徒花テンタクル:恋する触手怪人   作:WhatSoon

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1話:目覚め

私は人より優れている。

 

他人、ではなく……種族としての『人』よりも優れている。

 

今から……そう、2000年程前だろうか。

私『達』は生まれた。

 

いや、正確には元から生きていて自我が生まれた、というべきか。

 

私達の内、誰かが言った。

母星が寿命を迎えて、彗星となった時、地球に飛来した地球外生命体なのだと。

 

真実かどうかは別にどうでも良いが、他の奴らはそれを信じていたから、私も信じる事にした。

 

地球に飛来した私達は、命を貪り食らった。

 

地球の生物を殺し、遺伝子を奪い、身体を継ぎ接ぎしていく。

そうして私達は強く、賢くなった。

 

そして地球で文明を築いていた『人間』に目を付け、殺し、喰らい続けた。

 

 

そう、私達は『人間』よりも優れていた。

だから好きなだけ殺し、飽きるまで虐め、食いまくった。

 

強い者は何をしても許されるのだと、私達は思っていた。

 

 

しかし、私達は食らいすぎた。

この地球を犯しすぎたのだ。

 

 

その反動が、『形』となって現れた。

 

 

 

誰かが思った。

地球を守らねばならぬと。

 

 

誰かが願った。

地球を犯す者達を追放せよと。

 

 

その祈りは集約し、光を作った。

 

 

 

そして、地球の守護者が生まれた。

この星に巣食う害虫どもを抹殺するべく生まれた、強き『人』の形。

 

それは光だ。

光の具現化だった。

 

 

相対した時、私は初めて『恐怖』の味を知った。

私が人間を殺す時、どうしてああも取り乱すのか理解した。

 

いや、してしまった。

 

 

私は、焼かれた。

光に焼かれて、死の淵にまで落ちた。

 

初めて、逃走した。

初めて、恐怖した。

 

地を転がり、土の中に隠れ……痛む傷を癒すために眠りに着いた。

 

そして、二度とこんな目には遭いたくないと……強く思った。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「起きろ」

 

 

私は石の中にいる。

起こさないで欲しい。

 

 

「起きろ」

 

 

やめて。

私の安寧を乱さないで。

 

 

「起きろと言っているだろ」

 

 

どん、と蹴られて……私を纏っていた石が砕けた。

長期間、深い眠りに付くことで圧着し、硬くなっていた鉱物たちが剥がれる。

 

左右と上下の、4つの目を開けて辺りを見渡す。

……建造物の中だ。

 

随分と文明は発展したようで、私の知らぬ物質で建物が作られている。

……この透明な物質はなに?

何故、私を囲っているの?

 

天上にある灯りはなに?

太陽光ではなく、火でもない。

白い紛い物の光だ。

 

 

ぎょろぎょろと四方八方を見渡していた八つの眼球を、一つの方向に揃える。

 

私を起こしたのは……人間?

金髪で筋肉質……30歳前後の男だろう。

 

 

『誰?あなたは何?』

 

 

知らない人間だ。

私に人間の知り合いなどいない。

 

 

「お前と同じだ」

 

『何を言ってるの?』

 

 

直後、男が形を変えた。

メキメキと身体を甲殻が覆う。

 

殻が彼の身を包み、二足歩行の蛇を形作る。

……なるほど、私と同じとはそう言うことか。

 

しかし──

 

 

『何故、人の真似をしてるの?』

 

 

訊くと、蛇頭の男は首を振った。

 

 

『この時代では人間の姿を形取った方が生きやすい』

 

『何故?』

 

『お前が眠る前とは違うのだ』

 

 

私は首を傾げながら、半透明の板を見た。

光の反射の影響で、自分の姿が見えた。

 

赤黒い粘性を纏った肌に、青紫色の毒々しい粘液。

人型に近い……いや、近くはない。

 

 

何十、何百という触手が巻きつきあって、人の形を模しているだけだ。

根本的に、骨格レベルで人とは違う。

 

私は脊椎生物ですらない。

そう考えれば人型とは言えないだろう。

 

 

私の態度に耐えかねたのか、目前の獅子男がまた人の形に戻った。

 

 

「理解しなくても良いが……お前も早く人の形になれ。ここにあまり長くは居られない」

 

『……わかった』

 

 

腕を組んで……体の遺伝子情報を弄る。

私達は情報を食らう生命体だ。

身体の中に幾つもの生物の遺伝子を持っており、各々がその遺伝子を組み合わせて身体を作っている。

 

それこそ、己がもっとも『強い』と感じられる姿を持っている。

目の前の男は、先程の蛇頭がそうなのだろう。

私は今の触手が生えた姿が、もっとも『強い』と感じられる姿だ。

 

それを、崩す。

 

身体の底にある『人間』の遺伝子を引っ張り出して……姿を変える。

目前の男は慣れているからか素早く変身していたが、私は慣れていない。

 

何故なら、今までそんな必要がなかったからだ。

わざわざ弱い生き物に変身する意味がない。

だから、今まで『人』になった事はない。

 

全身の骨格から、内臓まで形を変えて……作り替える。

そして……人の姿になった。

 

ちら、と透明な板に反射する己の姿を見た。

 

 

「……こんな感じ?」

 

 

色素の薄い髪、肩までかかる長髪……必要を感じられない胸の膨らみ。

服を纏わぬ、20歳前後の女がそこに立っていた。

 

 

直後、男が私に何かを投げた。

私はそれを手に取る。

 

 

「これを纏え」

 

 

……やけに手触りがざらざらする、自然界にはないような青い布地(ブルーシート)だ。

 

あぁ、そうか。

『人間』は服を着る生き物だったな。

 

それを体に巻き付ける。

人の柔肌に擦れて、少し不快感を感じた。

 

 

「行くぞ」

 

「何処に行くの?」

 

「仲間のいる場所だ」

 

 

仲間?

私達に仲間意識などなかった筈だ。

互いに無干渉で、好き勝手に食い散らかしてきた。

 

なのに……これも時代の流れなのか?

寝ている間に、私達は依存しあう生物になってしまったのか。

 

弱くなったな。

 

男が踵を返した。

私はそれに倣って、歩き出そうとして……膝から崩れ落ちた。

 

ごつん、と大きな音を立てて頭を地面にぶつけた。

 

 

「……何をしている?」

 

「待って」

 

 

立ちあがろうとして、力が入らず足を滑らせた。

半透明の砕けた破片が突き刺さり、血が流れる。

……人の身体とは、何て脆弱なのか。

 

既に嫌になりつつあった。

 

私は男に片目を向ける。

 

 

「人の身体に慣れていないの。何故、足が2本しかないの?凄く、不便」

 

「……分かった。俺が抱えて行こう。もう動くな」

 

 

転がったままの私を傍に抱えて、男が歩き出した。

 

 

「そういえば、あなたの名前は?」

 

「……グクマツ」

 

「そう」

 

 

グクマツに抱き抱えられ、移動する。

白亜の一室を出ると、先ほどの私と同様に半透明の石で囲われた石板などが見えた。

 

 

「ここはどこ?」

 

「博物館だ」

 

「何?それ」

 

「……後で説明しよう」

 

 

足元に青い服を着た男が……首をなくし、転がっていた。

血がまだ流れている。

死んでから、時間はあまり経っていないのだろう。

 

 

「アレは?」

 

「この時代の人間の戦士だ。強くはないが」

 

「そうなの?」

 

「少なくとも2000年前の方が、人間は暴力に優れていた」

 

 

幾つか死体を見て……そして、私達は『博物館』と呼ばれていた建物から出た。

 

そして、私が眠っていた2000年間で、人はどれだけ成長したのか……文明を築き上げてきたのか、理解した。

 

 

「あ……」

 

 

まるで星が浮かぶ空のように、幾つもの灯りが照らされている。

王の墓よりも遥かに巨大な建造物が幾つも立ち並んでいる。

 

綺麗だと、私は思った。

 

 

「驚いたか?」

 

「ええ、すごく」

 

 

素直に頷くと、グクマツが歯を剥き出しにして凶暴な笑みを浮かべた。

 

 

「前の時代とは違う。我々も生き方を変えなければならなかった」

 

「……そうね。分かるわ」

 

「だからこそ……強き力が必要になった」

 

 

グクマツが私に視線を向けた。

 

 

「手を貸してくれるか?イシュバ」

 

 

イシュバ……という名前で呼ばれた。

なるほど、私を知って……その上で目覚めさせたのか。

 

正直、目覚めるつもりはなかった。

 

私は死にたくない。

地球の守護者には二度と会いたくないし、殺し合いなんてしたくない。

 

だが……退屈だったのは認めよう。

 

この夜空と、それと同様に輝く街を見れば……今の人の営みがどうなっているのか、興味が湧いてしまっていた。

もう一度、眠るという選択肢はもう無かった。

 

 

「うん、いいよ。私も、この世界を見てみたい」

 

「……なら、いい。移動するぞ」

 

 

私はグクマツに連れられ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

連れてこられたのは、大きな建造物の中……それも高い所だ。

大きな部屋に、何人かの人……いや、『私達』が居た。

 

 

「連れて来たぞ」

 

 

周りを見渡す、知らない顔ばかりだ。

……あぁ、いや、2000年前から別に、親しい奴など居なかったが。

 

 

「彼女が『イシュバ』かい?」

 

 

一人の……黒髪の、物腰の柔らかそうな男が私に近づいて来た。

グクマツは私を、椅子の上に乗せた。

 

 

「あなたは?」

 

「僕は石動(いするぎ) 流一(りゅういち)だよ」

 

「イスルギリューイチ?」

 

 

首を傾げる。

随分と長い名前だ。

 

 

「そう、人としての名前だよ。『石動(いするぎ)』と呼んでくれると嬉しいかな」

 

「分かった。イスルギ、よろしく」

 

 

すると、石動が私に向かって手を伸ばして来た。

……何のつもりだ?

開いたまま、私の前に差し出している。

 

不思議に思っていると、グクマツが口を開いた。

 

 

石動(いするぎ)、無駄だ。まだ人間としては振る舞えない」

 

「そうかい、それは残念だ」

 

 

石動(いするぎ)が私の前から手を引いた。

……何だ?

何をしたかったのだろう。

 

私はグクマツに視線を向ける。

 

 

「今のは?」

 

「握手をしようとしていた。だが、その辺りは知らないだろう」

 

「ええ」

 

 

私の言葉に、石動が頷いた。

 

 

「人間の常識について学んでいく必要があるね」

 

「……どうして?」

 

「人間社会に溶け込めないと、凄く困る事になるんだ」

 

 

私達は最強の生物だ。

天敵など『一人』を除き、存在しない。

それなのに、何故?

 

 

「今、この地球(ほし)には人間が沢山いるんだ。凄く、沢山ね」

 

「そう?」

 

「そして、地球の守護者も」

 

 

ぴくり、と私の眉が動いた。

 

 

「生きているの?まだ?」

 

 

私の言葉にグクマツが口を開いた。

 

 

「いいや、2000年前の奴とは違う。新しく生まれた奴だ」

 

「……そう」

 

「守護者を殺すと、百年程後に別の人間が守護者となる。そういう『仕組み』だ」

 

 

眉を顰める。

 

……そんな仕組みがあったのか。

しかし、代替わりをしているということは、2000年前の守護者は死んだのか。

 

記憶の奥にある奴の姿を思い出す。

 

金色に輝く鎧を全身に纏う、人間離れした姿。

光を纏った戦士の姿を。

身体を焼き尽くす光を。

 

アレを殺す事が出来たのか。

 

恐怖が湧き始めてきた頃、石動が私に視線を向けた。

 

 

「そう。だから、姿を隠さなければならない。事を成すには、静かに、バレずに、溶け込む事が重要なんだ」

 

 

なるほど、理解した。

この時代の文明力ならば……狼煙よりも早い情報伝達手段があるのだろう。

 

人間社会に溶け込めなければ、地球の守護者によって私は殺される。

……それは避けなければならない。

 

 

ふと、先程の言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

 

「事を成すって……何が目的なの?」

 

 

私が石動に問い掛けると、頬を緩めた。

 

 

「好き勝手に殺して、私達が好き勝手に生きられる世界を作る」

 

「作る?」

 

「この世界を支配するんだ」

 

 

目を瞬かせる。

 

 

 

それは──

 

 

なんとも──

 

 

随分と、つまらないな、と思った。

好き勝手に生きるために、何かに縛られるなんて……本当に、つまらない。

 

世界を統べるという事は世界を管理しなければならないという事だ。

それは、自由に生きていると言えるのだろうか?

 

グクマツが私に対して、口を開く。

 

 

「その為には力がいる。眠っている者や……新たに我々と同じ者を生み出すために」

 

 

……私達が増える手段として、殺害した人間に『種』を植える方法がある。

しかし、適合する人間の数は少ない。

 

何人も試す必要がある。

 

しかし、地球の守護者に隠れて熟すのは困難だろう。

奴に勝つには──

 

 

辺りを見渡す。

 

私を含めて、7か。

足りないな。

 

3倍は必要だ。

 

 

石動は目を輝かせて、私の手を取った。

 

 

「取引しないか、イシュバ。私は君が『人間』のように振る舞えるように助力する。代わりに私の頼みを聞いて欲しいんだ」

 

 

私の内面で黒い何かが渦巻いた。

……石動の言葉に対して苛立っていた。

何故、私がコイツに良いように使われなければならない?

 

……だが、しかし。

『光』。

2000年前に私を焼いた『光』。

相対したくはない。

 

ならば、多少の不自由からは目を逸らすべきだ。

 

 

「分かったわ」

 

「助かるよ……君程の者が助けてくれるなら、計画の成就も近いね」

 

 

……しかし、随分と私を買っているな。

何を思って、私を──

 

 

「2000年前の地球の守護者と相対して、唯一生き残った……その強さ。頼りにさせて貰うよ」

 

 

……あぁ、そうか。

あの地球の守護者を前に生き残れたのは私だけだったのか。

 

……私よりも強い『私達』も居ただろう。

だが、私と違って逃げなかったのだろうな。

 

……この話は、コイツらにする必要はない。

精々、私を重宝して貰う事にしよう。

 

しかし、誰が奴を殺した?

殺した者も相打ちとなったのか?

 

……分からない。

だが、今は重要ではない。

 

私が穏やかに……命の危機もなく、生きていけるように、精々利用させて貰おう。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

石動は、随分と人間に詳しかった。

そして、彼の人間としての擬態は完璧なようで、社会的な地位が高いらしい。

 

私は彼の用意した居住区に住み、本を読み漁っていた。

そう、人間の常識を本を通して得ている最中だ。

そしてこれは石動が無作為に用意した本達だ。

 

この大きな部屋に数百冊の本がある。

そして、一週間に一度、全て入れ替えられている。

 

『私達』は人間よりも優れた種族だ。

記憶力や、情報の処理能力も段違いだ。

一度読めば全て覚えられる……何度も読み返す必要はない。

 

 

そうして本達から、地理、文化、習慣、宗教、あらゆる情報を得ていく。

 

幾つも情報を得ていく内に……一冊の本が興味を引いた。

 

 

「……何これ?」

 

 

買い与えられたフリルの付いたワンピースを翻し、本を手に取る。

 

表紙に書いてある表題、それは他の書籍と随分違った。

酷く、感傷的な表紙だった。

 

興味深く感じて、動かない足を寝床に投げ出したまま……ページを捲る。

 

 

それは、虚構(フィクション)だった。

一人の女が、一人の男と結ばれて……愛を育むまでの話だ。

 

それを自分でも驚くほど興味深く感じて、読み進める。

物語の中の女は、随分と幸せそうだった。

 

愛して貰うということ、それを酷く羨ましく思えた。

自身より他者を優先する、生物として矛盾した感情……愛、愛か。

 

 

「……ふぅん?」

 

 

息を吐いて、他の書籍を壁に寄せて……読み漁る。

恋、そして愛。

 

読み終えて、閉じる。

恋愛小説を胸に抱きしめて、天井を見る。

 

随分と幸せそうだった。

羨ましいと思った。

死の恐怖もなく、安らかに過ごす事。

それは私の望みだ。

 

誰かに無償で『守ってもらうこと』。

それは私の理想のように感じた。

 

これが虚構だとしても、そうあれば良いと思えた。

 

だから──

 

 

「面白そう」

 

 

私は『恋愛』というものに、強い興味を抱き始めていた。

 

 

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