雷神トール。
北欧神話に出て来る神様の一人で主神オーディンや道化神ロキに並んで有名な神様だ。
いかづちを呼ぶハンマー《雷槌ミョルニル》を携え、巨人を次々と打ち倒すその姿はゲームや映画などで有名だ。
そして、雷神トールの話には《霜巨人の王スリュムに盗まれたミョルニルを取り戻しに行く》話がある。
早い話、今回のクエストはこの話をモチーフとして作られたクエストだったということだ。
「……卑劣な巨人め。我が宝《ミョルニル》を盗んだ報い、今こそ購ってもらおうぞ!」
「小汚い神め、よくも儂をたばかってくれたな!その髭面切り離して、アースガルズに送り返してくれようぞ!」
トールは右手に握ったミョルニルを振りかざし突進し、スリュムは氷の戦斧生み出し、迎え撃つ。
二体の巨人が、それぞれの武器を撃ち合わせるたびに、衝撃波が生まれ城全体を揺るがす。
そんな中、俺達はただ茫然としていた。
フレイヤさんのおっさん化にショックを隠し切れずただ茫然と目を見開いている。
「トールがタゲを取ってる間に全員で攻撃しよう!」
HPの回復を終えたシノンさんの叫びに、俺たちは頭を切り替え武器を握り直す。
「よし、全力攻撃!ソードスキルも遠慮なく使ってくれ!」
「ぬうおおおおおお―――――!!」
十人が一斉に床を蹴り、スリュムに四方から攻撃をする。
そんな中、人一倍強烈な気合を放っているクラインさんの眼尻にきらきらと光るものがあった。
見なかったことにしよう………
スキルデュレイも気にせず、俺たちは上位ソードスキルを次々とスリュムの両脚に叩き込む。
九尾となったフィーが動き、爪に金色の炎を纏い、両足に着いている毛皮のレギンスを斬りつける。
すると、いくら斬りつけても壊れなかった毛皮のレギンスがいとも簡単に切り裂かれ足が無防備になる。
それを好機と見て、全員が容赦なく技を放つ。
アヤメさんは槍で、アスナさんはいつの間にか持ち替えたレイピアを持ち、スリュムのアキレス腱にソードスキルを叩き込み、リズさんはスリュムの小指にゴスッゴスッとメイスを振り下ろし、アルブスは脛を必要以上に何度も斬りつけ、シノンさんは矢を何発も喉元に立て続けにヒットさせる。
俺とシリカはケットシーの高い敏捷性を活かし、スリュムの身体を駆け上がる。
ピナの援護と、フィーの陽動の甲斐があって俺とシリカはスリュムの鎖骨辺りに辿り着く。
そこで、一気に跳躍し、スリュムの眼前に現れる。
「むおっ!?」
スリュムが驚きの表情と声を上げる。
「合わせてくれよ、シリカ」
「任せて」
俺は躊躇いなくOSS《百鬼乱戦桜花》を、シリカは短剣斬撃技《アクセル・レイド》を発動する。
俺の十一連撃とシリカの九連撃、合わせて二十連撃が全て顔に叩き込まれ、スリュムは体を揺らし、顔を片手で押さえて、ついに左膝を地に着けた。
「ここだ!」
キリトさんの声を合図に全員が最大の連続技を放つ。
「地の底に帰るがよい、霜巨人の王!」
止めの一撃と言わんばかりの怪力でトールはスリュムの頭を目掛けてミョルニルを振り下ろす。
スリュムは頭を床に叩きつけられ、王冠は砕け、スリュムは地響きを立てて仰向けに倒れた。
HPゲージは無くなり、スリュムの身体はぴきぴきと軋みながら氷に変わっていく。
「ぬっ、ふっふっふっ……。今は勝ち誇るがよい、小虫どもよ。だがな……アース神族に気を許すと痛い目を見るぞ……彼奴らこそが真の、しん」
スリュムが何か言い掛けた瞬間、トールはずむん!と、氷になっていくスリュムの巨体を踏みつけた。
スリュムはエンドフレイムを巻き上げ、無数の氷片となって爆散した。
「…………やれやれ、礼を言うぞ、妖精の剣士たちよ。これで余も、宝を奪われた恥辱をそそぐことができた。どれ、褒美をやらねばな」
トールは自身の持っていた槌についている宝石を外して、放った。
宝石は空中で形を変え、人間サイズの槌になると、今だに呆然としているクラインさんの手の中に納まった
「《雷槌ミョルニル》、正しき戦のために使うがよい。では――さらばだ」
トールが右手をかざすと、青白い稲妻が広間に落ちる。
反射的に目を瞑り、次に目を開けるとそこには何者もいなくなり、メンバー離脱ダイアログが浮かび、十一人目のHP/MPゲージが消えていた。
スリュムを倒した地点にある、大量のドロップアイテム群は、パーティーの一時的ストレージに収まり、消える。
ボス部屋の光度も増し、両側にあった黄金の山も消えていた。
キリトさんは一息吐くと、クラインさんに近づいて肩に手を乗せる。
「伝説武器、ゲットおめでとう」
「……ハンマー系スキルびたいち上げてねぇし」
《雷槌ミョルニル》を握り、クラインさんは泣き笑いのような顔を作る。
「じゃあ、リズにでもやればいいだろ?いや、溶かしてインゴットにする可能性も」
「そんな勿体ないことするわけないでしょ!」
アルブスの言葉にリズさんが反論すると、アスナさんが真顔で言う。
「でもリズ、伝説級を溶かすとオリハルコン・インゴットがすごいできるらしいよ」
「え、ホント?」
「ま、まだやるなんて言ってねぇぞ!」
ハンマーを抱いて喚くクラインさんに、周囲から笑いが起こった。
次の瞬間、体の芯まで揺さぶるような重低音が響き、同時に、氷の床が激しく震える。
「きゃあ!」
「おっと!」
倒れそうになったシリカを支え、上を見上げる。
「これって、動いてる……いや、浮いてる!?」
俺はスリュムヘイムが少しずつ上昇してることに気付き、叫ぶ。
「た、大変!クエスト、まだ続いてる!」
「な、何ぃ!?」
メダリオンを見て叫ぶリーファさんに、クラインさんが喚く。
「そうか!ウルズの依頼は台座からエクスキャリバーを引き抜くことだ!」
「スリュムを倒して終わりじゃねぇってことか!」
アヤメさんとアルブスは、それぞれシノンさんとリズさんを支えながら叫ぶ。
「パパ、玉座の後ろに下り階段が生成されてます!」
ユイちゃんの声を聞いて、キリトさんは走り出し、玉座の後ろにある階段から下に降りる。
その後を俺達も慌てて追い、階段を降りる。
「あれ?レイン、仮に地上のスローター・クエストが成功したらどうなるの?アルヴヘイム進行の野望を持ってたスリュムはもう倒したし」
シリカが俺に声を掛けて聞いて来る。
「いや、本物の北欧神話だと、スリュムヘイムの城主はスリュムじゃなくてスィアチなんだ」
「お兄ちゃんの言う通り、神話だと黄金の林檎を欲してるのはスリュムじゃなくてスィアチなの。で、スローター・クエスト依頼してるのはヨツンヘイム地上フィールド最大の城に配置された《大公スィアチ》って言うNPCなの」
「つまり、スリュムを倒していても、スリュムヘイムがアルンに浮上したら、そのスィアチが真のラスボスとして君臨する可能性があるってことだよ」
「なら、早くエクスキャリバーを抜かないと」
螺旋階段を転がり落ちるような感じで下り、そして、とうとう、エクスキャリバーが鎮座してる最下層についた。
黄金の輝きを纏った長剣は、垂直に伸び、刀身にはルーンの文字が刻み込まれており、黒革を編み込み握り、柄頭に埋め込まれた虹色に輝く宝石が瞬く。
キリトさんは一歩踏み出し、右手で、エクスキャリバーを掴み、力を込め引き抜く。
そして、黄金の剣《エクスキャリバー》が台座から引き抜かれて……………………ない?
「あ、あれ?」
キリトさんはそう呟き、もう一度力を込める。
だが、エクスキャリバーが台座から抜ける気配が無い。
今度は左手も添え、引き抜く。
それでも、エクスキャリバーは抜けなかった。
キリトさんの筋力値で抜けないとなると、キリトさん以上の筋力値を持つプレイヤーじゃないと抜けないかもしれない。
この中で他に抜くことができる可能性があるのは、ケットシーで在りながら大太刀を使う俺ぐらいだが、ここで俺が抜いたりしたら駄目だ。
これは、キリトさんが抜いてこそ、意味があるんだ。
「キリトさん、頑張ってください!」
「がんばれ、キリトくん!」
「ほら、もうちょっと!」
「もっと力込めろ!」
「お兄ちゃん、しっかり!」
「キリトさんなら、大丈夫ですよ!」
「信じてるぜキリト!」
「根性見せて!」
「お前ならできる!」
「パパ、がんばって!」
「キリトさん、ファイトー!」
「きゅるる!」
「ふぃー!」
九人と二人、二匹の声援を受け、気合を込め、引き抜く。
「あっ………」
金属が抜けるような音と誰かの呟きが聞こえた。
台座から強烈な光が発生した。
直後、涼やかな破砕音とともにキリトさんの身体と、その手にしっかりと握られたエクスキャリバーがこちらに向かって飛んできた。
全員で手を伸ばし、キリトさんの身体とキリトさんが握るエクスキャリバーを支える。
キリトさんの目が全員と合う。
歓声を上げようとした次の瞬間、台座から解放された小さな根が、急激に成長し始めた。
極細の毛細管がみるみる下方へと広がっていく。
エクスキャリバーによって、すぱりと断ち切られていた上部の切断面からも新たな組織が伸び、垂直に駆け上がる。
上から、凄まじい轟音が近づいてくる。
見上げると、俺たちが駆け抜けてきた縦穴から、螺旋階段を粉砕しながら何かが殺到してくる。
それは、スリュムヘイムを取り巻いていた、世界樹の根だ。
猛烈な勢いで伸びていく2つの根は、やがて互いに触れ、絡まり、融合した。
直後、これまでの揺れが、震度1の微震だったかと思えるほどの衝撃波が、スリュムヘイム城を呑み込んだ。
「おわっ………壊れっ!」
クラインさんが叫び、全員がひしと互いをホールドし合ったのと、ほぼ同時に周囲の壁に無数のひび割れが走った。
耳をつんざくような大音響が連続して轟き、次々に分離して、遥か真下の中央大空洞目掛けて崩落していく。
「スリュムヘイム全体が崩壊します!パパ、脱出を!」
「って言っても……」
「どうやって!?」
俺たちが使った螺旋階段も今は、上から殺到してきた根によって吹き飛ばされてしまった。
シリカの変異魔法でピナを大きくすれば、二人まで乗せて脱出できるが、その代り残りの八名は犠牲になる。
流石にソレは出来ないか。
「根っこに捕まるのは………」
「……流石に無理だろ」
この状況でも冷静に真上を仰ぐシノンさんに、アヤメさんが突っ込む。
アヤメさんの言う通り、真上にある近くの世界樹の根まで高さは十メートル近くある。
ジャンプじゃ届かないし、洞窟内の飛行はできない。
「ちょっと世界樹ぅ!!そりゃあんまり薄情ってもんじゃないの!」
「樹に文句言ってもしょうがないだろ!」
叫ぶリズさんに、叫び返すアルブス。
「よ、よおォし、こうなりゃ、クライン様のオリンピック級垂直ジャンプを見せるっきゃねェな!」
がばっと立ち上がったクラインさんが、直径わずか六メートルの円盤の上で精一杯の助走をし、華麗な背面跳びを見せた。
記録は、推定二メートル十五センチ
わずかな助走距離を考えれば頑張ったほうだと思うが、根っこまで手が届くはずもなく、急な放物線を描いて墜落した。
途端、周囲の壁に、一気にひび割れが走り、俺たちのいるの最下部は本体から分離した。
「クラインさんの、ばか―――!」
絶叫マシンが苦手なシリカは俺に抱き付きながら、いつもは俺にする本気の罵倒をクラインさんにする。
十人+二人+二匹を乗せた円盤はそのまま自由落下をする。
千メートル以内まで近づいてきているヨツンヘイムの大地には、巨大な中央大空洞が口を開けている。
「……あの下ってどうなっているの?」
「ウルズの言う通り、ニブルヘイムに通じてるかもな」
「寒くないといいな………」
「いや、寒いだろ。霜巨人の故郷だし」
シノンさんとアヤメさんは、まるで世間話をするかのように下を見ながら、ハッカ草の茎を咥えて一服してる。
冷静過ぎるでしょ!
「リーファ、スロータークエの方はどうなってる?」
キリトさんがエクスキャリバーを抱えたまま、リーファさんに聞くと、リーファさんは悲鳴を上げるのを止め、メダリオンを見る。
「あ……ま、間に合ったよ、お兄ちゃん!まだ光が一個残ってる!」
てことは、クエストは成功ってことでいいのかな。
きっとウルズに会って、クエスト終了のフラグを建てないとエクスキャリバーはもらえないと思うが、これで、動物型邪神が襲われることはないはずだ。
そう思ってると、リーファさんが声を上げた。
「……何か聞こえた」
「え?」
耳を澄ましてみるが、空気が唸る音以外何も聞こえなかった。
「ほら、また!」
再び叫んだリーファさんは、器用に円盤の上で立ち上がった。
「お、おい、危ないぞ……」
キリトさんが叫びかけた、その時。
くおおぉぉー……んという遠い啼き声が届いた。
視線を巡らせると、周囲の氷塊群の彼方、南の空に、小さな光を見つけた。
小さな弧を描いて接近してきたのは、キリトさんたちをスリュムヘイムまで送ってくれた仲間であり、友達である邪神、トンキーだった。
「トンキー!!」
両手を口に当て、リーファさんが叫ぶ。
「こ……こっちこっちーっ!」
続いてリズさんが叫び、アスナさんも手を振る。
「へへっ、オリャ、最初っから信じてたぜ。アイツが絶対助けに来てくれるってよォ……」
「嘘ついてんなよ」
全員が思ったであろうことを、アルブスが代表して言ってくれた。
トンキーは堕ちる円盤のスピードに合わせて同調降下する。
トンキーと円盤の距離は五メートル。
重量級のプレイヤーでも跳べないことない距離だ。
皆が次々とトンキーに乗っていく中、シリカは変異魔法を使い、ピナを翼竜にまで成長させる。
クラインさんが、トンキーに空中キャッチされた時、俺とシリカもピナに乗って円盤から離脱した。
残るはキリトさんのみ。
だが、キリトさんはトンキーに飛び移ろうとしなかった。
いや、飛び移れなかった。
エクスキャリバーを抱えた状態だと、五メートルのジャンプは厳しい。
このままだと、キリトさんは…………
「………まったく…………カーディナルってのは!」
キリトさんは覚悟を決めたのか、エクスキャリバーを横に放り投げ、トンキーの背中に飛び移った。
エクスキャリバーはゆっくりとした動きで回転し、中央大空洞に向かって落ちていく。
それを見送るキリトさんの肩にアスナさんが手を置く。
「……また、いつか取りにいけるわよ」
「わたしがバッチリ座標固定します!」
「……ああ、ニブルヘイムのどこかで、きっと待っててくれるさ」
キリトさんは何か決意を胸に秘め、落ちていくエクスキャリバーを見つめる。
「……アヤメ、観測お願い」
「おう」
シノンさんとアヤメさんがそう呟いた。
何ごとかと思い、そっちを見る。
「距離は百四十。風は北東から毎秒1.7」
「二百になったら教えて」
「了解……風速に変化、毎秒0.7……………今だ!」
アヤメさんの声にシノンさんが弓を放つ。
放ったのはただの矢じゃない。
あれは《リトリーブ・アロー》と言う技で、矢に伸縮性・粘着性を持つ糸を付与する魔法だ。
だが、あれは糸がやの軌道を歪め、ホーミング性もないから普通は近距離でしか当たらない。
だが、アヤメさんのサポートもあり、シノンさんの矢は見事エクスキャリバーに当たる。
「よっ!」
右手で魔法の糸を引っ張り、エクスキャリバーの落ちるスピードは徐々に減速する。
そして、停止し、上昇し始めた。
二秒後、エクスキャリバーはシノンさんの手の中に納まる。
「うわ、重……」
「ナイス、シノン」
「アヤメも観測ご苦労様」
この時、俺達八人と二人は思った。
この二人、マジ最高コンビ………