コミック・サウンド・スクアリー~擬音探偵アリカの怪音奇音なステージファイル~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
「……店長……」
膨れ上がって店中を満たしていた煙も落ち着いていき、薄らいでく。
「在歌ちゃん、何したの?」
煙の影響が落ち着いてきたのか、しっかしとした声色で祀璃さんが訊ねてくる。
とはいえ、影響が抜けきっていないのか、白い肌に綺麗な朱が差した顔は、どこか艶っぽく見えて、よろしくない。
「店長さんが優しく本や棚を叩いて埃を払っていた音を、頭に乗せたんですよ。ポンポンってやつ」
「ああ……」
それだけで、漠然と理解してくれたようだ。
「店と店長を守るというアイデンティティこそがたぶん彼女の核だったんだと思います。それが揺らいでしまったせいで、サブスクの噂の浸蝕が一気に進んだのが、今の暴走の正体かなぁって」
「店長の優しい手の感触を思い出させるコトで、正気に戻した……と」
「はい」
「優しい正気の戻し方ね。嫌いじゃないわ。でも、サブスクじゃなくてスクブスよ。定額サービスにしちゃダメ」
どうにもサブスクと言ってしまうのだけれど、まぁ通じたのでヨシ。
私は、動きを止めた店員さんに話しかける。
「落ち着いた?」
「……うん」
暴走中に生えてきた角が小さくなり、尻尾も短くなったけど消えてない。
すぐにでもまた暴走してしまう可能性がある。
「アリカ」
「なに?」
「わたしを祓って。このままじゃ、わたしは迷惑しかかけない。お店にもアリカにもお客さんにも」
「…………」
本当に優しい怪異なんだな。
きっと、店長さんだけでじゃなくて、人間も、本も、お店も大好きな。
店長さんの人柄が染みついたこの店から生まれた怪異らしい――というべきかもしれない。
「貴女がそれを望むなら、祓うけれど……だけどその前に教えて――現実に可能か不可能かは別にして、貴女はどうしたのか。どうなりたいのか。何を大切にしていて、何を残したいのか」
「わたしは……」
聞いておきたい。
彼女を祓っても祓わなくても、いずれは本の全ては何らかの形で処分され、この建物も取り壊される。
だからこそ、それでもなお大切にしたい、残しておきたいモノはなんなのか。
「……お店を守りたい。店長の為に……でもその店長はもう来れなくて……それでも守りたいモノ……」
さっきの暴走する直前を思わせるような、ぶつぶつと口にする様子を見せる。
人間とちがって容易に在り方が揺らいじゃうから、こういう質問ってやっぱり危ないのかな。
だけど。それでも。
もし、まだなにか核にできる、アイデンティティになりうる大切なモノがあるのなら――
「……そうだ。手紙。箱にはいった。手紙……」
――私は、それに賭けてみたい。
ぶつぶつと言いながら、店員さんはレジカウンターの奥にある小さな机に向かっていく。
本の山に埋もれた、事務机だ。
ファイルやプリントなども埋もれているから、書類仕事などをするのに使われていたのだとは思うけど。
「在歌ちゃん、あの子――大丈夫なの?」
「わかりません。半分、賭けみたいなモノなので。これでダメなら、あんまり得意じゃないですけど、所長さんみたいに私の
「……そう」
祀璃さんは小さく相づちを打つに留めた。
色々と言いたいことを飲み込んだ感じ。怪異に詳しくない祀璃さんでも、手段が限られてしまっているというのは分かったんだと思う。
「ねぇ、あの怪異って……」
「自分でも言っていた通り、この建物に染みついた意志や思い出を核として、取り扱っている古書に宿った様々な意志や欲望を取り込み、人格と形を得たモノ……だと思います。建物でありながら異能力を得た存在――開拓能力を得た人を
聞きかじりの説明だ。
祀璃さんが欲しかったのはこういう話ではないのかもしれないけれど、これ以上の説明を私はできない。
私と祀璃さんでそんなやりとりをしている間に、店員さんは机の周りをごそごそとやっていて、やがて何かを持って戻ってきた。
「……車輪付きの箱?」
日本史の教科書とかで見た気のする、馬車っぽいやつだ。
「
「分からない。でも店長は大事にしてたわ」
なるほど。この車輪付きの箱は文車って言うのか。
「お店がなくなっても、本が無くなっても、これだけは守りたい――そう思ったの」
だけどその箱は、彼女にとっても店長さんにとっても、きっと大切なモノなのだろう。
「手紙が入ってるの」
屋根がフタになっているのか、簡単に外れるみたい。
そこを開くと、中には封筒に入ったいくつもの手紙が丁寧に仕舞われているようだ。
「奥さんと、お客さんからの手紙だったと思う」
「なるほど。それは大切だ」
内容を読まなくても、凝ったデザインの箱の中にしまって起きたいと思う理由も分かる。
「奥さんとの手紙は、遠距離恋愛の中で送り合っていたラブレターみたいなもの。二人の気持ちがいっぱい詰まってる。
お客さんからの手紙は、探していた本が見つかって嬉しかったとか、そういうありがとうの気持ちが溢れてる」
「確かに、それは無くしたくないわね」
箱の屋根を戻しながら、文車を撫でる彼女の手つきはとても優しくて。
思い出を守るような、我が子を慈しむような、そんな雰囲気だ。
「これは、無くなって……欲しくない」
「うん。やっぱり優しいね。貴女は」
だからこそ、核を壊すなんていう方法で解決したくない。
「……ねぇ、在歌ちゃん。核の引っ越しって出来るのかしら?」
「まぁ出来なくはないけど、それはこの建物から生まれた怪異である店員さん本人が、自分の核を移しても問題ないとする必要があるかな。
あと、核を移すにもオカルト的な理屈というかそういうのも揃えないと」
「理屈……ああ、噂と結びついちゃうとか、名前を付けるとかそういうの?」
「はい。そうです」
私がうなずくと、祀璃さんは少し何かを考えるような素振りを見せてから、店員さんに訊ねた。
「貴女は、自分の名前は欲しかったりする?」
「名前……うん。名前が貰えるなら、祓われる前に欲しい」
「そう」
そう言えば、人食いマンションの怪異も、名前を欲しがっていた。
リスハちゃんだってそうだ。
もしかしたら建物から生まれたばかりの怪異たちって、名前を欲しがるものなのかもしれない。
……いやリスハちゃんは生まれたばかりでもないような気がするけど、まぁ名前が無かったから欲しがってる感じだったな。
そんなことを考えていると、祀璃さんが何やら言い始めた。
「名付ける前に雑談なんだけど」
「急に?」
「急でもないわ。この文車にまつわるお話」
首を傾げる店員さんい、祀璃さんは勇気づけるような笑みを浮かべながら語り始める。
「文車って言うのはね。元々大きいのよ。平安時代とかで使われていたモノで、手紙や本、書類をしまっておく移動可能な倉庫だったの。
なんで車輪を付けて移動可能にしていたかっていうと、有事の際にすぐに動かせるようにってね。大事な書類とか一緒に火事に巻き込まれたりすると大変でしょう?」
なるほど。納得だ。
「でもまぁ有事が起きなければそのまんま。
特に貰った手紙とかは、置き場所に困ると文車の中に放り込んでそのまま……みたいなコトも多かった」
「どんな手紙ですか? 偉い人同士の手紙とか?」
興味が湧いて、私が訊ねると祀璃さんは微笑みながら軽く首を横に振った。
「そういうのもあったのだけれど、その辺りはむしろ政治的なログとして別の場所に仕舞われていたと思うわ。
そうでなくてね。プライベートな手紙の方。一方的なラブレターとかね」
「あー……なるほど、扱いに困る」
その辺に捨てるワケにはいかないけど、だからって別に自室にしまっておきたいワケでもないし……確かに倉庫でいいかなってなりそう。
「男性女性問わずにモテたらラブレターが来る時代よ。結構な量があって、結構な量が文車行き。そうなると、ラブレターに込められた情念は文車の中で混ざり合って大きくなる」
「……あれ? 文車の話だったのに怪異の話してます?」
「してるわよ~……そうして生まれた妖怪が、
妖妃は『ようひ』や『ようび』と読んだり、
以前の私だったらただのおとぎ話って聞き流していたけれど、条件を満たした人の念は形を得て怪異になると知ってしまっているので、頭を抱えたくなる話に聞こえてくるから不思議だよね。
「文車妖妃は、取り込んだ情念を実体験であるかのように思い込む特性もあったりするみたいなのよ」
「……あれ、それって……」
祀璃さんが話をどこに持っていきたのか気づいて声が漏れる。
そんな私に向けて、祀璃さんは人差し指を自分の口元に当てて見せた。
「ねぇ店員さん。貴女はこの本屋で生まれた怪異なのよね?」
「そうだけど……」
「店長さんの感情と、お客さんの思いと、そして様々な本に込められた情念。そこから生まれたという点では、文車妖妃との共通点も多いと思わない?」
生まれた経緯も、お店の中にある本の登場人物の姿を模せるという点も、文車妖妃という妖怪の在り方に近いと言えば近い。
重なり合う近似値程度の話なんだけど、この手のオカルト概念の重ね合いやマウントの取り合いっていうのは、なんか言ったモン勝ちの側面があるので、私は余計なことを言わずに推移を見守ることにする。
「え? うん。でもそれがどうしたの?」
「ふふ。つまり共通点というところを利用すれば、貴女は貴女の核をこの文車に移せるんじゃないかなって」
「…………」
その話を受けて、店員さんはじっと文車を見つめる。
「店長さんのお店も本も、全部は守り切れない。けれど、店長さんの思いだけは文車妖妃となるコトで守れるモノもあるかもしれない。私はそう思ったの」
どうかな――と、祀璃さんが訊ねる。
「ただの文車妖妃になられても困るから、名前を付けてから核を移したりできるならそれがいいかもしれないけれど」
すかさず、私がそう補足する。
「……でも……私が文車妖妃になっても置いて貰える場所が……」
「あー……それならあるも。そこがダメでも最悪は私の家にくればいいし」
私がそう言ってあげると、店員さんは顔を上げる。
「アリカ。それと……マツリだっけ? 私、文車妖妃になる。この店の思い出を持って、店長の大切なモノを守る為の怪異になる」
「うん。分かった」
「貴女の選択を尊重するわ」
二人で安堵したようにうなずく。
本当に良かった。こんな良い子の核を無理矢理壊すようなことにならなくて。
「あの、二人とも名前を付ける時に、お願いしたいんだけど……」
「どうしたの?」
「私を構成する要素が出来るだけ消えないようにして欲しいの」
「えーっと、えっちな妖怪としての部分も消したくない、と」
「うん」
なるほどなるほど。
「大切なモノ……大切なモノを守るサブスク的な名前?」
「だからサブスクじゃなくてスクブスよ。あるいはサキュバス。サッカバス」
「そうそう。スクブススクブス」
どうしてもサブスクが最初に脳裏に過るから間違えちゃうんだよね。
「祀璃さん。スクブスって言葉を延々横に並べていると、プークスクスみたいな嘲笑っぽく見えません?」
「在歌ちゃん真面目に考える気ある?」
あるにはあるんだけど。
「大事にしている……チェリッシュ、手紙、レター……」
「祀璃さん、大事にするってチェリッシュでいいんですか?」
「え? ええ」
それなら――
「なら、
彼女が生まれた経緯も、彼女の思いも、彼女の願いも――
色んなモノをひっくるめた名前なら、これもありなんじゃないかなって。