コミック・サウンド・スクアリー~擬音探偵アリカの怪音奇音なステージファイル~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
一ヶ月後――
「未だに、店に着いた時には全てが解決してたコト、信じられないな」
「えー……まだ言います? 説得できる核だから説得しただけですよ?」
「分かっている。君の対応は適切だった。むしろ、オレやリスハがいたら、もっとややこしくなっていた可能性もあるからな。だがあまりにもアッサリしていたからな。拍子抜けというかなんというか、仕事をした気がないのに報酬が貰える感覚に馴れないんだ」
お店の入り口の向かいにある建物の壁に背を預けるように、所長と私は並んで立っている。
お店の前には人が並んでいて、順序だって入れ替わりを繰り返されている。
これは、祀璃さんが所長や不動産屋さんと相談し、開催が決定されたイベントだ。
ようするに、在庫を完全処分するためのモノ。
祀璃さんの編集者という仕事柄、
日取りを決めて、話を流して、そうして今日という日を迎えてこれである。
人が入って、人が出て行く。その度にお店の在庫が減っている状態だ。
入店する人の中には祀璃さんが担当している小説家の草薙先生も混ざっている。彼女も祀璃さんに声を掛けられた人の一人だろう。ちなみに先生はもうすでに二周目である。
私と所長はお店の商品が問題なく人の手に渡っていくのを見届ける為に、ここにいる。
「そういば、お店の噂に関してはチェリちゃんが原因だったと思うんですけど、そもそもこの辺りに広まってたサブスクの噂はなんだったんですか?」
「……サブスク? いやスクブス、サキュバスのコトか。まぁ確かにオレも気になっていたので調べたんだが……」
チェリちゃん――
彼女の宿った文車を私が引き取ったので、現在の持ち主は私ということになっている。
ついでに、その文車は今のところ
本人も楽しそうだし、わりとヨシ。
リスハちゃんとも仲良くやれているようだしね。
あ、もちろん所有者は私なのでバイトが終われば、文車は自宅へお持ち帰りである。
その為の、持ち運び用ポーチも買ったよ。
それはそれとして、チェリちゃんの構成要素の一つである女妖怪サブ……スクブス。
あれに関しては、お店の本からの影響だけではなく、明らかにこの町に流れている別の噂が組み込まれていたように思えるんだよね。
「この辺りで、サキュバスを自称する女がいた。まぁ違法な客引きだよ。言葉巧みに男女問わず気に入った相手を自宅を改造した店に連れ込み、一夜を共にする」
「ああ……それで法外な値段を取るやつですか?」
「いや――値段だけはこの手のサービスにしては良心的、むしろ安かったらしい」
「安かったんですか?」
安くても違法であることは変わりないとは思うけど、だからこそ安いとリスクとリターンが釣り合わないんじゃないかな?
「言いたいコトは分かるが、この話には続きがある」
私が首を傾げていると、所長は嘆息混じりに話を続けた。
「出所不明の薬物……お香の類いが焚かれていたらしくてな。
それが焚かれた状態での行為にハマってしまえば、男は狂ったように通い続ける常連に、女は香が焚かれた状態で男を求めずにはいられないほど依存するらしい」
「……女妖怪に男はつまみ食いされ、女は同族化させられるっていう怪異……なるほど噂と一致しちゃいますね……」
そんなものの影響で、チェリちゃんはちょっと危ない状態になってたのか。タイミングが良いんだか悪いんだか。
「寂しがり屋サキュバスという噂の中の、寂しがり屋という面に関しては、お香にアテられた複数の女性の目撃情報からだろうな」
「……その妖怪の大元になった女性、どうなりました?」
「逮捕されたよ。ある日を境に、お香のチカラが急に衰えたとかでな。正気に戻った人が警察に相談したそうだ」
それはまた妙な話だ。
「そのお香って、本当に正体不明なんですか?」
私の問いに、所長さんは少し難しい顔をする。
元々への字口みたいな人だけど、もっとへの字になっている感じだ。
不機嫌――というよりも、どう説明するべきか考えている顔だと思う。
「ジャック・オーというタバコを知っているかな?」
「すみません。タバコは全然知らなくて」
「別にいいさ。まぁマイナーな銘柄ではあるがね。コンビニでも取り扱っているところがあるくらいには手に入れやすいタバコでもある」
「そのタバコがどうかしたんですか?」
「これは一般的なタバコと異なり、強い香料が使われていてね。火を付けるとストロベリーにも似た甘ったるい匂いがするんだ」
「…………」
あー……いや、まって。ちょっと待って。
「サキュバスの使っていたお香も似た香りをしていたらしい」
「……えーっと……」
「そこの古書店の店長も好んで良く吸っていたらしい」
あ。ダメだ。偶然の一致で片付けられなくなってきた。
「チェリちゃんから時々ただよってる煙たくて甘い香りって……」
「ジャック・オーのモノとよく似ているな。まぁ店長を愛する店から生じた怪異だ。そういうコトもあるだろう」
とはいえ、妖しいお姉さんの方のお香との関わりはイマイチ分からない。
「怪異は互いに影響し合う。古書店の怪異の噂の影響が、サキュバスの方にも出ていたのだろうな」
「でもそれって、偶然の可能性はないですか?」
「もちろんある。というかジャック・オーの香りという点において、両者は偶然の一致だった可能性も高い」
所長さんはキッパリと断言する。
偶然でも一致してしまったのが問題なんだろうな――と思いながら顔を上げると、お店から草薙先生が本を抱えて出てくるのが見えた。しかもホクホク顔だ。
資料としてだけでなく、ふつうに艶本好きそうな人だな――と顔は知ってても直接的面識がないのに考えてしまった……なんて、ちょっと失礼かも。
さておき、所長の話の続きに耳を傾ける。
「サキュバスの方は、室内を妖しい雰囲気にする演出の一環として、ジョークグッズとして市販されていた卑猥なポーズの女性型香炉と共にジャック・オーを使っていたらしい。
ピンクのセロハンを張ったライトの上に香炉を置き、香炉の中には火を付けたジャック・オーを入れていたそうだ。
香炉から漏れ出る煙は、セロハンを通した明かりに照らされてピンク色になる。
その上で、言葉巧みに『これは、古い魔術の道具。サキュバスが用いる魔法のお香。淫らな気分を高めてくれる不思議な煙――』なんて言ってしまえば、雰囲気に飲まれ信じる者もいるだろう。
信じてしまえば、いわゆる思い込みで、強く効果が発揮されるコトもあるだろうしな」
所長の説明を受けて、分かるような分からないような気分になる。
確かに雰囲気たっぷりの中でそれを説明されれば、信じてしまいそうにはなるだろうけど……。
「でもジャック・オーの香りを知っている人には通用しなかったんじゃないですか?」
訊ねると、所長は少し考えてから返事をする。
「君はあの
仮に君がジャック・オーの香りを知っていたとして、その能力の影響から逃れられたと思うか?」
そう言われると確かに……。
「……あー……知ってても抗えなかったとは思いますけど、でも怪異の能力と作られた演出ではモノが違いません?」
「案外そうでもない。最初から香が焚かれており、タバコを吸った形跡を見なければ、ジャック・オーに似た香りだと思えても、ジャック・オーそのものとは思うまい」
想像してみると、確かに――と思えてしまった。
タバコの吸い殻やパッケージでも転がっていればともかく、そういう痕跡が一切ないなら、香炉から漂う煙の正体がタバコのモノだって思えないかもしれない。
そんなことを考えていると、火の付いてないタバコを咥えた草薙先生が戻ってきて列の最後尾についた。
あの人、何周する気なんだ……?
まぁ草薙先生以外にもループしている人、何人かいるからいいんだけど……。
そして先生の咥えタバコを見ていると思う。
ここからだと、あれが本当にタバコか分からないのだ。
私はあれをタバコだと思っているけれど、実はココアシガレットかもしれない。
実はイカゲソかもしれないし、乾燥うどんの可能性だってあるのだ。
タバコの実物らしきモノであっても、遠巻きから見ると判然としないのだから、痕跡がないなら香炉から漂う煙をタバコだと判断するのは難しいだろうな。
「そして、ここからが両者のジャック・オーが繋がる話なんだが……能力舎によって常連化していた客の中には、サキュバスの方の常連もいた可能性がある」
「まぁ噂の出所としてはご近所さんですからね。そういうコトもあるとは思いますけど」
「そうなると、両者の煙の信憑性と神秘性が高まるんだ。正体不明のジャック・オーに良く似た香りのする煙にまかれていると性的欲求が暴走する。その事実を、どちらも常連化している人が信じ誰かに語り、語られた誰かが影響を受け、また語る」
「お互いの噂がお互いの噂を強化しあって、神秘や怪異になっちゃったってコトですか?」
「そういうコトだ。逮捕された女も、単なる自称ではなく、無意識に自認をサキュバスに変えていたそうだしな」
噂が広まり、信じる人が増えれば、噂と神秘は強まっていく。
だからこそその影響を受けたチェリちゃんが、初対面の私を押し倒そうとしわけだ。
あれはチェリちゃんの意志ではなく、えっちなお姉さんの噂と混ざり合った結果だったワケだし。
自称妖怪だったお姉さんも、補強された噂と煙の神秘の影響によって、自認が妖怪になりかけていた。
いや、もしかしたら本当に、人の性欲を増大させる煙の魔法が使える妖怪になっていた可能性もある。
「もしかして、えっちなお姉さんの方もジャック・オーを焚いてるつもりで、自分でもどこから用意したか不明のえっちな煙を出す謎のタバコを使ってた可能性とか……」
「ありうるだろうな。警察に回収されたジャック・オーの灰に混じって、成分不明の灰も混ざっていたそうだから」
「人間も、怪異化しちゃうコトってあるんですね」
「煽てられて調子に乗って悪事を悪事と思わなくなる人間というのがいるだろう? あれの変化球版だと思えばいい。客から本物のサキュバスとして扱われているうちに、自称が自認に変わっていった。自分が作り出した雰囲気作りの影響を、本人もまた受けていたとというのもあるだろうが」
雰囲気に酔うとは言ったものだよねぇ……。
「そういうのって自分をしっかり持っていてもダメですか?」
「どうだろうな。ただ、自分をしっかり持っているのならば、何者かになりたくてサキュバスを自称し違法風俗店なんぞ始めたりはしないと思うぞ。
まぁ一時的とはいえサキュバスという妖怪に変質していたのなら、何者かにはなれていたのかもしれなんが……本人に自覚は無さそうなところは皮肉ではある」
それは身も蓋もない話だ。
まぁ妖怪を自称したり違法風俗店始めたりとかはよく分からないけど、少しだけ分かることもある。
「……何者かになりたいみたいな欲求は、ちょっと分かります。
自分には何も出来ない。何かしたい。けどどうして良いか分からない。
その解消されない衝動の果てに、妖怪になっちゃうとかあるんですね……」
SNSでの馬鹿行為投稿だったり、タレントや政治家のアンチ行為、正義を自称し悪人を私刑にする配信者……考えてみると、魔が差したような行いって妖怪の仕業のようにも思えるけれど。
話で聞くことが多いけれど――漏れ聞くだけでも、往々にして話が通じなかったり、思い込みが強固すぎて説得できなかったり……下手すると能力舎の説得よりも難しいところとか、怪異より怖いところも多そうなんだよね。
「行き場のない承認欲求や、解消されない閉塞感からの解放だけを欲して何者かになろうとした結果だろうな。
未知なる荒野に踏み出す勇気はないし、未知なる荒野の開拓を手伝う勇気すらないけれど、自分たちも開拓者たちと肩を並べたい。
もしくは未知なる荒野に踏み出す勇気の意味を勘違いし、誰もやらないからという理由で迷惑行為に走る。
その果てが、ただの迷惑な者で終わらずに一時的とはいえ妖怪へ変状するに至ったとも言える。
あるいは――今回の件に関しては怪異と噛み合ったコトで、負の開拓能力者として覚醒しかかっていた可能性はなくもないがな」
小さく息を吐いて、所長さんは古本屋さんを見る。
「古本屋のサキュバスと、自称サキュバス。
同じ煙使いのサキュバスながら、随分とまぁ異なる結果を迎えたものだ」
自称妖怪のお姉さんの方はよく分からないけれど、チェリちゃんに関しては言えることがある。
「チェリちゃんは優しかったですよ。自分の意志と噂の比率が逆転しかかって暴走しはじめていく中で、それでもずっと、私と祀璃さんのコトを気に掛けててくれました」
「そうか。だが案外その程度かもしれないな。両者の明暗の差というのは。その意志や感情を向ける先が、自分か他人かというな」
私もお店の中を見る。
曇った硝子の向こう、本棚の隙間から見えるカウンターの更に向こう側。
そこでは最初に私と遭遇した美女の姿をしたチェリちゃんが接客をしている。
モノクロではなくちゃんとした
リスハちゃんもフォローしているので、怪異だとバレるような下手は打たないだろう。
もちろん、私や所長、草薙先生のような開拓能力者にはカン付かれるかもしれないけれど、よほど悪意ある能力者でないのなら、敢えてスルーする程度にはちゃんと人間として接客している。
チェリちゃんは――
楽しそうに、嬉しそうに、丁寧に、名残惜しそうに。
一人一人に対して、とても大事に接客していた。
そのせいで、回転率はお世辞にも良くはないけれど、だけど並んでいる人で、それに文句言う人はいない。
「そういえば、チェリちゃんが名前を得て文車に核を移すと同時に、常連さんにかけていた煙の効果は消したらしいのに、チェリちゃんに『サービス』された常連さんたち……ふつうに買い物に来てるようですね」
「だとしたら彼女のサキュバスとしての『サービス』や能力による洗脳とは無関係に、このお店に好意を抱いていてくれたというコトだろう」
再び、草薙先生がお店の中へと入っていく。
「大切にされてきたお店と、
「これ以上ないほどのな。人間も怪異も円満に、笑顔で終われるんだ。文句なんてわるワケがない」
「所長のお墨付きなら安心ですね」
「俺ではこの光景はなかなか作れん。君だからこそ出来た結果だろう。誇っていいぞ。君は俺よりもよっぽどちゃんとした怪異探偵だ」
「……さすがに褒めすぎですよ」
所長に褒められるのは嬉しいけれど、さすがにここまで褒められるとなんだかこそばゆい。
「素直な賞賛だ。素直に受け取ってくれ」
「……はい」
「これで独断専行の無茶をもうちょっと控えてくれるようになれば完璧なんだが」
「そういうオチはいらないので、素直に褒めに浸らせてください」
「……そうか。それは失礼した」
そう言って、所長は微かな笑みを口の端に浮かべる。
褒められたこと以上に、あまり笑わない所長の微笑みを見れたコトが、案外嬉しいかもしれない。
「そうです失礼だったんですよー」
こんな些細なことで嬉しいと感じて、自分の仕事の成果をちゃんと誇れるようになっている。
私はちゃんと変われてる。
田舎から上京してきたお上りさんだったし、地元じゃあ集落だけでなく家族含めてちょっと私のこと村八分気味にしてたせいで、自己肯定感ちょい低めだったけれど……。
チェリちゃんを振り払った時のように、ちゃんと私は自分を得てると思う。
私の孤独感は、とっくに孤高に変わってるという意識は、間違ってないと思いたい。
「…………」
古い艶本屋の在庫処分祭りは、まだまだ終わる気配がない。
だけど、私は帰る気はない。
「最後までここにいるか?」
「はい。チェリちゃんを説得した責任だと思いますので」
「そうか」
それ以上のことを所長は言わない。
どうやら一緒に最後までいてくれるようだ。
こうして、私たちは雑談をしながら、祭り客の最後の一人が帰るまで――雑談をしながらお店とチェリちゃんを見守り続けるのだった。
これにて今回のエピソードは終了です。
たまには、状況を切り抜ける音がエロとは無関係でもいいよね――と思ってこんな形となりました。
また完結マークはつけますが、新規エピソードが思いついて書き上がったら、ちょろっと公開したいと思います。
お読み頂きありがとうございました。