憑依転生げとーさん、パン屋を開く 作:どこはかとなくやばい人
「やぁ、虎杖くん。この前振りだね」
「うおっ、五条先生と仲良さそうにしてためっちゃ胡散臭い人! ほんとにパン屋やってたのかよ!」
「割と傷つくからやめてくれ」
「す、すんません」
開口一番素直に初見印象を吐き捨てる高校生、虎杖悠仁。彼もまた灰原や伊地知と同種、害悪蔓延る呪術界における良心の一角であり、故にそんな彼から直接的な言葉を吐かれると如何に私と言えどその心にダメージを負うことは避けられない。
本当に悪気はなかったのであろう、申し訳なさげにする虎杖くんをそのままにするわけにもいかず、なんとかいつもの笑顔を取り繕う。この時ばかりは、このスキルを習得する羽目になった元凶たる上層部連中に感謝──いや、ないな。
「……パン屋やってるって本当だったんだな」
「そりゃまぁ、嘘つく意味もないからね。疑っていたのかい? 後、私の名前は夏油傑だ。この機に覚えて帰ってくれ」
「っす。夏油さんめっちゃくちゃ強かったから、てっきり現役で呪術師やってるもんだとばかり……」
「まあ元特級だからね、私。流石にまだ君たち学生には負けないさ」
虎杖くん含め、未発達ゴリラやパンダ、おにぎりの二年生組。釘崎さんに恵と言った一年生組。百鬼夜行が起こらずとも何故か停学になっていた秤と星の三年生組を全員まとめてボコボコにしたのは数日前の出来事。
正直秤が想像以上に強く、術式の加減によっては私であっても敗北を喫しかねなかったのは驚きであった。
「特級……だからそんなに強いのか」
「まあね」
「っと、そうだ。伏黒からメロンパン買ってくるよう頼まれてるんだった!!」
トレイとトングを持ち、並べられているメロンパンを数個取る虎杖くん。何故この店に来たのか疑問だったが、成る程、恵からの頼みだったのか。
流石に私の息子と言ったところか。父の味に飢えているのだろうね。全く、私としたことが情けない。
「……ちなみに、虎杖くんはどう言う系統のパンが好きなんだい?」
「んー、まぁなんでも食うけど……強いて言うならカレーパン、かな」
「それなら、はい。サービスであげるよ」
「うおっ、マジで!?」
揚げたてのそれを包み紙に包んで虎杖くんに渡すと、わかりやすく目をキラキラとさせて喜んだ。
なんと言うか。確かにこれは、周りの高専術師連中が庇いたくなるのもわかると言うか。
本来であれば厄ネタでしかないはずの彼が東京高専で受け入れられているのは、こう言うところもあってのことなのだろう。
「うわ美味えこれ!! ザックザクじゃん!!」
「揚げたてだからね」
「にしても、コンビニのやつとは全然違え……」
「ふふ、喜んでもらえたなら良かったよ」
これは、そうだ。野良猫に餌付けをしている感覚だ。
料理人として、自身が作ったものを美味い美味いと食べてもらえるのは冥利に尽きると言うもの。
歳を取れば感情表現を恥ずかしがる傾向があるが、心中で何を思っていようと基本それが他者に対し伝わることはない。
声に出し、動きに出し、表情に出す。時にそれが欠点となることもあるのだろうが、やはり感情表現が豊かな人間は見ていて面白い。
「おい、貴様」
「私の名前は夏油傑だよ、呪いの王」
「ふん。……貴様、その食べ物を俺にも寄越せ」
「……とか言ってるけど、虎杖君。こいつ、ご飯食べられるの?」
「い、一応。口に放り込んだら、四次元ポケット的なあれで食える」
「そうか。なら、はい。これ」
激辛を出してみようかとも思ったが、それで宿儺の機嫌を損ねて暴れられるのは困る。
指数本分ならば私でも容易に制圧可能だろうが、領域なり広範囲斬撃なりで辺り一帯に被害者が出るのは避けられないだろう。
私から受け取ったカレーパンを手に取った虎杖君は、それを少し千切って宿儺の口に放り込む。まるで小鳥が親鳥に餌を食べさせてもらうかのようで、少し笑いそうになってしまう。
「……おい、貴様」
「なんだい?」
「次だ。甘味の類を持ってこい」
言われるがまま、次はメロンパンを運んできて、再び虎杖君に渡す。そして、彼がパンを宿儺の口に放り込む。
そうして。その行為を数度繰り返した後。
「契闊」
「は?」
契闊。少年院の任務にて、虎杖悠仁の蘇生を条件として宿儺が結んだ縛り。
彼にとってある種の切り札とも言える手段であり、それをここで使う目的となれば……。
「私の身体を乗っ取るつもりかい?」
「は? そんなことはせん。貴様が居なくなればこのパンを作る者が居なくなるだろう」
「はい?」
時間がない、と。自身でつけた時間制限を忌々しげに嘆きながら、宿儺は話を進める。
「俺と縛りを結べ。内容は……そうだな。貴様が生存し、俺が望むパンを提供し続ける限り、俺は貴様にとって不都合となる行動を一切取らない。これでどうだ」
「何のつもりだい。あまりに私へのメリットが大きすぎる。何か企んでいるようなら……」
「やめておけ、貴様では俺に勝てん。そも、貴様はこの場で派手な戦闘を行うことを望まんだろう」
「…………」
脳内で契約内容を反芻する。
私にとって不都合となること。それ即ち私、ないし私の周りの人間を傷つけること、及び何の害意も持たない一般人を処分することも含む。
パンの提供程度であればどうとでもなる。連絡係として補助監督に負担を強いることにはなるが、その程度で済むなら安い。どうせクソブラックな労働環境だ、今更業務が一つ追加されようが何も変わりないだろう。
恐らく。穴は、特にない。
「……一つ、聞いてもいいかな」
「なんだ。時間がない、早くしろ」
「この縛りを結ぶことで、お前に何のメリットがある?」
「ん? 何だ、そんなことか。ふむ……そうだな。あえて言語化するとすれば」
少し悩んだのち、宿儺が出した答え。
「破壊行動で得られる快楽を、貴様のパンを食すことによって得られる多幸感が上回ったから、とでもしておこう」
「……はぁ、わかった。いいよ、縛り成立だ。ただ、虎杖君に毎度取りにこさせる訳にもいかないし、後で高専の方に話を通しておくんだよ」
「わかっている。別段隠す意味もない故な」
「……はぁ、全く。読めないな」
「ケヒッ。貴様ら人間の尺度で俺を推し量れると思うなよ。……だが、まぁ」
虎杖君の自我が戻る寸前。宿儺が、最後に口を開く。
「誇れ、夏油傑。貴様は強い」
そう言ったのち、虎杖君が自我を取り戻し、身体から紋様が消え失せた。
本来であれば、今後一生呪いの王と関わり続ける縛りを成立させたことに嘆いたり、虎杖君に説明を行ったりと、やるべきことはいくらでもあるのだろうが。
今の私は不覚にも、宿儺にパンを認められたという事実に、多少なりとも幸福を覚えてしまっていた。
ネタはある。時間がない……。