白い電灯が私達を照らしている。
一般的な人間達が住む住宅、リビングと呼ばれる広間の中……幾つか、影が出来ている。
それは血痕が付着している、電灯が生み出した影だ。
その血の元の持ち主は──
『食うか?』
足元に転がっているは成人済みの男と女だ。
服の上からでも分かるが、射られたような跡がある。
血が服に滲んでいる。
視線を、アラニヤに向ける。
それは蜘蛛のような見た目をしていた。
大量の目、裂けた口、爪のような足が何本も生えている。
……これが、彼女の本来の姿なのだろう。
しかし──
「いいの?殺しちゃダメって石動に言われてたけど」
『許可は取ってある』
「……ふーん」
許可、ね。
誰かに許可を取らなければ人を殺せないだなんて、本当に不自由だな……現代は。
「まぁ、貰おうかな」
『……ほら』
男の手を引き千切り、私に投げ渡した。
私は手の擬態を解いて、裾から触手を生やし、受け取った。
血が飛び散って、服に付着した。
「もう、服が汚れるわ」
巻き取ると、触手の先端が裂けた。
そこには上下左右……奥にまで牙が見えた。
これは確か、ヤツメウナギの遺伝子だったかな?
まぁ、兎に角……人の口では食べ辛い。
触手を通して溶解液で溶かしつつ、触手で貪る。
ぐちゃぐちゃと大きく音を立てていると、ガタリ、と背後で音がした。
「んん、んんんっ」
もごもごと何を言っているのか分からない。
若い女だ。
先程の夫婦の娘だろう。
口元は蜘蛛の糸で覆われている。
手足も動けないよう縛られている。
アラニヤの特技だそうだ。
蜘蛛の遺伝子が色濃く出ている。
女に私が顔を近づけると恐怖に引き攣った顔をした。
「これが適合者なの?」
『そうだ』
「……御愁傷様」
私達の会話を聞き、己の未来が明るくないと悟ったのか……ミノムシのように身を捩り逃げようとしている。
……あれ?
昔はこういうの『面白い』と思ってたけど、今は面白くないな。
寧ろ、何か少し嫌な気分だ。
何でだろう。
触手を伸ばして彼女の頬に触れる。
粘液がベタベタと頬に付着する。
「んんん、んっ、んんんん!」
声にならない悲鳴を上げた彼女に、アラニヤが顔を向けた。
引き裂けた蜘蛛のような顔を、だ。
『うるさい……そろそろ静かにさせるか』
「まだ食べ残しがあるけれど?」
私がズタズタになった男女を指差すと、未成年の女は青褪めて涙を流した。
対して、アラニヤは表情の読めない顔を捻った。
ごきり、ごきりと異音が響いた。
『残っているのは内臓だ。あまり美味くない』
「そう?私は、寧ろ好きだけど」
『……なら、食っていいぞ』
触手を伸ばして、男の頭を掴んだ。
体液で溶かすと、顔が溶けて崩れていく。
触手を乱雑に使い、まるで池に落ちた虫に群がる魚のように……食い散らかす。
骨を砕き、肉を千切り、脳を食らう。
その様子を見ていた未成年の女は、震えて声を出さなくなった。
しかし、極度の恐怖の所為か失禁していた。
溶けた臓物を食らっていると、アラニヤが未成年の女に手で触れた。
『『種』を植えるぞ』
「どうぞ、お好きに」
アラニヤが自分の身体に手を突っ込み……肉片を取り出した。
そう、あれが『種』。
私達を私達足らしめている核……それを分割した物だ。
『私達』は核が破壊されない限り、基本的に死ぬ事はない。
腕を切られても、足を切られても……だ。
血肉を喰らうか、欠損部分と繋ぎ合わせれば復活する。
そんな核を小さく分離させた。
そして……それを摘み──
「ぐべっ──
女の身体に埋め込んだ。
痙攣して、震え出す。
『……イシュバも完全変態しろ』
「え?……まぁ、分かったわ」
身体の中にある『人間』の遺伝子情報を欠損させる。
構造を作り変えて、破壊、再構築。
着ている服を覆うように身体を赤黒い肉が覆い、人の姿を無くしていく。
下半身が完全に触手と化し、顔に八つの目が現れる。
赤黒い肉を硬化して、異形の姿となる。
アラニヤが私に振り返り、首を傾げた。
『……そう言えば、イシュバは何の生物を元にしているんだ?』
何を?
……あぁ、そうか。
グクマツは蛇の、アラニヤは蜘蛛の姿を色濃く出していた。
彼等は一つの生物の強みを活かそうと、遺伝子を組んでいるのだろう。
『全てよ』
『……どういう事だ?』
『言葉の通り……だけど、今は『種』の事に集中しよ?』
『……あぁ、そうだな』
不可解そうに蜘蛛の瞳が揺らいだ。
……単純な話なのだ。
彼等は私よりも世代が浅いのだろう。
私は、彗星の飛来と共に誕生した『原初』の『私達』なのだ。
古い『私達』は固定観念に縛られない。
一つの生物に絞らない。
複数の生物を掛け合わせて、強い姿を作り出す。
それが彼等は分からない。
……別に教えてやる必要はないか。
強くなられたら、私に不都合があった時……一方的に殺せなくなる。
さて、『種』が植えられた人間を見る。
「ぐ、ぶ、ば、ばば、ぁあっ」
奇声を上げて、悶えて……目や鼻、口から血を流している。
皮膚が赤くなり……変形する。
人間としての肉体が崩壊し、それを依代として『種』が核へと定着する。
そう、新たな『私達』の誕生だ。
『ギギ、ぐ、ギギッ』
身体を黒い毛が覆って行き、背中から爪……いや、足が生えた。
『種』による受肉は、元となった『私達』に影響される。
つまり、アラニヤの性質である『蜘蛛』を強く引き継いだ……蜘蛛人間になる。
『受肉後は平均で6時間、自我を失う……イシュバ、一旦退くぞ』
『……見守らないの?』
『加減が余って殺してしまう。それに……コイツが暴れれば、奴が誘き寄せられる可能性もある』
……あぁ、地球の守護者か。
私達は部屋の中で悶える蜘蛛と人間の混ぜ物から離れて、部屋を出る。
アラニヤが地を蹴り、別の建物の上に乗った。
それに倣い、私も屋根の上に立つ。
そして──
『ギャ、ぐギ!ギギ!』
奇声を上げながら、外に放たれた元人間を見下ろした。
初の変態直後は、極度の飢餓状態になる。
自身と同じ遺伝子を持つ生命体を求めて、彷徨う事になるだろう。
人か、蜘蛛か。
……恐らく、食いごたえがあるのは人間だろう。
腹も膨らめば、理性も戻り易くなる。
精々、食事を楽しんで貰おう。
蜘蛛人間が他の家のドアを破壊して、中に入っていく。
騒音と、悲鳴……夜の街に鳴り響く。
ちら、とアラニヤを見る。
『本当に放置でいいの?』
『私達の姿を、守護者はまだ知らない。バレない方がいい……守護者が来ても、アレの援護はするなよ』
『ふぅん……それって、石動の考え?』
『そうだ』
……本当につまらないな、コイツら。
誰かの意見に従って、個ではなく種を優先する……まるで、人間だ。
あぁ、そうか。
だから人間の擬態が上手いのか、コイツら。
人としての遺伝子を強く取り込んでるから、故に……人間らしい性質を持っていると。
まぁ、いい。
誰か、人が逃げ出した。
血を撒き散らしながら、蜘蛛人間が追いかけようとしている。
『直に通報される』
『どうなるの?警察が来るだけだよね?』
『そうだが、それだけではない』
私は首を捻り、屋根の上で姿勢を崩した。
『今代の地球の守護者は……警察と協力しているらしい。1、2時間もすれば、ここに到着するだろう』
『へぇ、そうなの』
それまで、随分と暇だな。
守護者に目を付けられない為に、姿は見せられないと……やる事がない。
……会話するか。
『普段から、こういう事をしてるの?』
『あぁ、私以外も含めれば二十回程は……だが、守護者から死なずに逃げ延びられたのは一体だけだ』
……随分と割に合わない。
だが、守護者と戦うリスクもなければ何も失う物はなく……問題ないという判断か。
しかし、それだと人間の命が勿体無い──
『はぁ……』
『どうかしたか、イシュバ』
『いいえ、何も』
私も、随分と毒されてしまったな。
現代の人間社会は娯楽が多過ぎる。
それが失われるのは辛い。
だから、人はあまり殺したくない……と思ってしまっている。
それに、あの女……恐怖を感じていた目、逃げようとする足掻き……アレを見て、どうして不快になったか分かってしまった。
私も守護者から逃げた時、あんな目をしていたからだ。
……そして、その目をしている女を見て、同族意識を持ってしまった。
私が人間に対して、その気持ちは理解できると無意識に同調してしまったのだ。
それが不快だったのだ。
『早く、来ないかな……』
やはり、こんな事よりも本を読んでいる方が楽しい。
先日入ってきた恋愛小説の続きを読みたいのだ。
夜風に当たりながら、惨劇が繰り広げられる地上を見下ろした。
◇◆◇
2時間後。
元人間の蜘蛛人間が7人殺害した頃……エンジンの音が耳に響いた。
『来たな』
『ん?』
屋根の上でだらけていた私は、身を乗り上げて顔を出す。
遠くから、ライトを輝かせて……二輪の車両が走ってくる。
アレは確か、バイクという乗り物だ。
それに乗っているのは──
『アレが今代の守護者だ』
金色の甲殻を、朱色の鎧の上に身に纏った戦士が、バイクに乗っていた。
目は緑色に輝き、四肢の一部も輝いている。
……私の知っている守護者とは、随分と違う容姿だな。
私が知っている守護者は、あんな朱色はなく、全身が金色だった。
それに……今代は何故か、人工物的な見た目をしている。
私は首を傾げて、アラニヤを見る。
『名前は?』
『名?』
『人間としての個体名は?知らないの?』
『……さぁな。だが、我々は奴を、そのまま『
目を向けると、金色の鎧が鈍く輝いていた。
……
蜘蛛人間が飛び掛かり、反撃にと頭部に手刀をぶつける。
強烈な破裂音がして、蜘蛛人間が地面に叩き付けられた。
衝突し、石組みの壁が崩れる。
……随分とお粗末な戦い方だ。
戦う技術は二流だ。
敵を痛めつける意思や、殺意を感じられない……人としての領分を守った戦い方。
まるで子供のじゃれ合いのようだ。
蜘蛛人間の顔面に拳が直撃し、怯んだ。
その瞬間、
左胸、そこに存在する緑色の結晶が露出する。
『……アレは──
覚えている。
あぁ、覚えているとも。
アレこそが『地球の守護者』たる所以だ。
直後、
強烈な閃光が、夜の街を照らす。
私を焼いた『光』だ──
私は目を細めながら、その様子を見ていた。
背筋をなぞられるような不快感。
そして、古傷が痛むような感覚。
そして、『光』が放たれた。
地球を害する者を討ち滅ぼさんと、地球から与えられた星の力。
今、それが熱となり、力となり、蜘蛛人間に直撃した。
蜘蛛人間は吹っ飛んで、転がり……身を痙攣させた。
身体は焼かれて……色と共に生気を失ったように、灰色に変色していた。
まるで小さな
この星の怒りが込められた破壊の光……だが、以前見た物よりも極小だ。
百分の一程度……市街地だから手加減をしているのか?と思ったが、
……胸にあった緑の結晶。
『地球の守護者』に力を与える『結晶』だ。
2000年前の奴は胸の『左右』に『二つ』あった。
しかし、今代は左胸のみだ。
単純に出力も下がっているのだろうが……これが全力か?
しかし、何故、一つしか無い?
『イシュバ──
『弱いわね』
屋根の上で姿勢を変える。
八つの目で
2000年前と比べれば雲泥の差だ。
これでは、『天敵』と呼べない。
……ここで、殺しておくか。
そうすれば100年は安泰だ。
身を乗り出そうとして──
『イシュバ、勝手な真似は止めて貰おう』
『……邪魔するの?』
アラニヤの手が、私に向いていた。
鋭い爪が伸びて、前に出れば突き刺さるだろう。
『我々は我々の考えで動いている……幾らイシュバが強かろうと、従って貰おう』
『…………そう』
本当に、つまらない奴らだ。
自分で何も考えられない、物事を決められない愚図共が。
今すぐ八つ裂ききして……いや──
『冗談よ、争うつもりはないわ』
私はアラニヤを見た。
コイツらと事を構えれば、私の今の生活基盤が壊れてしまう。
金もなくなれば、人間の娯楽を楽しめない。
本も読めない。
だから今は……本当に、腹が立つが……従ってやろう。
『……分かってくれるなら良い』
アラニヤは手を納めた。
……僅かに震えていたな。
コイツは分かっているのだ。
私と戦えば負けると……本能で理解している。
『……帰るぞ、イシュバ。もう少しすれば警察も集まってくる』
『えぇ、分かったわ』
頷いて……今代の地球の守護者を見下ろす。
炭と灰の混合物となった蜘蛛人間の前で膝をついて……静かに頭を下げていた。
……黙祷、という奴か。
情を抱いているのか……最早、人とは呼べない姿となったバケモノに。
随分と甘い奴だ。
戦士として……相応しくない。
その甘さは弱さだ。
興味を失った私は、先に飛んだアラニヤを追いかける。
……このまま、コイツらの命令に従うのは不服だ。
だが、従わなければ人間の娯楽を堪能できない。
ならば……私が、自分の力で『人間』としての立場を作るしかない。
手始めに……『あるばいと』でもしてみようか?
人間は生きるために、金が必要だからだ。