石動さんから連絡を受けて、現場に緊急で向かった僕が見たのは……触手を生やした『奴ら』だった。
それは異常な存在だった。
今まで戦ってきたバケモノにされた人達は、何かしらのモチーフを持っていた。
蜘蛛や蛇、カマキリ……蝙蝠。
地球上にいる生物をモチーフにしていた。
……しかし、目の前にいる奴は何だ?
蛸か、烏賊か、イソギンチャクか……しかし、それとも違う。
下半身は海洋生物のような触手。
……背中にも。
腕は辛うじて人に似ているけれど……黒っぽい皮膚で、爪先は赤く変色している。
身体は触手が巻きついた出来たような形状だ。
中心に人のような肉体が存在しているかも分からない。
頭は……八つの目が生えた、蛭のような……毛も、鱗もないブヨブヨとした見た目。
口のような部分は、縦に引き裂けていて……乱雑に並べられたナイフのような歯が見えた。
人間の内面の、悍ましい部分を刺激するような……生理的悪寒を感じる見た目だ。
根本的に、僕達とは……地球の生き物とは違う。
そう思ってしまった。
……そして今までと違う、というのは見た目だけじゃない。
『……喋、れるのか?』
言葉を解する、という事は知能があるという事だ。
人間と同等の知能だ。
……今まで、バケモノになってしまった人達は言葉を発する事も出来なかった。
故に、僕は戦えた。
もう救えないのだと……介錯するのが正しい事なのだと信じられたこそ、戦えた。
しかし、目の前の──
『君はっ──
突然、吹っ飛ばされた。
腹に鈍い痛み……Gメタル製のスーツが砕けている。
見えなかった。
腹に何か……一撃。
状況から見るに、触手で殴られたのだろう。
速い。
そして、予測できない。
地面に転がった僕に、触手のバケモノは視線を向けた。
『……戦うつもりはないわ。貴方が追わないのであれば、攻撃はしない。彼女も諦めるわ』
八つの暗闇で光る目が、腰を抜かしている女性を見た。
僕は震える膝を叩き、立ち上がり……女性の前に立つ。
『……君は……言葉が分かる、んだね?』
『それがどうかしたの?』
触手が身体を揺らした。
……また、いつ攻撃が来るか分からない。
一発、一発が致命傷になりうる。
今まで戦ってきた奴とは格が違う。
警戒を怠るな……そう、自分に言い聞かせる。
『君がまた、人間に戻れる方法を探そう……!僕も手伝う……傷付けたりもしない!だから──
今度は、見えた。
事前のリアクションが一つもなく、射出された触手が。
しかし、回避出来るかは別だ。
鞭のようにしなり、空中で弾ける音がした。
……空気の壁が破裂した音だ。
咄嗟に腕を盾にして──
『
ガイアが作り出した金色の甲殻に命中した。
Gメタル製のスーツ部分なら受けられなかったけれど、これなら……致命傷にはならない。
よろけた僕に、触手のバケモノは首を捻った。
『貴方、勘違いしてるわ』
『う、何……を……』
『私、元から人間じゃないの。一緒にしないでくれる?』
元から人間、じゃない?
だけど、僕が今まで戦ってきた物は……人が姿を変えた結果、の筈だ。
他の奴らとは違う……のか。
脳に湧き出た疑問は、直後消え失せた。
触手の先端が、獣の爪のように硬化していた。
アレは拙い。
考え事をしている場合ではないと、一瞬で脳が理解した。
しかし、片腕が……痺れて、動かない。
感覚がない。
……さっきの攻撃のダメージが響いている。
脳に、テレパシーが響く。
『……殺すつもりはないのだけれど。立てる限り、邪魔されそうね』
『……勿論。僕は僕に出来ることを──
『立てなくしてあげる』
直後、奴の背後から触手が……三本、飛び出した。
……同時に、攻撃を仕掛けてくるつもりだ。
一本でも、僕に大ダメージを与えられるっていうのに……三本も。
悩む時間はなかった。
僕は残っていた片腕で、胸の装甲を開く。
心臓部を露出して──
『くらえっ!』
光を放った。
『ガイア・スマッシャー』……なんて、名前を付けている技だけど、実際は僕の持つエネルギーを一気に放出しているだけだ。
逆に言うと、これで倒せなかったら僕はガス欠になって戦えなくなる。
だけど、出し惜しみなんて出来ない。
背後にいる女性を守るため。
周りで倒れている男性を守るため。
『光』を解き放った。
迫り来る触手を焼いて……触手のバケモノに直撃した。
『むっ──
瞬間、奴の身体が肥大化した。
……何のつもりだろう?
そう思った瞬間、膨らんだ表面が硬化した。
黒く焼けた陶器のような見た目になった。
何か、拙い気がした。
しかし、『光』の照射は止められない。
……そして、エネルギーが空になった僕は胸の装甲を戻した。
『はぁ……はぁ……』
息を切らしながら、視線を戻した。
真っ黒な陶器のような皮膚が……砕けた。
それはまるで脱皮だった。
砕けた黒い皮膚の下から、傷一つないバケモノが姿を現した。
『う、あ……』
『拍子抜けね』
そう嘲笑いながら、硬化した皮膚を脱いだ。
『ガイア・スマッシャー』が効かない。
アレは僕の一番、強力な技だ。
それが効かないのならば……何をしようとも、傷付けられない事になる。
『く、そっ……!』
力の入らない身体で、女性を守るように立ち上がり──
『もう、いいから……眠って』
顔に触手が命中した。
身体を触手で弾かれた。
足を触手に折られた。
『ぐ、ぁっ……!』
僕は地面に……転がった。
ダメだ。
ここで眠ったら……守れない。
守れなく、なる。
手を地面についた。
瞬間、肩に衝撃が来た。
『い、
『……頑丈なのね。思ったよりも』
バチン、バチンと音がなる。
触手に連続で殴られている。
意識が何度も飛びそうになる。
それでも歯を食いしばって──
『これはどう?』
足に、触手が絡まった。
『ぁ……』
そのまま、逆さまに持ち上げられ──
『おやすみ』
地面に叩きつけられた。
Gメタル製のスーツが砕けて、僕は……意識を失った。
◇◆◇
足元で、ボロ雑巾のようになって眠る……
弱い。
弱過ぎる。
出力は2000年前の半分以下 。
そして、判断力は比べるまでもなく低い。
力を使い熟せていない。
戦士として判断が鈍く、甘い。
己より強い敵に、誰かを守りながら勝とうなんて……自惚れ過ぎだ。
総合的に見て、30%程の強さって所か。
……ここで、殺すか?
私は触手の先を硬化させて──
『…………』
思い悩んだ。
石動は私と
つまり、殺させないようにしていた……という事だろう。
そもそも、『私達』と遭遇させないつもりだった筈だ。
何かしらの理由がある。
そして、石動は私の生活を保証している出資者だ。
……これ以上はやめておこう。
いつだって殺せるのだから、今でなくても良い。
私は
「あ、あっ……」
……今更、『種』を植えても良いものか?
石動は
何をするにも、情報不足。
私には判断出来ない。
……ここは、引くべき。
私は背中の触手を集めて、羽を形作る。
遺伝子情報を操作して、身体を軽量化……そのまま触手で地面を叩き、高く飛び上がる。
怯えた顔で私を見上げる女を一瞥し……滑空する。
今日はここまでだ。
得るものはあった。
他者に献身する真実の愛は、存在するのだと知れた。
だから、私も手に入れる術を学ぼう。
手始めに、恋愛小説の続きを読もう。
あんな恋がしたいと、そう想われて書かれた小説ならば、参考になるだろう。
……暗闇を滑空しながら、私は素晴らしい未来に頬を緩めた。
◇◆◇
都内。
国立病院。
僕はベッドで……横たわっていた。
窓の外は明るい。
……昨夜、触手のバケモノと戦った僕は……敗北し、気を失った。
被害者の女性が通報してくれたお陰で、現場に急行してきた北条さんによって病院まで連れられた。
兎に角、七課の息が掛かった病院で治療を受け……今はこうして病室で寝ていた。
「骨折26本、脊椎損傷、打撲」
ベッドの側で、北条さんが僕の怪我について口にした。
「……すごい重傷ですね」
「まぁ、そうだな。……しかし、今はもう殆ど治っている。骨はヒビ程度だ」
僕は頷く。
まだ本調子ではないけれど、明日には元通りだろうと言われた。
北条さんは眉を顰めて、疑問を口にする。
「……昨日、何があったんだ?何にやられた?」
「それは──
直後、ドアが開いた。
そこには……慌てた様子の石動さんが居た。
彼が病室に入ってくると、少し遅れて後ろからスーツを着た秘書のような人が入って来た。
「大丈夫かい!?傷は……!?」
「え、えっと……大丈夫、です。傷も、もう殆ど治っているので」
そう言うと、石動さんは胸を撫で下ろした。
北条さんは彼に見えないよう、小さくため息を吐いていた。
「いや、心配したんだよ?結城くん。それで、何があったんだい?」
「えーっと、それは──
僕は、昨晩の出来事を話した。
人の言葉を理解する……元から人間ですらない、触手のバケモノ。
そして、圧倒的な力に手も足も出なかった事。
北条さんは眉を顰めて、悩むような仕草をした。
今回は偶々、見逃されたけれど……次、敗北したら僕の命は無いかも知れない。
そう考えているのだろう。
石動さんは……何か、困ったような怒ったような……兎に角、焦るような表情をしていた。
ブツブツと、何かを小声で呟き……いつもの笑顔を浮かべた。
「成程、ソイツは多分、『来訪者』と呼ばれる存在だ」
「『来訪者』?」
「あぁ、古文書にも書いてある……ようやく分かったよ、君が戦っている存在の正体が」
石動さんの言葉に、北条さんが眉を顰めた。
「それは本当か?」
「あぁ、彼等は……2000年以上前、地球に飛来した地球外生命体だ」
「……宇宙人だと?」
「いいや、人じゃない。宇宙生命体だ」
石動さんが目配せをすると、秘書がタブレットを僕達に見せた。
……古い、遺跡の壁に書かれた絵だ。
「彼等は生物の遺伝子を取り込み、強くなる。地球の外から来たから『来訪者』という訳だ」
壁画には不定形のバケモノが、人や牛、生き物に噛み付いている様子が描かれている。
「地球を侵略しに来たバケモノ……そして、それに対抗するために生まれた存在が──
「『
「そう、その通りだ」
壁画の中で、胸に『二つ』の光を放つ『
僕は手を顎に当てて、考え込む。
「石動さん、それなら……僕が今まで戦ってきたのは?」
「『来訪者』によって『種』が植えられた存在だね。彼等は仲間を増やすために、他の生物を宿主にして発芽するんだ」
……口の中が乾く。
「……だから……それなら、人をバケモノに変えていたのは──
「『来訪者』の所為、だろうね」
……許せなかった。
何の罪もない人を殺害し、作り替えるなんて……そんなの、酷い話だ。
僕が拳を握っているのを見て、石動さんはネクタイを締め直した。
「君はこのままでは奴らに勝てないだろう」
「……そう、ですね」
「幾つか、武器を見繕おう。色々用意しておいたんだ」
石動さんの言葉に、北条さんが眉を顰めた。
「武器だと……?」
「安心し給え、民間に流すような事はしない。彼をサポートする為だ」
「…………」
北条さんは納得していないように見えた。
『イスルギ・コーポレーション』は七課への協力として、特例的に幾つかの法を無視している。
法的には拙いが、それでも……戦う為には必要なのだと理解しているからこそ、葛藤しているのだろう。
……本当に二人は仲が悪いな。
痛みの残る脇腹を摩りながら、僕はそう思った。
◇◆◇
「ねぇ、紗夜ちゃん。少し、配達お願いして良いかしら?」
バイト先である花屋『
……私は車椅子に乗っているというのに、配達か。
「そう、その方がきっと彼も喜ぶから」
「……彼?」
「結城くんよ。結城 祐二、会った事あるでしょ?」
「……えぇ」
私は顎に指を当てる。
祐二か。
妙に挙動不審の変な奴だが、悪い奴ではなかった。
記憶に残ってる。
「彼、交通事故で入院しちゃったのよ。だから私からのお見舞い」
「……そうなの」
「近所の都内の病院だから……10分ぐらいで着くと思うわ。お願い出来る?」
「ええ、勿論」
……藤子は私の雇い主だろう?
下の人間を使うのに、何故、お伺いを立てる必要があるのだろうか。
少し疑問に思いながら……藤子に預けられた花を手に、私は『
彼女の妙にニコニコした笑顔に首を傾げながら、私は車椅子の車輪を回し始めた。