憑依転生げとーさん、パン屋を開く 作:どこはかとなくやばい人
「……ついに来てしまったか」
「久しぶりに会う親友に対する反応かよ、それ」
「やぁ、久しぶりだね悟。会えて嬉しいよ」
「感情篭ってねーぞー」
早朝。closeの表記を無視してズカズカと上がり込んできた大男、五条悟。
いずれバレるだろうと思ってはいたが、それが閉店後のこのタイミングなのは運がいいのか悪いのか、少なからず他の高専関係者と出会うことのない時間であったのは、まぁ僥倖と言えるのか。
「誰から聞いた?」
「伊地知。美味そうなメロンパン食ってたから問い詰めたら、マジビンタ3発で吐いてくれたぜ」
「すまない伊地知。……待て、何故メロンパンを食べていただけで私が作った物だと?」
「匂いでわかるに決まってんだろんなもん」
「キッショ、なんでわかるんだよ」
割と真面目に正気の沙汰ではないと思うのだが。悟が私のメロンパンを最後に食べたのは恐らく十数年前、その香りを未だに覚えているのだ。これ以外どう言えと。
「メロンパン一個食わせろ」
「100万円だよ」
「一括現金でいいか?」
「……ネタ、だよね? 流石に」
「傑のパンが食えんなら別に出してもいいけどな。金なんざ持ってても、使い道ねえし」
特級にとって、紙幣などただの紙束に過ぎない。任務をこなせば勝手に溜まり、とてつもない激務のせいでろくに使う暇もない。増えていく通帳の0を見ては溜息をつき、いっそ雲隠れしようかどうかを悩む。一級以上の呪術師が一度は陥る思考である。
とはいえ。金に頓着がなくとも、悟が私のパンにそれだけの価値を見出してくれている、と言う事実は素直に嬉しい物である。
若干機嫌を良くし、既に焼き上げていたソレをトレーに乗せ、悟の前に置く。
「あっつ!?」
「そりゃあ焼き立てだからね。ほら、水」
齧り付いた直後、悟の口内を熱さが襲う。某亜空切断にすら並ぶ、無下限バリアすら意味をなさない無慈悲な攻撃に晒された悟は必死に水を飲み、なんとか致命傷を避けることに成功。
こうして見ていると、やはり昔とあまり変わらない。教師として後進育成に携わること自体が高専時代ならば考えられないことであるから、その視点から見れば、間違いなく彼は"変わった"と言えるのだろうが。
"五条悟"は、やはり、依然クソガキのままである、と。私がそう理解するまで、時間は然程かからなかった。
「ふー、ふー……。ん、やっぱ美味えな」
「それは何より」
「ったくよお、お前も店開いたんなら真っ先に親友の俺に教えるべきだろ」
「……あれ? 一人称俺のままなんだ」
「傑相手なら別にいいだろ、普段は変えてるし。んんっ……僕五条悟! よろしく!」
「キッショ」
「殺すぞ」
突然咳払いをし、声色を変えて、普段の高専教師モードで喋り始める悟。
なんというか、すごくきつい。言うなれば、母がよそ行きの声で会話しているところを偶々目撃してしまった時のような居た堪れなさがある。
「……衰えてねえなお前」
「鍛錬をしないと気持ち悪く感じてね」
「さっすが、単純な体術だけなら俺以上ってか」
「そこで負けたら、今度こそ私が戦闘において悟に勝てる分野が一つも無くなるからね」
悟相手に体術で常に上を取ることには、物理的に血反吐を吐くほどの努力を要した。そこまで努力して得たそれを簡単に手放すのも勿体なく感じ、現在でも体術の鍛錬は続けている。
覚醒後の悟の強化ペースを考えると、正直追いつき追い越されている気がしなくもないが、まぁそこは置いておくことにする。
「そう言えば、この前恵が来てね」
「恵? ……もしかして、魔虚羅調伏したいとか言い出したのお前の仕込みか?」
「まぁ、きっかけはそうかもね」
「この前、貫牛を調伏したんだけどよ。恵、真面目なトーンで''ランニングマシーンで貫牛を走らせ続ければ、直に魔虚羅をワンパンできる火力が出せないか"とか相談してきたんだよ」
「ちなみに、理論上どうなんだい?」
「…………ワンチャン行けなくもないからタチが悪いんだよなぁ」
まぁ、悟が居れば魔虚羅相手の調伏を何回もやり直すことが可能になるだろう。試せる手はなんでも試してみるに越したことはない。流石にランニングマシーン貫牛の提案は正気を疑うが、恵もやはり呪術師、ということなのだろうか。
「ま、それなら何よりだよ」
「ああ。これで恵が特級になってくれたら、何処ぞの失踪したパン屋の穴埋めもできるしな」
「耳が痛いね」
「思ってもねえくせに」
唇を尖らせる悟。子供っぽいそんな姿すら絵になるというのだから、顔の良さだけは本当に際立っている。顔の良さだけではあるが。
「やっぱお前、絶対俺より教師向いてるよ」
「そうかな」
「ああ、間違いねえよ」
はあ、と。らしくもなく天を仰ぎ、改めてこちらに向き直る。
「……なぁ、傑。戻ってくるつもり、本当にねえの?」
「いいや、悟」
確かに。私の術式である呪霊操術を用いれば、生徒の実力に合わせた訓練をしたり、実地に赴く際護衛用の呪霊を付けたり。
はたまた生徒の特級案件に同行して、万が一の際の護衛をしつつ手駒を増やしてみたり。正直、教師としてこの術式はあまりにも使い勝手が良過ぎる。
七海のように、一度引退してから呪術師に戻った、という例も、少ないながら存在する。
術師の絶対数が不足している現在、私の現場復帰は、上層部以外から諸手を上げて歓迎されることだろう。
だが。
「私にも、背負うものがある。悪いね」
「だろーな。言ってみただけだよ」
とは言うものの、そんな悟の顔はどこか少し寂しげ。
普段見ることのないそんな表情に軽く笑いつつも、ジト目でこちらを見る悟に対し、言の葉を紡ぐ。
「悟。高専時代、私たちが常々言っていたことを覚えているかい?」
「俺たちは最強。忘れるわけねえだろ」
「あれ、今も撤回したつもりはないからね?」
は、と。呆気に取られたような表情。
先の寂しげなものとはまた違う、完全に間の抜けた表情。悟レベルの顔面であればこれもまた絵になるものだが、残念ながらこの表情を拝むことができるのは終生私のみだろう。
「ああは言ったが、私はこれでも呪術界最強の片割れだからね。完全に復帰はできないけれど、何か有事があれば、その時は呼んでもらって構わない。全身全霊を以て君の助けになろう。私が死なない範囲で、だけどね?」
「……ははっ」
何がおかしいのか、突然笑い声を上げる悟。
今度はこちらが呆気に取られる番。おそらく、私は今、間抜けな表情を晒しているのだろう。
「やっぱし変わんねーな、傑」
「うお、っと。当たり前だ、私は私だからね。そういう悟は随分と変わったみたいだけど」
「うっせーよ」
突然肩を組まれ少しよろけながらも、こちらからも腕を伸ばして悟の肩を抱き返す。
あの日。私が高専を去り、硝子が大学に進学し、悟が教師として後進を育成することを決意する。それぞれが意思を固め、別々の道に向けて歩み出した、あの瞬間。
悟は教師として生徒たちを教え導き、硝子は医師として多くの術師の命を預かり、私は店主として美々子や菜々子、順平。その他多くの人の日常を支えている。
私たちが謳歌した青い春は、確かに終わりを告げた。
しかし。一度違えた道が再び交わる可能性も、勿論存在する。
季節は巡る。春が終われば夏が来て、それが終われば秋、冬と続く。一度春が終わろうと、また時間が経てば新たな春を迎えることは世の摂理。それと、同じこと。
「悟」
「?」
「……改めて、よろしくね」
「……おう!」
私たちの青い春は、きっと。いつまでも、廻り続ける。
とりあえず五条回終わりです。
前話の後書きでああは言いましたが、今回の話のおかげで高専組が来店する大義名分を得られたので、いつになるかはわかりませんが多分まだ投稿すると思います。宿儺様始めネタになりそうな人たちが非常に多い……。