徒花テンタクル:恋する触手怪人   作:WhatSoon

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3話:光

白い電灯が私達を照らしている。

一般的な人間達が住む住宅、リビングと呼ばれる広間の中……幾つか、影が出来ている。

 

それは血痕が付着している、電灯が生み出した影だ。

 

その血の元の持ち主は──

 

 

『食うか?』

 

 

足元に転がっているは成人済みの男と女だ。

服の上からでも分かるが、射られたような跡がある。

血が服に滲んでいる。

 

視線を、アラニヤに向ける。

 

それは蜘蛛のような見た目をしていた。

大量の目、裂けた口、爪のような足が何本も生えている。

 

……これが、彼女の本来の姿なのだろう。

 

しかし──

 

 

「いいの?殺しちゃダメって石動に言われてたけど」

 

『許可は取ってある』

 

「……ふーん」

 

 

許可、ね。

誰かに許可を取らなければ人を殺せないだなんて、本当に不自由だな……現代は。

 

 

「まぁ、貰おうかな」

 

『……ほら』

 

 

男の手を引き千切り、私に投げ渡した。

私は手の擬態を解いて、裾から触手を生やし、受け取った。

 

血が飛び散って、服に付着した。

 

 

「もう、服が汚れるわ」

 

 

巻き取ると、触手の先端が裂けた。

そこには上下左右……奥にまで牙が見えた。

これは確か、ヤツメウナギの遺伝子だったかな?

 

まぁ、兎に角……人の口では食べ辛い。

触手を通して溶解液で溶かしつつ、触手で貪る。

 

ぐちゃぐちゃと大きく音を立てていると、ガタリ、と背後で音がした。

 

 

「んん、んんんっ」

 

 

もごもごと何を言っているのか分からない。

若い女だ。

先程の夫婦の娘だろう。

 

口元は蜘蛛の糸で覆われている。

手足も動けないよう縛られている。

 

アラニヤの特技だそうだ。

蜘蛛の遺伝子が色濃く出ている。

 

女に私が顔を近づけると恐怖に引き攣った顔をした。

 

 

「これが適合者なの?」

 

『そうだ』

 

「……御愁傷様」

 

 

私達の会話を聞き、己の未来が明るくないと悟ったのか……ミノムシのように身を捩り逃げようとしている。

 

……あれ?

昔はこういうの『面白い』と思ってたけど、今は面白くないな。

寧ろ、何か少し嫌な気分だ。

 

何でだろう。

触手を伸ばして彼女の頬に触れる。

粘液がベタベタと頬に付着する。

 

 

「んんん、んっ、んんんん!」

 

 

声にならない悲鳴を上げた彼女に、アラニヤが顔を向けた。

引き裂けた蜘蛛のような顔を、だ。

 

 

『うるさい……そろそろ静かにさせるか』

 

「まだ食べ残しがあるけれど?」

 

 

私がズタズタになった男女を指差すと、未成年の女は青褪めて涙を流した。

対して、アラニヤは表情の読めない顔を捻った。

ごきり、ごきりと異音が響いた。

 

 

『残っているのは内臓だ。あまり美味くない』

 

「そう?私は、寧ろ好きだけど」

 

『……なら、食っていいぞ』

 

 

触手を伸ばして、男の頭を掴んだ。

体液で溶かすと、顔が溶けて崩れていく。

 

触手を乱雑に使い、まるで池に落ちた虫に群がる魚のように……食い散らかす。

骨を砕き、肉を千切り、脳を食らう。

 

その様子を見ていた未成年の女は、震えて声を出さなくなった。

しかし、極度の恐怖の所為か失禁していた。

 

 

溶けた臓物を食らっていると、アラニヤが未成年の女に手で触れた。

 

 

『『種』を植えるぞ』

 

「どうぞ、お好きに」

 

 

アラニヤが自分の身体に手を突っ込み……肉片を取り出した。

そう、あれが『種』。

私達を私達足らしめている核……それを分割した物だ。

 

『私達』は核が破壊されない限り、基本的に死ぬ事はない。

腕を切られても、足を切られても……だ。

血肉を喰らうか、欠損部分と繋ぎ合わせれば復活する。

 

そんな核を小さく分離させた。

そして……それを摘み──

 

 

「ぐべっ──

 

 

女の身体に埋め込んだ。

痙攣して、震え出す。

 

 

『……イシュバも完全変態しろ』

 

「え?……まぁ、分かったわ」

 

 

身体の中にある『人間』の遺伝子情報を欠損させる。

構造を作り変えて、破壊、再構築。

着ている服を覆うように身体を赤黒い肉が覆い、人の姿を無くしていく。

 

下半身が完全に触手と化し、顔に八つの目が現れる。

赤黒い肉を硬化して、異形の姿となる。

 

アラニヤが私に振り返り、首を傾げた。

 

 

『……そう言えば、イシュバは何の生物を元にしているんだ?』

 

 

何を?

 

……あぁ、そうか。

グクマツは蛇の、アラニヤは蜘蛛の姿を色濃く出していた。

彼等は一つの生物の強みを活かそうと、遺伝子を組んでいるのだろう。

 

 

『全てよ』

 

『……どういう事だ?』

 

『言葉の通り……だけど、今は『種』の事に集中しよ?』

 

『……あぁ、そうだな』

 

 

不可解そうに蜘蛛の瞳が揺らいだ。

 

……単純な話なのだ。

彼等は私よりも世代が浅いのだろう。

 

私は、彗星の飛来と共に誕生した『原初』の『私達』なのだ。

古い『私達』は固定観念に縛られない。

一つの生物に絞らない。

 

複数の生物を掛け合わせて、強い姿を作り出す。

 

それが彼等は分からない。

……別に教えてやる必要はないか。

強くなられたら、私に不都合があった時……一方的に殺せなくなる。

 

 

 

さて、『種』が植えられた人間を見る。

 

 

「ぐ、ぶ、ば、ばば、ぁあっ」

 

 

奇声を上げて、悶えて……目や鼻、口から血を流している。

皮膚が赤くなり……変形する。

人間としての肉体が崩壊し、それを依代として『種』が核へと定着する。

 

そう、新たな『私達』の誕生だ。

 

 

『ギギ、ぐ、ギギッ』

 

 

身体を黒い毛が覆って行き、背中から爪……いや、足が生えた。

『種』による受肉は、元となった『私達』に影響される。

 

つまり、アラニヤの性質である『蜘蛛』を強く引き継いだ……蜘蛛人間になる。

 

 

『受肉後は平均で6時間、自我を失う……イシュバ、一旦退くぞ』

 

『……見守らないの?』

 

『加減が余って殺してしまう。それに……コイツが暴れれば、奴が誘き寄せられる可能性もある』

 

 

……あぁ、地球の守護者か。

私達は部屋の中で悶える蜘蛛と人間の混ぜ物から離れて、部屋を出る。

 

アラニヤが地を蹴り、別の建物の上に乗った。

それに倣い、私も屋根の上に立つ。

 

そして──

 

 

『ギャ、ぐギ!ギギ!』

 

 

奇声を上げながら、外に放たれた元人間を見下ろした。

 

初の変態直後は、極度の飢餓状態になる。

自身と同じ遺伝子を持つ生命体を求めて、彷徨う事になるだろう。

 

人か、蜘蛛か。

 

……恐らく、食いごたえがあるのは人間だろう。

腹も膨らめば、理性も戻り易くなる。

精々、食事を楽しんで貰おう。

 

 

蜘蛛人間が他の家のドアを破壊して、中に入っていく。

騒音と、悲鳴……夜の街に鳴り響く。

 

ちら、とアラニヤを見る。

 

 

『本当に放置でいいの?』

 

『私達の姿を、守護者はまだ知らない。バレない方がいい……守護者が来ても、アレの援護はするなよ』

 

『ふぅん……それって、石動の考え?』

 

『そうだ』

 

 

……本当につまらないな、コイツら。

誰かの意見に従って、個ではなく種を優先する……まるで、人間だ。

 

あぁ、そうか。

だから人間の擬態が上手いのか、コイツら。

 

人としての遺伝子を強く取り込んでるから、故に……人間らしい性質を持っていると。

 

まぁ、いい。

 

 

誰か、人が逃げ出した。

血を撒き散らしながら、蜘蛛人間が追いかけようとしている。

 

 

『直に通報される』

 

『どうなるの?警察が来るだけだよね?』

 

『そうだが、それだけではない』

 

 

私は首を捻り、屋根の上で姿勢を崩した。

 

 

『今代の地球の守護者は……警察と協力しているらしい。1、2時間もすれば、ここに到着するだろう』

 

『へぇ、そうなの』

 

 

それまで、随分と暇だな。

守護者に目を付けられない為に、姿は見せられないと……やる事がない。

 

……会話するか。

 

 

『普段から、こういう事をしてるの?』

 

『あぁ、私以外も含めれば二十回程は……だが、守護者から死なずに逃げ延びられたのは一体だけだ』

 

 

……随分と割に合わない。

だが、守護者と戦うリスクもなければ何も失う物はなく……問題ないという判断か。

 

しかし、それだと人間の命が勿体無い──

 

 

『はぁ……』

 

『どうかしたか、イシュバ』

 

『いいえ、何も』

 

 

私も、随分と毒されてしまったな。

 

現代の人間社会は娯楽が多過ぎる。

それが失われるのは辛い。

だから、人はあまり殺したくない……と思ってしまっている。

 

 

それに、あの女……恐怖を感じていた目、逃げようとする足掻き……アレを見て、どうして不快になったか分かってしまった。

 

私も守護者から逃げた時、あんな目をしていたからだ。

……そして、その目をしている女を見て、同族意識を持ってしまった。

 

私が人間に対して、その気持ちは理解できると無意識に同調してしまったのだ。

それが不快だったのだ。

 

 

『早く、来ないかな……』

 

 

やはり、こんな事よりも本を読んでいる方が楽しい。

先日入ってきた恋愛小説の続きを読みたいのだ。

 

夜風に当たりながら、惨劇が繰り広げられる地上を見下ろした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

2時間後。

元人間の蜘蛛人間が7人殺害した頃……エンジンの音が耳に響いた。

 

 

『来たな』

 

『ん?』

 

 

屋根の上でだらけていた私は、身を乗り上げて顔を出す。

 

遠くから、ライトを輝かせて……二輪の車両が走ってくる。

アレは確か、バイクという乗り物だ。

 

それに乗っているのは──

 

 

『アレが今代の守護者だ』

 

 

金色の甲殻を、朱色の鎧の上に身に纏った戦士が、バイクに乗っていた。

目は緑色に輝き、四肢の一部も輝いている。

 

……私の知っている守護者とは、随分と違う容姿だな。

私が知っている守護者は、あんな朱色はなく、全身が金色だった。

それに……今代は何故か、人工物的な見た目をしている。

 

私は首を傾げて、アラニヤを見る。

 

 

『名前は?』

 

『名?』

 

『人間としての個体名は?知らないの?』

 

『……さぁな。だが、我々は奴を、そのまま『地球の守護者(ガイア)』と呼んでいる』

 

 

守護者(ガイア)、か。

目を向けると、金色の鎧が鈍く輝いていた。

 

 

……守護者(ガイア)が蜘蛛人間と相対すると、身体のラインが緑色に光った。

 

蜘蛛人間が飛び掛かり、反撃にと頭部に手刀をぶつける。

強烈な破裂音がして、蜘蛛人間が地面に叩き付けられた。

 

守護者(ガイア)が地面に転がった蜘蛛人間に掴み掛かり投げとばす。

衝突し、石組みの壁が崩れる。

 

 

……随分とお粗末な戦い方だ。

戦う技術は二流だ。

敵を痛めつける意思や、殺意を感じられない……人としての領分を守った戦い方。

まるで子供のじゃれ合いのようだ。

 

 

蜘蛛人間の顔面に拳が直撃し、怯んだ。

その瞬間、守護者(ガイア)の胸元が開いた。

左胸、そこに存在する緑色の結晶が露出する。

 

 

『……アレは──

 

 

覚えている。

あぁ、覚えているとも。

アレこそが『地球の守護者』たる所以だ。

 

 

直後、守護者(ガイア)の左胸にある結晶が光った。

強烈な閃光が、夜の街を照らす。

 

 

私を焼いた『光』だ──

 

 

私は目を細めながら、その様子を見ていた。

背筋をなぞられるような不快感。

そして、古傷が痛むような感覚。

 

そして、『光』が放たれた。

地球を害する者を討ち滅ぼさんと、地球から与えられた星の力。

 

今、それが熱となり、力となり、蜘蛛人間に直撃した。

 

蜘蛛人間は吹っ飛んで、転がり……身を痙攣させた。

身体は焼かれて……色と共に生気を失ったように、灰色に変色していた。

 

まるで小さな超新星爆発(ハイパー・ノヴァ)だ。

この星の怒りが込められた破壊の光……だが、以前見た物よりも極小だ。

 

百分の一程度……市街地だから手加減をしているのか?と思ったが、守護者(ガイア)は息を切らしているように上半身全体で呼吸をしている。

 

……胸にあった緑の結晶。

『地球の守護者』に力を与える『結晶』だ。

2000年前の奴は胸の『左右』に『二つ』あった。

 

しかし、今代は左胸のみだ。

単純に出力も下がっているのだろうが……これが全力か?

しかし、何故、一つしか無い?

 

 

『イシュバ──

 

『弱いわね』

 

 

屋根の上で姿勢を変える。

八つの目で守護者(ガイア)を見る。

 

2000年前と比べれば雲泥の差だ。

これでは、『天敵』と呼べない。

 

……ここで、殺しておくか。

そうすれば100年は安泰だ。

 

身を乗り出そうとして──

 

 

『イシュバ、勝手な真似は止めて貰おう』

 

『……邪魔するの?』

 

 

アラニヤの手が、私に向いていた。

鋭い爪が伸びて、前に出れば突き刺さるだろう。

 

 

『我々は我々の考えで動いている……幾らイシュバが強かろうと、従って貰おう』

 

『…………そう』

 

 

本当に、つまらない奴らだ。

自分で何も考えられない、物事を決められない愚図共が。

 

今すぐ八つ裂ききして……いや──

 

 

『冗談よ、争うつもりはないわ』

 

 

私はアラニヤを見た。

 

コイツらと事を構えれば、私の今の生活基盤が壊れてしまう。

金もなくなれば、人間の娯楽を楽しめない。

本も読めない。

 

だから今は……本当に、腹が立つが……従ってやろう。

 

 

『……分かってくれるなら良い』

 

 

アラニヤは手を納めた。

……僅かに震えていたな。

 

コイツは分かっているのだ。

私と戦えば負けると……本能で理解している。

 

 

『……帰るぞ、イシュバ。もう少しすれば警察も集まってくる』

 

『えぇ、分かったわ』

 

 

頷いて……今代の地球の守護者を見下ろす。

炭と灰の混合物となった蜘蛛人間の前で膝をついて……静かに頭を下げていた。

 

……黙祷、という奴か。

情を抱いているのか……最早、人とは呼べない姿となったバケモノに。

随分と甘い奴だ。

戦士として……相応しくない。

 

その甘さは弱さだ。

 

 

興味を失った私は、先に飛んだアラニヤを追いかける。

 

……このまま、コイツらの命令に従うのは不服だ。

だが、従わなければ人間の娯楽を堪能できない。

 

ならば……私が、自分の力で『人間』としての立場を作るしかない。

 

手始めに……『あるばいと』でもしてみようか?

人間は生きるために、金が必要だからだ。

 

 

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