コミック・サウンド・スクアリー~擬音能力者アリカの怪音奇音なステージファイル~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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その9

 

 変な夢は見たけれど、無事に長鳴ヶ丘(ながなきがおか)駅に到着。

 

 バイト先である喫茶店『夢アジサシ』はこの駅近くにある。

 

 この駅は東側は大きいバスロータリーがあり、タクシー乗り場もあり、さらにはデパートやショッピングモールも並んでいてとても華やか。

 

 一方で、西側はちょっと寂しい。

 入り組んだ道に小さなお店が乱立する、どこか古びた感じのする空気がある。

 

 古びた雰囲気があるとはいえ、昔ながらの老舗や、チェーン展開している小型の飲食店なども多数あるので、食事をするのに困らない。

 隠れ家的なお洒落なカフェなども多く、薄暗いけど寂れてない不思議な空気に満ちて、私は結構好き。

 

 そんな駅前の西側の飲食店街を抜けて、大通りへで出たすぐのところに、人気のない背の低いマンションが一つある。

 元々は多数のテナントが入っていただろうそのビルは、正面玄関の窓ガラスはヒビが入り、いかにも廃ビルという感じがする。

 

 元々はお洒落なデザインの一環だったかもしれない壁のツタも、誰も手入れしなくなったから、乱雑に生え放題だ。

 

 心霊スポットにでもなりそうなそのおんぼろマンション――の、隣にあるこれまた古びたアパートっぽい建物が、私の目指す目的地。

 

 元々お洒落なバーだったお店を居抜きで利用している喫茶店『夢アジサシ』。そこが私のバイト先だ。

 

 時計を見ると時刻はお昼時。

 ランチタイムでもそこまで混まないお店とはいえ、お昼に顔を出しちゃっていいんだろうか……。

 などと思っていると、入り口のドアには『close』の札が掛かってる。

 

 あれ?

 中に人の気配はあるんだけどな……。

 

 恐る恐るドアを開けて中に入ると、マスターがカウンターに立っていた。

 

「ああ、音野くん。来たね。入っておいで」

 

 カウンターの向こうでマグカップを拭いていた、口ヒゲの生えた細身でダンディな風情のマスターが、こちらに気づきその穏やかな眼差しを向けてくる。

 

「は、はい」

 

 ギャルソンスタイルのマスターは、私の持つ乏しい喫茶店のマスターのイメージと比べてもイメージ通りと呼べるような、いかにもな喫茶店のマスターだ。

 渋くて優しくて、だけど口数が少ない。そして料理上手。コーヒーを淹れるのも上手い。

 

「だいぶ顔色が悪いね」

「昨日は、ほとんど麦茶だけで……」

「何か食べられそうかい?」

「いえ、今はちょっと……」

 

 正直、ある程度気持ちは持ち直したけど、食欲は回復していない。

 ことが終わったら思い切り食べよう。綺興ちゃん誘ってビュッフェとか行きたい。

 

「そうか。なら回復したら何か振る舞おう。

 ともあれ、まずは座ったらどうかな? 体力が落ちているなら立っているのも大変だろ?」

 

 お言葉に甘えてカウンター席に腰をかけながら、私はマスターに訊ねる。

 

「あの、いいんですか? 昨日も一昨日も休んじゃったのに」

「理由はどうあれ体調を崩したんだ。休むな、などとは言わないよ」

 

 なんていうか……マスターはほんといい人だなぁ……。

 

「だがね。変な場所に踏み込むのもほどほどにね。

 オカルトをフィクションとして楽しむ人は多いけれど、意外とあちこちにオカルトでしか説明つかない現象というのはあるものだ。

 私も若い頃に、いくつか体験したので、理解はあるつもりだよ」

 

 まさかのマスターもオカルト現象体験者。

 情報の出所は分からないけど、オカルトに理解があるのは助かる。

 

「そろそろ、声を掛けた専門家が来てくれるはずなんだけど」

「えっと、それって誰なんですか?」

「君も知っているよ。うちの常連さんだからね」

「……心当たりが一人しかいないんですけど」

 

 常連さんは何人か心当たりあるけれど、こういう話がでそうな雰囲気があるのは一人だけだ。

 

「まさに君の想像通りだと思うよ」

 

 そして――

 チリンチリンと、ドアベルが鳴って男性が入ってくる。

 マスターの言う通り、予想通りの人だ。

 

「すみませんね。呼び出したりして」

「いえ。こちらも依頼となれば話は別ですので」

 

 長身で、厚着の上からでも筋肉質な身体だと分かるかなり顔の良い若い男性。

 赤いジャケットに黒いズボンの彼は、私の横の席に腰を掛けた。

 

「探偵さんだ」

 

 常連さんで、探偵をしているということだけは、時々の雑談で教えてもらってはいたけれど……。

 目つきが悪く無表情なせいで、なんだかいつも怒ってそうな顔をしている人だけど、それがデフォルトだと私は知っている。

 

 その人が、無表情気味の顔に穏やかな笑みをこちらに向けた。

 何となく――人を落ち着かせる笑みだな、なんて私は思った。

 

 そしてそれが普段は見せない顔なものだから、なんだかドギマギしてしまう。いやまじまじと見るとすごい顔いいなこの人……。

 

嬬月荘(つまづきそう)に行ったそうだな。話を聞かせてくれないか?」

 

 さらりと、探偵さんの口から出てきた名前に私はちょっと驚く。

 

「探偵さん、嬬月荘を知ってるんですか?」

 

 私の言葉に探偵さんはうなずいて、答えてくれる。

 

「俺は通常の探偵業の他に、オカルト関連の事件も受け付けていてな。

 知り合いの不動産屋から定期的に事故物件やオカルト物件などの調査と解決の依頼を受けている」

 

 その前置きにピンと来ないので、私は「はぁ」と生返事をしてしまう。だけど探偵さんは気にしてないのか、そのまま話を続けた。

 

「その不動産屋から渡されている解決して欲しい物件リストに乗っているんだ。嬬月荘は」

「つまりそれって……」

「ああ。冷やかし感覚で面白可笑しく関わると危険な物件というコトだな」

「あ、はい。ゴメンなさい」

 

 やばい物件というのは身に染みて分かってますので、今度改めて綺興ちゃんと一緒に叱ってください……。

 

 叱られる時は一緒だよって言ってたもんね!

 

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