憑依転生げとーさん、パン屋を開く 作:どこはかとなくやばい人
「おや、歌姫先輩。久しいですね」
「げっ」
ドアが開き、入店してくるのは我らが先輩庵歌姫。
準一級術師であり、京都校の教師を務める彼女は日頃それなりに忙しくしており、基本遠く離れた東京のパン屋を訪れる余裕などない、はずなのだが。
「……やっぱアンタなのね、夏油」
「その口振りだと、私がここにいると知って訪れた、と取れますが」
「任務でこっちに来たから寄っただけよ。他意はないわ」
「そうですか……」
「え?」
「私は、久しぶりに歌姫先輩に会えて嬉しかったんですが……」
「ダウト」
まぁ、流石にバレるか。作っていた泣き顔をパッとやめ、真顔に戻す。
悟や私のようにある程度顔の強い男が作る泣き顔というものには一定の威力があるらしく、2、3回目ぐらいまでは性懲りも無く騙されていてくれたものだが。流石に回数を重ねるうちに慣れてきたのか、今では一瞬の淀みすらなく嘘と判定するようになってしまった。
「それにしても、単独任務ですか。珍しいですね」
「私だって準一級なんだから、そりゃ単独任務ぐらい行くわよ」
「ああ、そう言えばそうでした。未だに学生時代、私と悟に救出された時の泣き顔が焼き付いているもので……」
「忘れなさい!! ……そこはおとなしく当たっとけ夏油、躱すな!!」
ギャーギャー暴れる歌姫先輩を片手で押さえる。一応は飲食店内、少しはTPOというものを弁えてほしいものである。
それは兎も角、一応歌姫先輩は準一級ということもあり、強くはないが弱くもない、ぐらいの実力はある。
が、術式の性質。そして教師としての職務の都合上、単独任務に送られることは滅多にないのだが。
「教師を首になった……?」
「首になるわけないでしょうが。アンタらと違って校舎壊したりグラウンド抉ったりしてないのよ、私は」
「壊していたのは私ではなく、呪霊ですよ」
「ぶん殴る!!!!」
いい加減学習して欲しい。歌姫先輩の拳が私に当たるわけがない。
この人はなんともまぁ、喧嘩っ早いのが偶に損というか。酒癖の悪さもそうだが、顔面に傷があることを踏まえても見目がそこそこ良いにも関わらず、アラサー独身ルートを爆走しているのはそういうところに原因があるのだろう。
「にしても、なんでまたパン屋なんて開いてんのよ。いやまぁ、確かにアンタが焼いたパンは美味しかったんだけど」
「何故、と問われましても。これが天職だから……としか」
「天職、ねえ。……ま、私が言うことでもないか。それより夏油、何かオススメ持ってきなさいよ。甘いやつがいいわ」
「角砂糖でもお出ししましょうか」
「…………耐えろ私、耐えろ私……」
わなわな震える歌姫先輩を他所に、店内を歩いて甘いパンを見繕う。歌姫先輩が甘い物を食べたいと言い出す時は、甘すぎるんじゃないかと思う物を出さないと若干不機嫌になると言う面倒極まりない性質を持つ。
メロンパンを出してもいいのだが、生憎と甘さ強めのチョコチップが入ったそれは完売、プレーンも朝に焼いた物故、少し品質が落ちてしまっている懸念がある。
「これ、かな」
「……クロワッサン?」
「正確にはデニッシュです。言うほど違いはありませんが」
強いてクロワッサンが甘さ控えめ、デニッシュが甘さ強めではあるが、正直作り手の匙加減によるのでこの両者に明確な違いはない、と思っている。
三十路にも関わらず肩出しという随分攻めたファッションをする永遠の精神年齢十八歳歌姫先輩は、私が先輩の知らないパンを知っていた──と謎の落ち込みを見せているが、一応本職なのだから負けていては洒落にならない。
「美味しい。ほんっと美味しいわねアンタのパン。腹立たしいわ」
「それはよかった」
「やっぱりアンタ無駄に女子力高いわよねえ」
「歌姫先輩は──いえ、なんでもありません」
「言っとくけど、私だって自炊ぐらいするわよ」
「得意料理は?」
「……………………」
閉口する歌姫先輩。せめて何か適当な物……それこそ目玉焼きでもなんでもいいから挙げておけば良かった物の、そこで黙るから私や悟に煽られるのだ。歌姫先輩には反省をしていただきたい。
「……そういえば、あの双子は?」
「逃げましたね」
「逃げてない。んで、どこに居んのよ」
「学校ですよ、普通に。まぁ、そろそろ帰ってくる頃……」
噂をすればなんとやら。裏口から聞こえてくるのは元気な愛娘たちの声。
──ここで脳裏を過ぎるのは、夜蛾学長の悲劇。関わり合いで言えば学長よりも濃かったものの、果たして歌姫先輩のことを彼女たちが覚えているのだろうか──。
「あ、歌姫ちゃん! 久しぶり!」
「歌姫さん、久しぶり……」
「久しぶりね、美々子、菜々子! 元気にしてた?」
「うん、そりゃモチロン!」
「夏油様が居るから……」
なんとびっくり、彼女らは歌姫先輩のことを覚えていたらしい。
少し拍子抜けというか、なんと言うか。学長よろしく真っ白に燃え尽きた歌姫先輩の姿を少し楽しみにしていた私としては、残念なことである。
まぁ、外に慣らすと言う名目でショッピングモール等をしょっちゅう連れ回し、物を買い与えていたのならそれも致し方なし、だろうか。
ただ──。
「歌姫ちゃん、最近出たこのコスメ知ってる?」
「へえ、最近はそんなのがあるのね……って高ッ!? 貴女たち、こんなの使ってるの?」
「いやあ、流石にお金がないから買えてないよ。使ってみたいんだけどなあ……」
「……仕方ないわねえ、今度またショッピングモールに行きましょう。買ってあげるわよ」
「まあじ!? やっぱ歌姫ちゃん超優しい! 大好き!」
「歌姫さん、私……」
その覚えられ方は、財布として、ではあるのだが。
次に五条回書いて、一旦完結です。冥さんは許して、灰原君以上にネタがないんだ……。