今回は秀郷伝説から大百足退治です。
…この百足退治、将門公と秀郷の決戦の暗喩だと思ってるのはぼくだけかな?
海上はほんのりと暗い空間に包まれ広がっていた。波は静かに揺れ、遠い水平線近くには透けた月が沈みかけている。
明けの明星はしっかりと輝き、とある二人を見下ろしている。海の上には長弓を持った一人の艦娘と灯りをつけた小舟に乗った男だけ。
艦娘の髪は異様に白く、小舟に付けられた灯りできらきらと淡く煌めいている。
男は小舟の上でどっかりと座り、手にした一枚の紙を読み進め独りごちた。
「研究所はどうにか、首の皮を繋ぎ止めたようだな」
「…加藤、わざわざ船を漕いでまで見にくるほどですか?」
「なに、これからかのムカデ退治をするんだ。見せ物を見るのは、当たり前だろうよ」
艦娘、鳳翔ことおちょうは小さくため息を吐いた。男、加藤重兵衛の飄々とした意を理解できぬ態度に呆れていたのである。おちょうにそのような反応をされても、重兵衛は気にも留めることはない。
その重兵衛の意識は用紙に留まっていた。だが、何かを察したのか眉を一つ動かすとすぐに用紙から目を離し、その鋭い目で水平線を睨んだ。
おちょうは音も立てず、矢を取り弓を張る。すると、先ほどまで穏やかだった波は徐々に荒れ狂い、大きくなり始める。小舟が大きく揺れるが重兵衛は軸をブレさせる事もなくただ、ただ水平線を睨み犬歯を覗かせた。
空はいつの間にか雲がどんよりと暗く、暗雲から雷鳴が響く。その上、豪雨とも言える雨粒が二人に襲いかかって来た。
ザアザア、とつんざくようなけたたましい雨音と雷鳴。暴風もあり、並の艦娘や軍艦では保って立っていられないほど。
まさに、嵐の真ん中に放り出されたような惨状だ。
おちょうは弓を構えればギチリ、と弦が軋み鳴る。容赦無く襲いかかる豪雨に体を曝け出し、体温が一気に奪われていく。
瞬間、雷雨の中海面に真紅のような二つの光がぼんやりと輝きはじめたのだ。
その光は強くなると、海面は徐々に盛り上がり山のように膨れる。そうして破裂し、水しぶきを上げながら大きな黒い影が現れた。
頭部には二つの触角に、口元は鋭い顎がギチリ、ギチリと鳴り肌は滑らかな光沢を輝かせる。しなるような扁平(へんぺい 平たい、平べったい)の体を曲がりくねらせ、両側面には無数の足たちがわきわきと動いている。よく見ると、その足は虫特有のものではない…人の手足、四肢がいくつも纏めるように固められていた。
山に匹敵する大百足の姿を取った深海棲艦が、二人を見下ろしていた。
百足は古くから人と密接な関わりを持っていた。百足は神の使いや時に神格、さらには象徴として幅広く人との縁を結んでいる。
中でも一番有名なのは俵藤太こと藤原秀郷による大百足退治。このとき、近江(おうみ)の山では大蛇の一族と対峙し、百足が優勢に立っていた。だが大蛇はこのままではまずい、と秀郷に大百足の退治を懇願。秀郷は最初の二本を失い、三本目の唾と念仏を用いた矢で倒した、と言う内容だ。
また、相馬野馬追(そうまのうまおい)において用いられた旗の中には、軍師の象徴は百足とされる。平将門公が下総国葛飾郡小金ヶ原(しもうさのくに かつしかぐん こがねがはら)において捕らえた馬を神前に奉納した事が起源とされ、秀郷と将門公にとっては百足という生き物は切っても切れぬ縁を持ち合わせていた。
そして、この大百足に相見える二人は大げさに言うならば、将門公と秀郷と言える。
おちょうは矢を一つ、射抜く。雷雨の中を矢はまっすぐ飛び、ムカデの眉間へと進むが…ガキン、と弾かれた。続けてもう二本目、とおちょうは矢筒から矢を取り出しすぐに弓を引き、構える。
だが、百足は一本目の矢で敵対と認識しおちょうに向け大きな口を開き迫った。迫りくる百足の口、眉を潜め口に狙いを定め、弓を思いっきり引き射抜く。口の中に矢は飛んでいくがまたしても弾かれ、矢は無残に散った。
すぐさま重兵衛は印を結び式を水面に放つと、大きな水柱が百足の下から吹き上げた。百足は水柱に押され勢いよく体を伸ばし、体勢を崩してしまう。
鋼鉄に似た体であるため矢も効かず、重兵衛の式も当てにはできないと、おちょうは判断した。万事休す、おちょうは重兵衛でも逃さなければ、と覚悟を決めるしかなかった。
「…おちょう、矢尻に唾をつけろ」
「加藤、これはあの大百足ではありませんよ…」
「やってダメなら考えろ」
加藤のあまりの返答に、言葉をかける余裕はなかった。おちょうは言われるがまま口元に矢尻を近づけさせ舌で舐める。冷たい鉄の味が、舌先から広がっていく。
矢を口に加え、摩利支天の手印を結ぶ。中指を伸ばした人差し指に引っかけ、薬指と小指を曲げて絡ませる。
そのまま心のうちで、摩利支天の真言を三度唱えた。
オン アニチ マリシエイ ソワカ
オン アニチ マリシエイ ソワカ
オン アニチ マリシエイ ソワカ
真言を唱え終え目を開くと、百足はすでに体勢を整え今のでも襲いかかって来そうだ。
おちょうはムカデを睨み、三本目の矢を構え引く。同時に百足は姿勢を低くし迫り重兵衛とおちょうの周囲を幾度も回り逃げれないように身体をとぐろ巻きにする。上から食らおうとする姿勢だ。
「賢い蟲だ」
重兵衛の呟きとともに勢いよく百足が上から襲い掛かった。おちょうは百足に矢を構え、口を震わせる。
「南無八幡大菩薩 我らの一矢を 大百足に」
おちょうは静かにそう溢し、矢を離す。射抜かれた矢はぐんぐんと百足へと進んでいく。百足は無駄なことを、とばかりに嘲笑っているが矢は次第に光り輝き始めた。百足はその複眼に矢の姿を捉えるが、すでに遅く…百足の口は大きな風穴を開けた。矢は貫通し、砂粒のごとく消えていく。脳も顎も破裂したかのように肉塊がぼたり、ぼたりと頭上からまるで滝のように降り注いだ。おちょうは肉塊から重兵衛を守る様に体を差し出すが、重兵衛はそのままおちょうを掻き抱くと小船から飛び海中へと潜った。
深く、深く暗い底を目指すように潜る。
小さく、大きい幾つもの空気の気泡が海面へと登っていった。二人のそばをいくつもの肉塊が海に沈む中、遠ざかる小舟を見上げ、二人はそこで静かに漂っていた。
落ち着いた頃をみはかり、重兵衛は水中を蹴り海面へと登る。
「ぶはっ……はぁ、はぁ…」
「えっほ、えほ……百足は、鎮まり、ましたね」
「よくやった、おちょう」
「…残穢もありませんわ。任務、完了です」
重兵衛は先におちょうを小舟へと乗せ、すぐに自分も小舟へと這い上がった。小船は海水で濡れまみれ、二人も衣服もろともずぶ濡れの状態。
「…あ」
ふと、おちょうは声を上げた。
水平線には朝焼けと共に太陽が顔をのぞかせている。二人はあまりの眩しさに目を細め、太陽に包まれていった。
冷え切った肌にほのかに、優しく包み込むような暖かさを感じ取れる。
━━夜が、明けた。
この話はどうしてもやりたかった。
いまだ重兵衛とおちょうのCPを引きずっているのが解る。CP厨の末路よ、笑ってくれや
重兵衛の鎮守府ネタや、ヤスとの関係もやりたいな