「うっ!」
「むっ!?」
クロミュオンのケレスが守る「火の間」を通過した邪武たちは、次の間へ向けて走っていた。
その
「みんな、感じたか!?」
「ああ、檄の
「急速に小さくなっていく……!」
那智らは通り過ぎたはずの火の間を振り返る。
「まさか、檄の身になにか起きたのでは……!?」
すぐさま引き返そうとする蛮や市たちを、邪武が呼び止めた。
「ここで引き返しては、一人残った檄の意思を無駄にする……。俺たちは振り返らず、次の間を目指すべきだ」
そう言う邪武も、内心で檄の身を案じているのは他の五人と同じ。
しかし彼らが守護すべき女神アテナの安否も不明な今、一刻も早くアレスを倒すしか道はない。
六人は心残りを断ち切って歩みを進め、次なる間へと到着した。
「やはり、ここにも狂闘士が待ち構えているのか……」
「その通り」
蛮のつぶやきに答えたのは、鳥のような翼を背に持つ
「俺がこの間の守護者……。災難を司る『カラドリウスのフォーボス』さ」
ヒッヒッヒッ、と六人をあざける様な笑みを浮かべるフォーボスの顔は、病的なまでに痩せこけていた。
男の不気味な雰囲気に不安を覚える聖闘士たちの中から、蛮が一歩前に出る。
「こいつの相手は、俺に任せてもらうぜ」
「蛮、一人で大丈夫ザンスか?」
「バカにするない。檄だって一人で戦っているんだ。俺も負けてられん」
掌を
「ヒヒッ、誰が相手でも、俺は構わんぜ……」
対するフォーボスは、相手はしょせん青銅とすっかり舐め切った態度だ。
「他の奴らは行かせてやるよ……どうせアレス様の元まではたどり着けん」
「ずいぶんと余裕じゃないか」
「ああ。なんせ次の間は、恐るべき俺の弟が守護しているからな……」
早々に次の間へと向かう五人を見送りながら、フォーボスは身震いと共にそう言う。
なにやら含みのある発言だったが、すでに戦いに向けて意識を切り換えていた蛮には気にならなかった。
「行くぞ、フォーボス!」
先手必勝と先に攻撃を仕掛けたのは蛮。
だが繰り出されるパンチや蹴りを、フォーボスはゆらりゆらりと、風に舞う柳の葉のように緩やかにかわしていく。
「どうした? まるで
「ちぃっ! ならこれはどうだ」
蛮は自らの小宇宙を高めた。
背後に守護星座である子獅子座のオーラが浮かび、彼の力と速さを飛躍的にアップさせる。
「ライオネットボンバー!!」
弾丸のような鋭いタックルがフォーボスに見舞われた。
吹き飛ばされるフォーボスはしかし、空中でクルリと回転。
ライオネットボンバーの衝撃を逃がし、難なく着地する。
ならばもう一発! と蛮は再度、技を仕掛けた。
「こちらもお返しだ……イルネスバンドル!」
突っ込んでくる蛮に対し、フォーボスは掌に、おぞましい色をした暗黒の光球を生成、投げつけた。
光球は蛮の顔面にヒット。しかし……
「む!? ……なんだ? なんともないぞ……?」
「ヒッヒッヒッ……。食らっちまったな、俺の技を。お前はもう終わりだ……」
「負け惜しみをっ」
不敵な笑みをたたえるフォーボスに向かって行く蛮。
敵は、拳や蹴りをのらりくらりとかわすばかり。
そんなフォーボスに蛮は怒りを向けた。
「貴様! バカにしているのか!?」
「ああ、そうさ……。不用意に俺の技を身に受けたお前は、大バカ者だ……」
らちが明かないと、蛮は今一度必殺のライオネットボンバーを撃とうとする。
その瞬間、異変が起こった。
蛮は急に膝を折り、ガクッとその場にうずくまった。
額には玉のような汗が浮かんでいる。
「な、なんだ、これは……」
急に息苦しくなり、頭痛やめまい、吐き気などの症状に襲われ始める蛮。
顔を上げれば、目の前の男は先ほどと変わらない、ニヤついた表情を浮かべている。
「ヒヒッ、ついに症状が現れたな……」
「貴様、な……なにをした……!?」
「俺のまとっているのは、霊鳥カラドリウスの狂闘衣……。だが俺は、病を吸い取る伝承のカラドリウスとは逆に、相手を病気にしちまう技を使えるのさ……」
フォーボスの言うように、先ほど放ったイルネスバンドルとは、病原菌を圧縮した悪意の塊だったのだ。
それをもろに受けてしまった蛮は、病を操るフォーボスの術中にはまり、全身をウイルスに侵されてしまった。
「うぅ……ふ、不覚……っ」
ドサリと力を失い、蛮は倒れ伏した。
強烈な苦痛のみが今、彼の身を
「ヒヒヒ……このままじゃ苦しいだろう。一思いにあの世へ送ってやるよ……」
ヘドロのような小宇宙が、フォーボスの身にまとわりつくように立ち昇る。
必殺の構えをとる敵に対して、蛮はもはや指一本も動かせず、ただ事態を待ち受けることしかできない。
「さあ、この技で涅槃へ逝くがいい……デステンプテーション!!」
フォーボスの邪悪なオーラは、病を運ぶ凶鳥カラドリウスの形となって、蛮の元へ飛び立った。
◇ ◆ ◇ ◆
第三の間へと向かう邪武、那智、市とテュシア。
彼らは檄に続き、蛮の小宇宙もまた弱まっていくのを察知する。
「一体なにが起きているザンスか!?」
「わからん、しかし……」
「ああ。俺たちにできることは、一刻も早くアレスを討ち、アテナを救い出すことだ!」
走り続ける四人の前に、第三の間を守護する狂闘士が姿を見せる。
「まさかここまで来ようとは……兄貴の奴、めんどうがって俺に寄越したな」
男は、直立する狼の様な狂闘衣をまとっている。
「俺は、恐怖を司る『
「狼男か。なら奴の相手は、俺がしよう」
そう言って名乗り出たのは、
「バカめ。兄貴ならいざ知らず、俺がむざむざ他の奴らを通すと思うか」
「通らせてもらうさ……俺のこの、デッドハウリングでな!!」
那智の小宇宙によって起こされた衝撃波がダイモスに直撃する。
一瞬のことだが、ダイモスは防御の構えをとり、そこに隙が生まれた。
「今だ! 三人とも行け!!」
那智の声によって、邪武たちは第四の間へと駆けていく。
ダイモスは気合を込めて衝撃波をかき消したが、すでに残っているのは那智一人。
「大きな口を叩きながら、この程度で足止めを食らうなど、お前も大したことはないようだな」
那智はダイモスを挑発するような声をかける。
当のダイモスは、兄のフォーボスとはまた違う種の、不敵な笑みを浮かべた。
「フッ、後悔するぞウルフよ。このダイモスを相手にしたことをな」
「吠えるなら、この俺に勝ってからにするんだな」
対峙する二人は、互いに小宇宙を高めていく。
そして両者の拳が交わった。
二人の力は互角であり、互いに攻撃を放っては防ぎの攻防を繰り返していく。
「デッドハウリング!」
那智が再び衝撃波を放った。
ダイモスは防御に徹し、足を止めた隙に那智が接近、渾身の拳を撃たんとする。
「ッ!」
が、なぜか那智はダイモスに近付く前に、急制動をかけ動きを止めてしまった。
額に汗を浮かべる那智を、ダイモスは余裕の表情で見やる。
「どうした、ウルフよ」
「う、うぅ……」
ダイモスを見る那智の目は、まるでヘビに
それは那智が敵に対して、急激な恐怖心を抱き始めていたからに他ならない。
「気づかなかったか? 俺がずっと口笛を吹いていたことを」
ダイモスが言う。
それは耳を澄ましても聞こえない、可聴域を超えた旋律だった。
「俺の口笛──フライテンドフーガは、相手の恐怖心を増幅させる技。もはやお前は、俺と戦うことも出来ん……」
ダイモスはそのまま那智に背を向け、先を行く邪武たちを追いかけようとする。
「……果たしてそうかな」
「!?」
声に驚いて振り返るダイモス。
果たしてそこには、必殺の技を放つ那智の姿があった。
「な、なにぃーっ!?」
デッドハウリングの直撃を受けたダイモスは、あえなく吹っ飛ばされコロッセオの壁に激突する。
「き、貴様……フライテンドフーガが効いていないのか……!?」
「あいにく俺は、ロックのような派手な音楽が好きでな。貴様の旋律は退屈過ぎる」
ニヤリと笑みを浮かべ、那智は言葉を続ける。
「それに、かつて一輝に受けた幻魔拳の時に比べれば、この程度の恐れなんてこともない」
「むうぅ……青銅聖闘士最強の男と呼ばれた
それは
そこで那智は、乱入してきた一輝と対峙した際に、幻を見せる鳳凰幻魔拳を受けてしまったのだ。
その時、一度は那智の精神は一輝の技によって、ズタズタにされてしまった。
しかし苦しいリハビリの末に立ち直り、聖闘士としての道へと戻ってこられたのだ。
「いいだろう。ではその時の恐怖を、今一度思い出させてやる!」
ダイモスの背後に、小宇宙と共にオーラとなって立ち昇る、狼男の像が浮かんだ。
「ヴォルテールファンタズマ!!」
突き出したダイモスの指先から一筋の閃光が放たれ、那智の脳天を直撃する。
「うっ! ば、バカな……なぜ、なぜお前がここに……!?」
突如、那智が動揺しはじめる。
体中から冷や汗が流れ始め、手足はガクガクと震え止められない。
「どうした、俺がそんなに恐ろしいのか?」
ダイモスの言葉は、那智の耳には全く別の人物のものに聞こえていた。
声だけではない、その姿すらも。
「い……一輝!?」
そう。相手に幻を見せるダイモスの技──ヴォルテールファンタズマによって、今那智の目にはダイモスの姿が、かつて敵対したフェニックス一輝のものに映っているのだ。
「ウルフ、お前に今一度、本当の地獄を見せてやろう!」
「うっ!?」
ダイモス──否、一輝の拳が那智に向かう。
それは人の身の丈を超すほどの巨大さだった。
とっさに左腕で防御する那智だったが、一輝の拳は聖衣の防御を無視して、その腕を切断するように千切り飛ばしてしまう。
「うぎゃああっ!?」
実際に腕を飛ばされた訳ではない。
ダイモスの技はあくまでも幻を見せているだけ。
しかしその痛みは、現実と同じだけの苦しみを相手に与えるのだ。
「そらそらそら!」
「ぐああーっ!!」
那智の体は左脚、右腕、右脚と千切り飛ばされる。
まるでかつての銀河戦争で、一輝と対した時の再現だ。
現実では無事な五体も、ダイモスの幻を見せられている那智の体感では、その痛みは想像を絶する。
ダルマのように四肢をもがれ転がる那智に、ダイモスこと一輝は、止めの一撃を見舞わんとする。
「さあウルフよ、これが最期だ」
「ぅ、あぁ……」
恐怖と激痛で半死半生の精神力となった那智。
その目前に、一輝の拳がまるでスローモーションのように、ゆっくりと迫って来るのが見えた。
だがもう、那智には避けるだけの力も残されていない。
これで終わりなのか?
その時、
・イルネスバンドル
英語でイルネスは病気。バンドルは固まり、束ねるの意味。
・フライテンドフーガ
英語でフライトンド(フライテンド)は怯えた、怖がったの意。
フーガは、ディモスと同一視されるローマの神の名前から。
・ヴォルテールファンタズマ
ヴォルテールは、惑星ダイモスのクレーターの名称。
ファンタズマは幻想の意。
那智のロックが好きという設定は、オメガのキャラである狼星座の栄斗が劇中でロックに目覚めた展開からつけました。