コミック・サウンド・スクアリー~擬音能力者アリカの怪音奇音なステージファイル~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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その15

 

 

「あ、あの! 血が出て……!」

「ん? ああ、心配ない。大したケガじゃないさ」

「でも……」

「レオニダスの怪我がフィードバックされてるだけだ」

「いやだけって……」

 

 つまり、あの玄関でレオニダスを戻したのは、それ以上のケガは危険だったから……かな。

 すごいチカラで玄関に挟まれてたっぽいし……あれ? そうするともしかしなくても、アバラとかもダメージ入ってるんじゃ……。

 

「君こそ、ずいぶんと汚れているようだが」

「この部屋が汚部屋すぎたんです。虫に振り回されているうちにドロドロになっちゃって」

 

 シャワー浴びたいと口にすれば、同感だ――と探偵さんは小さく笑う。

 

「だが、まずは怪異を暴く」

「はい!」

 

 ひしゃげた机の下敷きになったサソリが液状化している。

 だけど、ただ液体になっているというよりも、どこかに吸い込まれているようにも見えた。

 

「そこか!」

 

 探偵さんの背後霊さんことレオニダスさんが、ゴミ袋をかきわけて畳に指を突き入れる。

 それは上の階でも見た光景。

 

「またひっくり返すぞ!」

 

 そして、畳の下から――壷が出てきた。

 

 大きな壷だ。

 物理的に畳の下になんて隠れられないくらいのサイズのモノ。

 私が抱えられるかどうか分からないくらいには大きい。

 

「俺のレオニダスと同じだ。

 同じ能力者にしか見るコトの出来ない、開拓能力の化身のようなモノと言えばいいのか。ヴィジョンなどとも呼ばれるが……」

 

 探偵さん言葉が途中でとぎれる。

 うん、まぁ、気持ちはとてもよく分かる。

 

 この壷の形をしたヴィジョンとやら。不気味すぎる。

 

 現実にはあまり見なくなったとも言われている、テンプレ的なオタク男性って感じ。

 髪はボサボサで、ちょっとだらしなく太ってて、メガネを掛けてて、無精ひげで……。

 

 何を言ってるのかと思う。

 だけど、壷がそれなんだ。

 

 そんな男性を折り畳んだりねじ曲げたりして、無理矢理に壷の形に整えれば、こんな姿になるんじゃないかって……。

 骨や臓器がどうなってるかとかは、たぶん考えちゃダメだ。

 

 人間だと認識できるのに人間の形をしていないモノ――という脳みそがバグりそうな姿に、生理的な嫌悪感を覚えて気持ち悪い。

 

 壷についている男性の顔は苦しそうにも幸せそうにも見えるし、きょろきょろと目を動かしてたりするけど、気にしちゃダメだ。

 あの姿になってもまだ――正気でないにしても――意識がありそうなところが、ことさらに脳が理解を拒む。

 

 壷の中には例の液体で満ちている。

 そして、その液体の中に、裸の女性が浮いていた。

 

 有名な女児玩具の着せかえ人形みたいなサイズの……だけど、間違いなく人間だろう美人。

 虚ろな目で虚空を見上げ、だけどどこか満足そうで。暖かいお布団に包まれて幸せそうにしている顔のようにも見える。

 

「探偵さん、これってもしかしなくても……」

「経緯はわからん。だが、壷は行方不明の男性を……壷の中に浮いている女性は二階の住民を模したものだろう」

 

 やっぱり……!

 あ、いや。模したもの? 本人じゃないのか。

 

「だが、漠然とは理解できた。このアパートそのものが蠱毒(こどく)の壷に変じていたんだろうな」

「蠱毒?」

「詳細はあとだ。ともあれ、これが怪異の核だろうから叩き潰す」

 

 そうして、探偵さんの横でレオニダスさんが構えた。

 

「あの、これを壊したらこの人たちは……」

「もとより二人はもう死んでいる。

 二人の記憶や魂、感情――とにかくそういうモノを触媒にして、怪異がこのようなヴィジョンを得ただけにすぎない」

 

 どういう経緯で触媒にするに至ったかは気になるが――と最後に付け加えながら、探偵さんは告げる。

 

 私は壷を――壷に浮く女性を見下ろす。

 

 ポタリ、ポタリと……天井から雫が落ちてきて、壷の中にたまっていく。

 

 さっきまでそんなものはなかったはずだけど……。

 

「……って、え?」

 

 雫? 上から?

 

 慌てて天井を見上げる。

 そこに、巨大な黒い蛇がいた。

 

 大きな口をあけて、涎のようにあの液体を垂らしている。

 

「蛇は虫じゃないでしょッ!」

強みの強気は(パワー・オブ)無敵な強み(・パワー)!」

 

 私のツッコミと同時に、探偵さんが構えていたレオニダスさんで蛇をブン殴る。

 

「ぐッ……タイヤのように……硬いッ!」

 

 ヨシ! と思ったけど、蛇は一筋縄ではいかなそう。

 蛇はすぐに建て直し、舌をチロチロさせながら探偵さんを睨んだ。

 

 私がどうしようかと考え出した矢先、壷の中の女性が身体を起こす。

 

 身体のサイズが人と同等になっていき、下半身に渦巻く液体を纏い、液体はやがてムカデのようになっていく。

 液体は上半身にも纏わりつくと、ムカデモチーフの露出度の高い鎧のようになっていった。

 

 驚いていると、女性は私に向かって手を伸ばす。

 

「音野さんッ! く、邪魔をして……ッ!」

 

 探偵さんがこちらに来ようとするけれど、蛇に邪魔をされてしまっている。

 

「サビシイのはキライ」

 

 女性の両手が私の首を掴むと、そのまま壁際まで押しやられた。

 

「がっ!?」

 

 背中を壁に叩きつけられる。

 

「ヒトリはイヤ」

 

 首が締まって……。

 息が、できない……。

 

「音野さん……ちィッ!」

 

 探偵さんが助けにこようとしたけど、蛇が邪魔に入っているようだ。

 こいつは……私が、自分で何とかしないと……!

 

「あ、ぐ……」

 

 チカラが強い。

 首がどんどん締まる。

 息が出来ないだけじゃない。目の前がぐるぐるする……。

 

 ――探偵さん。そうだ。この壁は……真横に、大穴があるなら……。

 

「ヌクモリがホシイ」

 

 女性が私とキスができるくらいに顔を近づけてきて、何かを言ってくる。正直、理解できない。理解しようとする気もない。

 

 私はそれを無視して穴の近くに手を伸ばして、その音を握りしめる。

 

「カナシイのはダメ」

 

 握りしめたそれを私は女性の大きな胸の谷間に押しつけた。

 

 次の瞬間――女性の谷間でドォグォォン……!! という音が再現される。

 

 これは、さっき探偵さんが壁をブチ抜いた時の音だッ!

 

「ガッ、アアアアアアア……ッ!?」

 

 思い切り、女性は吹き飛んでいく。

 その勢いで私の首を掴んでいた手は離れるけど、離れる直前までムカデ女は私の首を握っていた。つまり勢いよく吹っ飛ぶ時にめっちゃ首を引っ張られて前につんのめった。そして私はその勢いを殺せず畳に顔面からダイブした。

 

 痛いし滑るし、畳の感触として変だし、嫌な臭いするし、チクチクする。

 

 一方のムカデ女はというと、勢いのあまり反対側の壁の手前に積んであるゴミ袋ピラミッドに突っ込んだ。

 だけどそれでは止まらない。そのまま和室の壁をぶち抜いて、リビングの方へと倒れ込んだ。

 

 ……お、おう。ここまでやる気はなかったんだけど……。

 どんだけのパワーで殴ったんだろう、探偵さん。

 

 ムカデ女の下半身は壷とつながっているから、勢いにつられて壷が倒れた。液体はこぼれなかったみたい。

 

 そして壷は倒れたけど、位置は変わらない。

 ムカデな下半身が伸びただけのようだ。

 

「げほっ、ゲホッ……」

 

 首が解放され、私は咽せながらも、立ち上がりつつ、息を吸う。

 呼吸を整えながら、左手でブチ抜き音を握る。

 

 それとは別にふと、目に映るドピュ音。

 今の疼きまくってる下半身にあの音当てたらどうなるんだろう――などとピンクな思考が過ぎって(かぶり)を振る。

 

 いかんいかん。

 あのムカデ女の影響か、変な思考しちゃってる……。

 

 ――あ、うっかり右手でドピュ音を握りしめちゃったけど、この音……どうしよう。

 

 などと葛藤していると、ムカデ女が立ち上がる。

 

「アナタのコドクをイヤしたいのに」

「癒す、ねぇ……」

 

 ズリズリとこちらへと戻ってくるムカデ女。

 私は両手に音を握りしめたまま、ムカデ女と向かい合う。

 

「つよいコドクが、よわいコドクをイヤすの。アナタをイヤす。ワタシがイヤされる」

 

 理屈はよく分からない。だけど、要約すると――だ。

 このムカデ女は、強い孤独で弱い孤独を癒せると信じているらしい。

 

「アナタよりつよいコドクをもつワタシが、よわいコドクのアナタをイヤす」

 

 だから、ムカデ女は私を癒せると言っている。

 

「何様のつもりなのよ」

 

 思わず吐き捨てる。

 それってさ、孤独の強さでマウント取ってるだけじゃない。

 

「私に秘密(こどく)も、誰にも言えない孤独(ひみつ)も、私だけのモノなの。どっちが上とか、どっちが癒すとかじゃない。孤独感でマウントとってイキらないでよ」

 

 何より、あの壷も、ムカデ女も、元々の人間本人じゃない。

 あの壷やムカデ女を形作る孤独っていうのも、その人たちのモノだったのだろう。

 

 でも、本人じゃあない。

 他人の孤独に相乗りして、マウントとろうとイキってるだけだ。

 

「ましてやアナタの孤独感だって、他人のモノじゃないの。癒されたいとか癒したいとか、ふざけんなッ!

 その願い(ツラさ)も、その言葉(よわね)も、本人でもない怪異が口にして良いモノじゃないッ!!」

 

 こいつは、孤独で孤独を上書きし続けるのが目的だ。

 これまではムカデ女のモデルになった人の孤独が強かった。そしてたぶん、次世代候補として私に白羽の矢が立っている。

 

 ここで私が液体化してしまった時、孤独感が上だろうが下だろうが、本来の私という存在は消え失せて、私をモチーフにした人格が液体の中に浮かび上がるだけだろう。

 

 壷の中にプカプカ浮かぶ人形が、あのムカデ女から私に変わるだけの話だ。

 

 冗談じゃない。そんなものは、救いでも癒しでもない。

 逃避でもなければ、絶望でもない。

 

 なんてことはない。ただの死だ。

 成仏なんてものがあるのかは知らないけれど、どう考えたって全うじゃない死だ。

 

「私は死なない。死にたくない。アナタの癒しなんて必要ない。そもそもアナタという存在は必要ない。孤独でマウントとりたいなら、孤独なままでいなさい。 人と関わろうとしないで!」

「アアアアアアア!!」

 

 綺麗な声の咆哮をあげながら、体勢を立て直したムカデ女が向かってくる。

 

「音野くんッ!」

「探偵さんはそのまま!!」

 

 まで蛇が倒せてない。どんだけタフなんだアレ。

 ともあれ、だから、あんまり探偵さんを頼れない。

 

 だけど、問題ない。吹き飛ばすだけなら、私でも出来る。

 これからするのは時間稼ぎだ。ムカデ女を吹き飛ばして、次いで壷を探偵さんの方へと吹き飛ばすッ!

 

「そもそもどっちの孤独が上とか下とか」

 

 上半身が人間になったせいで、ちゃんと体当たりができないのかもしれない。下半身は動かない壷と繋がっているから、巻き付く動作が難しいのかもしれない。

 

「そんなコトが言い合える相手がいるなら」

 

 だから、私でも対応できるくらいには、動きが鈍い。

 

「その時点で孤独(ひとり)じゃないでしょうッ!」

 

 向かってくる女性の下半身とムカデの身体の付け根のあたり。おへその下。そこへ、右手の音を押しつける。

 

「アンタは存在そのものが矛盾の塊ねッ!」

 

 ……って、あ。右手に握ってるのドピュ音だった……!

 

「ァァアアアハァアアン……?!」

 

 ……んだけども。

 まぁ、なんというかムカデ女はピンク色の悲鳴をあげてのけぞった。

 それからパタリと倒れて恍惚とした顔でビクビクしてる。

 

 え? そんなに良かったの?

 私も試してみてもいいかな……って――

 

 ――いかんいかん。そういう場合じゃない。

 

 倒れたムカデ女の横を通り抜けて、ムカデボディのその先端。壷そのものへと駆けていく。

 

 壷の表面に浮かぶ顔と目が会う。

 諦めと、何かを私に託すような顔。

 

「探偵さんッ、壷をそっちに飛ばします!」

「そういうコトならッ!」

 

 レオニダスで蛇を思い切り殴りつける。倒す為のパンチじゃなくて思い切り吹き飛ばすパンチだ。蛇が部屋の隅の方へと飛んでいく。

 

「いきますッ!」

 

 左手に握る音を、壷の側面に、ドォグォォン……!! という押しつける。

 

 次の瞬間、壷が探偵さんの方へと飛んでいく。

 この場に留まろうとするチカラがすごいのか、あまり勢いよくは飛んでいかなかったけど。

 

「探偵さん!」

 

 だけど、私たちには好都合。

 

「任せろッ! 強みの強気は(パワー・オブ)無敵な強み(・パワーズ・)を抱く強靱兵(レオニダス)!」

 

 探偵さんが右手をチョップの形にして掲げる。

 同じポーズを取るレオニダスさんと重なって一つとなり――

 

 蛇と、何とか復活したっぽいムカデ女が探偵さんを止めようと動く。

 

 だけど――

 

「打ち砕くッ! 終わりだッ!!」

 

 ――告げて、探偵さんはチョップを振り下ろす。

 

 蛇とムカデ女は止めることができず、探偵さんのチョップは宙を舞う壷を粉砕した。

 

 




語彙力は悪くないけど手刀という言葉は知らなかった系JD音野存歌
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