徒花テンタクル:恋する触手怪人   作:WhatSoon

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7話:友達

石動さんと北条さんが帰った後、僕はベッドの上で寝転がっていた。

入院するのも10年ぶりだな、なんて考えて。

 

……目を閉じると、嫌な事を思い出しそうだ。

窓の外を見る。

 

曇天だった。

僕の今の気持ちと同じだ。

 

 

……負けた。

この力……『ガイア』の力が発現してから、僕はバケモノに変えられてしまった人達と戦って来た。

 

苦戦する事もあったけれど、必ず勝ってきた。

 

だけど……僕が戦ってきた人達の裏にいた……黒幕、『来訪者』には敵わなかった。

少しも歯が立たなかった。

……無力だった。

 

 

涙が出そうだ。

悲しい訳じゃない。

自分が情けなくて、恥ずかしくて……だ。

 

強くなければ人助けは出来ない。

人を助けられなければ僕に、価値は──

 

 

酷く気持ちを落ち込ませていると、病室のドアが開いた。

……ノックもしないなんて、きっと看護師さんでもないだろう。

 

北条さんが戻ってきたのかな、なんて顔を向けると──

 

 

「え?」

 

 

色素の薄い肌と髪色をした……車椅子の女性が入ってきた。

僕の恩人である立花 藤子さんが経営してる花屋『Amigo(アミーゴ)』のアルバイト……石端 紗夜さんだ。

 

目を瞬いてるとそのまま、僕のベッドの側に寄って来る。

 

 

「あ、あの、石端(いしば)さん?」

 

「……これ、店長から」

 

 

突き出すように、花を渡された。

黄色い花だ。

ラッピングされた花を、僕は受け取った。

 

 

「……藤子さんから?」

 

「そう、お見舞い。私は配達しに来ただけ」

 

 

石端さんの方へ視線を戻す。

 

……彼女は、最近、藤子さんが雇ったアルバイトだ。

出会ったのは一週間以上前。

 

藤子さんに経緯を訊くと「訳有りよ」と答えていた。

……確かに、容姿も普通ではない。

アルバイトなのに客に敬語すら使わないし……いや、僕は気にしてないんだけど何だか、ちょっと不思議だなって思ってる。

 

だけど、凄く綺麗な人だった。

その色の薄さも、儚く見えて……きっと、誰も敵意を向けられないだろう、なんて打算的な事を考えてしまった。

 

実際、彼女の接客でトラブルは起こってないらしいし、問題はないのだろう。

 

そんな、石端さんが目の前にいる。

 

 

「……ありがとう、ございます。態々、持って来てくれて──

 

「藤子さんに頼まれただけよ。感謝なら、彼女に言って?」

 

「あ、はい……」

 

 

僕は手を伸ばし、棚に花を置いた。

 

しかし、何で藤子さんは石端さんに運ばせたのだろう。

少し不思議に思っていると、彼女が口を開いた。

 

 

「どうして、そんな怪我をしたの?」

 

「え、あーえっと……交通事故ですよ。はは、鈍臭くて、僕……」

 

 

後頭部を手でかきながら、苦笑いした。

これは公に出来ない原因で怪我をしたから、練っておいたカバーストーリーだ。

 

それに、石端さんが頷いた。

 

 

「そうなの。災難ね」

 

「……まぁ、僕が悪いですから。自業自得です」

 

「そう」

 

 

石端さんは視線を逸らさない。

僕の顔を、綺麗な色をした目で見つめてくる。

 

少し、ドキドキする。

顔を逸らさないように意識していると……石端さんが不思議そうに首を傾げた。

 

 

「貴方は……藤子さんに随分と気にかけて貰ってるわね」

 

「……あー、そう、そうかも?」

 

「どうして?」

 

 

純粋な疑問だったのだろう。

プライベートな部分に踏み込んできたけれど……不快には思わなかった。

 

……別に、隠すほどの事じゃない。

僕は口を開く。

 

 

「僕は……10年前に、両親を亡くしてるんですよ」

 

「……そう」

 

 

ほんの少しだけ溜めたけれど、彼女は無反応だった。

 

それを少し嬉しく思う。

同情されたかった訳じゃないからだ。

 

 

「藤子さんは母親の友人で……僕の事を面倒見てくれて……」

 

「えぇ、分かるわ。彼女、優しいから」

 

 

彼女がほんの少し笑って、僕もつられて笑った。

 

 

「大学生になって寮生活してるんですけど……時々、顔を出してるんですよ。世話になってるから……顔も見たいし」

 

「そう。彼女も、貴方が来てくれて喜んでいたわ」

 

「……それなら、僕も嬉しいかな」

 

 

話を真摯に聞いてくれる彼女に甘えて……思わず、丁寧な言葉遣いを辞めてしまったけれど、気にしている様子はなかった。

そのまま、話を続ける。

 

 

「僕にとっては家族みたいな……いや、家族なんだ」

 

「……そう。羨ましいわ」

 

 

石端さんの言葉に、思わず僕は目を瞬いた。

 

 

「……すみません。何だか、嫌な話しちゃったみたいで」

 

「何の話?」

 

 

彼女はただ、首を傾げた。

家族の存在を羨ましがる……なんて、それはつまり……彼女にとって信頼できる家族が居ない、という事なんだ。

 

そして、それに彼女は気付いてない。

 

 

「……石端さん」

 

「何?」

 

「友達に、なりませんか?」

 

 

下心じゃない。

ただ僕は、彼女から信頼されるような人になりたかった。

 

寂しそうな顔をしている彼女が羨む……家族にはなれないかも知れないけど……せめて、友達になりたかった。

 

だから、そう言った。

 

 

僕の言葉に石端さんは少し驚いたような顔をして、微笑んでくれた。

 

 

「ええ、私も『友達』、作ってみたかったの」

 

 

その返答もまた、寂しいものだっった。

一度も友達を作った事がない……そう、暗に示しているようなものだったから。

 

そんな僕の気持ちも知らず、彼女は指を自分の顎に当てて……悩むような仕草をしていた。

 

 

「でも、友達って何をするものなの?」

 

「えっと、楽しくお喋りしたり、遊びに行ったり……?」

 

「そう。楽しく話せてはいるから……遊びに行く、というのが気になるわ」

 

 

……何というか、やっぱり石端さんはちょっと不思議な人だ。

実は世間知らずのお嬢様なんじゃないだろうか。

だって、車椅子も……何だか、しっかりした高そうな奴だし。

 

 

「それなら石端さんが行きたい所、僕がついて行って良い、かな?」

 

 

彼女は車椅子に乗っている。

行きたくても、一人では行きづらい場所があると思った。

それを手助けできれば良いな、なんて考えたんだ。

 

でも『つれていく』なんて言わない。

あくまで、彼女が主体で……僕が手助けをするだけだ。

 

僕の言葉に、彼女は頷いた。

 

 

「行きたい場所なら沢山あるわ。一緒に来てくれるの?」

 

「勿論。どこにでも」

 

 

そう言うと、彼女は微笑んだ。

……僕の心拍数が上がった。

 

彼女はきっと、僕をそういう目で見ていない。

 

僕は彼女の居場所になりたい。

彼女が信頼して、安心できるような友達に。

 

僕の好意を知れば、彼女は安心できなくなるかも知れない。

だから、この感情には蓋をしよう。

 

ふと、石端さんが優しく笑った。

 

 

「貴方、優しいのね。祐二」

 

「……ど、どうだろう?」

 

「優しさは美点よ。えぇ、良い人……」

 

 

何か、良い物を見つけたかのように……彼女は嬉しそうに笑っている。

……こうやって、笑ってくれているのだから、僕の選択は間違ってなかったんだなって思えた。

 

 

「でも。今日はまだ、アルバイト中だから……私は帰るわね」

 

「え、あ、はい……っと、その前に」

 

 

僕は枕元の携帯電話を手に取った。

 

 

「連絡先、交換しないと」

 

「……それもそうね」

 

 

彼女と連絡先を交換した。

怪我をしてなかったら、『Amigo(アミーゴ)』まで送ってあげられたけど……残念ながら、今は出歩けない状況だ。

 

 

「またね、祐二」

 

「う、うん。また……」

 

 

名残り惜しく感じながら、彼女が病室から出て行くのを見送った。

 

 

窓の外を見ると、雲の切れ間から、太陽が見えていた。

 

 

……うん。

いつまでも、落ち込んでられない。

『強敵』が現れたのなら、勝てるように努力するだけだ。

頑張ろう。

 

僕はそう、前向きに思えた。

 

それはきっと、彼女のお陰だ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「友達……」

 

 

私は携帯電話の連絡先に表示された……結城 祐二という名前を見た。

 

彼は善人だ。

きっと、大切な人の為ならば頑張れる……昨日出会った恋人の片割れのような存在だろう。

 

ただの人間、故に力不足は否めないが……そう、彼の大切な人間になるのも悪くない。

誰かに守られて、安息の中で生きる……それが私の望みだ。

 

そう『まずは』友達から、だ。

 

 

「ふふ……」

 

 

命の危険もなく、恐怖もない。

面倒ごともない。

 

素晴らしい計画だ。

 

 

Amigo(アミーゴ)』に到着した私は、店内に入る。

 

 

「あら、おかえりなさい。紗夜ちゃん。どうだった?」

 

「元気そうだったわ」

 

「それは良かった」

 

 

ニコニコと笑う藤子を訝しみながら、祐二との出来事を話す。

友人となった事を話した時……彼女の笑みは深まった。

 

 

「あの子と、仲良くしてあげてね。紗夜ちゃん」

 

「……?」

 

 

彼女が何故、こうも私と祐二の関係に気を割いているのかは分からない。

だが、私と彼が仲良くする事を望んでいるのだとしたら……私にとって都合の良い話だ。

 

……彼女と話すのは楽しい。

私の知らない事を多く、彼女は知っている。

 

会話を続けながら、花を品出し用に加工していると……車が止まる音が外から聞こえた。

 

 

「……あら?お客様かしら?」

 

 

入り口のガラスの外に見えるのは……見覚えのある黒い高級車だった。

 

 

「私の知り合い」

 

「えっ?……え?」

 

 

困惑する藤子を置き去りにし、出口まで移動する。

高級車から降りてきたのは……黒いスーツを着込んだ、石動の部下だ。

……面倒ごとの臭いを感じ取り、眉を顰める。

 

 

「石端様……申し訳ないのですが、社長がお呼びで──

 

「今?」

 

 

遮った。

言外に、「私の予定を遮ってまで、必要な事か」と脅している。

それを理解したのか、石動の部下は少し……怯えて、それでも私から目を背けなかった。

 

……舌打ちをしそうになる。

コイツはただ上司である石動に従っているだけだ。

当たり散らかしても、脅しても……引き下がるような相手ではない。

 

 

「……良いわ。少し、待ってなさい」

 

「ありがとうございます」

 

 

気にするな、と……手を振って、店内に戻る。

口をぱくぱくとしている藤子を見て、少し愉快に感じて頬を緩めた。

 

 

「さ、紗夜ちゃん?」

 

「藤子さん、申し訳ないのだけれど……早退させて頂いても?」

 

「え、えぇ……」

 

 

困惑しながらも、藤子は頷き……そして、目を見開いた。

 

 

「そ、外の人は?」

 

 

……心配されているのだと、ようやく気付いた。

安心させようと、笑顔を見せる。

 

 

「私がお世話になっている人の部下よ」

 

「部下……部下?もしかして、その、お世話になってる人って偉い人なのかしら?」

 

「……さぁ、詳しくは知らないわ」

 

 

不思議そうに、眉を顰めた藤子に……頭を下げる。

……こんな迷惑なアルバイトなど、クビにしてしまえば良いのに……それでも、藤子は私を心配してくれていた。

……この居場所を、私は失いたくない。

 

そうして、私は黒い高級車に乗った。

車椅子は石動の部下が折り畳んで、車に乗せた。

 

……窓の外で心配そうにしている藤子に手を軽く振る。

直後、車が動き出した。

 

 

「……ふん」

 

 

少しは安心させる事が出来ただろうか。

車の窓枠に肘をのせて、顔を顰める。

 

私は縛られる事が嫌いだ。

好きなように生きていたい。

 

だが……気付けば、様々な物に縛られている。

それがストレスと感じていた。

 

堪えられる限界が近付いていると、私自身、理解した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私の寝床に戻ると、石動が既に待っていた。

 

 

「やぁ、イシュバ」

 

「何?」

 

 

私は車椅子に座ったまま、彼に相対する。

……彼の部下は私から離れて、彼の側まで移動した。

 

 

「昨晩の事なのだけど」

 

「えぇ、どうかしたの?」

 

「……どうかした、か」

 

 

石動は少し震えた。

笑みが少し、ぎこちなくなっていた。

 

 

「随分と好き勝手やったみたいだね」

 

「そうね」

 

「君は僕の邪魔をしたいのかい?」

 

「いいえ?」

 

「じゃあ何故っ──

 

 

目があった。

 

瞬間……石動は落ち着きを取り戻したように、椅子に座り直した。

 

私の身体の中で弾けそうになっている不機嫌を感じ取り……堪えたようだ。

探るように、確かめるように石動が口を開いた。

 

 

「『私達』の為に、必要な事があるんだよ。あまり、僕の言う事を無視しないでくれ」

 

「そうね」

 

 

石動の視線が、玄関先に飾られている花に……一瞬動いた。

 

 

「でなければ──

 

「どうするの?」

 

 

言葉を遮り、石動を見つめる。

 

 

「ねぇ」

 

 

彼が、言葉に詰まった。

 

 

「貴方が、私に、どうするの?」

 

「……い、いや、言葉のあやだ」

 

「そう」

 

 

私は車椅子から、立った。

石動の背後の部下が動こうとして……彼に、止められた。

 

冷静に……いや、冷静さを取り繕った目で、石動が私を見ている。

 

 

「貴方、勘違いしてるわ」

 

「僕が……何を勘違いして──

 

「私、貴方の下に就いたつもりはないの」

 

 

触手を動かして、彼の側に顔を近付ける。

吐息を感じられる程、顔を寄せて……話しかける。

 

 

「別に、私は私で居られればいいだけ。他の奴らがどうなろうと、知った事ではないわ。だって、彼ら……私よりも弱いもの」

 

 

石動の目が揺らいだ。

 

 

「勿論、貴方もよ?」

 

 

頬に汗が流れた。

 

 

「私はただ、貴方が提供してくれている環境に対して、恩を返してるだけ。貴方が私に提供しなくなるのなら、それでいい。でも、そんなつまらない理由で私を脅そうと言うのなら──

 

 

8つの目で、彼を見詰める。

 

 

 

 

 

 

「殺すわ」

 

 

 

 

 

部屋の中に静寂が満ちた。

石動が……ゆっくりと私の方へ目を向けた。

 

二つの目で、彼を見る。

 

 

「……分かった。だけど、協力はして貰いたい。命令ではなく……協力だ」

 

「えぇ、それなら構わないわ」

 

 

私が微笑むと、彼は引き攣った笑みを浮かべた。

その回答に満足した私は、ビーズクッションの上に寝転がった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「石動様、彼女は危険です」

 

 

車内で、僕の部下がそう言った。

後部座席に座っている僕は、額に手を当てたまま……口を開く。

 

 

「分かっている……だが──

 

 

イシュバ。

彼女は地球外からやって来た『来訪者』の中で……最も古参の一体だ。

 

『方舟』と呼ばれている流星に付着していた『原初の来訪者』達。

彼等は度々、他の生物に『種』を植え付けて、新たな『来訪者』を生み出した。

 

しかし、その力は下の世代に移るにつれて劣化してしまった。

 

グクマツや、アラニヤも……劣化した『来訪者』達だ。

 

 

『原初の来訪者』達は一体を除き、2000年前の『地球の守護者』によって討伐された。

しかし、一体のみ生き残り、眠りについていた。

 

それが『イシュバ』、『原初の来訪者』の一体であり、現存する中で最強の『来訪者』だ。

 

 

「……目覚めさせたのは失敗だったか……?」

 

 

奴の力は、私の計画をよりスムーズにさせる物だと……そう思っていた。

他の『来訪者』達は話が分かる……言うならば利害によるコントロールが出来た。

 

しかし、奴は……違う。

あんな奴、コントロール出来る訳がない。

 

あまりにも利己的過ぎる。

そして、強過ぎる力を持っている癖に、暴力に対する躊躇がない。

 

人の形をしているが、本性は獣に近過ぎる。

……気付けば、手が汗ばんでいた。

 

 

「……なんなんだ、アイツは」

 

 

そうかと思えば、何故か花屋でアルバイトをしていた。

金銭は十分に与えている筈のに、どういう事だ?

何を考えているんだ?

何も考えていないのか?

 

……行動原理が分からない!

分からないにも程があるだろう!?

 

 

手を口で押さえて……吐き気を我慢しながら、考える。

膝はまだ震えている。

 

 

イシュバがもし暴れた時……私には奴を止める術がない。

他の『来訪者』が束になっても止められるかどうか……最低でも、少なくない被害が出るのは確かだ。

 

 

思考を巡らせて──

 

 

一つの結論に辿り着く。

 

 

奴に勝てる力を誰も持っていないのであれば……奴自身の力を利用するしかない。

そうだ、そうとも。

 

 

私は奴を起こしてしまった事を後悔しながら……それでも、輝かしい未来を夢想していた。

そうでもしなければ、奴への恐怖でどうにかなりそうだったからだ。

 

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