石動さんと北条さんが帰った後、僕はベッドの上で寝転がっていた。
入院するのも10年ぶりだな、なんて考えて。
……目を閉じると、嫌な事を思い出しそうだ。
窓の外を見る。
曇天だった。
僕の今の気持ちと同じだ。
……負けた。
この力……『ガイア』の力が発現してから、僕はバケモノに変えられてしまった人達と戦って来た。
苦戦する事もあったけれど、必ず勝ってきた。
だけど……僕が戦ってきた人達の裏にいた……黒幕、『来訪者』には敵わなかった。
少しも歯が立たなかった。
……無力だった。
涙が出そうだ。
悲しい訳じゃない。
自分が情けなくて、恥ずかしくて……だ。
強くなければ人助けは出来ない。
人を助けられなければ僕に、価値は──
酷く気持ちを落ち込ませていると、病室のドアが開いた。
……ノックもしないなんて、きっと看護師さんでもないだろう。
北条さんが戻ってきたのかな、なんて顔を向けると──
「え?」
色素の薄い肌と髪色をした……車椅子の女性が入ってきた。
僕の恩人である立花 藤子さんが経営してる花屋『
目を瞬いてるとそのまま、僕のベッドの側に寄って来る。
「あ、あの、
「……これ、店長から」
突き出すように、花を渡された。
黄色い花だ。
ラッピングされた花を、僕は受け取った。
「……藤子さんから?」
「そう、お見舞い。私は配達しに来ただけ」
石端さんの方へ視線を戻す。
……彼女は、最近、藤子さんが雇ったアルバイトだ。
出会ったのは一週間以上前。
藤子さんに経緯を訊くと「訳有りよ」と答えていた。
……確かに、容姿も普通ではない。
アルバイトなのに客に敬語すら使わないし……いや、僕は気にしてないんだけど何だか、ちょっと不思議だなって思ってる。
だけど、凄く綺麗な人だった。
その色の薄さも、儚く見えて……きっと、誰も敵意を向けられないだろう、なんて打算的な事を考えてしまった。
実際、彼女の接客でトラブルは起こってないらしいし、問題はないのだろう。
そんな、石端さんが目の前にいる。
「……ありがとう、ございます。態々、持って来てくれて──
「藤子さんに頼まれただけよ。感謝なら、彼女に言って?」
「あ、はい……」
僕は手を伸ばし、棚に花を置いた。
しかし、何で藤子さんは石端さんに運ばせたのだろう。
少し不思議に思っていると、彼女が口を開いた。
「どうして、そんな怪我をしたの?」
「え、あーえっと……交通事故ですよ。はは、鈍臭くて、僕……」
後頭部を手でかきながら、苦笑いした。
これは公に出来ない原因で怪我をしたから、練っておいたカバーストーリーだ。
それに、石端さんが頷いた。
「そうなの。災難ね」
「……まぁ、僕が悪いですから。自業自得です」
「そう」
石端さんは視線を逸らさない。
僕の顔を、綺麗な色をした目で見つめてくる。
少し、ドキドキする。
顔を逸らさないように意識していると……石端さんが不思議そうに首を傾げた。
「貴方は……藤子さんに随分と気にかけて貰ってるわね」
「……あー、そう、そうかも?」
「どうして?」
純粋な疑問だったのだろう。
プライベートな部分に踏み込んできたけれど……不快には思わなかった。
……別に、隠すほどの事じゃない。
僕は口を開く。
「僕は……10年前に、両親を亡くしてるんですよ」
「……そう」
ほんの少しだけ溜めたけれど、彼女は無反応だった。
それを少し嬉しく思う。
同情されたかった訳じゃないからだ。
「藤子さんは母親の友人で……僕の事を面倒見てくれて……」
「えぇ、分かるわ。彼女、優しいから」
彼女がほんの少し笑って、僕もつられて笑った。
「大学生になって寮生活してるんですけど……時々、顔を出してるんですよ。世話になってるから……顔も見たいし」
「そう。彼女も、貴方が来てくれて喜んでいたわ」
「……それなら、僕も嬉しいかな」
話を真摯に聞いてくれる彼女に甘えて……思わず、丁寧な言葉遣いを辞めてしまったけれど、気にしている様子はなかった。
そのまま、話を続ける。
「僕にとっては家族みたいな……いや、家族なんだ」
「……そう。羨ましいわ」
石端さんの言葉に、思わず僕は目を瞬いた。
「……すみません。何だか、嫌な話しちゃったみたいで」
「何の話?」
彼女はただ、首を傾げた。
家族の存在を羨ましがる……なんて、それはつまり……彼女にとって信頼できる家族が居ない、という事なんだ。
そして、それに彼女は気付いてない。
「……石端さん」
「何?」
「友達に、なりませんか?」
下心じゃない。
ただ僕は、彼女から信頼されるような人になりたかった。
寂しそうな顔をしている彼女が羨む……家族にはなれないかも知れないけど……せめて、友達になりたかった。
だから、そう言った。
僕の言葉に石端さんは少し驚いたような顔をして、微笑んでくれた。
「ええ、私も『友達』、作ってみたかったの」
その返答もまた、寂しいものだっった。
一度も友達を作った事がない……そう、暗に示しているようなものだったから。
そんな僕の気持ちも知らず、彼女は指を自分の顎に当てて……悩むような仕草をしていた。
「でも、友達って何をするものなの?」
「えっと、楽しくお喋りしたり、遊びに行ったり……?」
「そう。楽しく話せてはいるから……遊びに行く、というのが気になるわ」
……何というか、やっぱり石端さんはちょっと不思議な人だ。
実は世間知らずのお嬢様なんじゃないだろうか。
だって、車椅子も……何だか、しっかりした高そうな奴だし。
「それなら石端さんが行きたい所、僕がついて行って良い、かな?」
彼女は車椅子に乗っている。
行きたくても、一人では行きづらい場所があると思った。
それを手助けできれば良いな、なんて考えたんだ。
でも『つれていく』なんて言わない。
あくまで、彼女が主体で……僕が手助けをするだけだ。
僕の言葉に、彼女は頷いた。
「行きたい場所なら沢山あるわ。一緒に来てくれるの?」
「勿論。どこにでも」
そう言うと、彼女は微笑んだ。
……僕の心拍数が上がった。
彼女はきっと、僕をそういう目で見ていない。
僕は彼女の居場所になりたい。
彼女が信頼して、安心できるような友達に。
僕の好意を知れば、彼女は安心できなくなるかも知れない。
だから、この感情には蓋をしよう。
ふと、石端さんが優しく笑った。
「貴方、優しいのね。祐二」
「……ど、どうだろう?」
「優しさは美点よ。えぇ、良い人……」
何か、良い物を見つけたかのように……彼女は嬉しそうに笑っている。
……こうやって、笑ってくれているのだから、僕の選択は間違ってなかったんだなって思えた。
「でも。今日はまだ、アルバイト中だから……私は帰るわね」
「え、あ、はい……っと、その前に」
僕は枕元の携帯電話を手に取った。
「連絡先、交換しないと」
「……それもそうね」
彼女と連絡先を交換した。
怪我をしてなかったら、『
「またね、祐二」
「う、うん。また……」
名残り惜しく感じながら、彼女が病室から出て行くのを見送った。
窓の外を見ると、雲の切れ間から、太陽が見えていた。
……うん。
いつまでも、落ち込んでられない。
『強敵』が現れたのなら、勝てるように努力するだけだ。
頑張ろう。
僕はそう、前向きに思えた。
それはきっと、彼女のお陰だ。
◇◆◇
「友達……」
私は携帯電話の連絡先に表示された……結城 祐二という名前を見た。
彼は善人だ。
きっと、大切な人の為ならば頑張れる……昨日出会った恋人の片割れのような存在だろう。
ただの人間、故に力不足は否めないが……そう、彼の大切な人間になるのも悪くない。
誰かに守られて、安息の中で生きる……それが私の望みだ。
そう『まずは』友達から、だ。
「ふふ……」
命の危険もなく、恐怖もない。
面倒ごともない。
素晴らしい計画だ。
『
「あら、おかえりなさい。紗夜ちゃん。どうだった?」
「元気そうだったわ」
「それは良かった」
ニコニコと笑う藤子を訝しみながら、祐二との出来事を話す。
友人となった事を話した時……彼女の笑みは深まった。
「あの子と、仲良くしてあげてね。紗夜ちゃん」
「……?」
彼女が何故、こうも私と祐二の関係に気を割いているのかは分からない。
だが、私と彼が仲良くする事を望んでいるのだとしたら……私にとって都合の良い話だ。
……彼女と話すのは楽しい。
私の知らない事を多く、彼女は知っている。
会話を続けながら、花を品出し用に加工していると……車が止まる音が外から聞こえた。
「……あら?お客様かしら?」
入り口のガラスの外に見えるのは……見覚えのある黒い高級車だった。
「私の知り合い」
「えっ?……え?」
困惑する藤子を置き去りにし、出口まで移動する。
高級車から降りてきたのは……黒いスーツを着込んだ、石動の部下だ。
……面倒ごとの臭いを感じ取り、眉を顰める。
「石端様……申し訳ないのですが、社長がお呼びで──
「今?」
遮った。
言外に、「私の予定を遮ってまで、必要な事か」と脅している。
それを理解したのか、石動の部下は少し……怯えて、それでも私から目を背けなかった。
……舌打ちをしそうになる。
コイツはただ上司である石動に従っているだけだ。
当たり散らかしても、脅しても……引き下がるような相手ではない。
「……良いわ。少し、待ってなさい」
「ありがとうございます」
気にするな、と……手を振って、店内に戻る。
口をぱくぱくとしている藤子を見て、少し愉快に感じて頬を緩めた。
「さ、紗夜ちゃん?」
「藤子さん、申し訳ないのだけれど……早退させて頂いても?」
「え、えぇ……」
困惑しながらも、藤子は頷き……そして、目を見開いた。
「そ、外の人は?」
……心配されているのだと、ようやく気付いた。
安心させようと、笑顔を見せる。
「私がお世話になっている人の部下よ」
「部下……部下?もしかして、その、お世話になってる人って偉い人なのかしら?」
「……さぁ、詳しくは知らないわ」
不思議そうに、眉を顰めた藤子に……頭を下げる。
……こんな迷惑なアルバイトなど、クビにしてしまえば良いのに……それでも、藤子は私を心配してくれていた。
……この居場所を、私は失いたくない。
そうして、私は黒い高級車に乗った。
車椅子は石動の部下が折り畳んで、車に乗せた。
……窓の外で心配そうにしている藤子に手を軽く振る。
直後、車が動き出した。
「……ふん」
少しは安心させる事が出来ただろうか。
車の窓枠に肘をのせて、顔を顰める。
私は縛られる事が嫌いだ。
好きなように生きていたい。
だが……気付けば、様々な物に縛られている。
それがストレスと感じていた。
堪えられる限界が近付いていると、私自身、理解した。
◇◆◇
私の寝床に戻ると、石動が既に待っていた。
「やぁ、イシュバ」
「何?」
私は車椅子に座ったまま、彼に相対する。
……彼の部下は私から離れて、彼の側まで移動した。
「昨晩の事なのだけど」
「えぇ、どうかしたの?」
「……どうかした、か」
石動は少し震えた。
笑みが少し、ぎこちなくなっていた。
「随分と好き勝手やったみたいだね」
「そうね」
「君は僕の邪魔をしたいのかい?」
「いいえ?」
「じゃあ何故っ──
目があった。
瞬間……石動は落ち着きを取り戻したように、椅子に座り直した。
私の身体の中で弾けそうになっている不機嫌を感じ取り……堪えたようだ。
探るように、確かめるように石動が口を開いた。
「『私達』の為に、必要な事があるんだよ。あまり、僕の言う事を無視しないでくれ」
「そうね」
石動の視線が、玄関先に飾られている花に……一瞬動いた。
「でなければ──
「どうするの?」
言葉を遮り、石動を見つめる。
「ねぇ」
彼が、言葉に詰まった。
「貴方が、私に、どうするの?」
「……い、いや、言葉のあやだ」
「そう」
私は車椅子から、立った。
石動の背後の部下が動こうとして……彼に、止められた。
冷静に……いや、冷静さを取り繕った目で、石動が私を見ている。
「貴方、勘違いしてるわ」
「僕が……何を勘違いして──
「私、貴方の下に就いたつもりはないの」
触手を動かして、彼の側に顔を近付ける。
吐息を感じられる程、顔を寄せて……話しかける。
「別に、私は私で居られればいいだけ。他の奴らがどうなろうと、知った事ではないわ。だって、彼ら……私よりも弱いもの」
石動の目が揺らいだ。
「勿論、貴方もよ?」
頬に汗が流れた。
「私はただ、貴方が提供してくれている環境に対して、恩を返してるだけ。貴方が私に提供しなくなるのなら、それでいい。でも、そんなつまらない理由で私を脅そうと言うのなら──
8つの目で、彼を見詰める。
「殺すわ」
部屋の中に静寂が満ちた。
石動が……ゆっくりと私の方へ目を向けた。
二つの目で、彼を見る。
「……分かった。だけど、協力はして貰いたい。命令ではなく……協力だ」
「えぇ、それなら構わないわ」
私が微笑むと、彼は引き攣った笑みを浮かべた。
その回答に満足した私は、ビーズクッションの上に寝転がった。
◇◆◇
「石動様、彼女は危険です」
車内で、僕の部下がそう言った。
後部座席に座っている僕は、額に手を当てたまま……口を開く。
「分かっている……だが──
イシュバ。
彼女は地球外からやって来た『来訪者』の中で……最も古参の一体だ。
『方舟』と呼ばれている流星に付着していた『原初の来訪者』達。
彼等は度々、他の生物に『種』を植え付けて、新たな『来訪者』を生み出した。
しかし、その力は下の世代に移るにつれて劣化してしまった。
グクマツや、アラニヤも……劣化した『来訪者』達だ。
『原初の来訪者』達は一体を除き、2000年前の『地球の守護者』によって討伐された。
しかし、一体のみ生き残り、眠りについていた。
それが『イシュバ』、『原初の来訪者』の一体であり、現存する中で最強の『来訪者』だ。
「……目覚めさせたのは失敗だったか……?」
奴の力は、私の計画をよりスムーズにさせる物だと……そう思っていた。
他の『来訪者』達は話が分かる……言うならば利害によるコントロールが出来た。
しかし、奴は……違う。
あんな奴、コントロール出来る訳がない。
あまりにも利己的過ぎる。
そして、強過ぎる力を持っている癖に、暴力に対する躊躇がない。
人の形をしているが、本性は獣に近過ぎる。
……気付けば、手が汗ばんでいた。
「……なんなんだ、アイツは」
そうかと思えば、何故か花屋でアルバイトをしていた。
金銭は十分に与えている筈のに、どういう事だ?
何を考えているんだ?
何も考えていないのか?
……行動原理が分からない!
分からないにも程があるだろう!?
手を口で押さえて……吐き気を我慢しながら、考える。
膝はまだ震えている。
イシュバがもし暴れた時……私には奴を止める術がない。
他の『来訪者』が束になっても止められるかどうか……最低でも、少なくない被害が出るのは確かだ。
思考を巡らせて──
一つの結論に辿り着く。
奴に勝てる力を誰も持っていないのであれば……奴自身の力を利用するしかない。
そうだ、そうとも。
私は奴を起こしてしまった事を後悔しながら……それでも、輝かしい未来を夢想していた。
そうでもしなければ、奴への恐怖でどうにかなりそうだったからだ。