二人のビーストテイマー   作:ほにゃー

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第8話 ユウキの真実

ユウキがアインクラッドから消えて三日が経った。

 

俺は明日菜さんと共に、神奈川県横浜市都筑区にある、横浜港北総合病院の前にいる。

 

「ここにいるの、ユウキ……?」

 

隣で明日菜さんが呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウキが涙を見せて消えた後、俺たちはその場で解散となった。

 

その後、何度かユウキともう一度コンタクトを取ろうとメールを送るも全て《送信相手がログインしていません》と自動リプライが返ってき、その後開封された様子もなかった。

 

二日前、《スリーピング・ナイツ》のたまり場の宿屋に行くと、シウネーさんがいつもの席で俺たちを待っていた。

 

シウネーさんは、ユウキが再会を望んでいない、そして、それは俺とアスナさんの為だと告げた。

 

せめてものお礼のつもりか自分たちのアイテムと二十七層のボスドロップのアイテムを渡そうとしてきたが、断った。

 

理由を聞いてもシウネーさんは答えず、最後は

 

「ごめんなさい……でも、本当にこうしたほうが、ここで別れたほうがいいんです…。

ごめんなさい…レインさん、アスナさん」

 

そう言うと、逃げるようにログアウトした。

 

そして、ユウキだけでなく《スリーピング・ナイツ》の皆もアインクラッドから姿を消した。

 

学校が始まり、珪子や和人さん、白牙や、里香さん、危さんと久しぶりに現実で会えたが、俺の心は沈んでいた。

 

珪子もそんな俺の心情を察して何も言ってこなかった。

 

授業中も考えるのはユウキのことだった。

 

ユウキの声が俺の耳に、ユウキの笑顔が俺の瞼の裏に、焼き付くように残ってる。

 

アスナさんを姉ちゃんと呼び、それに気づいて涙を流した。

 

一体なんでだ?

 

それがどうしても知りたかった。

 

そして、昨日、和人さんから『屋上に来てくれ』とメールが着た。

 

明日菜さんも呼ばれてたらしく、二人で和人さんのいる屋上に行くと、和人さんは、フェンスに寄りかかっていた。

 

俺達に気がづくと、和人さんは近寄って来てこう言った。

 

「絶剣に会いたいか?」

 

その言葉に俺と明日菜さんは頷いた。

 

「もう会わないほうがいい、そう言われたんだろ? それでもか?」

 

和人さんには、ユウキとの思いがけない別れと、シウネーさんとの話を伝えてある。

 

和人さんなりに考えたうえでの問いなんだろう。

 

「それでも、私は会いたい。どうしても、もう一度ユウキと会って話したい」

 

「俺もユウキに会いたい。せめて、ユウキの口からどうして俺達と会いたくないのかその理由を聞きたい」

 

「そうか」

 

短く答え、和人さんはブレザーの内ポケットから小さなメモを差し出した。

 

「そこに、絶剣がいるかもしれない」

 

「え?」

 

「……どうしてわかるんですか?」

 

「あくまで可能性だ。でも、俺はそこに絶剣がいると思う。そこが、日本で唯一《メディキュボイド》の臨床試験をしてる場所なんだ」

 

聞いたことがある単語に、驚きつつメモをみる。

 

そこには《横浜港北総合病院》と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

明日菜さんと並んで二重構造のガラスの自動ドアをくぐり、エントランスに踏み込む。

 

入院患者や見舞いの人が行き交う空間を抜け、受付カウンターに近づく。

 

「面会ですか?」

 

白いユニフォームを着た女性看護師が笑顔で聞いて来る。

 

「は、はい」

 

ぎこちなく頷き、申請用紙を受け取る。

 

そこで、俺と明日菜さんは気づいた。

 

ユウキの本名を知らないことに。

 

おそらく、ユウキってのは名前か、本名を捩ったものだと思う。

 

「あの………面会したい相手の名前が分からないんです」

 

「はい?」

 

看護師が訝しそうに眉を寄せる。

 

「多分十五歳前後の女の子で、名前がユウキだと思うんです」

 

「ここには沢山の入院患者さんがいらっしゃいますから、それだけでは分かりません」

 

「あの……試験中の《メディキュボイド》を使ってると思うんですけど」

 

「患者さんのプライバシーに関することは………」

 

その時、奥に居た年配の看護師が顔を上げ、俺たちの相手をしていた看護師に何かを耳打ちした。

 

「失礼ですが、お名前は?」

 

名前を聞かれたことに少しとまどいながらも応える。

 

「ええと、結城、明日菜です」

 

「朝霧、雫です」

 

「なにか身分を証明できるものはお持ちですか?」

 

俺は財布から学生証を出し、提示する。

 

看護師は写真の顔と俺と明日菜さんの顔を見比べて、しばらくお待ちくださいと言ってから内線で何処かに連絡を入れた。

 

「第二内科の倉橋先生がお会いになりますので、正面エレベータから四階に上がって、受付にこれを出してください」

 

学生証とパスカードを渡され、一礼してから四階に向かう。

 

受付前のベンチで十分程待たされると、一人の医師が足早に近寄って来た。

 

「お待たせしてすみません」

 

頭を下げながら謝って来た医師は小柄で肉付のいい三十代前半の男性だった。

 

「いえ、こちらこそ、急にお邪魔して」

 

「幾らでも待てますから」

 

「いえいえ、午後からは非番なんで、ちょうど良かった。結城明日菜さんと、朝霧雫君ですね?」

 

「「はい」」

 

「僕は倉橋と言います。紺野さんの主治医をしています」

 

「こんの……さん?」

 

聞き慣れない名前に首を傾げる。

 

「はい、紺野ユウキさん。木綿に季節の季で、木綿季です。僕は木綿季君って呼んでます。彼女はここのところ毎日、明日菜さんと雫君の話ばかりしてます。あ、すみません。木綿季君を名前で呼んでるものでつい」

 

「いえ、明日菜でいいです」

 

「俺も大丈夫です」

 

「そうですか。では、立ち話もなんですし上のラウンジに行きましょう」

 

ラウンジに案内され、倉橋先生と向かい合って座る。

 

「それにしても、朝霧先生の息子さんに会えるとは」

 

「え?父を知ってるんですか?」

 

「ええ。朝霧先生は大学時代の恩師です。先生には本当にお世話になった」

 

意外にも父さんの事を知っていて驚いた。

 

倉橋先生はそう言うと一息ついてから口を開く。

 

「お二人は木綿季君とはVRワールドで知り合ったんですよね。彼女が、この病院の事を?」

 

俺たちは首を振って答える。

 

「ほう、それでよくここが判かりましたね。木綿季君が、アスナって名前の女の子ともう一人男の子が面会に来るかもしれないから、受付にその旨を伝えておいてくれと言うものだから、この病院の事を教えたのかいって聞くとそうじゃないって言ったんです。それで僕は、じゃあ、この場所が判るわけないよって言ったんですが、さっき受付から聞いたときは驚いた」

 

「あの……木綿季さんは、私達のことを先生に話してたんですか?」

 

倉橋先生は大きく頷く。

 

「ええ、僕との面談の時、ここ数日は雫君と明日菜さんの話ばかりですよ。ただ、木綿季君は、話した後は決まって涙を流すんです。自分のことでは決して弱音を吐かない子なんだが」

 

「……どうしてですか?」

 

「もっと仲良くなりたい、でもなれない、会いたい、けどもう会えないと言うんです。その気持ちは……判らなくもないんだが………」

 

倉橋先生は、沈痛な顔を見せた。

 

俺は、深呼吸を一回して問う。

 

「木綿季も、木綿季の仲間たちもそう言ってました。どうしてですか?なんで会えないんですか?」

 

病院の名前を聞いてから俺はある不安が心の中にあった。

 

その不安を押し殺して聞く。

 

倉橋先生は無言になり、自身の両手に視線を移し、やがて静かに答えた。

 

「それではまず《メディキュボイド》についての話から始めましょう」

 

『メディキュボイド』とは世界初の医療用フルダイブ機器。

 

もし、これが実用化されたら麻酔はほとんど手術で必要なくなり、《ロックトイン状態》の患者ともコミュニケートもとれる。

 

「なるほど。つまりVRゲームで遊ぶために開発されたアミュスフィアと違って、本当の意味での、《夢の機械》なんですね」

 

頷きながら、明日菜さんが何気なく言う。

 

そこで、倉橋先生は口を閉じ、深く長く嘆息する。

 

「ええ、まさに夢の機械です。………ですが、機械には、限界があります。メディキュボイドが現在最も期待されてる分野は………《ターミナル・ケア》なのです」

 

「そ、そんな!?」

 

俺は《ターミナル・ケア》という単語に驚き、席を立ちあがる。

 

「し、雫君、ターミナル・ケアって?」

 

「……漢字で書くと………《終末期医療》って書きます」

 

明日菜さんは、絶句し目を見開いた。

 

「ここで話しを聞くことをやめても、誰もお二人を責めません。むしろ、ここでやめておけば良かったと後悔することになるかもしれません。木綿季くんも、彼女の仲間達も、お二人のことを本当に思い遣っているのですよ…」

 

「いえ、続けて下さい」

 

「俺達、そのためにここまで来たんです」

 

「……判りました。木綿季君からもお二人が望めば、全て伝えてほしいと言われてます。彼女の病室は中央棟の最上階です。少し遠いので、歩きながら話しましょう」

 

ラウンジを出て、中央棟のエレベーター前に移動する。

 

三基あるエレベーターの右端にある《スタッフオンリー》と表示されたエレベーターのパネルに倉橋先生がカードを当てるとチャイムが鳴り、扉が開く。

 

中に乗り込み、作動音も、加速度も感じさせないまま上昇する。

 

「《ウインドウ・ピリオド》という言葉を聞いたことありますか?」

 

「ウイルス感染後の検査で感染が確認できない空白の期間のことですよね?」

 

「ええ、流石は朝霧先生の息子さん。よくご存じだ」

 

倉橋先生はそこで言葉を切った直後、最上階に到着し、扉が開く。

 

降りてすぐ正面にゲートがあり、倉橋先生はゲート近くのセンサーに、カードをかざす。

 

金属の遮断バーが降り、手振りで促され、足早にゲートをくぐる。

 

窓の無い、つるつるとした白いパネルに覆われた通路を、倉橋先生の後ろに付いて歩く。

 

「その《ウインドウ・ピリオド》によって引き起こされてしまうことがあります」

 

不意に、再び静かな声で会話を再開した。

 

「それは、献血で集められる輸血用血液製剤の汚染です。無論、確率は低い。一度の輸血でなんらかのウイルスに感染するのは何十万分の一の確立なんです。………ですが、それをゼロにすることは現代の科学では不可能です」

 

木綿季はニ〇一一年の五月に生まれ、難産だったらしく帝王切開で取り出された。

 

その時、なんらかのアクシデントで大出血し、輸血が施された。

 

その輸血に使われた血液がウイルス汚染されてたらしい………

 

木綿季が感染したのは出産時か、その直後。

 

父親はその一か月以内。

 

ウイルスが判明されたのは九月。

 

その時には、家族全員が既に感染していた。

 

そこで話が途切れ、倉橋先生の案内によって目的の場所に着いた。

 

その部屋のプレートには『第一特殊計測機器室』と書かれており、中は奥行のある細長い部屋で、左側の窓は黒く染まっていた。

 

「このガラスの先の部屋は、エア・コントロールされた無菌室になっているので入ることは出来ません。了承してください」

 

俺と明日菜さんが頷くと、倉橋先生はパネルを操作する。

 

かすかな振動音とともにガラスの色が薄れていき、中の様子が見えた。

 

その部屋は様々な形の様々な機械によって埋め尽くされ、中央にはジェルベッド置いてあった。

 

隣で明日菜さんの息を呑む音が聞こえた。

 

そして、明日菜さんは限界までガラスに近づきベッドを凝視した。

 

ベッドに横たわっている小柄な人は、胸元まで白いシーツが掛けられていて、そこから見える肩は痛々しく痩せており、喉元や両腕には様々なチューブが繋がっている。

 

頭部のほとんどを飲み込むように、ベッドと一体化した直方体が覆い被さっているから、ベッドの主の顔は見えない。

 

だが、そこに横たわっているのが誰なのかはわかった。

 

「……ユウキ……?」

 

明日菜さんは掠れ声で囁きかける。

 

俺は、震える自分の左腕を右腕で抑えながら、倉橋先生の方を見ずに聞いた。

 

「……先生、ユウキの病気は…………なんですか?」

 

答えは短かった。

 

しかし、それはとてつもなく重いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《後天性免疫不全症候群》…………AIDSです」

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