コミック・サウンド・スクアリー~擬音探偵アリカの怪音奇音なステージファイル~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
突然お店に入ってきたのは、私と歳が同じくらいの男性だった。
「急にどちら様?」
祀璃さんが訊ねると、訊ねられた方がイラだったように声を荒げる。
「テメェらこそ何者だよ! ここはウチのジジイの店だろ! 部外者が上がりこんでんじゃねーぞ!!」
あー……店長さんの関係者か。
でもなぁ……。
普段バイト中でもあまり使わないお堅い敬語的なモノを意識しながら、私は告げる。
「お言葉ですが、相続人の皆さんはこの店も、取り扱っていた商材も不要とされていたようです。
その上で、えっちな本とは言え歴史的に重要な文化財も混ざっているコトから、処分するのは勿体ないという話になり、不動産屋さんの
「だったらテメェらは何なんだよ!」
「私たちは、荒暮氏に依頼されて内部の調査に来た者です。
閉店してるはずの店内に人影が良く目撃されているようですから」
敢えて
祀璃さんの立ち位置は、ちょっとややこしいので。
その辺り、祀璃さんも正しく汲んでくれたようだ。
「それでいくと、あなたの方が部外者になるんだけど……どうかしら?」
「し、知るかよ!」
なんていうか、大きい声だす人だなぁ……。
「ところで、貴方は閉店後にこの店で発生しはじめた『サービス』という出来事をご存じですか?」
「……? なんだそれ?」
「なるほど。なんか突然乱入してきただけでシロかぁ」
まぁ別に、店員さんに洗脳されてるからクロってワケでもないけど。
それでも盗みを働こうとして洗脳された人なら、ある意味でクロではあるか。ややこしいなぁ……。
「まぁシロならそれでいいのですけど……。
貴方は誰で、何が目的でこの店に入って来たんですか?」
暗に邪魔だ――というニュアンスを込めながら、私は彼をやや睨むように見る。
「ジ、ジジイがエロ本屋やっててエロ本読み放題だっていうから来たんだよ!」
「でしたらお引き取りを。先ほども言った通り、お店と商材の所有者は変わってしまっておりますので」
自分でもだいぶ冷たい声を出してるなぁ――なんて思っていると、祀璃さんが私の袖を引いた。
「?」
首を傾げていると、祀璃さんが耳元で小さく囁いてくる。
「……お店の怪異ちゃん……なんか気配が変わってない……」
「…………」
恐る恐る背後を伺うと、明らかに様子が変わっている。
マズった。所有者が変わっているという言葉の意味を、変に取られてしまっている可能性があるかも……。
「ちょーっとマズいかも」
「だよねぇ……」
やらかした。
相手を追い返すことに意識を割きすぎて、怪異の逆鱗やツボに意識を割けてなかった。
「……店長は、戻ってこない……? もういない……? 持ち主が、かわった……?」
幽鬼を思わせる冷たさを持ちながらも、呆然とした声色で店員さんがぶつぶつと繰り返している。
「あの、店員さん……!」
どうしたものかと声を掛けると、それを聞いていた男性が声を荒げた。
「は? お前何言ってんだ? 店員なんざどこにも居ねぇだろ!」
「ああもう面倒くさいなぁ!」
思わず本音が漏れる。
「何が面倒くせぇだよ! お前らが店の中にいるから――」
「
男性が何か言い終えるより先に、祀璃さんは一つ目と翼だけの天使を手の中に呼び出すと、掌サイズのその
小さな天使が彼の頭に抱きつく。天使は抱きついた姿のままゆっくりと白紙の紙のようなペラペラの姿になると、彼の中へと吸い込まれていった。
すると、彼は急に大人しくなる。
「……あれ、えーっと、おれ、何で、ここに……?」
「何かを勘違いされて来店されたんですよ。ここはもう閉店しております。申し訳ありませんがお引き取り願っても?」
「え? あー……そうなの? 何で入ったんだけ? いや、悪い。すぐ出てくよ」
そうして彼は素直にお店を出て行った。
「何をしたんですか?」
「彼のこのお店に関する記憶を白紙で覆ったんです。時間が経つと離れちゃいますし、私から距離が開けば開くほどに、剥がれやすくなっちゃうんですけど」
「十分です」
息を吐いて、店員さんの姿を見る。
「あ。ああ……」
「店員さん」
「アリ、アリカ……ね、ねぇ……店長は、もう、来ないの?」
明らかにおかしい様子を店ながら、彼女が訊ねてくる。
それにどう答えるか少し悩んでから――私は素直にうなずくことにした。
「うん。人間には寿命がある。命がある。それが尽きると、もう目を覚ますコトのない眠りにつくんだよ。店長さんは、その眠りについてしまった」
「来ない。会えない。そんなの。守りたかったのに。そんなの。なんで……」
店員さんの声を聞くのが辛い。
元より、人の心を操るチカラを持つ存在だ。
嘆きの言葉が、ダイレクトに私の心に突き刺さっていくように感じる。
それは、隣にいる祀璃さんも同じようだ。
だけどそれでも、私はこの子の真実を伝えなければならないと、そう感じている。
「これを言うのは辛いのだけれど……本当はお店も本も全部処分されるはずだったの」
「え? アリカ? なにを?」
「だけど、ここにある本は貴重な品が多いから、それを残したいという思いを持ってこの建物と本を引き取った人がいる。だから、まだ壊されないでココは残ってる」
ぶわっと、彼女の全身から煙が吹き出し、周囲を色濃く覆う。
「ちがう。ダメ。アリカは悪くない。アリカは教えてくれてるだけ。ダメ。ダメ」
自分自身に言い聞かせながら、店員さんは自分を強く抱きしめる。
けれど、強く抱きしめれば抱きしめるほどに、甘く煙たい香りも強まっていっているようだ。
「はぁ……
どこかぼーっとした様子で、祀璃さんがうめく。
彼女が息を吐く姿が異様に艶っぽく見えて、ちょっとよろしくない。
とはいえ、それに飲み込まれないように意識をしっかり持って告げる。
「気をしっかり持って下さいね? 急に横から殴られたりしたくないですよ?」
「……在歌ちゃんて、実は時々めちゃくちゃドSというかイジワルになる?」
「え? そんなコトないと思いますけど……」
なんか心外なことを言われた気がする。
あと、そのイジワルを喜んで目を潤ませているような雰囲気は、この煙のせいだと思いたい。
「アリカ、アリカ、アリカァァァ……どうしよう寂しいの、怖いの、悲しいの、それが止まらなくて、煙になって、甘くなって、いっぱいいっぱい漏れ出ちゃって……抑えられなくて……」
きっと、この煙は能力なんかじゃなくて涙の代わりなんだろうな。
とはいえ、さすがに視界までもがピンクの煙に染まっていくのは、なかなか厳しい。
何か、何かないかな……。
悲しむ店員さんを落ち着けられる何かが。
「逃げて。独りぼっちは嫌よ。でも今のわたしはダメ。逃げて二人とも。寂しくて悲しくて辛いから。二人とずっと一緒に居たいと思ってる。二人を取り込んでしまいたい。その気持ちが止まらないの」
恐らく彼女の中で大きく膨らんだ感情が、この店や近隣で囁かれている噂なんかと結びついて、その在り方を暴走させはじめてる。
名前を付けるのが一番の手段だけど、名前を付けるのに必要な情報が足りてない気がするんだよなぁ……。
変な名前にはしたくないから、もうちょっと情報が欲しい。
その為にも、一度落ち着いてもらいたくて――
周囲の音を見て、それに気づく。
「祀璃さん。まだ正気保ててます?」
「……うん。だいぶ、まずいけど、まだ……」
「この煙を白紙にできたりしません?」
「……んぅ……はぁ、できなくはない、と思うけど……透明にするだけで、煙そのものに、効果は……はぁ、ないと思う、わ……」
合間合間に
いや、この煙にはそういう効果があるのは分かってるから、文句は言えないんだけど。
……あれ? でもなんで私は平気なんだ?
気合いとか根性とかじゃなくて、純粋に私への影響が薄くない?
「……もしかして、私に気を使ってる?」
「わからない。でもアリカは店長と同じで大切にしたいって思った。だから。そう思って。思ってるから。きっと」
店員さんの言葉が怪しくなっていく。
さっきまで明瞭な声色で、流暢に喋っていたのに、どこか覚束ない喋り方と不気味な声色に変わってきている。
だけど分かった。
わざわざ、私には影響を与えないようにしてくれているんだ。
「マルス……煙を、白紙に……」
祀璃さんがチカラを使う。
煙の色が薄らとした白へと代わり、視界が開ける。
まだ曇ってはいるけれど、何も見えない状態よりもずっとマシだ。
少しだけ晴れた視界の中、店員さんを見ると、先ほどまでの綺麗な花魁の姿が変化している。
ベースはそのままに、商売よりも淫蕩を優先するような雰囲気に変化が始まっていた。
髪の毛の隙間からは悪魔のようなねじくれた角が。
お尻のほうからは先端がハート型になった細い尻尾のようなものまで生え始めている。
「ああ。きちゃだめ。ありか。ありか。だめ。とりこみたくなる。あはは。きちゃうと。とりこめるから。こないで。ふう。おねがい。いっしょになりたいけど。かなしい。とめたいから。とりこみたくて。だめ。だめだから。おねがい」
言葉も声も正気がだいぶ薄れている。なのに、彼女は私を気遣っている。
制御できず絶えず放っているピンクの煙に、紫が混ざりだしている。あまり良い兆候じゃない。
私は周囲を見回して見つけた音をその手で掴む。
これはウルズの腕でやるのは違うと思う。
しっかりと私の手で――
「どうして。きちゃった。だめ。もうおさえれなくて。くるしくて。いっしょになりたくて。ねぇ。おいで。たのしもう。いっしょにさびしくならないように。ありか。ありか。ありか。きて。こないで。きてほしいけど。だめなの」
――その音を、彼女の頭の上に乗せた。
ポンポンと、優しく何かを叩く音。
「あ」
直後、急激に彼女の暴走は落ち着いていった。