コミック・サウンド・スクアリー~擬音探偵アリカの怪音奇音なステージファイル~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
「だから聞かせて。貴女はどうして生まれて、このお店で何をしていたのかを」
私がそう言って手を差し伸べた時――
入り口のドアが開く音がした後、
「アリカちゃん!」
――慌てた様子で、祀璃さんが駆け寄ってきた。
「え? 祀璃さん?」
「なんか尻餅ついてヨロヨロと立ち上がってるのが見えたからッ! 大丈夫!?」
「あ、はい。大丈夫です」
にへらと笑って見せると、祀璃さんは大きく安堵した様子を見せる。
そして、ようやく私が対峙している相手に気がついた。
「え? なにこの美人痴女!?」
「美人痴女って……いやまぁ、それ以外にいいようはないですけど」
「痴女?」
言われた方は、痴女というのがよく分かってないようだ。
「とりあえず、あれが怪異なんですが、ケッペキ様と違って対話で説得できそうです。今、ちょうどお話をしてたところでして」
「あ」
祀璃さんがやらかした――という顔をするけれど、たぶん大丈夫だと思う。
私は祀璃さんを落ち着かせるような笑みを向けてから、店員さんに向き直る。
「ええっと、店員さん。この人は悪い人じゃあないわ。貴女を害したりはしない。
だから改めて――貴女のコト、聞かせて欲しい」
「…………わかった」
彼女はうなずくと、カウンターへと戻っていく。
カウンターに置いてあるレジスター、年代モノだなぁ……。
金庫付き電卓みたいな感じだ……。
ともあれ、そんなレジスターの置いてあるやや背が低いカウンター台の向こうにあるイスに、彼女は腰を掛けた。
足を組む姿が恐ろしく様になっているし、そのケのない私でもやっぱりすごい色っぽく感じてしまう。
たぶん、そういう色気を撒く怪異なんだろう。
ふと、横を見ると明らかに祀璃さんが彼女の姿に釘付けになっていた。
「何もしてない彼女の姿にそこまで見蕩れちゃうと、彼女の能力の影響受けた時、一瞬で洗脳されますよ?」
少しだけ不安になった私は、祀璃さんの肩を軽く叩いた。
「……男の子だけじゃないの?」
「性別関係ないみたいです。気に入られたら能力の対象にされちゃいます。さっきまでされてましたけど、何とか脱出したんですよ」
「…………」
きっと自分は抜け出せない――そんな顔をしながら、苦渋の表情を浮かべながら祀璃さんは店員さんから顔を逸らした。
そうこうしているうちに、店員さんの周囲に淫靡なピンク色をした煙が立ちこめ始める。例の煙たくも甘い香りのするやつだ。それが彼女の姿を覆い隠す。
「なにこの甘い香り……なんかクラクラしない?」
「気をしっかり持って下さいね。この煙と香り自体に惚れ薬みたいな効果あるようなので」
「……アリカちゃんはどうして平気なの?」
「気合い?」
自分でもよく分からないけど、まぁ怪異馴れしているというのもあるかもしれない。
やがて店員さんを包んでいた煙が晴れると、そこには奇妙な
爆盛りヘアをしたデッサン人形のような姿の人型が、花魁のように着飾っている。
髪を彩る飾りなどは、ソロバンや電卓などの商売を思わせるモノ。
華やかな着物や帯の柄は、本や巻物をモチーフにしたものだ。
良く見ると、様々なところに♂と♀が知恵の輪みたいに絡み合ってるようなマークや、ハート、18禁を示すマークをベースにしたアクセサリや模様があるのはご愛敬。
特徴的になのはその顔で、木製のノッペリとした鼻はない顔なのに、口だけはリアルで美しいものがついている。
また目を覆うように大きく重そうなヘッドマウントディスプレイのようなものが装着されていた。
そして何より、彼女の一番の特徴はその左手と一体化している長いキセルだ。
「それが貴女の本来の姿なんですね」
「ええ。そうよ」
左手のキセルをひと吹かししながら、彼女はうなずく。
キセルと口元からくぐる紫煙は、どうやら例の煙のようだ。
もっとも、香ったり吸ったりしてもクラクラする感覚はない。
そうならないように、彼女が気を遣ってくれているのだろう。
「あ、そうだ。私は音野 在歌。このお店に見慣れない人が住み着きだしたという話を聞いて、調査に来たの」
「調査……私を
不安げな店員さんに対して、私は首を横に振る。
「そうするべきかどうかを判断する為にも、ちゃんとお話したいの。
対話できない相手なら仕方ないけど、こうやってちゃんと会話できるから」
「…………」
「取り込みかけていた私が言うのも何だけど、アリカ……貴女、いつかよくない
「今回が初めてじゃないし、何度か取り込まれかけてるかなぁ」
苦笑しながらそう告げると、店員さんは呆れたように紫煙を吐いた。
ちなみに、横にいる祀璃さんがすごい表情でこちらを見ているけど、敢えて気にしない方向で。
似たような会話している時の綺興ちゃんと同じ顔してるから、こういう時は話しかけない方がいいんだよね。うん。
私も学習してるんだ。やぶ蛇はしないのである!
「……私は、このお店に宿る意志。あるいは芽生えた意志。自分でもどちらかは分からないけれど。それに本に宿る思いや意志が混ざり合った存在……だと思う」
「うん」
やっぱりそうか。
この店員さんが、この
「私はずっと店長と共にいた。でも、店長がお店に来なくなった。お客さんも。それから変な人たちが来て、文句ばっかり言って、変な人たちと一緒に顔の怖い人が来て、それから顔の怖い人以外が来なくなった」
変な人――というのはたぶん、店長さんの身内かな?
顔の怖い人は、所長の知人である不動産屋さんだと思う。
「怖い人もあまり来なくて、寂しくて、悲しくて……店長が大事にしていたお店が、本が、少しずつ汚れていくのがイヤで、だから私自身の手で私を掃除できたなら……そう思い続けていたら、この身体が使えるようになってた」
「…………」
「それが嬉しくて……いつかまた店長が戻ってきた時の為に、お店を掃除して、本を綺麗にして……時々入ってくるお客さんの対応をしたわ!」
祀璃さんが、何とも言えない顔を向けてくる。
「ねぇ、在歌ちゃん。ここの店長さんって……」
「……少し前に、お亡くなりになられてます」
「…………」
思わず祀璃さんが天を仰いだ。
この店員さんは言ってしまえばお店から生じた
だから、ただただお店の為に、店長さんの為に。
その願いの為だけに活動していたにすぎないと、祀璃さんも理解したんだと思う。
「お客さんの対応ってできたの?」
「ええ。店長がやっているのを見てたもの! ドンと来いよ!」
表情があまり分からない顔だけれど、間違いなくドヤ顔してるんだろうなぁ……。
「そういえば、レジにお金は入っていたの?」
祀璃さんの疑問に、店員さんは困ったように首を横に振る。
「最初は入ってなかったわ」
「え? じゃあ、どうしたの?」
確かにそれは不思議かも。
今はレジにお金が普通に入っているようだし。
「最初に鍵の掛かった入り口を変な道具で開けて入ってきた人がいたの」
「おっと、穏やかじゃなくなってきたぞ……」
思わず口にすると、店員さんは「そうなの?」と首を傾げながら話を続ける。
「その人がお店の本を勝手に持っていこうとしたから、声を掛けたの。でも最初は届かなかった。その時に気づいたの。私の姿は、そのままでは見て貰えないって」
まぁ人間とのファーストコンタクトだとそうなっちゃうか。
その人が能力者だったなら話は変わったんだろうけど。
「だけど声を掛けないとそのまま本を持ち出されてしまう。どうしようって、色々と試した結果――その人の持っていた本の人物と同じ姿になれるコトに気づいた」
良いのか悪いのか、泥棒のおかげで自分の能力に気づいたんだ。
「そして変身した姿なら認識して貰えた。だから声を掛けたの。本を持ち出すならお金を払って、て」
「貴女は本当に、このお店を守りたかったのね」
思わずといった調子で祀璃さんがそう口にすると、店員さんも嬉しそうにうなずいた。
「うん。そうよ……ってアレ? アリカたちは、この姿の私が視えてる?」
「まぁ私たちは、そういうモノが視える目を持ってるから」
「そうなのね」
そう答えると、彼女は嬉しそうな様子のまま話を続ける。
「ともかく、人に見て貰える姿になった私は、声を掛けたの。すると、その人は困ったようにお金を出してきた」
「素直に払おうとしたのは、かなり意外かもしれない」
「確かに」
祀璃さんと顔を見合わせて、首を傾げ合う。
わざわざピッキングか何かをして入ってきたのに、店員に声を掛けられたら素直にお金を払うっていうのも驚きだ。
いや、そもそも変身した時点で、煙だか香りだかの能力も無自覚に使っていた可能性はあるかな?
「でも、このお店にはおつりがなかった。だから、今はおつりを切らせてるから、ちょうどで出せないかって訊ねたの。そしたら――」
なんか、嫌な予感がするな?
「おつりが無いなら身体で払ってくれればいいって言われた」
「よし、今からそいつを殴りに行こう!」
「付き合いますッ、祀璃さんッ!」
「ダメよ? お客さんなんだから」
純粋無垢な怪異より、怪異にアテられてなおクズムーブできる人間の方が、私にとっては敵かも知れない。
「それでね。お店の本で、身体での払い方は書いてあったから」
「うん、まぁ……そうかも」
「そう言われちゃうと、そうか……」
「本を汚さないように、二階の控え室でやってみた」
「そうかー……やっちゃったかー……」
「取り扱い商材的には仕方ない……仕方ない、のかなぁ……」
とてつもなく悩ましいところである。
「そして身体を重ね体液を注がれた時、自分のチカラが増した――いやチカラを吸い上げたのだと気づいた。
この身体も有限だと自覚していたから、維持する方法を考えていたコトもあって、これを行えば店長が戻ってくるまで身体を維持できると、そう思った。
そのあとでお店にある本で調べたら、房中術とか淫術とかいう技術もあったから、これだ! って」
なんとも言いがたい状況だなぁ……。
「でも実際体験したし、本で勉強したし思ったの。吸い過ぎるとお客さんはダメになってしまうって。
けれど、少しだけ吸った上で、減った部分に煙を吹き込むと、またお店に来てくれるようになるんだって気がついた。
そこで思ったの。身体を使うサービスをすれば、常連さんを作れるんだって」
「なんとも、人外な発想……」
「仕方ないとはいえ、問題しかないなぁ……」
自分の身体を維持するエネルギーの補給が出来て、常連客を作れるんだから一石二鳥かもしれないけど。
お客さんと、この店にある本からしか『人間』を学べないないら、そうもなるのかなぁ……。
「あと、最初の人には興味ある人を誘ってお店に来るようにお願いしたの。
来る度に抱かせてくれるなら……なんて言うから、お安い御用よって答えたわ」
「大丈夫? その人、来店する度に衰弱してない?」
「むしろ今、平気でいるのかしら、その人……」
とはいえ、そもそもの発端がどう考えても泥棒だから、同情はできないんだけど。
「気がつけば、常連さんが増えていった。
時々、女の子も来るのよ。変わった本が好きでね。本の内容みたいなコトをしてみたいって言うから、ちょっと試してみたりして」
「……何したの?」
「女の子に男性器が生えてるマンガが好きだったからね。私の能力でちょっと実験したら、一時的に生やしてあげるコトができたわ」
「あー……」
これ以上、深く追求するのはやめよう。
「もちろん、せっかくだからってサービスしてあげたら、よく買い物しにくるようになってくれたの」
もはや買い物じゃなくてサービス目的になってるんだろうなぁ……。
その子、完全に色々ねじ曲がっちゃっただろうけど、今後マトモに生きていけるんだろうか……。
「そうやって常連客はいっぱい増えたのに、店長はいつまでたっても全然来ないの……」
寂しそうな雰囲気を見せられると、ちょっと辛いけれど……。
でも、店長さんが亡くなってしまっている事実は、やはり伝えるべきだろう。
私がどうやって彼女に店長の死を伝え、理解してもらおうかと考えていると、祀璃さんが先に質問をしていた。
「そういえば、どうして在歌ちゃんを襲っていたの?
まだ何か買おうともしてなかったし、サービスを望んでたワケでもないのよね?」
「言われてみると確かに……?」
この怪異のえっちなサービスと常連化洗脳は、常に商品購入とセットのようだった。
だけど、私が襲われた理由に関しては、それじゃあ説明がつかない。
「……アリカは……アリカは……ああ、そうだ。なんだか美味しそうだったから。
取り込んで、引き込んで、仲間に入れて、一緒にお店を守るスタッフになって欲しくて。
ダメならダメで、二階に閉じ込めてずっと私の身体を維持する為に、生きて欲しいなって……そう思って……?」
ぶつぶつと、店員さんが言っている。なんかだいぶ物騒なことを……。
「ダメ、違う。おかしい。こんなのしたくない。よくない。店長は喜ばない」
そこで店員さんは勢いよく顔を上げた。
「アリカ、ごめん。お店のためじゃなく、自分でも分からない自分の為に、アリカを……同胞に変えてしまおうって、そう思ったら、自分でも抑えられなくて……」
彼女の周囲に漂う、甘い香りの煙すら元気なくしぼんでいく。
どうやら、私を襲ったことは相当のイレギュラーだったみたい。
でも、何となく、彼女が私を襲った理由に検討がついた。
「謝らなくていいよ。結果として問題なかったんだし」
そう前置いてから、私は告げる。
「たぶん、なんだけど……怪異としての貴女は、世間の噂や評判の影響を受け始めてるんだと思う」
それこそ、このお店に入る前に祀璃さんから教えて貰った噂の影響が、店員さんに出始めているんだと思う。
「世間の……噂?」
首を傾げる彼女にうなずいて、私が説明をしようとした時だ。
「なんで人がいるんだよ!!」
入り口の扉が乱暴に開けられて、誰とも知れない人間がズカズカとお店の中へと踏み込んできた。