加藤は人間には戻らないし戻れないだろうね。そんな、話
参考にしているのは
OVA帝都物語を主軸に原作帝都物語、新帝都物語、高橋葉介先生版と藤原カムイ先生版
シム·フースイ、平成妖怪大戦争、ガーディアンズを入れています
日が傾き、時刻は夕刻ほど経っている。空は明るさを少しづつ失い、太陽も下へと沈み暗くなっていた。
鎮守府の玄関にはあきつ丸こと加藤と恵子、黒田が一緒となっている。お互いに、所用と任務を済ませ、気が付けばこの時間となっていたからだ。黒田は出発時に鍵を掛けていたため、鍵を取り出しあけようと差し込んだ…が、すでに扉が開いていた。
甘粕が合鍵を使ったからである。しかし、その事実を知らない恵子と黒田は不思議に思い、加藤は心当たりを浮かべている。
「おかしいな、鍵が開いている」
「甘粕さまが開けたのではないでしょうか?合鍵を渡しているはずですもの」
「……。どうして合鍵を渡す必要があるんだ」
「鍵を掛けてもいつのまにか居るんですもの。でしたら、最初から渡しておいた方がいいでしょう」
恵子のやんわりとした棘のある言葉に、加藤と黒田はお互いに視線を合わせる。
怒らせるな、という合図だ。抑制でもない、警告として。
「甘粕の線が確実でしょうが…念のために」
ギターケースから宝剣を取り出し、ゆっくりと扉を開ける。黒田を先頭に恵子は最終尾、真ん中に加藤が居る位置となった。十中八九、甘粕ではあるにしてもここ最近は暗いニュースばかりで、つい先日ほど強盗が起きたというニュースも上がったくらい。気の巡りが良くなく、悪い気が沈殿している箇所もいくつか見受けられているため、良くないことばかりを引き起こしていた。
気の流れが乱れると言うことは、自然災害の他にも人間にも被害をもたらす。人も気、というエネルギーが流れ、普段は知ることは無いが影響しやすい面もあった。そのこともあり、気の流れが悪いとなると、どんな存在であれ悪い方向へと向かってしまうのであった。
「人の気配がするな」
加藤は小さくつぶやく。
「甘粕であればいいが…いや、良くないな。あやつひっきりなしに来おって、監視はそこまで厳しくないだろうに」
「暇なんだろう。使いっ走りにでもすればいい」
「もう、そんなこと言って。甘粕さまは寂しいんですよ、きっと」
「適当なことを言うようになったな、恵子」
廊下を進み、客室の近くまで来ると話し声がわずかに聞こえてきた。甘粕と平岡の声だ、それ以外に見知らぬ声も交じっている。
軍人二人よりも、若い青年くらいの歳を思わせる声だ。普段この鎮守府には、甘粕と平岡以外に、せいぜい海軍の士官くらいしか訪れることは無い。その士官も定期的な報告、訪問以外に殆ど、来ないに等しい。
そのため、士官以外の来客自体が珍しいものだった。
「来客のようじゃな」
「知らない方ですわ。二人のお知合い、とかは?」
「うーん、若い男の知り合いは居るには居ますが…知らぬ声ですな」
「……できそこないの女か」
加藤だけは、知っているとばかりに言葉を紡ぐ。それに、あまりいい顔をしていない。そこまで嫌な人物か、と黒田は加藤の表情に対し、そう心の内で思う。
「女って、この声はどう聞いても男じゃろ…」
呟きつつ、黒田は客室のドアを軽く小突いた。そうして、扉を開くと…甘粕に平岡、それに見知らぬ人物が立っている。女のように怪しいながらも、品があり性別が一瞬、分からないほどの美しい人物であった。
初対面の黒田も加藤の言っていた発言に納得しながら、その美貌に一瞬後ろめたさが湧く。
「お、帰ってきたようだな。邪魔しているぜ」
「お邪魔しています」
相変わらずの甘粕の存在に、黒田と加藤は間髪入れず言葉が出てしまった。
「甘粕、帰れ。平岡くんだけ残して帰れ」
「平岡だけ残せ、お前は入りびたりするな。毎回俺が居ないあいだ恵子を口説くとか、今世でも節操のない奴め」
「帰ってきて早々ど辛辣じゃねぇの…」
「当然の反応では?」
平岡の追撃で甘粕は傷心が酷くなる。
そんな甘粕をよそに、土師金鳳は立ち上がりうやうやしく頭を下げ挨拶をする。若い青年ながらも、礼節があり誠意ある態度。それと共に、その若すぎる故に提督として戦場に立つ様子を、恵子は少しばかりの不憫を思った。
ただ、言葉にはすることはしない。その思いも、彼にとっては不敬かもしれなかったが。
「突然の訪問、申し訳ありません。京都所属の土師金鳳と申します、目方提督さんは」
「私ですわ。目方恵子と申します。
遅くなって申し訳ありません…それと、京都から遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょう?」
「えぇ、こちらに加藤保憲と言うものが居ると…。もしや、そちらの艦娘が?」
土師の視線が、あきつ丸…加藤へと向いた。加藤の容姿はあきつ丸のように愛らしい少女ながら、端麗とした美しさを持っていた。だが、その鋭い目線とニヒルな笑みは人ならざる雰囲気を出している。
土師は最初こそ驚きはしたものの、慣れるのが早く加藤と改めて認識できた。
加藤は土師の視線を受けながら、言葉を紡いでいく。淡々と抑揚が無く、冷たい声。
「…土師の若造が俺に何の用だ。まさかとは思うが、俺を討ちに来たか?その軟弱な女のような腕で」
「相変わらずの口だな。…貴様の目的は帝都を滅ぼすこと、それを…、護っているとはな」
「ふん、俺は今は艦娘だ。恵子のためにすぎん」
「魔人も、女には勝てんか」
あまり納得のいかない土師であるが、恵子に一度視線を向ける。恵子はやわらかな笑みを浮かべ、土師を見つめている。土師は自分の容姿をあまり良いとは思っていない。女のような顔であるからか、周りの視線は土師自身が異質なものであるかのような見るような目で見てくる。
それが土師にとっていいものでもないが、もはや諦めがあった。
そんな視線を恵子は自分に向けていない、むしろ一人の人間。他人である、と。
土師はその視線がありがたいと思うと同時に、心を向かないのだなと思った。
「加藤、ずいぶんな人に惚れたものだな。…私はそろそろお暇しよう」
「もう夜になりますわ。京都へ戻るにしても電車やバスもありません、こちらにお泊りになってくださいまし」
恵子の言う通り、窓を見れば外は真っ暗であった。ふくろうの声が聞こえ虫の音も、僅かに聞こえる。
月は顔を出しているが、雲の隙間から星がやっと見えるほど曇りがかっていた。
「しかし、アポイントなしでのいきなりです。ご迷惑をかけるわけには」
「重ねて申します、土師殿。ここらは夜になれば悪い気の影響で、悪鬼が活発化しております。結界で押さえてはおりますが…動き回るのは危険です。ここは泊まった方がよろしいかと」
「…お心遣い、痛み入ります。その好意、甘えさせてもらいます」
「甘粕、平岡くん。お前さん方も泊まって行け、車で来たのだろう?夜道の運転はおすすめせんよ」
「帰れ、とか言っていたくせに。…その好意、甘えさせてもらうぞ」
「拗ねないで下さいよ。ありがとうございます」
方針が決まり、夕餉の準備が始まる中加藤は恵子に向け、こう言葉を紡いだ。
「俺は少し籠る」
「あら、道具が足りないのですか?」
「それもあるが、占術を一つな」
「夜食は作っておくぞ。いらん世話だろうがわしも調べ物がある、遅くまで起きているから何かあれば呼べ」
黒田の話を聞きながら客室を出る際、加藤は手を少しばかり振った。
そうして、夕餉の準備が整い団らんとした雰囲気の中で各自は食事を済ましていく。話題は加藤をはじめ、提督業に風水の話、ここ最近の情勢などをおもいおもいに言葉にしていった。そして、あっという間に食事の時間が終わり、使った食器の洗いも済ませ思い思いの部屋へと向かっていく。
土師は割り当てられた客室のベッドに腰掛け、窓の外を見る。スマホの画面が淡く光り、時計はもう0時を回っていた。
ふと、渇きを覚える。水を飲んだら就寝しよう、と土師は立ち上がり扉を開け廊下に出た。
明かりが無い廊下、暗い闇が延々と続いている。異様な静けさに、土師は少しばかり不安を覚える。
廊下は昼間の暑さが比べ物にならないほど、涼しい空気が漂っていた。
気の影響か、それとも環境のせいか。
教えられたとおりに廊下を進み、角を曲がり階段を降りる。そうして、ようやく水場とも言えるキッチンへとたどり着いた。キッチンも明かりが無く暗かったが、僅かな光源があることに気付いた。
「…」
ゆっくりとキッチンへと向かい、覗き込むと…。
「寝ないのか?」
「か、と、う」
そこには加藤がテーブルに座り、食事を摂っていた。黒田の用意した食事で、おにぎりと漬物が入った小鉢に、温め直した味噌汁。加藤自身、食事は取らずに動ける身体であった。その上、普段からあまり物を口にしない。
そんな加藤は、今世では食事は少しながらも取ることにしていた。
恵子の料理が食べたい、のもあるが黒田の料理も気に入っていたからである。元は漁村の生まれである加藤にとって、黒田の作る北海道の海鮮料理はどこか懐かしさを覚えるほど。
懐かしく好きなものだから、という理由で食事をするようになったのだった。
「水を、飲みにな。…飲んだら寝るつもりだ」
「寝首を掻くなら今だぞ?」
「…そのようなことを言っている時点で、もう私は詰んでいる」
土師はコップを一つとり、蛇口をひねった。とぷとぷ、とコップの中に水が徐々に注がれ、縁近くまでたまった。
水の入ったコップを口に含み、半分ほど飲み干す。
コップの中は、もう半分残っていた。
「ここには、貴様以外の艦娘は見当たらないな」
「俺が嫌だからな」
「ワンマンで動いているのか、ずいぶんな働き者だ」
「つまらん相手ばかりで退屈だ。十二神将や式神、水虎だけで十分なほど」
そこから会話が途切れ、沈黙が続く。
「あの時も、お前は今と同じ齢だったな。若い、乳臭い、女のような齢」
「…何が言いたい」
「……俺には、子が居た。もっとも、お前よりずっと若い娘だ。血は繋がっておらず、恵子が拾ってきた娘だ」
土師は加藤の顔に目を見張った。
眉が下がり、それでいてみけんが険しくない。声色も弱弱しく感じ取れる。加えて、どこか遠くを見つめるようなその顔は、まるで悲しげなものではないか、と。
「朝鮮一族の娘。親はとっくに死に絶え、故郷も追われ馬賊の一員としてその手を血まみれにしてきた哀れな子供だ。強かで無邪気な娘だ、最も感覚は常人と同じだったが。
少なくとも、俺を知らぬし魔術師として見ていただろうよ。恵子を母と見なしていた、哀れな子供だ」
「…その子は、どうした?」
「死んだ。日本国軍の狙撃手によって恵子をかばって即死した。痛みは一瞬、されど延々と続く痛みだ」
「死後の痛み、怨霊に繋がる痛みか」
「弔いは済ませたが、恵子は親としての認識があったのだろう。満州を出るさいにも、逃げ遅れの子供を拾おうとするほど引き摺っていた。あれは、優しすぎるのだ…菩薩、観音菩薩。だが、空の観音菩薩だ」
加藤の見解に、土師はとっさに声が出た。
「空?空虚だと言うのか、目方さんが」
「そうだ。あれは使命と言う目的を掲げ、機械のように虚ろの存在。今でこそ、黒田や幸田に、甘粕と言った見知った者が居るからこそ、少しは情が湧いている。本質は、空虚な女だ」
ずず、とみそ汁を啜る加藤。ふう、と小さく息を吐きながら言葉をさらに続けていく。
「俺はそこに付け込んだ。付け込もうとしたが…俺は、恵子を欲した。だから嬲り、痛めつけ、慰み者とし、妻として。恵子は俺の、俺の巫女と分かった」
「…」
「地獄で俺は、【俺(まさかど)】を知った。だが、それを知ってもなおこの怒り、憎しみは煮えたぎって治まらない。だからこそ、恵子は」
「加藤、目方さんがお前の巫女だったと言うのか。怒りを鎮めるために、依代として贄としての巫女、寵愛を受けし巫女」
土師の言葉を聞き入れ、加藤は口を閉ざす。黒田の用意した食事は、すでに終わっている…味噌汁も、先ほどので飲み干した。空の食器をひとまとめにし、台所へ土師の元へ持っていく。シンクに放り込み、腕をまくって律儀に食器を洗い出す。
土師はそれを黙って見ていた。
目の前の加藤は、自分よりも小さな背丈の少女。あの長身で二十、三十ほどの若い軍人ではなかった。
「……俺は、人に戻りたいとあの夜に思った。ほんのわずかな思いだ」
「お前は、人じゃないのか?」
「俺は、今は艦娘だ。人ではない」
「それに、子を持つ資格は無い」
そう言い残し、加藤はキッチンを後にした。姿はとっくに暗闇に消え、もう現れることはない。
土師は残っていたコップの水を喉に流し込み、軽く洗い…キッチンを同じく後にした。目の前には暗い空間が広がる。
あれは加藤の本心、だろうか…それとも、なんていう思考にふけながら、あてられた客室へと戻って行った。
加藤って子供を作ろうと思えば作れたよな、恵子さんとの子を
なんだろうね、情が湧いたのかそれとも、そもそも種がないのか。種はあるとしても力の継承ができないのか、荒俣先生どうなんでしょう?