徒花テンタクル:恋する触手怪人   作:WhatSoon

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2話:エゴ

「イシュバ、君はまだ歩けないのかい?」

 

「……別に、歩けなくても良いと思うけれど?」

 

「良い訳ないんだよ。君はここから動かないつもりかい?」

 

 

石動に話しかけられながら、私はクッションの上で横たわっていた。

元々、私は他の『私達』と違って足がなかった。

だから、足の使い方が分からない。

動かせはするが、歩くのは難がある。

 

 

「……はぁ。外に出ても問題ないよう、君にコレを用意したんだ」

 

「外に?」

 

「今後、頼みたい事があると言っただろう?なのに、人の形で出歩けないのは支障をきたすからね」

 

 

私の前に置かれたのは……実物は初めて見たが『車椅子』という奴だ。

這いずって、それに乗り上げる。

 

……面倒だな。

足を一旦、触手に戻して……車椅子に乗った。

 

 

「使い方は分かるかい?」

 

「ええ」

 

「人に擬態する練習も必要だろうからね……必要なものは置いておくから、自由に使ってくれて構わないよ」

 

 

石動、彼に施され過ぎると危険だという認識はあった。

借りを作り過ぎると、縛られる。

それは、自由に安らかに生きるという目標からズレている。

 

 

「一度、一人で外を見てみるのもをオススメするよ。情報だけでは限界があるからね」

 

「そう?」

 

「あぁ、そうとも。それと……人を殺さない事。目立たない事。これだけは約束してくれるかな?」

 

「分かってるわ」

 

 

私の返答に満足して彼が退室した。

直後、机に置かれた書類に手を伸ばす。

 

身分証や金銭、携帯電話?

現代に生きる人間に必要な物か。

 

一週間程前に撮られた写真、それがパスポートに貼られていた。

 

名前は──

 

 

「……?イシュバじゃないの?」

 

 

石端(いしば) 紗夜(さや)と書かれていた。

 

視線を顔写真に移す。

セミロングの銀髪、薄紅色の目。

 

凡そ、日本人とは思えない容姿だ。

しかし、名前は……あぁ、なるほど、クォーターという設定か。

 

存在しない家族関係や、自分のルーツについて考えなければならない。

面倒だな、と思いつつため息を吐いた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

高層マンションからエレベーターで降りて、私は外に出た。

車椅子の車輪を手で回し、進んでいく。

 

太陽は傾いている。

 

石動から貰った携帯電話を開き、時刻を確認する。

19時か。

 

さて、特に目的もなく出てきた訳だが……視線がやけに刺さるな。

 

ここは日本、周りの人間は黒髪のアジア系人種ばかり……それに比べて私の髪は色が抜けている。

なるほど、目立つ容姿をしているからか。

 

鬱陶しく感じながらも、道を進む。

 

……そういえば、目覚めてから何も食べていない。

私達は食事をしなくても生きていけるが……それはそれとして、道楽としての食事を私は好んでいる。

 

と言っても、人を無闇に食うのはまずいだろう。

今代の地球の守護者に目を付けられたら堪らない。

 

 

 

なら、まずは──

 

 

 

喫茶店に入った。

車椅子から降りて、ボックス席に座り……目の前のカップを傾ける。

 

黒い液体。

私の読んだ本にもあった、コーヒーという奴だ。

 

それを口に含み──

 

 

「……苦いわ」

 

 

顔を顰めた。

苦いとは知っていたが、これ程までとは思わなかった。

人間はよくもまぁ、こんな物を飲めるな。

 

机に置いてあった砂糖を固めた物を幾つか入れて、ようやく飲めるようになった。

 

温かいコーヒーを口にしながら、静かな時間を過ごす。

 

昔、私は数多の人間を殺した。

食い散らかし、意味もなく大量に殺した。

楽しかったからだ。

 

しかし、今は出来ない。

地球の守護者に見つかれば、面倒な事になるからだ。

 

でも、我慢出来ない程ではない。

あの時代は、娯楽が少なかった。

故に人を裂いたり、溶かしたりするぐらいしか遊びがなかっただけだ。

 

 

 

コツコツとマグカップを指で叩く。

黒い液体が波打つ。

 

 

 

しかし、この時代の人間の文化は面白い。

この食事もそうだが、物語も面白い。

テレビという箱にも驚いたな。

 

人間は殺すよりも、こうやって文化を拝借した方が有効活用できる。

それを知った。

 

だから、積極的に殺す気はもう無かった。

 

 

端的に言うと、飽きたのだ。

人間を殺して遊ぶ事に。

 

 

人の道徳で『無闇に他人を殺してはならない』とある。

それに感化された訳ではない。

そもそも私は人間ではないのだから、そんな倫理観に従う必要はない。

 

しかし、その倫理観に従った方が楽しめるのなら……私は人間の擬態を上手くなる必要がある。

 

この世界の娯楽を楽しむ為ならば、面倒だろうが我慢できる。

 

 

 

私はコーヒーを飲み干して、喫茶店の外に出た。

 

 

 

車椅子の車輪を回しながら、夜空を見上げる。

……随分と星が少なく見えた。

 

前の時代なら、空は輝いて筈なのに。

 

……そろそろ、居住場所に戻ろう。

今日、見た事、感じた事……それらを整理する時間が欲しい。

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん一人?随分と大変そうだねぇ」

 

 

ふと、声を掛けられた。

随分と陽気そうな……頭の悪そうな男。

 

車椅子に乗っている私を見て、弱者と誤認している目。

 

 

「いいえ、何も困っていないわ。家に帰ろうとしているのだけれど……」

 

「良いから良いから」

 

 

 

勝手に車椅子を押される。

繁華街を抜けて、人気のない方へ。

 

思わず、声を掛ける。

 

 

「こちらではないのだけれど」

 

「細かい事は良いじゃん、ちょっと遊んでいこうよ」

 

 

……面倒な事になったな。

人間に擬態している以上、こんな物事に巻き込まれるのは勘弁したいのだが。

 

石動に小言を言われたくはないな。

帰らせて貰おう。

 

 

「ごめんなさい、帰らないと叱られてしまうの」

 

「えぇ?お姉さん、危機感とかない感じ?」

 

 

危機感?

あぁ、なるほど……何かしら、私を害する意思があるのだろうか。

 

男の手が私の身体に触れた。

……周りに人はいない。

 

ふむ、『そういう』事か。

本で読んだ事があるが、私のような容姿だと標的になり易いのか?

 

 

「……離して頂けませんか?」

 

「楽しんだ方がいいぜ、何、最後まではしないからさ──

 

 

ぐに、と握る手が強くなる。

……不快だな。

 

何よりも、何故、私が我慢しなければならないのか……そう思うと、苛立った。

 

 

「はぁ……」

 

 

息を深く吐いて……車椅子から『立ち上がった』。

 

 

 

「え?お姉さん歩けるの?何で車椅子なんかに──

 

「うるさいな」

 

 

長いスカートの下から、どろり、と粘液が溢れる。

ぐちゅり、ぐちゅりと粘液の音が響く。

 

 

「え?何それ──

 

 

下半身を変態させ、元の姿に戻した。

赤黒い触手が何本も生えてくる。

 

壁際の灯りを叩き割り、暗闇を作り出す。

 

 

「え、あれ……?」

 

 

触手は私の身体を持ち上げる。

身長に換算すれば2.5メートルほどの高さから……男を見下ろした。

 

僅かに残った光が、私の下から照らした。

 

 

「口直し、させて貰おうかな」

 

 

先程のコーヒーの苦味がまだ口で残っている。

人間を殺す事に飽きたのは確かだが、殺す事に躊躇い等は存在しない。

私の邪魔をするなら、喜んで殺すとしよう。

 

それに、血と肉の味も愉しみたいし。

この味は嫌いじゃない。

 

恐怖で腰を抜かしたのか、呼吸を荒げて後ずさる男に……触手を伸ばした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「人を殺すのはダメだと言ったと思うんだけど……?」

 

「だって、仕方なかったの」

 

 

私はビーズクッションの上に寝転がり、缶に入ったクッキーを口にする。

バリバリと噛み砕けば、破片が床に溢れた。

 

それを見て、石動は顔を顰めた。

 

 

手元にある新聞を見る。

 

路地裏で発見された、上半身だけが無くなった死体。

まるで溶解したかのように、溶けた臓物が壁に飛散していた……と報道されている。

 

 

「君達の『天敵』に目を付けられるかも知れないんだぞ。あまり身勝手な事はして欲しくないな」

 

「そうね。気を付けるわ」

 

 

クッキーを噛み砕き、破片を床に溢した。

また、石動が苦い顔をした。

 

 

「……一度、今代の守護者を見た方が良いんじゃないか?」

 

「どうして?そんなリスク、犯す必要なんてないと思うけれど」

 

「君の危機感の欠落を見れば、荒療治でもしなければ……そう思ってしまうんだよ」

 

 

そう言って、石動は誰かに電話を掛け始めた。

私は仰向けになって、クッキーを貪る。

 

うん、この格好なら溢れない。

効率の良い食べ方だ。

……空っぽになってしまった缶を握りつぶして、地面に転がした。

 

この部屋は定期的に掃除が入る。

こうしておけば誰かが片付けるだろう。

 

石動が電話を終えて、私を見た。

眉は顰めている。

 

 

「今から行って欲しい場所があるんだ」

 

 

……面倒だが、こうやって生活の面倒を見られている以上、断る事は出来ない。

まだこの生活を手放したくないからだ。

 

私は渋々、車椅子に乗った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

石動の部下が運転する車という物に乗せられた。

……私が走るよりも早いな。

 

やっぱり人間の文明は面白い。

 

外の景色を眺めていると……何やら、建物に連れてこられた。

 

地球の守護者を見せてくれるんじゃなかったのか?

そう訝しみながらも、車椅子ごと車から降りて……中に入る。

 

 

石動の部下は入ってこなかった。

……アレは普通の人間だろう。

あまり情報を与えたくないという事だろう。

 

人間を部下にできるとは、やはり石動は人間に対する理解が深い。

今度、コツでも聞いてみようか。

……あぁ、そういえば石動の本当の名前は何だったか……今度、訊いておこう。

 

建物に入ると、見覚えのある姿があった。

……私が目覚めた日に居た、私達の仲間だ。

 

長い黒髪で顔の半分を隠した女だ。

 

 

「来たか」

 

「面倒だけれど、呼ばれたから」

 

 

私は彼女に近づくために、車椅子を動かした。

見上げると、感情を感じさせない目で私を見た。

 

 

「車椅子は置いておけ。邪魔になる」

 

「そんな事すると私、歩けないのだけれど」

 

「……足元だけ擬態を解けば良いだろう。どうせ、外は暗くなる」

 

「そうかしら?」

 

「足元など誰もみない。それに、その為にそんな服を着ているのだろう?」

 

「……えぇ、そうだけれど」

 

 

その言葉に頷き、足を触手に変えて、ロングスカートの下で蠢かせる。

車椅子から立ち上がり、視線の高さを合わせる。

 

 

「それで?何をするつもりなの?えーっと──

 

「アラニヤ」

 

「そう、アラニヤね?何をするの?」

 

 

首を傾げると、アラニヤは自身の顎に手を当てた。

 

 

「私の『種』に適合できる人間を見つけた。そいつを殺しに行く」

 

「へぇ、そうなの?」

 

 

同種を増やす為に私達が生み出す、種。

死体に種を植え付ければ増えるが……生前に判別できたのか?

 

私が訝しんでいる様子に気づいたのか、アラニヤが私を一瞥した。

 

 

「遺伝子情報から適合者を見つけられるらしい。石動の研究成果だ」

 

「彼って凄いのね」

 

 

頷きながら、私は手を口に当てた。

 

どうでもいい。

面倒だ。

 

何故、私を呼んだのか……その理由の方が気になる。

 

 

「私達が姿を現せば……確実に地球の守護者が邪魔をしにくる」

 

「手伝えと言うの?」

 

 

何が楽しくて天敵と相対しなければならないんだ。

それを強要されるぐらいなら、いっそ、ここでコイツを殺して──

 

 

「違う。ただ見学すればいい」

 

「…………」

 

「だから落ち着け」

 

「……そう?分かったわ」

 

 

私は意図的に、笑顔を作って頷いた。

戦わなくて良いならば、問題はない。

 

アラニヤが息を少し吐いて、ドアを指差した。

 

 

「道案内はしてやる。付いてこい」

 

「ええ。でも、そんなに怯えなくて良いのよ?」

 

「……私は怯えてなどいない」

 

 

外は既に暗くなり始めていた。

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