コミック・サウンド・スクアリー~擬音能力者アリカの怪音奇音なステージファイル~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
廊下を歩き、今度は右手にある部屋のドアを開ける。
そこは六畳くらいの部屋だった。
だけど、この部屋も同じだ。
「こっちの部屋にも何もない?」
「この部屋はどう使われてたの?」
「仕事部屋、かな? ちょっと古風な机に、パソコンがあって。
あとは、本棚がいっぱいあって、そこに参考書とか資料とか、あと漫画や小説なんかもいっぱいあったかな」
なんていうか、まるで引っ越し先探す時の内見みたい。
ここに、鷸府田さんのお姉さんが生活していた痕跡が感じられない。
残されている音も同じ。
色味が薄く、読みづらいフォントで、掃除をしているような音が微かに残っている程度。
……ここ最近だけじゃなくて、もう少し過去まで遡るとどうかな?
すると、恐らくはお姉さんが――どうやらえっちな本を読みながら一人遊びしている感じの文字が出てきた。
……うーん。あまり視てはいけなかった文字な気がする。
いや、待て。
ちゃんと過去が伺える文字だったよね?
その文字に手を伸ばす。
予想通りの光景が読み取れた。
この時点――二年くらい前かな?
部屋の内容も鷸府田さんが言ったとおりっぽい?
視える文字を微調整していくと、ちょうど半年くらい前に発生した文字から様子が変わっていく。
すごい勢いで片付けをしているような感じだ。
本とか小物をガサガサと袋の中に放り込んでいるような音が視える。
だけど――あれ? 何か音が物足りない気もする。なんだろう? うーん?
「音野さん?」
私が部屋の真ん中でぼーっとしているように見えたんだろう。
鷸府田さんが声を掛けてくる。
その顔を見て、私は少し考えた。
聞くべきかどうか悩ましいけど、確認くらいはしておいた方がいいかもなぁ……。
「鷸府田さん。お姉さんが潔癖症になったのって、ここ半年くらいですか?」
「いや、たぶん一年くらい前だと思う」
「そっか。なら、一年前から半年前くらいの間に何かあった……みたいなの分かる?」
「潔癖症になった原因じゃなくて?」
「そこは正直、どうでもいいというか……この部屋に残ってる痕跡からして、恐らく半年前くらいに何かあったっぽいから――その、オカルト的に?」
六綿さんもいるので
でもまぁ、こういう言い回しなら、何となく理解はしてくれるかな、と。
「んー……あんま姉さんに合ってない期間だなぁ……六綿さんは何か分かるコトあります?」
「そうだなぁ……あー、でも潔癖症が悪化してる感じはしたかな? 無断欠勤をする直前とかは、ずっと手を洗ってた日もあるくらいだし」
潔癖症の悪化。
なんとなく、それがカギな気もする。
だけど、やっぱりそれ以上のことは今のところ分からなそうだ。
「さすがにその情報だけだと、足りないですね。重要な情報な気もしますけど」
「わかった。じゃあここまで来たら、次は風呂とトイレも見よう」
六畳の部屋を出て廊下を歩く。
正面はリビングのようだ。その手前に右手に伸びる廊下がある。突き当たりは脱衣所のようだ。途中のトビラはトイレだろう。
トイレを開けると、やっぱりここも輝いている。
「便座カバーや、マットも無くなってる?
飾ってあった絵画風のポスターや、花も?」
……それも気になるけど……。
トイレも他の二つの部屋と同じような音しかない。
あと、ポスターや花を片付ける音が足りない気もする……これは、私が見逃しちゃってるだけかもしれないけど……。
一番気になる点は――半年くらい前に、大掃除をしたような音を最後に、用が足された音が視えないこと。
「おかしいな。ここ半年、用を足した痕跡が……ないような?」
「え?」
「は?」
思わず口にしてしまったことに、鷸府田さんと六綿さんが私を見る。
「ありえる? そんなコト?」
「……だとしたら、姉さんはどこへ……?」
不安と不穏が募っていく。
それを感じながら、私たちはトイレを出て脱衣所へ。
脱衣所は広く、広々とした独立洗面台に、洗濯機や乾燥機のスペースもしっかり確保されている。
だけど――
「洗濯機も、乾燥機もなくなってる……?」
「さっきからどうなってるんだい? 部屋に何も無くなってしまってるなんて……」
ここでも私は音を視る。
これまで同様だ。
半年前あたり境に、急に音という痕跡が消え失せてしまう。
……あれ?
ここでも何か違和感が……。
「洗面台……半年くらい前から使われてなさそうだけど……」
洗面台の鏡の前にある、ヘアブラシや歯ブラシなどをおけそうな場所にも、何も置かれていない。
ドライヤーや、ヘアアイロンとか、女性なら持っていてもおかしくないモノがあった痕跡すらない。
「……水道は……」
ふと思い、水道の蛇口のレバーを上に持ち上げる。
すると――ジャバー……と、問題なく水が馴れだした。
「止まってない」
「あ。そういや電気って着くのか?」
それを見て、鷸府田さんは壁にあるどこかの電気のスイッチを入れた。
だけど、特に何かが起きるような様子はない。
カチカチとスイッチを繰り返すものの、どこかの電気が付く気配はなかった。
「電気は止まってるのか?」
そう訝しむ鷸府田さん。
だけど、六綿さんは何かに気づいたのか天井を差した。
「摩夏くん、良く見て。天井の電気、電球が付いてない」
「え?」
言われて見ると、確かにその通りだ。
この家全体が謎の輝きに包まれているので不自由はないけれど、確かに電球がない。
ふと思って独立洗面台についているランプへと視線を向ける。やっぱりというかなんというか、ここの電球も付いていなかった。
「……どうなってんだよ……」
毒づくようにしながら、鷸府田さんはお風呂の引き戸を開く。
お風呂場も広々としていて、浴槽も大きい。
一人暮らしの部屋とは思えないぐらいしっかりしていて、ちょっと羨ましいくらいだ。
だけど――
「シャンプーやリンスがない?」
「前に泊めて貰った時はあった、風呂桶や椅子なんかもないな……」
「いくらなんでも人が生活している部屋のお風呂場って感じじゃないよ、これ」
――そう、やっぱり何もないんだ。
他の部屋同様に、生活していた痕跡らしきものが希薄すぎる。
「……ここも半年くらい前を境に、生活音が薄れてる……」
「いやマジでここ半年で何があったんだよ……」
うめくような鷸府田さん。
気持ちは分かる。
お姉さんが住んでいるはずの部屋がこんなことになっていたら気が気ではないだろう。
一応、浴室も能力を使って視てみる。
あれ……? ここって、シャンプーや風呂桶やらを捨てる音がない?
捨ててないのに、無くなってる?
単に、音の記録時間へのフォーカスが間違ってる?
うーん?
私が首を傾げていると、六綿さんが鷸府田さんへと声を掛けた。
「あれ? 摩夏くん……今言うコトじゃないかもだけど、そのジャケットって黒一色じゃなくて、白いラインが入ってたんだね」
「え? いや黒一色のはずですけど?」
あれ? 私も最初に見たとき、黒一色だと思ってたんだけど……。
そう思って、彼の背中を見ると、確かに白いラインが入っていた。
「鷸府田さん、ジャケットに白いライン入ってますよ」
「うえ。マジか」
高かったんだぞ――と、うめきながら、彼は上着を脱いで背中を確認した。
「本当に背中に白いラインが入ってるし……えぇぇ、これどこでついたんだぁ……」
天を仰ぐような鷸府田さん。
お姉さんの件もあって踏んだり蹴ったりな感じだなぁ……。
「あ、白と言えば――六綿さんって髪の毛に白いメッシュ入れてるんですね。分かりづらいけど、さりげないお洒落ですか?」
「え? 学生時代はともかく就職してからこっち、そういうのまったくしてないんだけどな」
訝しみながら、独立洗面台の鏡を覗き込む六綿さん。
「ほんとだ。いつの間に……。
摩夏くんのジャケットといい、どっかの工事現場の塗料とか飛んできたのかなぁ……これ、洗って落ちるかなぁ?」
六綿さんは鏡の前で前髪を摘まみながらぶつくさ言う
その姿を見ながら、鷸府田さんが声を掛ける。
「六綿さん。お互いこの白いのは後にしましょう。姉さんの件が先です」
「そうだね。リビング、見てみよう」
そこはカウンターキッチン付きの広めのリビングだった。
キッチンと隣接する右側は、テーブルをおけば食卓になりそうだ。
さらに奥の方にドアがあるので、向こうにも部屋があるようだ。
左側はかなり広くなっていて、電話線の口や、コンセントなども充実していることから、テレビとか電話などを置くことを想定されているんだと思う。
だけど、リビングにテーブルやテレビが無ければ、キッチンには冷蔵庫や食器棚、それどころか炊飯器や電子レンジ、食料の類いが影も形もない。
「ここ、本当にお姉さん住んでるの?」
思わず、私は口にしてしまう。
あまりにも、生活の痕跡がなさ過ぎる。
「そのはず……。だけど観葉植物も、テーブルも、ソファもなくなってる……。
ベランダのプランターで、ハーブとかも育ててたと思うんだけど……」
窓から出れるそこを見ると――
「あ、そっちは残ってるんだ」
「物干し台とか、ホースとかジョウロとかもあるね」
――つまり、ベランダは怪異の影響範囲外……なのかな?
「さて、あとはあっちの部屋だけなんだけど」
「あそこは?」
「んー……書斎というか趣味部屋というか娯楽室というか、私室?
寝室と違って、ゲーミングチェア付きのゲーミングデスクと、ゲームミングパソコンに、ゲーム機。漫画やラノベといった娯楽書籍とかそういうのが置いてある部屋」
そう説明しながら前を歩く鷸府田さんのジャケットの背面、白の面積がかなり大きくなっている気がする。
でも、私がそれを指摘する前に、彼は娯楽室のドアを開いた。
「……姉さん?」
その部屋はひときわ純白に清廉に、異常なほどの清潔さに煌めいている。
汚れ、穢れ、そういうものが一切無く、それどころか神秘や奇跡すらも洗い流されたような……純白というよりも白紙、白無地と呼ぶべきような――そういう部屋だ。
そして、その部屋の奥――ウォークインクローゼットらしき場所の手前に、頭の上からつま先まで真っ白な女性が、ぼんやりとした様子で、床に座っていた。全裸で。