その日は確か、雨が降っていた。
雨が降っていて、路地裏で一人倒れこんでいるとき、チラチラと目の前でとても綺麗な蒼色がゆらゆらと揺らめいていて、あぁ……私の元にもウィル・オ・ウィスプが迎えにきたのかと思った。
でも、あの方の御座する國には愚者火の話なんてきかなかった。
だから、罪深い私はもうあの方に皆に逢うことはできないんだな、そう確信してしまって悲しくなった。
「大丈夫かい?」
ふと、温かい炉のようでいて、内に確たる信念を秘めた優しくも力強い声が私の耳に聞こえてくる。
まだ、迎えではなかったことに安心した。
それと同じ位に残念とも思った。
その声に応える力も残ってなく、何も言わずにただ声を聞いた。
ただ、こんな路地裏で行き倒れてもう少しで死にそうな人間の一人に声をかけてくれるような、心底お人よしの人の顔を死ぬ最後にみてみたくなった。
そんな優しい思いに触れたら、もしかしたら次の私はもっと優しく、もっと強くなれるかもしれない。
そう
視界をあげれば、タユンと路地で死に損なっている私よりもことすれば雑な布に、用途のわからないあの綺麗な蒼の紐を豊満な胸の下に通して結んでいる一人、いや一柱の女神がいた。
「よかった。まだ死んでいないね」
「……」
何も答えず虚ろな瞳でその女神を私は見続ける。
きれいな黒髪に真っ白の布の服。
豊満な胸に蒼い瞳と紐。
声は少し低い、というより母親のような厚みのある声で背丈も違う。
(……あの方とは違う女神なのに)
違う神だと理解できる。
姿も声も何もかも違う。
何より私はあの方が今、どこにいるのか他ならない私自身が一番知っている。
わたしの心が他のどんな存在、例え神様たち
頭では理解している。
でも、気持ちが、魂が……揺らいでいく。
眼前の女神とあの方はあり方が似ている。
漠然とそう感じた。
その身にまとっている神意、司るものはきっと真逆なものだ。
……それでも、その心持ちはあまりにも似ている。
どうして、今なのだろうか? 私はもう少しで眠れた、眠れたはずなのに。
深く深く沈んで、自分のことも何もかもを忘れて消え去るのが私に相応しい終わり方。
......そう思っていたのに。
「あぁ……」
「はじめまして、ボクはヘスティア。これでも【ファミリア】の主神なんだぜ? まぁ、団員はいまのところ一人しかいないんだけども……」
「わ…たしの、ことは、き…にしないで、ください。女神様」
久々に出した声は、飲まず食わずでガサガサになっていた。
つまりながらも言葉にしていくと、そのヘスティアと名乗った女神は聞き取りづらい私の声をゆっくりと聴いていた。
きっと優しい女神だ。
その団員も同じくらい、いやこの女神よりもずっとお人好しで、誰かが困っていたら手を伸ばしてしまうのだろう。
でも、その手を私は望まない。
私よりも救うべき、救われるべき人たちはたくさんいる。私なんかは救われる必要はない。
救われては————
「
思わず息を飲む。
意志の宿る碧眼が昏く濁った私の瞳を見つめている。
「ボクは、知り合った子がいなくなってしまうのは悲しい。ただでさえボク達と君達の時間は同じじゃないんだ」
その女神は私の心を掬い取って、瞳も私から離れることはない。
私を逃してはくれない。
それが心底恐ろしいと思った。
彼女の腕の中で安らかになってしまいそうだ、安らかになってしまいたい。
それほど、目の前の神物は超越的な神格者だった。
「君は、どうしたい?」
優しくも、甘くはなく、決して溺れるように絡めとる色香を放つ蜜ではない。
これは、ひと時の安らぎを与え、子を暖め、慰める。
それでもやるべき事があるのなら、尻を叩き、背を押して、共に歩んでくれる。
彼女はきっと、そういう女神なのだ。
「死ぬ、のが……怖いわけではないんです。でも、全力で精一杯。最後の最後まで生きることを諦めずに、頑張らないと、あの方はとても怒る、と思います」
「その神は、とても子供達を、君を愛しているんだね」
「そう、です。人間が嫌い。でも人間が好き。死んでしまった
「……凄い神物なんだね。ボクと友達になってくれるかな、その女神は」
「もちろん、だと思います。お一人だったので、お言葉には…なされませんでしたが、ことさら誰かと一緒にいること、を好んでいました……。でも、素直、じゃないのでなりたいと思っていても、突っぱねてしまうかもしれません」
「それは、随分とツンデレだなぁ」
うつ伏せで倒れ込んでいた私の体を丁寧に返して、ヘスティアという女神はその素足のまま地面に足をつけて、その太ももに私の頭を乗せて話をしていた。
私が思い出して、目を閉じている間もその女神の視線がなくなることはなかった。
瞑っても薄く開かれるその瞳にはどうしようもないほどの慈愛が込められていた。
「……やぁ少女!」
「……あ、貴女!」
しばし無言だった時間を破ったのは女神だった。
暖かな言葉が紡がれる。
雨音も次第に小さくなり、廃れたこの路地裏にも雲の隙間から光が差してくる。
薄れかけた
「【ファミリア】を探しているのかい?」
「【ファミリア】を探しているのだわ?」
————女神様が、そこにいた。