憑依転生げとーさん、パン屋を開く 作:どこはかとなくやばい人
「お久しぶりです夏油さん!」
「ああ、久しぶりだね、灰原。一先ず一発殴らせてくれ」
元とはいえ、特級にまで上り詰めた術師の拳骨。並大抵の人間なら頭蓋骨がすごいことになりそうな威力の打撃でも、無駄に頑丈な目の前の男なら痛みで悶える程度で済む。
既に術師を引退し補助監督になったはずだが、この頑丈さは相変わらずらしい。
「っつ……。なんでいきなり殴ったんですか!?」
「胸に手を当てて、よ〜く思い返してみるといいさ」
「どくどくしてます!」
「……そうか」
遠回しに諭すことを諦めるのに、そう時間はかからなかった。なんでこう、この子は。特段座学に難があるわけではないのに、どうも時折理性が吹っ飛んでるんじゃないかと思わせる言動をする。
それも含めて灰原雄という人間の魅力なのだ、と言われれば、勿論それはそうなのだが。一度死にかけた彼の姿を目にした身としては、もう少し注意力というものを常に高く持ってほしい物である。
「まぁ、いいか。とりあえず無事に生きているようで何よりだよ」
「そりゃまあ補助監督に転向しましたからね、僕」
「補助監督とて安心できる仕事ではないだろう? 君の場合は特に、ね」
「あ、あはは……」
バツが悪そうに頬を掻く灰原。
実際、戦える補助監督というのはかなり貴重な存在である。灰原の実力は等級換算で二級から準一級の間程度。三級が討伐に当たる呪霊が成長したとてその等級はせいぜい準二級から二級。灰原であれば、問題なく祓うことが可能。
彼が就任してから低級術師の死亡率が大きく低下した、という確たる実績もあり、彼の存在は呪術界においてかなり重宝されている、と言っていい。
「君が死ねば、多くの人が悲しむ。無論、私もだ。そのことは決して、忘れないようにね」
「はい! ……夏油先輩、僕が死にかけてた時泣いてましたもんね」
「泣いてはいない」
悟に関しては、覚醒前に死にかけたところでどうせ反転を覚えて復活するからそこまで心配をしたことはない。
が、灰原に関しては別。私が救出に向かった際には既に片腕が消失、血も素人目で致死量に至るのではないかと思う程流れており、正に一刻を争う状況。
偶々黒閃が出たこともあり呪霊はワンパンで沈み、その後直ぐに同行してもらっていた硝子の所へと運び、数日生死の境を彷徨った後、灰原はなんとか一命を取り留めた。
以前はともかく、呪術師として人の死にもそれなりに携わった以上、その程度で泣いていた、なんてことはあり得ない、はず。多分。
「それはさておき、だ」
「あ、逃げた」
「五月蝿いよ。……今更ではあるが、何故今日君はここに来たんだい? 七海から聞いたが、随分と忙しくしているようじゃないか」
「夏油先輩に会いたかったからです!」
「そうか。……ほら、これ。君の好きなカレーパンだ。あれから少し改良を施してね、よかったら試食してもらえるかい?」
「いいんですか!? 是非お願いします!」
なんという可愛さ。七海は七海で当然彼の良さがあるのだが、この純然たる後輩力とでも言うのだろうか。ある種犬のような、愛玩的な可愛さすら孕んでいる。
もっしゃもっしゃと衣を床に落としながら頬張る姿を見ていると、此方まで笑顔になってくる。後々掃除で痛い目を見るのは間違いなく私なのだが、今ならばそこにすら目を瞑ることができる。
「そういえば僕、補助監督になってから一つ、身に染みて理解したことがあるんです」
「ん、なんだい?」
気分は孫の話をニコニコと聞くおじいちゃん。カレーパンを食べ終え、彼が持参していた爽健美茶をごくごくと飲み干す様子を見届けた後、新たな話題が振られた。
「伊地知くんって、本当にこう、なんというか、凄い人なんだなぁって」
「伊地知? まぁ確かに、アイツは中々稀有な人材だと思うが……どうしてまた?」
「五条さんから振られる仕事が……」
「ああ、もう良い。理解した」
可愛い孫が髪だけホワイトなブラック眼帯にパワハラを受けている、と言うことなのだろう。
で、あれば。もはやすることは一つ。
「灰原、今すぐ悟の所へ案内しろ。私からきつく灸を据えてやろう」
全力でお爺ちゃんを遂行する!!!!
年内投稿はこれが最後になります