二人のビーストテイマー   作:ほにゃー

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第9話 学校へ行こう

エイズ、後天性免疫不全症候群は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染によって引き起こされる疾患だ。

 

HIVは免疫を制御するCD4陽性細胞(T細胞、マクロファージ、樹状細胞など)に感染し、自らの遺伝子をヒトの遺伝子に組み込み、その後、感染したCD4陽性細胞を破壊しながら増殖していく。

 

しかし、一部の感染細胞は破壊されることなく休眠し、ヒトの体内で長い時間潜伏する。

 

このためHIV感染症は自然に治癒することはない。

 

頭の中で今あるエイズとHIVに関する知識が巡った。

 

こんな大きな病院で、メディキュボイドを使っていることからユウキが重い病気を患っていることは予想していた。

 

だが、それがHIVでエイズを発症していたとは思わなかった。

 

いや、思いたくもなかった。

 

倉橋先生がウインドウ・ピリオドの話をした時から、分かってはいたが、認めたくなかった。

 

「エイズと言う病気は世間で思われてるほど恐ろしいものではないのです」

 

倉橋先生が話を進める。

 

「HIVに感染しても、早期に治療を始めることができれば、十年、二十年と長いスパンでエイズの発症を抑えることができるのです。処方された薬を決められたとおり正確に服用し、健康管理を徹底することで感染以前と変わらない生活を送れるのです」

 

倉橋先生の言う通り、薬の服用と健康管理に気を付ければエイズの発症は抑えられる。

 

だが、倉橋先生は沈痛な面持ちで話を続ける。

 

木綿季と木綿季の家族が感染したウイルスが《薬剤耐性型》と薬の効きづらいタイプだった。

 

感染が判明した後、母親は心中を考えたそうだが、カトリック信者だったため、信仰の力と、父親の支えがあり、最初の危機を乗り越えれた。

 

木綿季も生まれですぐ《多剤併用療法(HAART)》を受け、一番危険な時期を脱した後は、体は小さくても元気に育った。

 

小学校にも通い、殆ど休まず、成績もトップクラスで、友達も多かった。

 

だが、木綿季が小学四年生の時、経緯は不明だが、木綿季がHIVキャリアだと言うことが一部の保護者に知られた。

 

そこから、木綿季の通学に反対する奴や、電話や手紙による有形無形の嫌がらせが始まった。

 

木綿季の両親も最後まで頑張ったが結局、家族は転居することになった。

 

それでも、木綿季は涙一つ流さずに笑顔で新しい学校にも通った。

 

だが、その頃から木綿季の免疫力が低下し、エイズの発症が分かった。

 

俺は左手を強く握りしめ、怒りを抑えるように倉橋先生に聞いた。

 

「…………倉橋先生。ユウキに、エイズを発症したのは……前の学校の保護者や教師たちのせいだと思いますか?」

 

「………少なくとも、私はそう信じてます」

 

倉橋先生の声は穏やかに抑制されていたが、わずかに響いた鋭い呼吸音が倉橋先生の心情を表していた。

 

エイズ発症による免疫力の低下に伴い、簡単に撃退できたはずのウイルスに感染し、《ニューモスティス肺炎》という感染症を発して木綿季はこの病院に入院することになったそうだ。

 

それが三年と半年前のこと。

 

それでも、木綿季は「病気になんか負けない」と、辛い検査にも泣き言一つ漏らさなかったそうだ。

 

そして、丁度その頃、世間では《SAO事件》が発生しており、フルダイブ技術封印論が浮上する中、メディキュボイドの試作一号機が完成し、この病院に搬入されたらしい。

 

どんな影響が出るか分からずリスクも不明な中で、先生は木綿季と家族にある提案をした。

 

それがメディキュボイド試験機への臨床試験。

 

クリーンルームという環境下に入ることで、《日和見感染》のリスクを大幅に低下させることが出来る…そう提案したという。

 

とても悩んだそうだが、VRワールドという未知の世界への憧れが木綿季の背中を押し、木綿季は被試験者となることを受け入れ、それ以来ずっとメディキュボイドの中で生き続けている

 

一日二十四時間を三年間ずっと…………………

 

「あの………ユウキは、ここにいれば大丈夫なんですよね?ずっと、向うで生きて、旅を続けられるんですよね?」

 

明日菜さんの問いに、倉橋先生は辛そうに答える。

 

「例え無菌室に入っても、身体に内在するウイルスや細菌を排除ですることはできません。免疫系の機能低下に伴って、それらは確実に勢力を増していきます。木綿季君は現在、サイトメガロウイルス症と非定型抗酸菌症を発症しており、視力の殆どを喪失しています。更に、HIVそのものを原因とする脳症が進行しています。おそらくもう、身体を動かすことは出来ないでしょう」

 

その言葉に俺と明日菜さんは何も言えなくなった。

 

「HIV感染から十五年………AIDS発症から三年半。木綿季君の症状は末期です。彼女も、それを認識してる。木綿季君が、貴方たちの前から姿を消そうとした理由はもうお解りのことと思います」

 

「そ、んな………そんな………こんなのって………」

 

明日菜さんは首を振り、呟く。

 

ユウキが俺たちの前から、姿を消した理由はこういうことだったのか………

 

そこで、俺はふとあることを思い出し、倉橋先生に尋ねた。

 

「あの……木綿季にはお姉さんが居ませんでしたか?」

 

倉橋先生は一瞬驚きの表情になり、ゆっくりと頷いた。

 

「ええ、木綿季君は双子だったんです。帝王切開になった原因もそれです。お姉さんは藍子さんと言って、この病院に入院していました。あまり似ていない双子だったんですが、元気で活発な木綿季君をいつもニコニコと静かに見守っていた人でした。そう言えば、雰囲気や、顔が、どことなく明日菜さんに似ているかもしれない」

 

「………だった………って」

 

「…………木綿季君のご両親は二年前に………お姉さんは一年前に、亡くなりました」

 

生まれたから十五年。

 

木綿季はすっと頑張って来た。

 

ずっと戦ってきた。

 

残酷な現実と向かい合い、必死に、そして、懸命に生きてきた。

 

あの世界で、俺は失うことの意味を知った。

 

いや、知った気でいた。

 

だが、木綿季のことを知り、俺は自分が何一つ理解していなかったことに気付いた。

 

そんな自分が愚かで、滑稽で、情けなくなった。

 

自然と手が伸ばされる。

 

だが、俺の手はガラスによって阻まれる。

 

木綿季に触れたかった。

 

だが、触れられない。

 

目から涙が溢れだしてきた。

 

『泣かないで、アスナ。レインも、そんな顔しないで』

 

俺と明日菜さんは同時に顔を上げた。

 

ベッドの側面にあるインジケータの1つが不規則に青く点滅していて、モニタパネルの表示も変化していた。

 

小さく【User Talking】と表示されてる。

 

「ユウキ…?」

 

「そこに、いるの…? ユウキ…?」

 

『うん…。レンズ越しだけど、二人のこと、ちゃんと見えるよ…。アスナ、向こう側とほんとそっくりだね…。レインもそっくりだ。ニ人とも、来てくれてほんとにありがとう…』

 

声は隔壁ガラスの上部に取り付けられてるスピーカーから聞こえて来る。

 

「ユウキ……わたし………わたし………」

 

『先生、二人に隣の部屋を使わせてください』

 

「「え?」」

 

後ろを振り向くと、倉橋先生は何かを考え込むと、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

 

「いいでしょう。あのドアの奥にフルダイブ用シートとアミュスフィアが二つあります。元々は私とカウンセラーの先生が木綿季君との面談で使っているものです。色々手続きを省略してるので、時間は二十分程にしといてください。ですが、しっかりと話してきてくださいね」

 

「は、はい」

 

「わ、分かりました」

 

『アプリ起動ランチャーにALOも入ってるから、ボクたちが初めて出会った場所に来て』

 

「うん、解かった」

 

「すぐに行くからな」

 

しっかりとそう答え、隣の部屋に入る。

 

扉の鍵を閉めずに、シートに座り込み、適度にシートの確度を調整したらアミュスフィアを被り、ダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けるとすぐに天井が目に入った。

 

寝ていたベッドから飛び降り、宿屋を出る。

 

転移門に向かって走り「転移!パナレーゼ!」とゲートを潜りながら叫ぶ。

 

転移が完了すると隣にアスナさんが立っていた。

 

互いに頷き、翅を振るわせてユウキが辻デュエルしていた小島まで飛ぶ。

 

木の根元に着陸すると、すぐにユウキの姿を見つけれた。

 

ユウキは俺達に背を向けていたが俺達に気付くとすぐに振り向いた。

 

「不思議だよね…ボク、二人が現実世界のボクのことを見つけてくれる気がしてたんだ…。何も教えてなかったんだから、そんなわけないのにね。でも、二人が会いに来てくれて………凄く嬉しかったよ」

 

そう言うユウキは今にも儚く消えそうだった。

 

アスナさんはユウキに近づき抱きしめた。

 

「姉ちゃんに抱っこしてもらった時とおんなじ、お日様の匂いがする…」

 

二人に近づき、口を開く。

 

「藍子さん、だっけ?お姉さんもVRMMOをやってたのか?」

 

「うん。《スリーピング・ナイツ》の初代リーダー。ボクなんかよりずっと、ずっーと強かったんだ。……《スリーピング・ナイツ》は元々九人のギルドだったんだけど、姉ちゃんを含めてもう三人いなくなった。だから、みんなで話し合って、次の一人の時に、ギルドを解散しようって。だから、それまでにみんなで最高の思い出を作ろうって。姉ちゃんたちに胸張って誇れるような土産話をしようって」

 

俺たちはただ黙ってユウキの話を聞いた。

 

「ボクたちは《セリーンガーデン》っていう、医療系ネットワークのヴァーチャル・ホスピスで出会ったんだ。病気はそれぞれでも、大きな意味では境遇が同じ人たち同士、VR空間で話し合ったり、遊んだり、最期の時を豊かに過ごそうっていう目的で運営されてるサーバー……」

 

これもある程度予期していた。

 

だが、予期していたつもりでも、ユウキの言葉は途方もなく重たかった。

 

《スリーピング・ナイツ》のみんなの笑顔が脳裏に過ぎる。

 

「本当のことを言えなくてごめんね。春先の解散の理由は長くても三ヶ月って告知されてるメンバーが二人いるからなんだ…。だからボク達はこの素敵な世界で最後の思い出を作る為に、《剣士の碑》にボクたちがいたよって証を残したかった。でも、うまくいかなくて……一人だけ手伝ってくれる人を探そうって相談したんだ。反対意見もあった。もし僕たちのことを知られたら、その人に迷惑がかかっちゃう、嫌な思いをさせちゃう。………でも、その通りになっちゃった。ごめんね………アスナ、レイン。できるなら………今からでもボクたちのことを忘れて………」

 

「できないよ」

 

アスナさんは短く答え、ユウキの顔に頬を摺り寄せた。

 

「迷惑だなんて、これっぽっちも思ってないよ。嫌な思いもしてない。私、ユウキたちと出会えて、凄く嬉しいよ。今でもまだ……《スリーピング・ナイツ》に入れてほしいって、思ってる」

 

「アスナさんの言う通り、俺だって迷惑だとも、嫌だとも思ってない。俺は……ユウキたちの思い出づくりに協力出来てむしろ、誇らしいって思ってる。だから、忘れてくれだなんて、悲しいこと言わないでくれ」

 

「アスナ……レイン……ありがとう。もう……もうその言葉で十分だよ。ボクは………満足だよ」

 

ユウキは体を震わせながら、涙を流す。

 

アスナさんは、ユウキの肩を掴み、ユウキの目を見て話す。

 

「他に行きたい所ない?まだしてないこといっぱいあるでしょ?アルヴヘイムにだって、行ってない場所沢山あるだろうし、他のVRワールドを含めたら無数に広がってる」

 

「アインクラッドだって、まだ上の層があるぞ。ユウキが見たことないような景色やモンスターだっている。だから、満足だなんて言うな。ユウキがしたいこと、俺たちが手伝ってやるから」

 

そう言う俺達に、ユウキはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「…………ボク、学校に行ってみたい」

 

「「学校?」」

 

予想外の答えにアスナさんと声が被る。

 

「うん。仮想世界の学校にはたまに行くんだけど、なんか、静かで、綺麗で、お行儀が良すぎるんだ。ずっーと前に通ってた本物の学校に行ってみたいな。………ごめん、無理言って。二人の気持は凄く嬉しいよ。でも、本当に満足なんだ」

 

そう言うユウキは悲しそうな顔をしていた。

 

学校か………。

 

何とかしてやりたいがこればかりはどうしようもできない。

 

でも、ユウキの為だし、なんとか叶えさせてやりたい。

 

頭を悩ませる俺に気付き、ユウキが笑う。

 

「ありがとう、レイン。ボクの為にそんなに悩んでくれて。でも、本当にもういいよ。本当に、満足だから」

 

申し訳なかった。

 

手伝ってやるとか言いながら、結局はできない。

 

情けないな………

 

「……行けるかも」

 

「「……え?」」

 

アスナさんの呟きにユウキと驚く。

 

「行けるかもしれない……学校」

 

……………マジ?

 




アンケート途中経過

1 8票

2 6票

3 10票

4 10票

5 5票

今の所3と4が高いですね。

1も中々に高い。

2は若干低いですけどまだ可能性があります。

5は5票増えて、中々にいい感じですね。

予想ではマザーズ・ロザリオ編は後5話か6話で終わる予定です。

締め切りとして、最終話もといエピローグを投稿した日の日付が変わるまでとします。

では、次回もお楽しみに
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