今回は、あまり本筋には触れませんし、派手な何かがあるというわけではありません。
プロローグ なんでもない日常
先駈高校2年B組、
彼女は、今、世界史の授業を受けていた。
「えー、教科書108ページ。ヨーロッパは、かつては、レーンドラと呼ばれていました。で、当時の暦でいうところのR.L.200年。西暦でいえば376年。名君と呼ばれたバルジャマン王が登場します。彼は、実は幼少期について何もわかっていません。ある日突然、そこに現れた、ということが記録されています」
──退屈だな。
炫は、そう思った。何の変化もない日常。いや、それでは語弊があるだろう。彼女は、平和であることが嫌いなのではない。何か、パーッとしたイベントがあって欲しいと思っているだけなのだ。
「──で、この時、殺人鬼がいたってことも記録されているわけですが、吾野さん。その名前は?」
「へ?」
──ムカつくな、急に当ててきて。あいつ、当て方がよくわかんないんだよね。
そう思いつつ、素直に答える。
「霧裂きヒッシュ、です」
「正解。えー、彼もですね、謎が多いんです。大英雄リリーゼ・ルグンシの時代には存在していたのですが、死んだのはそれから200年後。おかしいと思いますよね?」
話が続いていく。
「ちなみに、産業革命って、16世紀ぐらいの出来事じゃないですか。でもね、この時代に、すでにね、そういう、蒸気機関とか、印刷技術とか、あったんですよ。これに関しては、正真正銘、オーパーツとされています」
──いや知らねぇよ。
これは、授業を聞いていた全生徒の心の声である。
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「こないださ、あのソシャゲで、爆死しちゃったのよ」
「先月のTVさん読んだ? いやー、やっぱああいうのからしか摂取できない栄養素ってあるもんなんだな」
「そうか? それよか、ゴロゴロコミックはどうよ?」
「雷撃文庫の発売はまだか! 待ち侘びたぞ!」
「クリスタル柳沢だっけ、あれ面白いよな」
教室内は、喧騒に包まれている。
放課後、学生たちにとって気が緩む時間帯だ。このまま帰宅する者、部活動に足を運ぶ者、図書室に本を借りに行く者、さまざまな人間がいる。
炫は、足早に教室を出た。あまり、喧騒が好きではないのだ。
向かう先は、美術室である。
炫は、美術部に所属している。文化祭と高校生美術展覧会に出品する作品を、火曜〜金曜の間描いている(月曜は休みなのだ)。
「よいしょっと・・・って、また鍵閉まってんじゃん」
ガタガタと引き戸を揺さぶって、愚痴る。これは、初めてのことではない。入学してから、美術部で鍵を取りに行かなかった日はない、と豪語するくらいには、鍵が閉まっているのだ。
──防犯上はいいのかもしれないけど、不便だよこれ。
そう思いつつも、走って、職員室まで鍵を取りに行く。
同級生に「速ッ!」と言われたことも何度かある。
──ホントにそうかな・・・?
これが、それを聞いた反応である。
彼女は、体育が不得意なのだ。だが、50メートル走の成績はそこそこ良い。何事にも、向き不向きがあるのだ。
職員室の前に着く。炫は、引き戸をノックした。回数は3回。そうしたら、両手でドアを開け、部屋に体を入れ、両手で閉める。姿勢を正し、
「失礼します、2年B組の吾野です。美術室の鍵を借りに来ました」
「うーい」
それを聞き、炫は鍵を取る。そして、
「失礼しました」
と言って、さっきと逆の手順で退室する。先駈高校の面倒くさいマナーの一つである。
「・・・よし」
そう言って、美術室まで走る。その合計タイムは、わずか3分。平均的なタイムではないだろうか。
「失礼しまーす」
そう言って、荷物を持って美術室に入る。当然、無人。
「よっこらせ、と」
自分が普段使う隣の机に荷物を置き、製作中のパネル*1を取りに行く。
「うーし、んじゃやりますか」
アクリル絵の具と筆洗、それに平筆、面相筆、絵筆の3本を持って、パネルに向かう。
現在彼女が描いているのは、旧約聖書を元にした絵である。男性を模ったギリシャ彫刻のような姿に解釈したYHVH*2が、アニメチックに描かれたアダムとイブを追放する場面、いわゆる楽園追放である。近くには、蛇も描かれている。テーマ自体は、割と王道と言えるだろう。・・・テーマだけは。
確かに、内容は、聖書の楽園追放だ。だが、何を血迷ったのか、吾野炫の描く楽園追放は、以下のような特徴を持っていた。
①楽園が、西部劇のような荒野で、「楽園」という看板が立っている
②男性を模ったギリシャ彫刻のようなYHVHが、8匹の顔の濃いゴリラに、縄で縛ったアダムとイブ(謎の光で隠すべきところは隠してある)を、担架のようなものに載せ、神輿のように担いでエッサホイサと運ばせている
③アダムの顔も濃い
④男、雄の筋肉が例外なくムッキムキ
である。
美術部は、キャラが濃いと言われがちである。炫の場合、性格はおとなしい方ではあるのだが、絵の世界観がエキセントリックなのである。
「失礼しまーす・・・っと、やってるね」
修正を加えていると、一人の少女が部屋に入ってきた。彼女の名前は、
「あ、上中さん。調子はどう?」
「いやー、いい展開が出てこないのよね。いや、正確には、出かかってるんだけど、言語化できない」
「あー、あるある」
「うん、もどかしいったらありゃしない」
そう言いながら、曇は、スケッチブックを広げた。そこには、可愛らしい少女が描かれている。
「うん、可愛い。可愛いよ可愛いなあ」
「・・・」
可愛いを連呼する曇を、炫はじーっと見つめる。
「ど、どうしたの」
「私、知ってる。君がオリキャラにそんなことを言うってことは、その子はとっても重い過去や境遇に置かれてるってこと」
「や、やだな。たまたまだよ」
「私の記憶では、スケッチブックを見せてもらった回数が100回。そのうち、重い話付きで見せてもらったのが96回。これでも、たまたまっていうつもり?」
「うっ・・・」
先ほど、美術部はキャラが濃いと言われがちであると描いた。それは、曇とて例外ではない。彼女の場合(というより、創作する人間の何人かには当てはまるであろう特徴だが)、いわゆる「うちの子」に、重い運命や過去を背負わせて、それに謎の背徳感を覚えるタイプである。
「ま、いつものことだけど」
そう言いつつ、炫は作業に戻る。ゴリラ上腕二頭筋や、ゴリラ大腿筋など、修正すべき箇所はたくさんある。炫は、小皿に絵の具をとり、筆を走らせた。
:::
炫がふと時計を見ると、すでに午後6時を過ぎていた。
「うわ、もうこんな時間? 上中さん、どうする?」
「どうするって炫、どうしたのってうわあ」
曇も、時間を見て驚愕する。
「毎度毎度思うんだけどさ、時間が経つのって早くない?」
「それな」
そう言いながら、炫は筆と小皿、筆洗を洗い、曇はスケッチブックをリュックサックに片付けた。
「それじゃ、鍵は私が」
「りょーかい。それじゃ、失礼しました」
曇が、先に美術室を出た。
炫は、クーラーの電源を切り、電気を消し、
「失礼しました」
美術室を出る。そして、鍵をかけた。
それから、二人は駄弁りながら職員室に向かう。
職員室に向かうのは、炫だけでも良いのだが、なんとなく曇は付き添っている。
鍵を返し、
「じゃーね」
「またな」
下足で、二人は別れた。曇は、駅前のマンションに住んでおり、炫は、すぐ西の中学校から見て小学校を挟んだ南にある公園付近の、一軒家に住んでいるのだ。
:::
「たーだいまー!」
勢いよく、家の扉を開ける。
素早く自室に入り、制服を脱いで、部屋着に着替える。
リビングルーム兼ダイニングルームに顔を出すと、すでに夕食は出来上がっていた。
「いただきまーす」
そう言って、まず白米に手をつける。
──うん、うまい。口の中で、ブドウ糖が形成されるみたい・・・!」
次に、今回のメインである焼き魚を食べる。塩が振ってあるようなので、何もつけずにいただく。
──おおっ、これは・・・!
──魚本来の味が、塩で引き立てられている・・・!
──しかも、いい感じにほぐれる・・・!
──なんだこれ最高か?
お茶で口戻しをし、味噌汁を飲む。
──うーん、やっぱり日本人は味噌汁だね。
──豆腐とわかめ、これだけでいいんだよ。
このようなことを思いながら、
「ごちそーさまでしたー」
完食した。
食器を台所に戻し、炫は自室に戻る。
スマホを立ち上げ、ソーシャルゲームを開く。
デイリーミッションを一通りこなし、満足する。そして、トゥイッターやチューブ・フォー・ユー、ニヤニヤ動画といったSNSや動画サイトに目を通す。
好きな絵師さんが絵を投稿していたら、迷わずいいねを押し、面白いMAD動画や実況動画などが上がっていたら高評価を押す。
それが、炫の日課だ。
9時を回ると、炫は入浴する。ばしゃー、と湯船の湯をかぶり、体を洗う。そして、湯船に浸かる。炫は、湯船に3分間浸かるのが好みであるという。
風呂をあがると、炫は、学校の(提出期限がギリギリの)課題に取り組む。
それが終わると、就寝。
これが、吾野炫の日常である。
だが、彼女は知らない。
この日常が、唐突に崩れてしまうということを。
:::
???
「ようやくだ。ようやく、決行の刻が来た」
暗闇の中、男に見えるシルエットが、腕を広げてつぶやいた。
「1000年ほど前か。面白半分に転生させてみれば、我が作り上げた枠組みを消滅させおって」
シルエットは、怒りを隠そうとしない。
「だが、それが、肥大化した枠組みの改善につながった。そういう意味では、転生させたことも無駄ではあるまい」
ふっと、シルエットは嗤った。
そして、腕を水平より少し上にあげ、叫ぶ。
「来たれ、選定の刻よ! もう一度、我の代を取り戻すのだ! さあ、蠱毒を始めようぞ!」
シルエットは、エネルギーを地上に送った。
「次に選ばれし者が目を覚ます時、それは蠱毒の開始の合図と心得よ。ふはははは・・・」
シルエットの正体は、窺い知れない。少なくとも、今の我々には。
ただ一つ言えるのは、このシルエットが、とてつもなく強大な存在であるということである。
と、シルエットが
「ふむ、我を見る者があるか。無礼であると言いたいところではあるが、そうか、そなたらは観劇人か。我ですら、干渉すること能わぬ者たちか。
・・・よい。ならば、そなたらよ。この蠱毒を、最後まで見届けよ」
そういって、シルエットは、暗闇の中に霧散した。
いかがでしたか?
世界史教師のモチーフは私の公共、日本史の先生で、曇のモチーフは、私の同級生です。また、私自身も美術部に所属しております。・・・痛い妄想とか言わないでくださいね。
世界史の授業で登場した、「バルジャマン」「霧裂きヒッシュ」、どこかで聞いたことがあると思いませんか? そう、「Reinkarnation & Abenteuer」です。本作をはじめ、私の一次創作は、全て同一世界線であるという設定を、ここで披露しておきます。もしかすると、Reinkarnation & Abenteuerの登場人物の誰かも、本作に登場するかもしれません。
さて、本話のラストに登場したシルエット、まあお察しの通り、元凶です。
このシルエット、恐ろしいことに、我々のことを(一方的にですが)認識できます。簡単に言えば、メタ発言ができるキャラです。
さて、次回の「ブロークン・ワールド」は。
世界が一時的に崩壊し、シルエットのいう「蠱毒」が始まります。
そんな中、炫が出会った人物とは?
そして、炫が遭遇する、恐るべき人物とは?
次回、第1話。「遭遇、会敵」に、ご期待ください。
感想と評価も、お待ちしております。