連日、私は車椅子で外出している。
現在、私は石動に頼らなければ人間としての生活が出来ない状態が続いていた。
これを解消する為、金銭を稼ぐ……アルバイトを始める決心をした。
のだが。
「……これで七件目」
首を傾げる。
採用されないのだ。
この銀色の髪色が原因か。
それとも歩けない足が原因か。
……人間としての常識のなさが原因か。
いずれか……あるいは全てか。
幾つもの店から採用を見送られ、住んでいるマンションへの帰路の最中……貼り紙を見つけた。
『アルバイト募集中』
未経験者歓迎!
……もう、この際、何処でも良いか。
店の中を見ると、沢山植物が置いてある。
……花屋、という奴か。
看板には『
私は店内に入り──
「あら、いらっしゃい」
40歳ぐらいの女性に声を掛けられた。
……私は、目立つ容姿をしている。
にも関わらず、彼女はほんの少し驚いた様子を見せたけれど……すぐに、興味の目を引っ込めた。
あまり繁盛はしていなさそうな……廃れた花屋だ。
商品もそれほど多くなく、そのお陰で道幅も広い。
車椅子に乗っている私からすると、嬉しい事だ。
スッと店員が私の側に寄ってくる。
目線を合わせるためにか、しゃがみ込んだ。
「……何かお探し?」
「いえ……」
目を瞬く。
……この人間は、私のような車椅子に乗る人に慣れているのか?
それとも、単純に人が良いだけか。
私は、ここに入った目的を口にする。
「アルバイトを募集していると、表に書いてあったのだけど……」
「あら、アルバイト?」
女性が自分自身の頬を撫でて、少し驚いたような顔をした。
そして──
「貴女、どんな目的があってアルバイトをするの?」
「それは──
これは……採用試験という奴か?
無駄に設定を作るよりも、話せる範囲だけ絞って話せば良い。
そう判断した私は、彼女に視線を戻した。
「今、世話になっている人から自立したくて……」
「あら……そうなの……」
妙齢の女性は何か悩むような仕草を見せた。
……私の言葉から、何か見当違いな事を考えていそうだ。
「お花の事はどれぐらい分かる?」
分かるか……と言えば……分かる。
前に読んだ花図鑑から、有名どころの名前や飼育方法などは暗記している。
幾つか指さされた花の名前を答えると、妙齢の女性は嬉しそうに笑った。
「貴女、採用よ……!いやぁ、こんなに可愛い子が来てくれるなんて、おばちゃんも嬉しいわ」
「……貴女が採用担当、なの?」
首を傾げると、妙齢の女性は頷いた。
「私が店長よ?
……私は、彼女の伸ばしてきた手を取る。
「貴女の名前は?」
「私は……石端 紗夜」
私が名前を名乗ると、藤子は嬉しそうに微笑んだ。
「そう、よろしくね?紗夜ちゃん」
両手を優しく握られて……私は、花屋『
そして、
◇◆◇
アルバイトを始めた私に、藤子は良くしてくれた。
車椅子が通りやすいように道の幅を広げてくれたり、レジに車椅子で乗れる段差を用意してくれた。
ありがたい話だが、どうしてここまで良くしてくれるのか……私には分からない。
直接、藤子に「どうして優しくしてくれるの?」と訊くと……ニッコリと笑って──
「思いやりよ、誰でにでも優しくするのが私のモットーなの」
なんて言っていた。
この世界では、随分と生きにくいだろうモットーだ。
……不思議な女だ。
真似したいとは思わないが、嫌いではない。
彼女の優しさに甘えながら、私はアルバイトを続けている。
花も嫌いじゃない。
2000年前よりも鮮やかに咲く、飼い慣らされた花達を見ると……歴史を感じられる。
品種改良を重ねて、より綺麗に……鮮やかに作られた花。
人のエゴが詰まった歴史だ。
花を綺麗にするために生涯を捧げるなんて……やはり、人間は面白い。
「紗夜ちゃん、ちょっと配達行ってくるからレジ番して貰っててもいい?」
「えぇ、分かったわ」
私が頷くと、小さな車に花を幾つか載せて……藤子が出ていった。
葬儀場から、花を依頼されたのだろう。
……人は、死んだ後も飾ろうとする。
死ねばそこまで、と考える私達とは価値観が違う。
誰かが死ねば、誰かが泣く。
人間同士の繋がり、社会という中に生きていれば……自然とそうなるのだろう。
面白い。
レジの中で車椅子を固定し、寂れた店内を見渡す。
……安らぐ。
静かに、ただ生花売り場に流れる水の音が心地よい。
静かに待っていると……店のドア、その鈴が鳴った。
「お久しぶりです!藤子さ──
短髪で黒髪の、20歳前後の男が……私を見て固まった。
……藤子の名前を知っているという事は常連だろうか。
目を瞬かせて──
「いらっしゃいませ」
と、口にした。
ぽつり、ぽつりと、水滴の音が響いた。
「え?あれ?はは……すみません、間違えました」
幼なげな表情をして、慌ててドアを閉じて外に出た。
……何を間違えたというのだろうか?
『
そう不思議に思ってると、またドアが開いた。
「……あの、藤子さんって何処かに居ます?」
「今は配達で、離席中ね」
「そ、そっか……そうなんですね」
ぎくしゃくと、緊張した面構えで男が店内に入って来た。
店内を見渡しながら、私の側に近寄って来た。
「その……えっと、貴女は?」
「アルバイト」
「そ、そっか……」
男は気まずそうにキョロキョロと店内を見ている。
眉尻を下げて、また私を見た。
「最近、模様替えとかしたんですか?こう、色々置いてある場所が変わってるみたいで……」
「えぇ、藤子さんが私のために」
私はレジの下で、車椅子を爪で叩いた。
金属音に気を取られて、男が覗き込み……私が車椅子に乗っている事に気付いた。
そして、ちょっと申し訳なさそうな顔をした。
「その、無配慮でスミマセン……」
「……どうして謝るの?」
不思議に思い、私は首を傾げる。
そして、言葉を繋ぐ。
「藤子さんが優しかった……それだけの話なのに」
そう言うと、男は目を瞬いて……やっと、自然に笑った。
「そうですね……はは、藤子さん、優しいから……凄く」
「えぇ、そうね。本当に」
共通の話題に、親近感が湧いたのか男は頷いた。
そして、私に顔を向けた。
「えっと、僕の名前、
「そうなの」
私が頷くと……ぽたぽたと、植物に自動で水を与える音が、店内に響いた。
「「…………」」
祐二は笑顔のままで固まって……ちょっとずつ、顔を強張らせていき、最後には捨てられた子犬みたいな顔をした。
不思議に思って、私は声を掛ける。
「……どうかしたの?」
「え、いや……その、お名前を教えて頂けると嬉しいなぁって……」
あぁ、そういう事か。
さっきのは自己紹介で、私にも自己紹介をして欲しかったのか。
急に名前を言うから、何かと思っていた。
「
「……えーっと、それじゃあ、
「ええ、構わないわ」
……こういう時は、握手をするべき、だったか?
手を伸ばして、祐二の手に触れる。
彼は壊れ物を扱うように、私の手を優しく握った。
……大袈裟な奴だ。
「よろしく、祐二」
「よ、よろしくお願いします……」
手を結ぶと、彼は少し顔を赤らめた。
……何故か?
恥ずかしいのか、それとも熱でもあるのか。
私はまだ人間に詳しくない。
不可解に思いながらも、口を開く。
店員としての責務を果たさなければならない。
「それで……祐二は、何の用でここに来たの?」
「えっと……それは……仏花を買いに来たんですけど」
仏花。
つまり、個人に手向ける花か。
「それなら、あの棚に……取ってくれる?」
「あ、はい」
……アルバイトの店員が、客に品物を取らせている状況は中々に拙かったか。
いや、もう今更か。
それに、この男は気にしてなさそうだ。
カーネーションを一本、アルミホイルで巻いて……ビニールで覆う。
そして、レジに打ち込んで精算する。
お金のやり取りをしながら、私は祐二に目を向ける。
「誰か、親しい人が亡くなったの?」
「あー……いや、そういう訳じゃないんですけど……色々とあって……」
「……よく分からないわ」
「う、スミマセン……」
「別に責めている訳じゃないけど」
カーネーションを手渡すと、彼はそれを握ったまま……店内を一通り見た。
「……もう一本、何か欲しいんですけど──
「何か?」
「何でも良いので……その、石端さんが好きな花とかあります?」
私は目を瞬いて、指を顎に当てる。
好きな、花か。
私は一つ指差した。
祐二は視線を追従させて──
「『シャスタ・デイジー』、雑草みたいな物だけど」
中心は黄色く、白い花弁。
園芸で育てられる事が多い、丈夫な花だ。
祐二が不思議そうな顔をして、花を見た。
「……なんというか、その──
「地味?」
「あ、いや……落ち着きがあって良いですね?」
取り繕うとする祐二を見て、少し愉快に思えた。
束に触れないように、祐二が顔を近づける。
「『シャスタ・デイジー』は花言葉が特に気にっているの」
「そうなんですか……それじゃあ、花言葉は──
「『無意味』」
「……え?」
祐二が目を瞬いた。
「『シャスタ・デイジー』の花言葉は『無意味』。何の意味もない」
「……そう、なんですか」
祐二が少し、悩むような顔で花を見た。
……悩むような事を言った覚えはない。
ならば、彼自身に何か……『無意味』に感じている事があるのだろうか。
……まぁ、どうでもいいが。
私は話を続ける。
「『無意味』というのは、悪い事じゃないわ」
「……そう、ですか?」
「何にでも意味を求めようとするのは、人の悪い癖だから」
「……悪い、癖」
何もかも、生きるためにやらなければならない事を優先して……生きていく。
そんなの堅苦しいだけだ。
「偶には気を逸らして、意味のない事をするのも……きっと楽しいわ」
「……楽しい」
「そう。意味のない事も、必要な事なの。意味があるから、ないから……それだけで切り分けない方が楽しく生きていられる」
「そう、ですか?」
「ええ、無理に意味を見つけなくていいの」
実際に、私は今、意味のない事をしている。
意味のない話をして、生きるために不必要な事を楽しんでいる。
だが、それでいいのだ。
「……この『シャスタ・デイジー』、買っていきます」
「そう、気になったの?」
「えっと……まぁ、はい。石端さんはセールスが上手ですね」
「初めて言われたわ」
またビニールで包んで、手渡した。
それを大切そうに、彼は握った。
そして、顔を上げた。
「……その、ありがとうございました」
「いいえ、店員だもの。当然のことよ」
「それでも……会えて、良かったです」
祐二は笑みを浮かべていた。
……何がそんなに嬉しいのか。
分からないけれど、悲しんでいるよりは良いだろう。
そしてまた……自然な笑みが強張った。
「ま、また会いに来て良いですか?」
「……私、店員なのだから、ここに来れば必然的に会うと思うけど?」
「あ、そう……ですね」
へへへ、と下手くそな笑い方をして、祐二が私に背を向けた。
「……藤子さんに用はないの?」
「いえ、花を買う予定があっただけなので……藤子さんにはついでに会いに来たってだけで……」
「そうなの」
祐二が後頭部を掻いて、振り返った。
「えーっと……では、また来ます!」
笑顔で手を振って、祐二が出ていった。
……まぁ、悪い奴ではなかった。
藤子の知り合いというだけあるな。
それに、何か悩んでいる様子だったけれど……答えを見つけられたようだ。
人間の悩みを解決できるなんて、人間『らしい』じゃないか。
私も人間の擬態が上手くなって来た、という事だろう。
僅かな充実感を感じながら、私は視線を下げる。
作業台に残った花弁を……指で擦った。
◇◆◇
僕は、先程『
両手を合わせて、祈る。
『安らかに』……いいや、違う。
『ごめんなさい』、だ。
ガードレールは強くひん曲がっていて、一週間前……ここで起きた出来事を予測させる。
……黒く焦げた地面に視線を下ろす。
先日まで、警察が現場検証で封鎖していたから……花を手向ける事も出来なかった。
それがずっと、心残りだった。
僕は一週間前、ここで『人』を殺したのだから。
……カーネーションに付いていたビニールで、ガードレールに固定する。
そして、立ち上がった。
息を深く吸って、深く吐く。
助けられなかった。
人を食らおうとする彼女を、僕は殺した。
「……ごめん」
……胸元に手を当てる。
僕に与えられた、力。
それは人を食い殺すバケモノを倒す為の力だ。
僕は誰かが傷付かないように、自分にできる事をしている。
鎧を纏って、バケモノと戦っている。
だけど、バケモノは……元は人間なんだ。
少なくとも、僕が戦って殺したバケモノ達……いいや、殺してしまった人達は、姿が変わろうとも遺伝子情報が行方不明者と一致していた。
一度、変貌してしまった人は絶対に助からない。
分かっている……だからこそ、殺さなければならない。
……だけど、この戦いに意味はあるのか、分からなかった。
人を守るためと言いながら、被害者を焼き殺し続けた。
殺しても殺しても殺しても……終わらない。
戦い続ける。
いつになったら終わるのか……それとも、終わらないのか。
辛くて、苦しくて、悲しかった。
敵に勝っても、何も嬉しくない。
相手を殴った感触が、未だ手に残っている。
辛いだけの……無意味な、戦いだ。
だけど──
手元の白い花を見る。
『無意味』な事も必要だと、言っていた。
無理に『意味』を見つけなくても良いと。
だから、今は戦う。
答えは出ないけど、それでも……後で後悔だけはしたくないから。
終わりが見えなくても、『意味』がなくても。
目を瞑る。
僕は『
儚げなのに、強かな……不思議な女性だ。
もう少し、彼女の事が知りたいと……そう思った。