憑依転生げとーさん、パン屋を開く   作:どこはかとなくやばい人

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家入硝子

「マジでパン屋やってんじゃん、ウケる」

「……久しぶりに会う級友に随分なご挨拶じゃないか、硝子」

 

 短かった髪はロングを名乗れるほどにまで伸び、目の下には隈ができている。

 面影もあるにはあるが、別人として紹介されればそれを受け入れてしまいそうなほどの変化があって尚、私が彼女のことを即座に見分けられたのは、彼女特有の口調故か、それとも高専で何年も激動の日々を共に送ったが故か。

 そのどちらもが否―――と言うと少し語弊が生じるが、正確ではない。

 "私"は既に、今の彼女を"知っていた"。

 

「てっきり秘境かどっかで修行僧でもやってるのかと思ってたけど。こんなわかりやすいところでパン屋開いてたんだな、夏油」

「呪術師は全国を駆け回る仕事だ。灯台下暗し、いっそのこと、都会に居た方が見つかりにくいと思ってね」

 

 東京の渋谷。

 ここに店を構えた理由として、前述のソレは取ってつけたもの。

 過去に拾ってそのまま養子になった美々子と菜々子が田舎暮らしを拒否したから、というのが実情だ。

 恐らく彼女もそれを理解しているのだろう、苦笑を一つ浮かべた後、追及してくるようなことはなかった。

 

 悟や脳筋学長と比べてとっつきやすかったのであろうか、硝子には私の次に双子が懐いていた。

 どちらかと言えば保護者、親目線の私とは違い、ウィンドウショッピングや服選びなど、硝子と双子の関係は女友達のソレに近かった。

 

 呪術師を辞め、硝子や悟にも黙ってパン屋を開く―――と言った時には随分と反対をされた、苦い記憶が蘇る。

 娘に"パパなんて大嫌い“と言われる父親の胸の痛みを初めて理解した瞬間だった。

 

「カレーパン一つ。まだあるだろ?」

「はいはい。少し待っていてくれるかな」

 

 閉店直後のこの時間、残るカレーパンは少し前に焼いた一つのみ。

 焼き立てではないが構わないか、と硝子に尋ねたところ、"どうでもいいから早く持ってこい"との、なんとも彼女らしいお言葉を頂戴した為、トレーに乗せて机の上に置く。

 

「……そんなに辛くないんだな」

「大衆向けにするとどうしても、ね」

 

 恐らく、これはガワではなく中身の問題なのだろうが。昔から私はやたら辛いものを好んで食べていた。

 七味がたっぷりかかったうどんをずるずると啜る私に特級呪霊を見るような視線をぶつけてきた悟に某激辛カップ焼きそばを食わせたり、度々ロシアンルーレットの如く、焼いたパンの中に一つだけ激辛パンを紛れ込ませてみたり。

 

 そこまで辛いものを出すことはほんの少ししかなかったのだが、どうにもその"ほんの少し“のインパクトが大きすぎたらしい。

 誰から聞いたのか、伊地知に初めてパンを振舞った時、恐る恐るでなかなか手をつけようとしなかったのを見た時は心がしんどかったことを覚えている。

 

「んで、今んとこ私以外に見つかってんの?」

「七海に開店初日にバレたぐらいかな」

「あー、まぁ、七海はな」

 

 自他共に認めるパン好きである七海にこの店が遅かれ早かれバレることは織り込み済み、彼にはカスクートで買収されてもらった。

 七海曰く、私が焼いたカスクートは"過去に食べた内で1番美味しかったソレに勝るとも劣らない"らしく、恒常メニュー入りを検討するよう強く勧められた。

 

「分かってると思うけど」

「はいはい、言わないよ」

「……助かるよ」

 

 別に、知られたら困る、というわけではない。

 既に食うに困らない金は持っているので、仮になんらかの要因―――上層部の干渉でこの店が潰れたとしてもこの先は安泰、美々子と菜々子を大学に通わせてやるぐらいはできる。

 

「悟たちは元気かい?」

「元気過ぎるぐらいだ。今は最近入った一年生と仲良く戯れてるよ」

「一年……ああ、そういえば、あのクソゴリラの息子が今年入学だったね」

 

 伏黒甚爾―――星漿体の護衛任務で殺し合った彼は、思い返せば私の高専生活で最大の障害であったと言えるだろう。

 覚醒前とはいえ悟を相手取って完封できるほどの体術を相手に、彼が起きるまで理子ちゃんと黒井さんを庇いながら耐えるのは骨が折れた。精神的にも、物理的にも。

 

 結果、後日理子ちゃんは襲撃者を誘き寄せるための囮に過ぎず、別に存在していた星漿体が天元様と同化したことが判明。

 理子ちゃん、黒井さん両名は高専預かりとなり、片や都内の高校に通う女子高生、卒業後は五条家所属の立派なヒモとして。、片や高専食堂の料理人として、今でも元気に暮らしている。

 

「それで、あのゴリラは?」

「虎杖……あぁ、最近入った宿儺の器の付き添いで東北まで飛んでる」

「……それ、私に開示していい情報じゃない気がするんだけど」

「あ」

 

 無論、"私"は、虎杖悠仁が宿儺の器である、という事実を既に知っている。

 だが、呪術界を離れて久しい今の私―――フリーである特級クラスの術師という厄介者に、宿儺の器が現れた、などという情報を与える許可が下りているとは思えない。

 案の定やべえ、とでも言いたげな、苦々しい顔をする硝子。

 

「今のは聞かなかったことにするよ」

「頼む、そうしてくれ。下手をしなくても私の首が飛ぶ」

「君に限って、それは言い過ぎだろう」

 

 確かに、そこらにいる3級術師や2級術師が漏らしたことがバレれば即処断されてもおかしくないだろうが、反転術式を他人に施せる稀有な術師である硝子をそう簡単に消すとは思えない。

 尤も、彼女の首に縄がかかろうものなら、悟が上層部の巣窟に茈でも撃ち込んで黙らせるんだろうが。

 

「まぁね。……ご馳走様、美味かったよ」

「それはなにより」

「いくらだ?」

「いや、いいさ。再会記念ってことで、奢りにしてあげようじゃないか」

「いいから払わせろ。カレーパン一個奢ってもらうメリットと、お前に借りを作ることのデメリットが釣り合ってないんだよ」

「酷いなぁ、まったく。120円だよ」

 

 口ではそう言いつつも、確かに夏油傑に借りを作るのはなかなか勇気がいるだろうな、と。

 "手持ちの特級呪霊に反転術式を仕込め"とか、そんな無茶を平気で言ってくるだろう。

 そう考えれば、確かに硝子の行動、思考が妥当と言える。

 

「にしてもまぁ、だいぶ顔に生気が戻ったな」

「そうかい?」

「ああ。今の生活のほうが肌にあってるんじゃないか?」

「それは……まぁ、そうかもね」

 

 "私"はあくまでも元一般人、暴力とは縁遠い生活を送っていたただの一市民。

 故に、最初期は呪霊に攻撃を加えることすら多少躊躇う時があった。まぁどちらかと言えば、見た目があまりに気持ち悪過ぎて、これに直接触りたくない、といった嫌悪感の面が大きかったのだが。

 呪術師として活動を経験した今は倫理観がそれ相応にバグっている自信はあるが、当時は表で語られないソレに中々困惑した記憶がある。

 

「さて。そんじゃ、そろそろ帰るよ。この後も仕事が入ってるんだ」

「そうかい。それじゃあ、引き留めるわけにはいかないね」

 

 時刻は既に19時を回った頃、そろそろ部活終わりの美々子と菜々子が帰宅する時間帯であり、久しぶりに2人と会わせてやりたかったのだが。

 そんなことを考えているうちに、硝子は何やら携帯を取り出し、何かをメモに書き写している様子。

 

「これ、私の連絡先。あの子たちに渡しといてよ」

「了解。ちゃんと渡しておくよ」

 

 メールアドレスが記載されたメモの切れ端を失くさないよう、いまだに捨てることなく着用している愛用の五条袈裟の懐に仕舞い込む。

 ついでに私の連絡先を教えるか迷ったが、硝子の性格上…何か有用なもの―――タバコ10箱辺りを出されれば対価として簡単に教えてしまう可能性があるので、却下。

 まぁ硝子のことだ、そのうちまたフラっと、閉店間際にでも立ち寄りに来るだろう。

 

「……あぁ、ところで」

「ん、どうした?」

「どうして私がここに居る、と知っていたんだい? 入ってきた時の口振りからして、偶然というわけではないんだろう?」

「どうして、って、そりゃお前」

 

 呆れたような視線をぶつけてくる硝子。

 ああ、やっぱりお前呪術師だわ、とでも言いたげな彼女の様子に首を傾げると、ため息を吐いた彼女が一言。

 

「偶々この建物に入っていくとこを見かけたんだよ。常日頃から坊さんみたいな格好をしてる筋骨隆々の大男なんざ、夏油の他にいるわけがない」

 

 ………………確かに。




好評なら続きます
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