コミック・サウンド・スクアリー~擬音能力者アリカの怪音奇音なステージファイル~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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その4

 

(いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ――……!!)

 

 例えこの場には実在しない、過去の出来事の再現だったとしても、なんかそれをやらされるのは、とんでもなくアウトな気がする……ッ!!

 

 しかも再現されているのは動作だけじゃなくて、身体の状態も――かもしれない。

 明らかにズボンの中が湿ってきてる……。

 

(やだやだやだやだッ! どうなってんのこれッ!?)

 

 っていうかこの状況を楽しむ人っているのがいるの……!?

 いやもう何がなんだか分からないんだけど……所長さん助けて!

 

 いや助けて欲しいけど、ちょっと湿った股間は見られたくないかも!?

 

 でも、扉の正面向いてるからあけられたら見られる……ッ!?

 

(どうするッ? どうする私ッ!? どっちに転ぼうとどうしようもなさそうだけどッッ!!)

 

 などと胸中で大パニックになっているものの、どうにもならないワケで――

 

 もうダメだ。

 舌が虚空を――何もない空間を舐めあげた。

 そこには誰もいない。何もない。気配もない。

 

 だというのに、舌は明確に何かを感じ取った。

 

(……終わった……)

 

 何が終わったのか自分でもよく分からないんだけど、とにかく終わった。

 そう思った瞬間――

 

(あ、まずい……思考まで、何かが浸食しだしてる……)

 

 抵抗をやめたから……あるいは何かを受け入れてしまったから……だろうか。

 虫の時や、ペンの時よりも、強烈に、何かに頭の中が支配されていく感覚に襲われる。

 

 このままだと、押しつけられた過去に溺死してしまいそう――そう思った時だ。

 

「音野さんッ!」

 

 勢い良く扉が開いて、所長さんが入ってきた。

 瞬間、私を支配していたあらゆるチカラが消え失せた。

 

 同時に――無茶な体勢だった私は、急に戻ってきた身体の感覚に戸惑い……そして、バランスがとれなくなって、そのまま前に倒れ伏した。

 

 顔面強打。痛い。

 

「なんで妙なポーズで倒れているんだ?」

 

 頭上から、何とも言えない感じの所長さんの声がする。

 

「な、何かに無理矢理身体を動かされて……身体の硬い私にはしんどい格好のまま固定されて……」

「今は?」

「身体は取り戻せましたけど、ポーズのせいで、膝と腰とつま先が……痛くて動かないです……」

「そのまま転がってると汚れるぞ?」

「もう汚れてます……」

 

 なんていうか、夢で虫に口の中に変な(クダ)を突っ込まれた時よりもショックが大きい……。

 

「横たわるのはいいが、身体を開かないと痛みが抜けないぞ」

「うう、それはイヤです」

 

 動かそうとすると痛いけど、それを我慢して身体を伸ばす。

 

「お、おおおおお……」

 

 変な声がでちゃうけど気にしない。

 

「身体がバキバキなる気がします」

「今日、ホテルでのお風呂上がりに柔軟しておけ。明日、筋肉痛がヒドくなるかもしれんぞ」

「はいー……」

 

 情けない声で返事をしつつ、私はゆっくり立ち上がる。

 思ってたより日が落ちて暗くなっているのか、股間が湿っているのはバレなさそうだ。

 

「ご心配おかけしました」

「いや、無事ならそれでいい。動けるならここを出よう」

「何があったか聞かないんですか?」

「聞きたいが、それはココである必要はない」

 

 人間を操る妙な能力の影響をまた受けたらたまらない――と言われればその通りだ。

 

「操られる条件も、解除される条件も分からないんだ。

 二人とも操られたら完全に終わりだからな。一度、退く」

「はい」

 

 そうして私たちは、人喰いマンションの中から出た。

 

「外もだいぶ暗くなってきてますねぇ」

「敷地からでるまでは足下にも気をつけてくれ。

 有刺鉄線やら、何かの金属のカケラやらがだいぶ落ちている」

「はーい」

 

 答えてから、私はふと振り返る。

 怖い目にあったというのに、やっぱり建物そのものからは恐怖を感じない。

 

 嬬月荘に感じたような不気味さのようなのがない気がする。

 そう思って、能力を使って全体を見渡す。

 

 目についたのは、『ガン!ガン!ガガン!!』、『バギィ!!』と『ズル… ズル…』という音。

 パッと目についた中で、この音だけがなんというかほかに浮かぶ擬音の雰囲気から浮いているような……。

 

 少女マンガの擬音たちの中に、劇画の擬音が混ざったような違和感がある。

 

 触って確認するべきか――と思ったけれど……

 

「音野さん、どうした?

「いえ」

 

 所長さんに声を掛けられたので、私は小さく息を吐く。

 また明日調査に来るんだから、その時でいいか。

 

「今、行きます」

「慌てなくていいぞ。さっきも言ったが足下には気をつけるように」

「はーい」

 

 こうして、私と所長さんは、人喰いマンションをあとにして、テン・グリップ・イン・ホテルに戻るのだった。

 

 

 

 

 ホテルに戻るとフロントの人に汚れた姿を驚かれたけど、盛大に転んでしまったと誤魔化した。

 

 そのあと、着替えを持ってお風呂へ。

 上層階にあるお風呂は、窓から外を一望できてなんか素敵だった。

 

 屋根の無い展望露天風呂もあったので、堪能堪能。

 外見の古くささはともかく、設備なんかはどれも綺麗で良いよね、このホテル。

 

 たっぷりお風呂を堪能したあと、言われた通りにじっくりストレッチ。

 そうして着替えを終えて部屋に戻ろうとすると、隣の部屋から顔を出した所長さんが声を掛けてくる。

 

「二階にあるホテル併設のレストランに行こう。そろそろ夕食時だしな」

「わかりました。ちょっと準備してきます」

「ああ。できたら、部屋をノックしてくれ」

「わかりましたー」

 

 返事をしつつ自分の部屋に戻って、ふと思う。

 

 そういえば所長さんとの連絡方法ないな。

 スマホの電場番号も、LinkerのID交換もしてないし……。

 

 スマホじゃなくてもガラケーとか持ってないのかな?

 

 嬬月荘の時も、なんかボカしたような感じだったけど。

 

「……機械オンチ、とか?」

 

 口に出して、何となく所長さんには似合わない言葉だなぁ――などと思ったりして。

 脳筋的な解決方法を好むとはいえ、色んなことを知っている人だし、詳しいんだから、機械オンチっていうのもなんか違う気がする。

 

 まぁそのうち確認すればいいか。

 

 とりあえず、ハンドバッグにスマホとか色々入れたモノを手に、外へでる。

 

 そんなワケで私は、所長さんの部屋をノックしにいくのでした。

 

 ・

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 私が所長さんと一緒に、夕食のメインディッシュを食べている頃。

 

 

 

「改めて、明城シガタキの宿主こと鷸府田(シギフダ) 摩夏(マナツ)でっす! みなさん、今日の探索に参加して頂きありがとうございます!

 今日はこちらの建物! 通称『人喰いマンション』の探索をしていきたいと思いま~す!」

 

 

 綺興ちゃんも参加しているお泊まりオフイベントのメインディッシュが始まろうとしていた。

 

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