憑依転生げとーさん、パン屋を開く 作:どこはかとなくやばい人
「久しぶりだな夏油よ、妾が来たぞー!」
「理子様、表の看板にありますとおり今は閉店中ですので、恐らく夏油様もいらっしゃらないかと……」
珍しく午前中にパンが完売した為、早めに店を閉めて趣味に時間を充てようと思っていた昼下がり。
建物2階の居住スペースにて何をするか考えているところに聞こえてくるのは、何やら聞き覚えのある女性二人組の声。
「110……っと」
「何をする夏油! 妾じゃぞ妾!」
「オレオレ詐欺の妾バージョンだね。心苦しいが、善良な一市民として警察に通報する義務がある」
「貴様のどこが善良な一市民なんじゃ?」
キツイ。何がキツイって、悟や伏黒のような、口を開けば暴言が出る煽りカスからの言葉ではないことが。
理子ちゃんのような純粋無垢───いや、そう言うと語弊があるのだが、ともかく煽りカスという人種からは程遠い位置にある彼女からの悪意のない言葉は、私の胸を深く切り裂いた。
「まぁ、それはともかく。久しぶりだね、理子ちゃん。今日はどうしてここに?」
「んー、まぁ、特段何か用事があるわけではないが。なにやら貴様がパン屋を開くなどと酔狂なことを言い出したと聞いたからな。様子を見に来た、というわけじゃ」
「君も立派な社会人だろうに、仕事は大丈夫なのかい?」
「安心するがよい、妾には五条家が後ろ盾としてついておる。黒井と二人暮らす分の資金ぐらいはどうにでもなる」
「要するにヒモじゃないか」
星漿体として、生まれた時から呪術界の勝手な事情に振り回され。
死の淵に何度瀕したかもわからない彼女には、間違いなくいまの平穏無事な生活を享受する権利がある、とはいえ。
「ちなみに、就職する気は?」
「ない。職歴学歴が終わっとるから一般企業は無理。高専なら雇ってもらえるじゃろうが、貴様や五条……いや、貴様らもかなーりアレではあるんじゃが。まぁ、高専所属以外の呪術師は信用できんからな」
「ここで雇ってもいいけど?」
「妾に死ねと申すのか。ブラック企業真っ青のクソ労働環境じゃろ」
「時給1500円、週2日から」
「…………クソホワイトじゃな」
順平の趣味が映画という、これまた中々にお金を食うものなため、時給はそれなりに設定しているつもりだ。
別にハードワークというわけでもないが、まぁ、そこはそれ。
順平があまりにも庇護欲を掻き立ててくるのがいけない。
「まぁ、就職はせんが。せっかく合法的にニート生活ができる権利を持っているのじゃ。わざわざ手放すわけなかろう」
「……ちなみに、今日来るのがこんな遅い時間になったのは」
「妾が朝に起きれんからじゃな」
「…………黒井さん、お疲れ様です」
「…………ええ」
どこか諦観の念が籠ったため息を零す黒井さん。
これ以上この話題を続けるのは、理子ちゃんにも、黒井さんにも得がない。
正直今すぐにでも煽り散らかすか大笑いするかをしたい気分ではあるが、そこはまぁ、私も大人になったというわけだろう。
「そういえば、喋り方はそのままなんだね。以前、学校では猫を被っている、という話を聞いた気がするけど」
「知らんうちに癖になってしまったんじゃ。それと、当時も猫は被っとらん」
「……まぁ、別になんでもいいけどさ。とりあえず、元気そうで何よりだよ。理子ちゃんも、黒井さんも」
理子ちゃんは気持ち大人びた感じはあるが、それでも護衛任務の際と別人のように見えるか、と問われれば、そんなことはない。
黒井さんに至っては、以前のままシワひとつ見当たらない肌、加齢によって顔面が変化した様子も見られない。
二次元特有のマジックか、それともスキンケアにそれ相応の金をかけているのか。
かくいう私は双子に言われて強制的にスキンケアをさせられている身なので答えはわからないが、まぁ、どちらにせよ、ゆとりのある生活を送れているようで何よりだ。
「そういえば、夏油。貴様、彼女とか居らんのか。そろそろ良い歳じゃろ?」
「美々子と菜々子がいるし、そういうのは、ね。君こそどうなんだ───いや、すまない」
私の返しに、絶望の表情を浮かべる理子ちゃん。
そりゃあまぁ、そうだろう。五条家───実質的に悟のヒモとして生活している以上出会いはないだろうし、そういった婚活の場に行こうにも、職業欄無職、独特な口調と、厄ネタに塗れている。
それを補うほどに見目が良いこともあり、根気強く続ければ、いずれ相手と出会うことも不可能ではないと思うが……、まぁ、ここは私がわざわざ口を出すところでもないか。
「……妾のことはどうでも良い。それよりも、黒井じゃ黒井。器量は良いのじゃが、年齢が邪魔してどうにも買い手がつかん」
「…………理子様」
「なんじゃ黒井、妾は今、真剣に貴様の将来を───痛い!」
見事な拳骨が理子ちゃんの頭に直撃する。
元より、下手な術師を上回る身体能力を持ち合わせてある黒井さん。
どうやら以前、夜蛾学長から折檻のための拳骨を教わったらしく、その振り下ろす様は学長のソレと酷似していた。
呪力なしでもそこそこ頑丈な私や悟をも仕留めて見せる学長のソレを、訓練を受けていない理子ちゃんが受けたのだから、その痛みは相当なものだろう。
「……それでは、夏油様。理子様もお疲れのようですし、本日はこれで失礼致します」
「え、ええ……。またのご来店を、お待ちしております……」
「では」
そう言って、理子ちゃんを引き摺り退店する黒井さん。
店を出る際に理子ちゃんが逃げ出そうともがき、顔面をドアに強打していた。
「……夏油様」
「…………あ、ああ。美々子、菜々子。そろそろご飯だから、手を」
「あれ、夏油様のカノジョ?」
問い詰めるような様子の二人は、目のハイライトが消えていた。所謂、ハイライトオフ。何度か漫画で見た光景だが、目の当たりにすると、こうも恐ろしい物であるとは。
……とりあえず、今の私に言えることは一つ。
「歌姫先輩以外の女性は、なるべく怒らせないようにしよう」
端的に言うと、利き手が死にました。現状大学のレポートや通学など諸々にも支障をきたす状態であり、そも執筆にほとんど時間を取れていません。
ただの骨折なので時期に治るとは思いますが、なにぶん人生初の経験なのです。申し訳ありませんが、治るまでの投稿ペースは今まで以上に悪くなることをご周知ください。
一応次回は灰原くんを予定しています。
追記:来週あたりに出せそうです