二○二六年一月六日
今あたしは、二十二層のキリトさんとアスナさんが暮らしているプレイヤーホームにいる。
二〇二五年十二月ニ十四日に二十一層から三十層までアップデートされ、二十一層の迷宮区へ続く道が解放されると、アスナさんはあたし、レイン、キリトさん、アルブスさん、リーファさん、クラインさんの七人で二十一層の迷宮区を駆け抜け、そのまま他の攻略組パーティーと共同でフロアボスに挑んだ。
ウンディーネでありながら五十人近い集団の戦闘でアスナさんは細剣を振りまくっていた。
あの時の動きをクラインさんは『昔の《血盟騎士団》の副団長殿より凄かった』と言ってた。
最後はアスナさんが止めを刺し、ボスの屍を蹴り飛ばす勢いで二十二層に駆け上り、すぐにこのプレイヤーホームを買った。
今では、この家はあたしたちのたまり場になっているが、アスナさんもそれが嬉しいのかいつも笑顔で迎え入れてくれる。
今もあたしたちはそこにお邪魔し、冬休みの宿題を進める。
冬休みも残り三日。
あたしは、最後の数学に取り掛かっていた。
リーファさんは英語の長文の訳をしていて、アスナさんはレポートをしている。
リズさんはすでに終わらせていて、ゲーム内で売っている小説に没頭している。
アルブスさんも終わらせていて、今は刀の手入れをしている。
ゲーム内で、刀が錆びることはないが、気分の問題なのだと思う。
キリトさんは暖炉の前で揺り椅子に座りながら寝ている。
そのお腹の上では、あたしの使い魔のピナが丸くなって寝ており、ユイちゃんとユウナちゃんはピナの羽毛をベッド代わりに寝ている。
アヤメさんとシノンさんは、GGOで大物を狩りに行くとのことで今日はいない。
あたしは宿題の数式を睨みつけながら、乱暴にホロウインドウ上に答えの式を書き込む。
ハッキリ言おう。
今のあたしはイラついている。
原因はレインだ。
ここ数日、レインとまったく会話していない。
最後に会話したのは一月一日に一緒に初詣に行った時だ。
それ以降は、互いの予定が合わなかったり、レインが用事で会えないってことが続いた。
ちなみに2:8の割合で、基本はレインの用事のせいで会えない。
そんなあたしの心情を察したのか、アスナさんはレポートを仕上げる手を止める。
「少し休憩にしようか」
そう言って立ち上がり、棚から《タップするだけで九十九種類の味のお茶がランダムに湧き出す》魔法のマグカップを五つ取り出す。
アルブスさんに、一つだけカップを渡すとアスナさんは席に着く。
テーブルに異なる香りのするお茶とお茶請けのフルーツタルトが並べられる。
手近にあるカップを手に取り、熱い液体を口に流し込む。
身体の芯から温かくなる感じがして、心が少し落ち着いた。
「シリカちゃん、なんか今日……ていうか、最近イライラしてない?」
心の中を見透かされたかのようにアスナさんに言い当てられる。
「………分かります?」
「そりゃ、いかにも不機嫌って顔してるわよ」
「何か嫌なことでもあった?」
どうやら、アスナさんだけでなくリズさんやリーファさんにもバレていたらしい。
「大方、レイン絡みだろ」
アルブスさんに、そう言われ口を開く。
「………実は」
「そっか。最近レイン君と会えてないんだね」
「はい」
「だからって、そのストレスを他人の家にまで持ち運ぶな」
アルブスさんに言われ、私の三角耳がへにょりとなる。
「アルブス、少しは言い方ってのを考えなさいよ。そんな言い方したらシリカも辛いじゃない」
「うっ………悪い。少し言い過ぎた」
「そ、そんな!アルブスさんは悪くないですよ!」
謝ってくるアルブスさんに、狼狽えながらあたしはフォローする。
「それにしても、一週間も会えないって怪しいわね」
「怪しいってなんだよ?」
「例えば………他に好きな人ができたとか?」
その言葉に、あたしの思考が停止した。
「なんて、冗談よ、冗談!レインが浮気なんてするわけないじゃない!」
「おい、リズ。あれ」
「ん?」
「浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気浮気ウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキコロスウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキウワキ(小声)」
「お前のせいで、シリカの闇が漏れ出したぞ」
「シリカちゃん………大丈夫?」
「なんか、浮気に紛れて殺すって、聞こえませんでした?」
「シリカ!落ち着いて!冗談だから!冗談!」
「ハッ!………………あれ?あたし、寝てました?」
((((話題を逸らさないと!!))))
「し、シリカ!絶剣の浮kじゃなくて!噂聞いた?」
「あ!その噂、聞きましたよ」
急にリズさんが話題を振って来て、あたしは勢いで応える。
あれ?その前に、なんの話だっけ?
最近レインと会ってないって話をして、そこから覚えてない………
「ゼッケンって?運動会でもするの?」
アスナさんがゼッケンについて聞いてきた。
「違いますよ。プレイヤーの名前です」
「名前って言うより、通り名ですけど」
「誰が言ったか知らんが、絶剣ってのは周りが付けた名だ」
あたし、リーファさん、アルブスさんの順に答える。
「強いって、そのひとはPKer(プレイヤー狩り)なの?」
「んーん、PvPer(デュエル専門)よ。二十四層主街区の北にあるでっかい樹の生えた小島の樹の根元に、毎日午後三時になると現れて、立ち合い希望のプレイヤーと一対一で戦うの」
「いきなり掲示板に対戦者募集で書き込みがされて、コンバートしたてのくせに生意気だとかで、三十人が戦いに行って、全員返り討ちにされたそうだ」
「さ、三十人を返り討ち?」
アスナさんは驚きの表情を浮かべる。
「そんなに強いんだ………皆は戦ったの?」
「まぁね。あっさりやられたけど」
「同じくです」
リズさんは、本来鍛冶職人なので、勝てなくても仕方がない。
でも、リーファさんはALOでは、シルフ随一の空戦の達人。
いくら、コンバートしたからって、そのリーファさんを退けるのだから、只者じゃない。
「アルブスとシリカちゃんは?」
「俺は、リーファのデュエルの様子を見て、勝てないと判断して、戦わなかった」
「そうなんだ。シリカちゃんはどうだったの?」
「それが、シリカったら凄いのよ」
「なんせ、絶剣のHPを四割近くまで減らしたんですから!」
「そうなの?」
「た、たまたまですよ。それに、その後、すぐに負けちゃいましたし、OSSの発動もしてもらえませんでした」
「OSS?」
オウム返しの様に聞いて来る。
「デュエルの賭けの対象なのよ。片手剣系汎用なんだけど、驚くのが連撃回数」
「驚きの十一連撃なんですよ」
「じゅ、十一!?」
十連撃以上のOSSをレイン以外の人で登録成功した人がいたことに、アスナさんは驚く。
レインでも、あれを登録するのにフィーの能力とアイテムをフル活用して成功したんだ。
十一連撃もの回数を、登録成功するなんて絶剣は本当に何者なんだろう?
「そっか。それなら、対戦希望者が殺到するのも頷けるよ。……そう言えば、聞き忘れてたけど、種族と武装は?」
「俺と同じ闇妖精族で、武器はOSSの通り片手剣。だが、アスナの細剣に近いぐらい細めだ」
「通常攻撃もソードスキル並の速さで、とにかくもう凄いんですよ」
「スピード型かぁ。なら、私にも勝機はないかな………そう言えば、キリト君は?」
そう言われて、あたしたちは顔を見合わせ吹き出した。
「ど、どうしたの?」
「もう戦ったんですよ、お兄ちゃん。そりゃもう、かっこよく負けました」
「き、キリト君が………負けた?」
「まぁ、二刀流ではなかったし、そういう意味では全力ではなかったな」
「でも、キリトさん、手を抜いてるわけではなかったと思いますよ」
「そう言えば」
リーファさんが思い出したかのように言う。
「どうしたの?」
「鍔競り合った時、お兄ちゃん、絶剣さんと何か話してたんですよ。内容まで聞き取れなかったんですけど。その直後、二人が距離を取って、相手の突進技でお兄ちゃん回避しきれなくて決着が着いたんですけど」
「何話してたんだろう?」
「それが、聞いても教えてくれないんですよ」
「そっか、なら私が聞いても教えてくれないだろうな。……あとはもう、直接聞くしかない、かな」
絶剣の話をした所から予想はしてたけど、やっぱり戦うんだ。
「戦う気?」
「勝てるとは思わないけどね。なんか、その絶剣さんって人、目的があってALOに来たような気がするんだ。辻デュエルすること以外にね」
「なら、キリトかシリカと同じぐらいいい勝負しないと無理だぞ。どっちでいくんだ?」
どっちと言うのは、アスナさん現在、旧アインクラッドからのデータをコンバートした水妖精族の《アスナ》と新規アカウントで一から育ててる風妖精族の《エリカ》の二つのキャラクターを所有してるからだ。
《エリカ》は短剣スキルを主とした近接戦特化の能力構成になっている。
「こっちでいくよ。相手がスピード型なら、秒間破壊力よりギリギリの見切り勝負になると思うから。みんな、付き合ってくれる?」
見回すように聞いてきてので、あたしたちは大きく頷いた。
「じゃあ、明日午後二時半に二十四層の小島に集合ね」
アスナさんがウインドウを開き、時間を確認しようとすると声を上げた。
「いけない、もう六時だ。晩御飯遅れちゃう」
「じゃあ、今日はここでお開きね」
リーファさんが自分の宿題のデータをセーブしたのに倣い、わたしも宿題のデータをセーブする。
「そういえば、コンバートだっていってたけど、その絶剣さんが、元SAOプレイヤーって可能性もあるんじゃないの?」
その言葉に、あたし達は真剣な表情を作り頷いた。
「それはあたしたちも考えたんですけど、キリトさんはその可能性は無いって言ってました」
「どうして?」
「あれだけの腕のプレイヤーがいたら、嫌でも覚えているだそうだ」
「それに、もし絶剣があの世界にいたら、《二刀流》は自分じゃなくて、あいつに与えられたはずだって」