朝、目を覚ますとリヒターの隣で眠っていたはずの
と言ってみるが、どこにいるのか見当、もといその犯行の瞬間をリヒターは見ている。
昨晩リヒターはまだ、
しかし、純粋無垢な少年とその主神たる神々きっての神格者であるヘスティアが
ともあれ、泊まる折にどこで寝るのか、という問題が生じる。
リヒターはベルが自分を襲うことなどないと考えるし、仮に襲われても圧倒的な戦力差で身の危険など感じることもなかった。
しかし、純粋な少年はしかっかりと頬を赤らめ、リヒターと渋々ベルと眠れないことを惜しむヘスティアにベッドを譲り、一人ソファーで眠りについたのだった。
リヒターのランクはそれなりなのだ。
それと、過酷な経験もあったことから気配には殊更敏感である。
つまるところ、夜共に使っていた寝所を抜け出し、自らの眷属に飛びつく処女神の犯行をはっきと目撃しているのである。
もちろん闇に紛れて、などいうがランクとその出自から無意味なことだ。
付け加えるとリヒターは深夜の犯行時に「これは、寝ぼけた末の事故だからね。ラッキースケベってやつさベル君」との自供を聞いている。
ベッドを抜け出して、ローブと自身の魔法媒体、一般的に魔導士の使う杖に該当する武器であるカンテラを腰のベルトへとリヒターは身に着ける。
(一宿一飯の恩、と東にある国の言葉にはありますが、朝食の支度を、というのも昨日今日では不躾ですね。先んじて昼、夜と献立を立てているかもしれませんし)
加えて、【ヘスティア
誰が家計を握っているかは定かではないが、勝手に食材を使ってしまうのは、文字通り死活問題だろう。
となれば、冒険者であり、もう同じ派閥に所属する
すなわち――――
(突然いなくなっては、驚きますね。書き置きを残して行きましょう)
ヘスティア様・ベルへ
お二人とも、おはようございます。
お二人が起きる前に、目が覚めてしまいましたので、先に
今日は早めに、夕暮れには一度、
お二人も気を付けてください。
いってきます。
リヒター
(……これぐらいでいいでしょう)
書き終え、そっとベルとヘスティアの眠るソファー前の机に書き置きを置く。
気持ちよさそうに寝るヘスティアと、押しつぶされて少し苦しそうなベルをリヒターは一瞥する。
「いってきます」
明け方まだ日の出を迎える前、朝霧に包まれた迷宮都市オラリオ、中心に天を突き抜けるほど高い摩天楼がその存在を主張する。
バベルとギルドに続く通称冒険者通りの街頭は、周囲の薄暗さからその光を霧に反射させながら灯っている。
(みんなに会う以外にダンジョンに潜ろうなんて、いつぶりでしょうか)
ダンジョンへの入り口は管理されているものの、いつでも冒険者は利用することが出来るようになっている。
もっとも、人に自分の姿を晒したくないリヒターにとっては、管理をする者がいるのは、不都合でしかなかった。
(……やっぱり、いますよね真面目だなぁギルド長はアレなのに……。とはいえ、地獄の大穴ですものね。見張りを立てるのは当然のことですね。少し、力業で行きましょう)
再三話すように、リヒターはそれなりに力をもった冒険者であった。
それなり、と本人は本心から思い、謙遜して話すが、その異常性は最盛期の――ゼウスとヘラがいた――オラリオにおいても、頭一つ抜けていたといっても過言ではない。
ギルドの前に設置された噴水の辺りでリヒターは足を返し戻る。
深くローブを被った姿は一見怪しく思われるが、冒険者、特に魔導士たちであれば珍しい姿ではないため、周囲にいた同業者たちは足早に今日の食い扶持を求め、ダンジョンへと潜っていく。
店が並ぶ冒険者通りの脇道に入り、裏路地へと足を進める。
感覚を研ぎ澄ませ、周囲に人がいないこと、自分を見ている
リヒターの戦闘スタイルはパーティーで言うなら、中衛にあたる。
言ってしまえばオールラウンダーだ。
前衛を務めることのできるステイタスを持ちながら、後衛である
そのため、基本的には中衛として、戦況を確認しながら、戦闘するのがリヒターの立ち回りであった。
前衛での戦闘スタイルは、メインアタッカーと言って差し支えないのないものだ。
力こそ弱いものの、リヒターの所持する付与魔法は、それを補って余りある——あらゆる雑多な攻撃を一撃必殺の技にまで昇華できるほどの——火力をもたらす。
もっとも、リヒターが前衛としても活躍することができるのは、高水準に身に着けた、戦闘技能あってのものだ。
なにせリヒターの敬愛する師と呼べるものは、同じファミリアの家族もそうだが、最も彼女が世話になったのは、あの【才禍】と呼ばれた女傑に他ならないのだから。
その戦闘スタイルは多彩な近接の巧みな技と超短文詠唱に相応しくない暴君のような激烈な魔法を織り込み、使いこなすというもので、それに強く影響を受けたリヒターの闘いぶりは推してしるべし、ということだ。
ダンジョンに潜ってからまだ 、1時間ほどしか経過していないが、リヒターは既に中層24階層に到達していた。
上層のモンスターは蹴る、殴るなど、ほぼ撫でるだけで倒せてしまう。ギルドの定める適正としては、24階層というのは十分
ダンジョンは何が起こるか分からない。
冒険者は冒険してはいけない、という至言があるのだ。
「念の為、そろそろ使いましょうか」
ベルトに引っさげた飾りっけの無いカンテラを左手で取り、右手を振る。するとリヒターの右手には黒色の棒が握られていた。
カンテラを棒の先に近づけると、カンテラの内側にゆったりと蒼色の焔が灯る。そして、棒が細かな粒子のようになり、その形状を変える。
リヒターの【スキル】【権能請願】による効果だ。
精神力、つまるところ魔力を魔法として変換、発現させるのではなく、魔力そのものを世界に発現させ、質量を伴って固定し、操作する。
なんともスキルに収まらない一つの魔法、と言われた方が納得のできる能力だ。
このカンテラを吊るしている棒は、この【スキル】でリヒターの
カンテラを振って、周囲にさらに四つ、無骨な少し螺旋状になっている、先の鋭い剣にも、短い槍、あるいはトーチにも見えるものが出現する。
少し、遠くにいるモンスターを一瞥すると、その槍は高速で飛来し、モンスターの胴を打ち貫き、一瞬で魔石を残して消滅させた。
「問題ありませんね」
問題なくスキルが発動したのを確認すると、ひとつ頷きリヒターは歩みを進めていく。
槍でモンスターを両断し、そのまま貫いた槍の形状を変化させ、魔石を持たせ自身のところまで回収する。
そして、その魔石を保管し、運ぶのまたスキルによって形状を変えた精神力の四角い箱である。
今のリヒターは蒼の炎を揺らしたカンテラを持ち、自身の周囲に四つの槍のような形状の棒と、サポーターが背負うようなバックパックよりも一回りくらい小さい、真っ黒の四角の箱が宙を浮き、リヒターに追従していた。ある意味神秘的な姿で、神に間違えられる、というよりもほぼ間違いなく新種のモンスターとして、遠目で見かけた冒険者は警戒するような格好だ。
何事もなく、駆け足気味で階層を周り、足を止めることなく、モンスターの撃破、魔石の回収を行っているがその緻密な魔力操作は魔導士が見れば、顔を青くしてしまうものだった。
魔力量で言えば、かのロキファミリアに所属しているレフィーヤ・ウィリディスというエルフが有名だ。
まだ低いランクでありながら、同じファミリアのあの【
リヒターの魔力も確かに莫大だが、ことその魔力操作は師も自身と並ぶ、と述べているほどだ。
高速戦闘時における並列詠唱ではないが、むしろそんなものよりも余程高度な技術の乱用が中層では行われていた。
かなりの時間が経ってからリヒターは足を止めた。リヒターの体内時間はかなりの精度を誇る。
フヨフヨと自分に追従させている四角い箱を開け、本日の成果を確認すると、今日はこれくらいでいいだろう、とダンジョンから離脱する。
(……申し訳ないですが、換金は明日ベルかヘスティア様にお願いしましょう0
そう考えながら、スキルによって発現させたものを全て消し、袋にいっぱいの魔石を持って、リヒターはヘスティアファミリアの拠点へ、帰路についていた。
廃教会につき、地下室に降りて行こうとすると、地下室から既に明かりがもれ、二人の声がする。
「……君は、ダンジョン…夢を……過ぎだよ」
「……どうかし……たか?」
コンコンコン、とドアを叩き、リヒターは声をかける。
「リヒターです。入ってもいいですか?」
「ん! あっリヒター君。そんな他人行儀にならずに入ってきなよ!」
「そうですよ」
「ありがとうございます」
そう言いながら、部屋に入ると、目の前の机にはたくさんのジャガ丸くんが積まれており、二人の姿が見えず、周囲を見渡せば、寝室に二人が見え、上裸のベルにヘスティアを見つける。
服を着ながら、少し心配そうな声で、ベルはヘスティアに声をかけるが、ヘスティアはなんだか、難しそうな顔をしながら紙を眺めていた。
どうやらベルのステイタスの更新をしていたみたいだ、とリヒターはあたりをつける。
「ただいま帰りました。朝はすみません。いきなりいなくなって」
「おかえり、リヒター君。別に、いいよ。置き手紙を残してくれたしね。ねっベル君」
「おかえりなさい! リヒター。はい! 神様の言うとおりです」
「ありがとうございます。今はステイタスの更新ですか? ……私が見てもいいでしょうか。ベルの、ステイタスを……」
ヘスティアは何も答えず、ベルに視線を移して、どうする? と尋ねているようだった。
「もちろんですよ、リヒターさん。あっ」
「ありがとうベル。名前は今は、無理しなくてもいいですよ。ですが、いずれヘスティアファミリアが大きくなった際には頑張ってくださいね、団長」
「うっだ、だん……はい……」
そう言いながら、寝所に近づき、ベルがヘスティアから受け取ったステイタスを写した紙を、後ろから眺める。
ヘスティアとベルがステイタスの上昇に関して、話をしているのを聞きながら、リヒターはスキルの欄の擦れた文字を見ていた。
ダンジョン内で、しかも上層でミノタウロスに遭遇した、などという恐ろしい話に関しては後ほど、ベルと話をしようと決意しながら、リヒターは思案していた。
「あの神様、このスキルって」
「あー」
「……あ、ヘスティア様。手元狂いましたね? ベルの敏捷ステイタスの上昇値に驚いて。前の主神様もたまに同じことしてました。」
「そうなんだよ!! ……ごめんよ、ベル君ぬか喜びさせてしまって」
そうでうすか、と目に見えてがっかりしてしまっているベルはテクテクと寝所を離れていく。
しばらくしてから、リヒターが口を開く。
「……ヘスティア様」
「あぁ」
「……今は何も聞きません。私たちは神様たちに、嘘をつくことはできませんから」
「あぁ……悪いね……。身勝手なのは分かっている。あの子を、ベル君をお願いしてもいいかい」
真っ直ぐに見つめるヘスティアの目をリヒターも力強く、少し強張った顔で見つめ返す。そして、突如顔を綻ばせ
「もちろんです。私たちは、もう同じ
そう、イタズラっぽい顔で微笑んだ。
「……! あぁ、僕は本当に幸せ者だよ。ベル君ともリヒター君、君とも出会えて、本当に幸せ者だ」