憑依転生げとーさん、パン屋を開く 作:どこはかとなくやばい人
「……ふむ」
惣菜パンに菓子パン、風変わりなパンまで。今更店主──夏油傑の腕を疑うことはない。高専時代を経て大人になり経験を積み、更にその実力は高みへ。何か手抜きの商品があるわけでもなく、全てが全て、然るべき場に出しても見劣りしない品質。正直、このような一介のパン屋に収まるには勿体無いと思うほど。
とはいえ、これは今更七海が口を出すべき事ではなく。クソッタレた仕事の帰りにこのような美食を簡単に、且つ安価に味わえる現状に感謝しつつ、トングを伸ばす。
カスクートは定番として、今日はカレーパンに、天内に頼まれていたメロンパン。少し腹が空いているからバーガー系も追加。
レジを見れば、高校生らしき男がせっせと何やら作業をしている様子が目に入る。夏油曰く彼もまた訳アリとのことだが、こちらに関わらず過ごせるならそれに越したことはない。
さて、そろそろ会計に、と。歩みを進めた七海の目に映るのは、一際目を引く少し派手なポップ。曰く新商品、ホットドッグが発売された、と。食欲を刺激する肉の匂い、程よくかかったマスタードとケチャップというシンプルな構成ながら、これ程までに惹かれるのはやはり積み重ねられてきた夏油のパンに対する期待値が故か。
「……折角ですし、いただきましょうか」
ラスト一個、夏油が多く仕込んでいたのだろう。珍しく己が来店する時間まで売れ残っていた幸運に喜びつつ、陳列された最後のソレに向けてトングを伸ばす。
「……ナナミン?」
「……虎杖くん?」
カチン、と。お互い目の前のパンしか目に入っていなかったが故だろうか、伸ばされた二つのトングは互いの存在に気付くことなく、そのまま音を立ててぶつかった。
我が行く手を阻む不埒な輩のツラを拝んでやろうと顔を上げてみれば、そこに居たのは自らをナナミンと慕う術師、虎杖悠仁ではないか。
彼のトレイには既に七海のそれをはるかに上回る量のパンが積み重ねられており、そこからホットドッグまで購入とは、食べ切れるのか、と。そう聞いてみれば、どうやらこれは彼一人の分だけではなく。
伏黒恵や釘崎野薔薇、果てはクソ白髪に倫理観がバグった医者にまでパンの代理購入を頼まれて、このような有様になっているのだとか。
「……あー、まあ、これは別に頼まれてないしな。ナナミン、取っていい『ならん』宿儺……」
虎杖は別段パンにこだわりがあるわけではない。無論夏油のパンは美味いと思うし、だからこそリピートしているが、"また今度買いに来ればいっか"と自制できる程度。
対して宿儺。彼の辞書に自制という文字は基本的に存在しない。唯一あるとすればそれが自身の利につながる可能性がある場合だが、ここでホットドッグを逃したとて彼に利は何もない。強いていうなら七海からの感謝だが、宿儺からすればそんなものは塵紙にすら劣る価値。
「おいおい宿儺、俺らはいつでも来れるんだから、今回は『ならん。おい、貴様。これを俺に譲れ』……うーん、ごめんな、ナナミン」
大人として在らんとする七海に対し宿儺の子供染みた要求を通すため下がることを要請するのはなんとも申し訳ないが、ここで彼が下がるとは到底思えない。
一応閉店間際、このまま残り続けていては店員である己の友人、順平にも迷惑がかかる。軽く頭を下げながらホットドッグを掴んでトレイに乗せようとすれば、カチン、と、トング同士がぶつかる音が再び。
「えーっと、ナナミン……?」
「社会通念上、このパンを購入する権利は先にトングを伸ばした私にあると考えるのが道理でしょう」
『道理? 知らんなぁ、雑魚の理屈だろう』
「ここは現代社会です。道理を守れぬ猿はお呼びではありませんね。御退店を」
「『……貴様、どうやら死にたいらしいな』な、ナナミン? それ間接的に俺に出て行けって言ってる?」
「はい」
「はい!?!?!?!?」
七海建人VS両面宿儺。史実では決して起こり得ない二人の壮絶なる舌戦が始まった。
虎杖と吉野は二人して諦め、大人たちの聞き苦しい口論をよそにムカデ人間について熱く語り合っていたという。
ちなみに、決着は。帰ってきた夏油が二人の頭をゲンコツ気分で殴り、力加減を間違えて昏倒させて。起きた二人にそれぞれ焼きたてのパンを渡して帰らせたことにより着いたという。哀れ虎杖。
年1投稿とかいう狂気