コミック・サウンド・スクアリー~擬音探偵アリカの怪音奇音なステージファイル~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
その1
「あれが依頼にあった本屋さんかぁ」
遠巻きから、その古本屋さんを見ながら、私こと
路地の入り口にあるコンビニで買ったコーヒー片手に、問題の建物の様子を伺う。
それは路地裏にひっそりと佇む、年期の入った二階建ての建物だ。
昭和レトロブームなんてもののまっただ中である昨今において、完璧に昭和の古本屋さんという風格のお店だ。
私がお世話になっている探偵事務所の所長さん、その友人である――見た目完全にヤクザだった――不動産屋さんが買い取ったものの、扱いに困っているという元古本屋。
入り口から中を除いた限りだと、薄暗くて埃っぽそうなこと以外、今もなお営業しているようにも見える。
だけど、もう随分と前にオーナーさんは亡くなられて、閉店してしまっている物件なんだって。
あのお店が取り扱っているモノは艶本ばかり。艶本――エッチな本。すなわちスケベブックばっかりのお店なんて汚らわしいと、遺族も相続を拒否。
ただ、雑多なえっちな本の中にも、歴史的あるいは文学的、芸術的に稀少な本も少なくないとかで、雑に処分するのは勿体ない――ということで、しかるべき場所に売れば金になるから、それを相続したらどうか……という提案もあったらしい。
だけど、遺族は異様に潔癖症なのか、そんな穢れた本で稼いだ金など要らないと断固拒否。
なので、所長さんの知り合いである――見た目がとても怖い――不動産屋さんが、中の本ごと土地と建物を買ったそうだ。
そして、本の保管並びに買い手を探すべく、最近色々とやっているそうだったのだけれど……。
「本当にお客さんが入っていったなぁ……」
男性が一人、お店に入っていくのを見て、私は首を傾げる。
店はとっくに閉めてるはずなのに、どういうワケかお客さんが出入りしている――とても怖い顔の不動産屋さんは困った顔で言っていた。
それはまぁ、確かに困る話だ。
営業していないお店にお客さんが出入りしているなんて怪しいのは間違いない。
犯罪者が取引場所とかにしてるのでは――と、所長さんは現実的にありそうな話をしてみたものの、不動産屋さんの反応は悪い。
間違いなく誰かがあのお店の本を購入し、常連化しているそうなのだ。
実際に出入りしているお客さんを捕まえて話を聞いたと言っていた。
そして、そのお客さんは、まるで本や映像から飛び出してきたかのような、とてもえっちな体付きの女性店員さんに接客してもらったと言っていたという……。
他にも、えっちな漫画を買ったお客さんは、まるで漫画のヒロインが飛び出してきたような悪魔コスした店員さんに接客して貰ったと言っていたそうだ。
他にも証言者が複数人いる上に、みんながみんな似たような話をするのに、店員の姿が一致しないという奇妙な状況になっているとか。
それを聞いて、私も所長さんもリスハちゃんも、一斉に頭を抱えた。
建物なのか蔵書なのかは分からないけれど、間違いなく意志を持って怪異化してそうだ――と。
そんなわけで、
所長とリスハちゃんは、少し調べ物をしてから出てくるそうで、私だけ一足早く現地入りといったカンジです。
無茶はするなと釘を刺されているから、とりあえずは情報収集がメイン。
まぁ話を聞く限りだと、えっちな本に絡んだ怪異の可能性が高いので、男性である所長さんは何らかの対策準備をしたいんじゃないかな。
ともあれ、先に現地入りした私はこうして本屋の様子を見ている。
でもまぁ――見ててもどうにかなるもんでもないので、突撃した方が良い気もしてるんだけど。
さてどうしたものか――そう思いながら、本屋のある路地の入り口にあるコンビニの敷地から、建物の様子を見ていると、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「なになに? あそこに見える古い建物にお化けとかでるの?」
「……
声を掛けてきたのは、
以前、とある事件で関わったお姉さんだ。
完全に余談だけど、彼女の弟は配信者をやっていて、私の友人の推しでもある。
さておき、たぶん偶然通りがかっただけだとは思う。
ただ弟さんのノリを思うと、姉弟で同じ反応をする可能性があるので、先制して潰しておくことにする。
「……連れていきませんよ?」
「弟じゃあるまいし言わないわ」
呆れた様子でそう笑ったあと、冗談めかした調子で訊ねてくる。
「仮に弟だったら連れていってくれた?」
「男性を洗脳する怪異がいるっぽいので、ちょっと……」
「あー……」
祀璃さん自身が他者を洗脳するタイプの怪異化してた経験があるからか、リアクションが苦々しい。
「だから所長さんもいないのね?」
「後から来るとは思いますけど、無策は危ないと考えてるみたいです」
「なるほど」
私の言葉にうなずき、祀璃さんは古書店を見る。
お店の中から普通に出てきて帰って行く男性を見ながら、首を傾げた。
「ふつうのお店に見えるけど」
「少し前に閉店しているんですよ、あのお店」
「…………それはまた…………」
「理由があって商品である古本はお店の中に残ったままではあるんですけど……だからって勝手に持って帰ったり、誰かが勝手に販売して良いワケではないですから」
「それはそうよね。お店を閉めようが在庫はお店のモノなワケだし」
「問題は誰がそれを売っているか、ですね。目撃証言の異なる美人店員さんがいるみたいですけど」
「…………」
それだけで、祀璃さんには通じたらしい。
ただ、沈黙したのはそれだけじゃないみたい。
「この辺りにサキュバスが出るって聞いたんだけど、もしかしてあの店?」
「サキュバス?」
あまり聞き慣れない言葉に、私は聞き返す。
「あれ? 知らない? 結構有名な西洋の妖怪なんだけど。
もしかして、スクブスとかサクブス、サックブスとかって呼び方が聞き覚えある?」
「どれも聞き覚えないですね」
思わずそう返すと、祀璃さんに苦笑されてしまった。
「いわゆる女妖怪。女モンスターとも呼ばれる類いで、夢魔とも呼ばれる。男性の夢の中にえっちで美人な姿で現れて、夢の中で致すついで男性の生命力を頂戴するっていう。一般向けのRPGとかにもモンスターで出てきたりするけど」
「そう言われると覚えはあるかもです」
「ちなみに、逆パターンとして女性の夢の中に現れて生命力を奪うついでに呪いを孕ませるインキュバスっていうのもいるわ」
「……まぁいるだろうなとは思いましたけど……」
そっちに関してはどっかで遭遇して呪いを植え付けられそうだな――と思ってしまった。なんかそういうのに襲われやすいっぽいし、私。
さておきだ。
今の話でちょっと気になることがあった。
「そのサブスクだかなんだかっていう女性の怪異。噂になってるんですか?」
「その言い方するならスクブスだからね? それだと定額サービスになっちゃってるわ」
そう口にしてから、祀璃さんは何か「ハッ!?」とした顔をする。
「サブスクサキュバス……ネタとしてはアリかも。これ系好きそうな先生にネタ振りしてみようかしら?」
小説家の担当編集している祀璃さんが何やら言い始めた。
けど、すぐに正気に戻って私を見る。
「えっと、噂のコトだったわね。
まだそこまで大きくは広まってないと思うけど、この辺りで寂しがり屋のサキュバスに会えるお店があるってオカルト界隈でちょっと囁かれてるかな」
「内容とか聞いて平気ですか?」
「えーっと……お客さんには、男女問わずにサービスがてらつまみ食い。
お客さんじゃなくても気に入った女性や友達になりたい女性が現れたら、挨拶代わりに押し倒して同族化の呪いを掛けようとしてくるとかなんとか?」
「……小規模でも噂が広がってるのかぁ……」
あの書店とは無関係だったとしても、近隣にそういう噂があるとなると、お店の中にいる怪異と結びついてしまう可能性があるかも。
「もしかしてマズそう?」
「いえ、まだ分からないです。ただ……怪異は噂と結びついたり影響を付けたりしやすいですから。
それに、本屋の怪異の噂と、この辺りにいる女怪異の噂がどこかで混ざり合ったりしたら、双方の怪異に影響を与えたり、本物の怪異同士が合体したり、は……あるかも?」
これ以上、双方の噂が広まる前に片側の怪異くらいは解決しておいた方が良いかもしれない。
そんな私のちょっと真剣な思考が顔に出てたのかもしれない。
祀璃さんが、少しだけシリアスな顔を私に向けて、小さく笑う。
「個人的にはとても興味が湧いたけれど、変に邪魔して状況を悪化させるのもナンだし、素直に帰るわ」
「そうしてくれると本当に助かります」
「お仕事の邪魔してゴメンね。しばらくはこの近辺にいると思うから、本気でヤバイ時とか、急に人手が欲しくなったりしたら連絡してくれていいから」
「はい。その時はお願いします」
そうして、祀璃さんはコンビニへと入っていった。
実際、オカルト案件に理解がある人の助っ人というのはありがたいんだよね。
状況のやばさというか、恐怖の価値観が共有できるから。
その辺の共有が難しいと、急いで逃げなきゃならない場面で、自分は怖くないからと言い出して逃げずにいたりするワケで……。
――って、いけない。いけない。思考が逸れだしてる。
所長さんとリスハちゃんはまだ来そうにないけど、お客さんの出入りは確認できたしね。
ちょっと本屋さんを覗いてみるか。
今回は祀璃さんだったから穏当なやりとりで終わったけど、彼女の弟さんだったり、辺にオカルトに興味ある厄介さんとかと
よし――と気合いをいれると、飲んでいたコーヒーの紙コップをコンビニのゴミ箱へと捨て、私は古本屋さんへと向かった。
その書店の前に立って見てみると、確かに古くはあるけれど、探せばまだ日本にはそれなりに残っていそうなレトロな店構えをしていた。
神保町辺りに行けば、こういうお店は珍しくない。そんな店構え。
入り口の扉には、
能力を発動して、お店の中を窺う。
店内に浮かぶ文字は、本を棚に出し入れしたり、掃除をしたりしているような音ばかり。
二階もあるみたいだし、そっちは分からないけど――少なくともここから見える範囲の一階は、ふつうに本屋さんの音って感じ。
当たり前だけど、えっちな本メインに売っているとはいえ本屋さんだ。
お店の中にえっちな音があるワケがないのよ。何かこう、関わってきた事件のせいか、変な先入観が芽生えてる気がする。
さておき。
気を取り直して、私は入り口のドアに手を掛ける。
開く。
閉店の張り紙が貼ってあり、店内に人の気配がないお店のドアが簡単に。
錆びているせいか、キシキシと音を立てるドアを引いて開ける。
「……おじゃましまーす」
僅かに開けたそこから、身体を滑り込ませるようにして、お店に入ってドアを閉めた。
予想通り、かび臭くて埃っぽい。
だけど、本屋さん特有の不思議な香りが、とても強く感じる。
同時に不可解な甘い香りも。
タバコのような煙臭さも感じるけど、微かに香るだけで甘ったるく感じる不思議な香り。
……怪異の放つ匂い?
それにしては、お香とかアロマキャンドルを思わせる感じもあるかな?
正体は分からないけれど、吸い込んだ時点でどうこうなるような能力ではなさそうなのは幸い、かも?
あと、思ったよりも奥行きのあるお店っぽいな。
一番奥に見えるカウンターまで、ちょっと距離がありそうだ。
とりあえず、あそこへ行くのを目標としてちょっとずつ進んでいこう。
お店に並んでいるのは確かにえっちな本ばかりみたいだけど、店内の雰囲気そのものは、神保町とかにある老舗の古本屋さんみたいなカンジで、変な様子はない。
……いや、閉店してしばらく経っているのに、変な様子がないこと自体が変ではあるか
電気や水道は、不動産屋さんが支払うことで機能を残しているって言ってたから、薄らとした灯りを電灯が放っていることそのものは、おかしくはない――はず。
キョロキョロしながらお店の中を歩く。
本棚と本棚の感覚が狭く、人一人がギリギリ通れるのな幅しかないけど、こういう狭さは別に珍しいものでもないか。
浮かんでいる文字は、掃除をする音、本を動かす音とかばかり。
あるいは立ち読みしているお客さんや、店員さんが内容を確認しているようなパラパラと本をめくる音だ。
ポンポンと優しく本を払う音がある。
私は、意図せずそれに触れたていた。
流れてくるのは、本やお店を大切にしている店長さんが、本や棚についた埃を手で払っているような記録。
……うん。店長さんは、お店を大切にしてたんだな。それは分かった。
キョロキョロしながら歩いて、ふと踏み入れた場所は、どうやら外人さんのえっちなグラビア本のコーナーらしい。
面陳されていた本が目についたので、手に取る。
1990年発行の古い本ではあるみたいだけど、手入れがされているのか埃は被っていない。中は白黒というかモノクロというか――カラーではない女性の写真集。
あれ? なんで手入れがされてるんだろう?
不思議に思いながらも、私は目に付いた写真集を手に取った。
「……同性でも羨ましくなっちゃうくらい綺麗な身体してる人だなぁ……」
日常の中で肌を露出するのをテーマにしているのだろうか。
全裸でソファに腰を掛け気怠げにしていたり、白いテーブルの上にあるティーカップに全裸の女性がお茶を注いでいるような写真が載っていた。
写真全部が同じ人ってワケじゃなくて、似たようなテーマで何人も撮影したものなのかな?
写真によっては、えっちでいやらしい雰囲気もある。
けれど、今見ているページなんかは、いっそ芸術的すらあって……。
全裸の女性が堂々とこちらを見て微笑んでいる。
それがどうしようもなく美しい。
えっちとかいやらしいを通り越して本当にキレイだなって思ってしまう。
モノクロだからこそ映えてるってのもあるかもしれないけど、芸術品として完成しているようなプロポーションってあるんだなぁ……と感心してしまう。
ずっと見てると
香ってくるタバコのように煙たくて、だけど甘やかな香りに包まれていると、私も服を脱いで裸になってしまいたくなるというか……。
すごくドキドキして……。
「……って、何か雰囲気に飲まれかけてない、私?」
本を閉じて大きく深呼吸。
本屋に巣くう怪異がいるのであれば、本を乱暴に扱うのはルールに抵触する可能性があるので、丁寧に扱わないとね。
丁寧に本を戻して、探索を再開する。
怪異の能力も、怪異のルールも分からないまま、雰囲気に飲まれちゃうのはさすがにマズい。
今の感覚が怪異の能力なのか、単に雰囲気に当てられただけなのか分からないのも怖いな。
当初の目的通り、お店の奥へと進んでいく。
すると、その途中で棚の影から、誰かが現れる。
「……!?」
思わず身構えた時、そこから出てきたのは――
「え?」
――さきほど私が見蕩れていた、グラビアの女性。
それが、本で見た姿のまま……つまりは美しい全裸を惜しげもなくさらしながら、私に微笑みかけてきていた。