突如として現代に復活した戦神アレスは、配下の
ただ一人で、アレスの待つコロッセオへ向かった女神アテナこと城戸沙織。
彼女を追って、邪武、那智、市、蛮、檄の五人の
「皆さん、あそこです」
テュシアの声が示すのは、戦神アレスが居を構える住処──「コロッセオ」。
それは意外にも、聖闘士の住まう
「まさか聖域の近くにこんな物があったとは……」
「いえ、この城はアレス復活の際に、地の底から出現したものです」
名前の通り、古びた闘技場を思わせるコロッセオの外観を見あげる檄。
彼の言葉に、テュシアは捕捉のような説明をした。
コロッセオの外門は大きく開け放たれていた。
まるで、彼ら聖闘士がやって来るのを待ち構えるかのように。
六人は緊張の面持ちで、コロッセオの入り口を見つめる。
城の中からは、鳥肌が立つような邪悪な
「……さぁ、行くぜ!」
「おう!」
「はい!」
怖気づきそうになる気持ちを奮い立たせ、邪武が号令をかける。
男たちも覚悟を決め、六人は敵陣への入り口をくぐった。
「そういえばテュシア、君も戦うのか?」
「ええ。アレスが復活したこんな時のため、訓練はつんできました」
コロッセオの通路を慎重に歩きながら、那智が少女に問う。
テュシアの体は
そんな考えを見透かすかのように、少女が言葉を続ける。
「確かに、私の体は肉弾戦には適していません」
「……思考を読んだのか……?」
「ごめんなさい。私は肉体の力より、超能力の方が得意なんです」
聖闘士の中には、強い小宇宙を利用したサイキック能力が使える者がいる。
黄金聖闘士の
テュシアもまた、小宇宙を肉体の力ではなく、サイキッカーとしての道で発展させてきたのだ。
「なるほど、どうりでアタシらみたいに
「鎧なら持っていますよ? もっとも私のは、聖衣とは少し違うものですけど」
市たち聖闘士はみな、事前に防具である星座を
対してテュシアがまとうのは布の衣服のみ。
聖衣を持ち運ぶための「パンドラ
敵地に乗り込むというのには、余りに無防備過ぎる格好だった。
しかし当の少女は平然としている。
それはテュシアが身を守るべき防具が、
ふいに邪武が、思っていことを口にする。
「ところで君は日本人じゃないよな? 髪は黒いが、その青い瞳の色は」
「ええ。私はトラキア人の末裔のギリシャ人です。この髪は染めているの。私、日本に興味があって」
テュシアは男たちのまとう聖衣に視線を向けながら、言葉を続ける。
「聖衣は星座をモチーフにして造られたものでしょう? 私の鎧は星座じゃなく、『ニワトリ』がモチーフになってるんです」
「ニワトリ? そりゃまた珍妙なモチーフザンスね」
「あら、そんなに変なものかしら? ニワトリはあなたたちの国、日本では神様の御使いと言われてるんでしょう?」
少女の言うように日本神話では、ニワトリは
それは天の岩戸に閉じこもった天照を、
「だから私、自分の力のルーツに関係している日本のことを、色々と調べました。日本語も頑張って覚えたんですよ?」
「ああ、確かにうまく喋れてる」
と蛮。
テュシアはふと、寂しげな表情を浮かべる。
「でも私たち気闘士の一族は、アレス監視のためギリシャからは動けない身の上。日本に憧れはあっても、実際に行ったことは一度もないの……」
だからせめて、憧れの日本に暮らす人々のように髪を黒く染めているのだと。
「なら、この戦いが終わったら一緒に日本に行こうぜ。俺たちが案内するよ」
「まあ! いいんですか!?」
邪武の申し出に、一転して少女はパッと表情を明るくした。
『フッ。敵地に乗り込んでおいて、のんびりお喋りとは……まるでピクニック気分よな』
「!」
突如、この場に六人以外の、第三者の声が響いた。
一同はすぐさま、声のした方へ駆ける。
果たしてそこは、大きく開けた
広間に出た六人の前には、彼らを待ち構えるように一人の闘士がたたずんでいた。
大柄なその身には、銀と赤のフルメタルの鎧──
「よく来たな、聖闘士たちよ。私はアレス様が配下の一人、火を
「配下の一人だと!? 狂闘士は今、世界中に散っているはずでは!?」
「今各地で暴れまわっているのは、ただの雑兵にすぎん。私こそが軍団の主戦力の、四人の内の一人なのだ」
「むぅ……ではまさか、雑兵を暴れさせているのは、黄金聖闘士たちを引きつけておくためだったのか」
「その通り。おかげで楽に、アテナをここまで連れてこられたというもの」
構える青銅聖闘士たちを、その中の一人である檄が止めた。
「みんな、ここは俺に任せて、先に進んでくれ」
「し、しかし……」
「奴も言っていたように、狂闘士はまだ三人も残っている。いちいち全員で戦っていては、時間がもったいない」
「た、確かに、今もアテナがどのような目に合わされているか……」
ズイッと前に進み出た檄が、小宇宙を高め戦闘の体勢をとる。
「さあ、お前たちは先に!」
「わかった! ここは任せたぞ!」
「死ぬんじゃないザンスよ!」
「うむ、お前たちもな」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、邪武たち五人は檄を残し次の間へと向かう。
「バカめ! 黙って行かせると思うか!」
「邪魔はさせんぞ!」
五人を追いかけようとするケレスの前に、檄が立ちはだかった。
その背に、守護星座である大熊のオーラを立ち昇らせながら。
「お前の相手はこの俺、
「たかが青銅聖闘士の分際で、この私と戦うつもりか」
「ああ。たとえアンタが
そう、クロミュオンのケレスとは「女性の闘士」だったのだ。
しかし、その体格は並の男より勝る。
狂闘衣の下には、鍛え抜かれた鋼のような筋肉が隠されていた。
だが、檄に臆するところはない。
彼もまた、青銅聖闘士の中では一、二を誇る肉体の持ち主なのだ。
「それに俺たちはみな、黄金聖衣を巡って争った
「面白い。ならば貴様の力、見せてみるがいい」
「女相手に力を振るうのは気が引けるが……敵である以上は容赦しないぜ!」
そう言うと檄は、ダッシュでケレスに接近する。
「くらえ! ハンギングベアー!!」
両腕を突き出しケレスを捕らえようとする檄だったが、彼女の体はスルリとその腕を避けていった。
「なにぃ!?」
「フッ、バカめ。悠長にそんな技にかかると思っていたのか?」
攻撃が空ぶった檄の体に、今度はケレスの反撃が向かう。
「技というのは、こういうものを言うのだ。ラントバウルドードスラーン!!」
「ぐおぉぉー!?」
高速の拳のラッシュ。
檄は全身を殴打され、トラックにはね飛ばされたように吹っ飛んだ。
うつぶせに倒れたままの檄に対し、勝負はついたとケレスは背を向ける。
「アテナの聖闘士といっても、しょせんはこの程度か」
「……ま、待ちな」
よろめきながらも、檄は立ち上がった。
ケレスの攻撃は、確かに強烈なものであった。
しかし檄が受けたダメージのほとんどは、聖衣の力で無効化されている。
彼ら青銅五人の聖衣もまた、サガの乱ののちにムウの手によって、簡易的にだが修復を施されていたのだ。
「ならば、もう一度食らうがいい!」
ケレスは再び高速拳、ラントバウルドードスラーンを放つ。
しかし今度の攻撃を、檄は倒れることなく、その身で全て受けきってみせたのだ。
目を見開くのは、ケレスの番となった。
「なにぃ!?」
「フッ、なにを驚いている。聖闘士に一度見た技は、二度とは通じないんだぜ?」
それだけではない。
かつて戦った同じ聖闘士の男の技を、檄は思い出していた。
「お前の拳など、星矢のペガサス流星拳に及ばない」
「私の技が、青銅の力にも及ばんだと……?」
「そうだ。お前の
「……いいだろう。では見せてやる、光速の拳をな!」
瞬間、ケレスの肩の辺りが、キラリと光を放つように輝いた。
「スタッビングタスク!!」
バガッ! という破砕音と共に、檄の左肩に激痛が走る。
「な、なにぃ……ムウに修復してもらったはずの聖衣が砕けただと……!?」
ケレスの光速拳を受けた大熊星座の聖衣。
その肩アーマーが、まるで粘土細工のように脆くも、粉々に吹き飛んでいた。
「貴様の言うように、私は力には自信があるが、スピードにはやや劣る。だがこの技は、すべての力を一転に集中するゆえに、光速となるのだ」
「むぅ……確かに今の拳は、まったく見切れなかった」
檄は冷や汗と共につぶやく。
五分五分かと思われた力関係が、一転して覆されてしまった。
「そら、もう一発! 二発! 三発!」
「うおぉーっ!?」
連続して光速拳、スタッビングタスクを放つケレス。
攻撃は大熊星座の聖衣の上半身を完膚なきまでに砕き、檄の体もまた猪の
ドサリと地面に倒れ伏す檄を見やるケレス。
檄はもはや虫の息だ。
しかし
「う、ぬぅ……」
「まだ立つか。見上げた根性よな」
「お、俺だってアテナの聖闘士……地上の平和のため、こんな所でやられるわけには、いかん……」
全身に裂傷と打撲傷を負いながら、なおも檄は戦う姿勢を見せる。
体を傷だらけにされようと、その目に宿る闘志は微塵の揺らぎもない。
ケレスはそんな檄を見て、フッと笑みを見せた。
それは嘲笑などではない。
一人の戦う男への、賞賛の笑みだった。
「どうやら生半可な攻撃では、お前は倒れんようだ。ならば、火のクロミュオン最大の技で葬ってくれよう」
ケレスの小宇宙がより一層、高まっていく。
それはまさに、黄金聖闘士に匹敵するレベルの強大さだった。
「受けよベアー! アフレイドイグニション!!」
「ぬおぉぉ!?」
突如、檄の体が火に包まれた。
彼のまとう衣服が燃えているのではない。
檄の
「アフレイドイグニションは、私のサイコキネシスによって引き起こされた『人体発火現象』。たとえ水の中に飛び込もうと、消せるものではない」
檄の身を守るはずの大熊星座の聖衣はもはや形も無く、火の勢いは彼の体すべてを飲み込んで広がっていった。
肌は
ケレスの言葉通り、これこそが彼女の最大にして最強の技なのだ。
もはや檄に残された命の時間はあとわずか……。
その時であった。
ケレスの
コロッセオの先を行く邪武たち青銅聖闘士でも、テュシアのものでもない。
正体を探ろうとするケレスだったが、その行動は不発に終わる。
まるで気配の主が妨害しているかのような手ごたえを、彼女は感じた。
「むぅ……なんなのだ、この不可思議な気配は一体……」
謎の来訪者。
それは果たして、檄の窮地を救う希望の光となるのだろうか……。
・イーラ
ラテン語で怒り。
・ラントバウルドードスラーン
オランダ語でラントバウルは農民。ドード・スラーンは殴殺の意味。
クロミュオンの猪が農民を殺し被害を与えた、という伝承から。
ケレスは元の伝承の通り、元は女盗賊だったという過去を設定したけど、本編で生かす機会はなさそう…。