの話曰く、心臓が二つある魔物も存在するが、そういったのは古代神話などに登場する龍しかありえないそうだ。
その巨体が、ずんと大地に沈み込んだ。
「……終わったかな」
剣を抜き、念のため反対側からも突き刺す。
この巨狼は頭がいい。実は致命傷では無かったと言う事もあり得る筈だ。
可能性は潰しておくに限る。
剣に付着した血を払う。この出血の量からして急所なのは間違いない筈だ。
「良い腕ですね。特に最後の一撃はよく見抜いたと思いました」
「ただの勘だよ、最後まで気を抜くなって何度も教えられたから。と言うか、何その武器、カッコイイ! 弓にもなるんだ!」
「えぇ、魔道弓――この武装の、本来の役目です。それを私が注文して、剣としても使えるように改造しました」
「浪漫あるなぁ……」
「ふふっ、それは私も同意します」
行商人たちの所へ戻る。
腕利き達のおかげで、被害は出なかったらしい。
巨躯の男に『よくやったな、坊主共っ!』と俺とナルディアは首を腕で決められた。
無事に大樹林を通った後、参加していた狩人達は、商人からの歓待を受ける事になった。
それから以降、ナルディアとはパートナーとしてしばらく組む事になった。
お互いの動きを分かってる上に、人としても接しやすい。
気が付けば、俺達は次々と依頼を終えていて。酒場の人達や受付嬢からも名コンビなんて呼ばれる程になっていた。
俺はマギラからの課題を終えて。ナルディアはまもなく期間である一年が過ぎようとしていて。
お互い、しばらく動かなくなる立場だ。
せっかくなんだからと言わんばかりに、酒場に二人で食事をすることになった。席に着くと、早速周囲から酔っ払い達の声が聞こえてくる。
「ナルディア、酒場の雰囲気とか大丈夫なの? 結構喧しいけど」
「ありませんよ。寧ろこのぐらいが私にとっては好ましい。民と同じ目線を以て生きる事は、忘れてはならない事ですから」
「いい為政者になるよ、キミは」
「ありがとうございます。……そういえば、ヴァン。貴方の旅の目的を聞いていませんでしたね。
貴方が、あの家名だという事は知っていますし私も噂で聞いたことあります。――ですが、少なくとも。私が見て来た貴方は、貴方と言う人間は、到底そんな私利私欲に走るような人間に見えません」
「……そうかな」
「貴方の相棒でもある私が断言しますとも」
旅の目的。それを忘れた事は無い。
あぁ、そうだ。それを果たすためだけに俺は全てを使い切ると決めたのだ。
「……魔王幹部、ウェルナスの撃破。それが俺の目的だよ」
「――っ」
その顔が僅かに歪んだ。
珍しい、そんな表情をするんだな。
「それは……死ぬという事ですか」
「救いたい人が、いるんだよ」
記憶の彼方でもあっても、薄れないようにと思い出し続けて来た面影。
光へ消え去る影を追い続ける旅路。
彼女を助けるために、俺は――。
「そうですか。分かりました、それが貴方の覚悟、なのですね」
「あぁ、変わらないさ。この先もずっと」
少なくとも、満ち溢れている人生だったと思う。
思い返すだけで時間がかかって、それで笑ってしまうような記憶がある。そんな人生をどうして不幸だと思えるのだろうか。
「……であれば、貴方にしか果たせぬ願いを、私も告げるとしましょう」
「?」
「明日、私と戦ってくれますか? 全力で」
その瞳はいつになく真剣だった。
まるで今から魔物と戦うかのような険しい目つきで俺を見ていた。
「……勿論、やるよ。全霊で応えるとも」
――それから明日。
街を外れた、誰も来ないような一角に俺達はいた。
お互いに、武器を構えて。
「死ねばお互いそこまで。……いいですね」
「あぁ、文句はない」
ナルディアの指からコインが弾き出される。
そしてそれが地面へ落ちた瞬間、刃同士が激突していた。
「!」
振るわれる双刃。体を捻って、まるで踊るかのように回避する。
この刃は、鋭い。きっと彼は本当に全霊で来ているのだろう。
ならばこちらも応えなくては。
「私は、王でなくてはならない……! 故に、我欲を以てはならない!
そう誓い続け生きてきました。例え他人の武勇に憧れようとも、この力を以て誰かを傷つけるような事はすまいと」
「……」
「ですが、貴方を見ると思わずにはいられない……! この腕が、一人の武人としてどこまで通じるのか、と考えずにはいられない!
そんな事を、そんな自由を思う事など、私に許される筈が無いと言うのに!」
鍔迫り合う。
互いの刃が火花を散らしながら交錯する。
狩場で何度も見た、頼もしい得物がこちらへ向けられている。
でも不思議な事に恐怖など全くなかった。それを振るう彼の表情は、いつになく楽し気だったからだ。
「ですが貴方があの最強に挑むと言うのなら、私を、私のこの私利私欲を満たしてくれる筈!」
「あぁ、やろうぜお互いに遠慮無しで!」
迷いは無い。
あぁ、決めたんだ。
そう誓ったんだよ、師匠に。あの人に、背中を押されたから。
「らぁっ!」
「ぐっ!?」
瞬きの間に、三度火花が散る。
そこからはまるで喧嘩のように。お互い、全力で剣を、得物を振るっては。それを防いで。また同じように振るってはそれを防いでの繰り返し。
どれぐらいの時間が経ったのだろうか。
先に倒れたのはナルディアの方だった。彼は仰向けに倒れ込む。
けれど俺もほぼ同時に全身の力が抜けて、同じように仰向けで倒れ込んだ。
「……初めてです、ここまで全身全霊を使い果たしたのは。存外、心地良いものですね」
「俺も、やり返したって意味じゃあ初めてかも」
「強いのですね、貴方の師は」
「強いと言うか、高みの、手の届かないところにいるって言うか……」
もうそれは夕暮れだ。
今日の事は傍から見れば、子どもの遊びみたいなものだっただろう。まるで殴り合いだ。
「……貴方とのコンビもこれで解消ですか」
「それぞれに、やる事があるしなぁ」
お互いが大の字になって仰向けのまま、そんな会話をする。
俺はマギラの所で稽古を。ナルディアはこれから戻って王となるのだろう。
「私の我儘に付き合わせてしまいましたね」
「構わない、寧ろ本音のナルディアが見れて嬉しいさ」
「……改めて、貴方に感謝をヴァン。貴方と過ごした日々は、私にとって生涯の思い出となるでしょう」
「はは、そんな恐れ多い。ナルディアこそこれからが大変だろ」
「何、きっと始まれば他の事を感じられなくなるでしょう」
お互い、体力が戻るまで。
そんな事を言い合った。お互いを讃え合うように。
神様に、魔道装甲を移して貰ってから数ヶ月。外部の、お世話になった人に会いに行こうと思って。
俺はふとナルディアの事を思い出した。しばらくの間、背中を預け相棒とも呼べる存在となった人物の事を。
彼が王になった国の事は聞いている。だからどう行けばいいかも何となく分かる。
“この体なら、忍び込めるかな?”
きっと見つかれば大事だろうけど、まあその時はその時だ。
そんな気持ちのまま、城下町を駆け抜けてナルディアがいるであろう城に向かう。
巨大な居城。その真上にあるのが彼の私室だろう。改めて彼は凄い人物だったなぁと思わされる。
体が目立たないように特殊なローブで保護色になるように調整する。さすがに城の反対側から、見えにくい所。そこから城をよじ登ってくる者がいるなんて予想もつかないだろう。
壁の僅かな凹凸に指をかけて時間を掛けて登っていく。人間であった頃の肉体ならまず不可能だった動きを、それはすいすい成し遂げていく。
そして辿り着いた最上階――それは偶然窓が開いていて、手すりに手を伸ばして体を上げると、見知った顔が一つ。
「……ナルディア」
「ヴァン……なのですか? また随分と風変りましたね」
「まぁ、いよいよ本番が近いからさ。気合、色々入れてたんだ」
魔道装甲に眼帯――あぁ、確かに。一目では誰なのか分かる人なんてあんまりいないだろう。
ナルディアも背丈は伸びていて、背中には王の証を示す黒のマントを付けている。表情からして、彼が既に為政者としての苦労を帯びている事が分かった。
「よく分かったな」
「こう見えても貴方の相棒でもあるのでね」
「もう過ぎた事だって言うのに」
「私にとっては永遠ですよ、貴方との日々は。あの時間こそ、私の人生の中で満ち溢れていたころだった」
僅かな沈黙が過ぎる。
俺がここに来た意味を、ナルディアは理解していた。
「……挑むのですね、あの災厄に。かつて人の誰しもが敵わなかった者に」
「あぁ、大体の準備は終えた。後は向かうだけだ」
「そう、ですか……」
「……俺が言い出した事だしなぁ。きちっとやり遂げるよ」
「いえ、その点は大丈夫でしょう。心配はしていません。貴方ならきっと叶えられる。
……ですがもし、私が王の立場で無ければ。一介の身分の人間であったのなら――貴方と共に挑んでいたと思います」
そんな未来を思う。
災厄に例えられる存在を前にして、最も信頼できるパートナーと息を合わせて挑む。
在り得たかもしれないもしもを考える。
その光景に思わず笑ってしまった。
「何を笑っているのです。こう見えても本気ですとも」
「いやいや、それはとても心強いと思ってさ」
「既に前線から退いた立場ですが、鍛錬は欠かさずに行っていますよ。あの頃と比べて腕は落ちていないと思いたいものです。兵士の教練とて参加しています」
「凄いな、王様の業務なんて大変だろうに」
「頼もしい部下がいてくれますから。私がする事など、容易い事ばかりです」
ナルディアは背中を向けて、窓から街を見下ろした。
己が治める国の人々を眺める。
俺もその隣に立って同じ景色を見つめた。
人々が懸命に明日を生きる姿。それは何て言葉にしがたい気持ちなんだろう。
「私は、この国をより良く逞しいモノへと育てていくつもりです。父上から、先祖代々から受け継がれてきた意志。
ですが、今の私にあるのはそれだけではありません」
「……」
「貴方と共に駆け抜けた日々。その中で得られた教訓、思い。――その全てがあって、私の中でようやく理想の王が生まれた。
感謝します、友よ。貴方がいなければ、貴方と共に歩んでいなければ。きっと、今の私はここに無かった」
真っ直ぐな瞳がこちらを見る。
清廉潔白、品行方正。けれど中には燃え滾るような強い意志があった。
王としての彼と人としての彼。けれど、人としての彼の一面を知るのは俺ぐらいなものなのかもしれない。
「結構、我欲が強い方なんだな」
「……そうでしょうね。私も王である前に、ただの一人の人間だった、という事です。
間違いなく王としての私は、それを許せなかったでしょう。ですが今は受け入れられる。王と言う舞台装置ではなく、今この世界を生きる一人として」
「でもきっと、俺じゃなくても。キミはそれに辿り着けた人間だったと思うけど」
「だとしても、それはきっと晩節の頃でしょう。自分と言う人間の醜い側面を受け入れるのは存外に難しいものでした」
潔癖だなぁと思ってしまう。自分はそうであろうと努力しながら、けれども人にはそれを強要しない真っ直ぐな性格。
再び過ぎる僅かな沈黙。
けれどそれは決して苦しいモノじゃなかった。
きっとこの先で、この一時すら愛おしいと思う時が来るのだろう。
「……それにしても、来るのであれば城門から来ればよかったものを。貴方なら通していましたよ」
「本当? うわ、いらない手間かけたかも」
「いえ、警備の穴を今見つけましたから。これから改善を行っていく予定です」
「実だなぁ」
「貴方こそ、こうして挨拶に回っているのでしょう。人の事を言えないのでは?」
「違いないや。……あ、そういえば一個聞きたい事があって。お世話になった人に贈り物をしようと思ってるんだけど何かいいの無いかな?」
「ふむ……。色々と情報が不足しているのは否めませんが。貴方が自分に出来る精一杯をしたら良いと思います。きっと貴方なら、間違いはないでしょう」
「うーん、ナルディアがそういうなら間違いないかぁ」
「他の方々は何と?」
「全く同じ事言ってた」
「であれば、そうするのが良いでしょうね」
その会話は何のあたりさわりも無い。友人と話すかのような、他愛もない時間。
やがて外から大臣たちの歩いてくる音が聞こえてくる。
「さて、ここまででしょうか」
「あぁ、そうみたいだ。……じゃあナルディア。今までありがとう。キミが相棒で本当に良かった」
「私こそ、貴方に出会えて良かった。友よ」
災厄はたった一人の人間によって打ち倒された。
国を挙げての葬儀――机の上へ添えられた花々の数。そして手紙。
きっとそれは彼の歩んできた人生がどうだったのかを意味している。
「……来ましたよ、ヴァン。友よ」
フードを被った青年は、同じように花を添えた。
傍目からその姿の詳細は見えない。
「本来ならば国を挙げて訪れる予定だったのですが、その前に先に会いたいと思ってきました。
王としてではなく、貴方と共に戦場を駆け抜けた相棒として」
手紙にも目を向ける。あぁ、彼はこんなにも多くの人々を助けてきたのだ。
訪れる人々も皆、衣装は違っている。武器を携えた者もいれば貴族のような男性や少女の姿もあった。
「本当に、やり遂げたのですね。きっと苦しい戦いだったのでしょう。……貴方を奮い立たせた理由の一つに、私はなれていたのでしょうか。
……いえ、失礼。そんな事はどうでもいい。私の人生に、貴方と言う存在がいてくれてよかった。ただそれだけです」
今日を終えた後、彼はまたすぐ国に戻る。国に戻っては、今度は王としてまた訪れる事になる。
傍から見れば二度手間だろう。けれど、彼にとっては。そんな時間を掛ける程の理由があったのだ。
「――友よ、私もいずれそこに向かうでしょう。
その時は……そうですね。私の国についてたくさん話をするとしましょう。後は貴方がどうやってあの災厄を倒したのかにも興味はあります。
きっと、長い時間になる。えぇ、それはとてもとても長い時間に」
身を翻す。
やる事はまだまだたくさん残っている。
今日と言う日を終えても、またすぐ明日が始まる。彼の人生はきっと時間に追われる日々になるだろう。
「ありがとう、ヴァン。我が友よ、貴方に出会えて良かった」
ナルディア・ゲーヘラルト・アルケノス。
王として、国を導く事となる。彼の手腕の下、国は目覚ましい発展を遂げて。やがてそこには安寧を求めて多くの人々が訪れた。非凡な才能を持った王として世界中に名を轟かす事となる。
魔物の被害が報告されては、騎士団を自ら率いて討伐に向かった。臣下から何故自ら危険を冒してまで向かうのかと問われた際「きっと、私の知る人物ならそうしたからです」と、どこか懐かしむような表情で答えたと言う。