「祈りは済ませたけど、他に教会で何をしてるんですか?」
「そうですね。時間によっては司教による説法をしているのですが、今はその時間ではないので……懺悔室にて告解を聞き届ける事もありますし、信徒ではない方が洗礼を受けに来ることもあります。」
「へぇ、説法とかオレの地元でもやってたな。懺悔はした事ねぇし、洗礼は生まれた子供にしてるらしいけど立ち会った事はねぇけど。」
「他には季節ごとに行われる祭りで聖歌を捧げたり、身寄りのない子供たちを引き取って保護したりもしていますね。それから先程もお話ししたように旅人に寝床を貸し出したり、貧しき人々の生活を支えたりもしています。」
「色々やっているんですね。」
「僅かでも人々の営みの助けになる事が出来れば、それは最上の喜びですよ。主も仰りました、『汝、隣人を慈しめ』と。」
多岐にわたる教会の仕事、いや仕事と言って良いのか分からないが、在り方に驚かされ、言葉も出ない。
必ずしも同じ事をすれば良いと言う訳では無いが、俺たち『差し伸べる手』も彼らの様に人々を支えられるような在り方を目指したいものだ。
それは転生者・現地民問わず、誰に対しても。
ある意味、指標となる姿勢のアンジェロと出会う事が出来て幸運だったと言えるだろう。
「まぁ主の教えが行き届いていない地もありますし、悲しい事ですが我々は何処まで行っても人です故過ちを犯す事も、教会の人間として相応しからぬ行いをする者もおりますが。」
「それは……」
アンジェロの言葉は、かつて助けを求めたアニエスを拒絶したワシャールの教会、そこの神父たちを思い起こさせる。
どれだけ崇高な考えや清廉な言動が出来る人が居たとしても、組織全体がそう在れるかは別問題だ。
理想と現実、その乖離。
難しい問題であり、常にどこまでも付きまとう問題。
どうすれば良いのか分からない。
しかしそれでも……
「それでも、教会の方々に多くの人々が救われているのは事実だと思います。ボクたち商会の者や、街の人たち、色々な人が助けられているのは揺るぎのない事実だと、そう思っています。」
「そう言って頂けるのであれば、とても救われますな……。」
俺の気持ちを代弁するかのように、ディーゴは救われた人々がいる事を、その事実は変わらない事を告げる。
その言葉を聞いたアンジェロは一瞬ハッとしたような表情を浮かべ、そして噛み締めるように返礼の言葉を述べた。
迷って、悩んで、それでも善行を貫こうと出来るアンジェロこそが、『聖者』と呼ばれるにふさわしいのではないだろうか。
アニエスの背に圧し掛かっている重圧も、アンジェロのような悩みがあるからこそなのだろうか。
そんな思いが胸中に芽生えるのであった。