憑依転生げとーさん、パン屋を開く 作:どこはかとなくやばい人
「……おい、店主」
「はいはい、今行くよ」
「俺と戦え」
「嫌だよ面倒臭い。第一、ここは決闘受付所じゃないんだ。自殺なら一人でやってくれ」
「ほーお……ますます戦いたくなってきたな」
「ああクソ、対応を間違えた……」
売り言葉に買い言葉。突発的に出てしまった皮肉じみた対応はどうやら目の前の男に対して逆効果であったらしい。
ある程度理性的なタイプであるが故に、即座に暴れ出す、と言うことはおそらくあり得ない。であれば、こちらが戦闘を望まない意思を示せば手を引くだろう、と。そう考えていた私が甘かった。
世に蔓延るバトルジャンキーはこれだから面倒だ。奴らは通常の人間に擬態する術を身につけている。
「だがまァ、分かった。郷に入れば郷に従え、だったか? ここは飯屋だ、てめえの言うことに従ってやる」
「……助かるよ。で、ご注文は?」
「そうさな……お前のオススメを持って来い。数は二つ、甘い物より辛い物の方が良い」
「辛い、ねえ……。ちなみに、辛さはどの程度?」
「いくらでも構わん」
「了解。ちょっと待っててね」
まぁ、確かに。目の前にいる人間が私の知る人物ならば、初見でパン屋に入って好きなものを選べ、と言うのも酷な話か。
さてさて、辛いパン、辛さはなんでも良い、とのことだが。せっかくだから試作品で行くか。どうせ金持ってないだろうし。とりあえず私謹製激辛カレーパンは入れるとして、あと一つ。こちらは無難なところにしておくとするか。
待てとは言ったものの当然彼が指示に従うわけはなく、物珍しそうにパン屋内を物色している。時折商品に素手で触れようとしているので少し大きい声で注意してみれば、バツが悪そうに視線を逸らし頭を掻いた。戦闘狂なのはアレとして、コイツ、言えば話が通じるだけ現代の術師よりマシなんじゃなかろうか。悟なら間違いなくそのまま素手で触っている。と言うか勝手に食べる。
「まずはこっちから」
「……ん、これはなんだ、店主」
「唐揚げ……で伝わるかな」
「ああ、器の知識にある。が、赤いな」
「衣に唐辛子を混ぜ込んでいるからね」
「成る程。では、いただくとしよう」
粗暴な口調の割に、上品な仕草でパンを頬張る鹿紫雲。生前術師としてそれなりに名を馳せていたであろうことから、やはりその出自も高貴なものであったのだろうか。
さて、食べた後の様子は、と言うと。一口食べて目を見開いたのち、バクバクと食べ進めているではないか。先ほどまで漂っていた上品さはどこへやら、ここまで食べっぷりが良いと作り手としても少し嬉しくなってくる。
要求された水を取りに下がって、戻ってきた頃には既に完食していた鹿紫雲。水を一杯飲み干し、グラスを置いて一言。
「美味え!!」
満面の笑みである。戦闘狂特有にガンギまっているそれは常人が見れば恐怖を感じかねないものであるが、それ以上におどろおどろしいものを見慣れている身からすれば今更。特に気にすることもなく、息を吐く彼の前にもう一つのパンを。ついでに、牛乳を置いておく。
一見してそれは、例えばコンビニで販売されているような普通のカレーパン。鹿紫雲も、先のパンと違い視覚的に辛さを訴えかけないそれを訝しげな目で見ている。
「……まァ、百聞は一見に如かず、か」
ガブリ、と。一口頬張って、咀嚼して、飲み込む。一連の動作を終え、首を傾げ。直後、彼の様子が一変する。
「ーーーーーー!!!!」
多分、これが彼の人生史上尤も羞恥を晒している瞬間ではなかろうか。宿儺と対峙しようと、その身体を切り刻まれようと、死の恐怖に相対しようと一切の恐れを見せない彼が、顔を真っ赤にして悶えている。
だが。ただただ人に味覚的な痛みを与えるだけの辛さでは二流未満。真の辛党は、味と辛さの限界までの両立を試みるもの。ひとしきり悶えた後に鹿紫雲は牛乳を口に含み、再度カレーパンを口にする。そこからはそのループが、パンが彼の胃に全て収まるまで続く。
「…………成る程、これが現代の食、か」
「違うよ、多分」
これを現代の食として大々的に宣伝しては、おそらく色々な料理人から殴られる。殴ったところで痛みを感じるのは私でなく向こうなのだろうが。可哀想だね。
「で。これ、どっちが美味しかった?」
「あァ?」
鹿紫雲は腕を組み、視線を落とし、瞳を閉じて。数秒悩んだ後、口を開く。
「何方もあり得る……そんだけだ。店主、追加で両方二つずつ」
「それ試作品だからもう在庫ないよ」
「……ハッ」
鹿紫雲は踵を返し、"美味かった、また来る"と言い残してこの場から立ち去った。顔が若干赤かった。無銭飲食でもある。
Qなぜ鹿紫雲がここにいるのか
A知らん