二人のビーストテイマー   作:ほにゃー

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第10話 思いの伝え方

翌一月十二日、午後十二時五十分、第二校舎三階北端

 

そこにある電算機室で明日菜さんは背筋を伸ばして座っている。

 

明日菜さん以外には俺、和人さん、危さん、そして、名前は知らないが和人さんの友達らしい人が二名いる。

 

和人さんたちが持ってきた直径7cmほどのドーム型の機械を右肩に乗せ、少し緊張した表情になっている。

 

それは細いハーネスで固定されていて、基部はアルミの削り出し材、ドーム部分はアクリル製、その中にはレンズ機構がある。

 

基部のソケットから二本のケーブルが伸びていて、一本は明日菜さんの上着のポケットに入ってる携帯端末に繋がれ、もう一本は和人さんたちが使ってるパソコンに繋がれている。

 

「これじゃジャイロが敏感すぎるんじゃね?」

 

「視線追随性を優先しようとするなら、ここんとこのパラメーターにもう少し遊びが無いとな」

 

「でも、それじゃあ、急な挙動があった時にラグるんじゃないか?」

 

「そのへんは最適化プログラムの学習効果に期待するしかねえよ、カズ」

 

おお…………旧アインクラッドでは、コミュ障で、話掛けられたらどもり、中々友達のできなかった和人さんが普通に会話出来てる。

 

会話の内容が専門的すぎるが…………

 

「初期設定はこんな感じかな。ユウキさん、聞こえますか?」

 

和人さんは明日菜さんではなく、肩に取り付けられてるドームに呼び掛ける

 

『よく聞こえるよー』

 

「それじゃ、レンズ周りを初期設定するから、視界がクリアになったところで声を出してくれ」

 

『うん、了解だよ』

 

明日菜さんの肩に取り付けられてるこの機械は《視聴覚双方向通信プローブ》と言い、アミュスフィアとネットワークを通して、現実世界やその遠隔地に視覚と聴覚によるやり取りができる機械らしい。

 

プローブ内のレンズとマイクで収集されたデータ、それらは携帯端末を介してネットに送信され、フルダイブマシンを経由して、仮想空間にフルダイブしている人に届く仕組みだそうだ。

 

レンズはドーム内を自由に回転して、視線の動きと同期して映像を得るらしい。

 

今回はフルダイブマシンをメディキュボイドに置き換え、専用の仮想空間にいるユウキに届くようになっているとのことだ。

 

例えるなら、今ユウキは身長が十分の一ぐらいになり、明日菜さんの肩に乗ってる感じらしい。

 

なるほど。

 

確かにこれならユウキも学校に来れるな。

 

「よし、これで終わりだ。一応スタビライザーは組み込んであるけど、急激な動きは避けてくれよ。あんまり大きな声も出さないこと。囁くぐらいで充分伝わるから」

 

「りょーかい。ごめんね、ユウキ。先に学校案内しようと思ったけど、昼休み終わっちゃうのよ」

 

『いいよ。授業見学するのとっても楽しみ!』

 

ドームに取り付けられた小型スピーカーからユウキの元気な声が聞こえる。

 

「オッケー、じゃあまず、次の授業の先生に挨拶に行こう」

 

突貫でプローブの設定をしてくれた和人さんたちにお礼をいい、俺と明日菜さんは職員室に向かう。

 

職員室には明日菜さんとユウキだけが入り、俺は外で待つことにした。

 

暫くすると、明日菜さんが出てきた。

 

「どうでした?」

 

少し不安になりながら聞いてみると明日菜さんは笑顔で親指を立ててくれた。

 

どうやら問題無いらしい。

 

「よかったな、ユウキ」

 

『うん!これからも授業に参加してもいいって!』

 

「そうか」

 

ユウキの本当に嬉しそうな声を聞いて、俺も嬉しくなってくる。

 

階段のところで、明日菜さんとユウキと別れ、自分の教室に戻る。

 

授業中、ふと天井を見上げ、明日菜さんと授業を受けてるであろうユウキのことを考える。

 

ユウキの奴、緊張してなきゃいいけどな。

 

思わず、笑みが零れる。

 

「朝霧。次の問題の解答は?」

 

「え!?あ、えっと………」

 

先生に名指しされ慌てて、問題を見る。

 

「X=3です」

 

「朝霧………お前は英語の授業で何故数学の問題を解いてる」

 

え?

 

周りを見ると、全員出しているのは、数学の教科書じゃなく、英語の教科書だった。

 

どうやら、出す教科書を間違えていたみたいだ。

 

「すみません。教科書を間違えました」

 

「どうやったら数学と英語の教科書を間違えるんだ?」

 

そこで、クラスのみんなが笑い出す。

 

………恥ずかしい。

 

だが、その時、俺は気付かなかった。

 

珪子が、寂しそうな顔をしていることに…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業が終わり、明日菜さんとユウキの所に急ぐと、明日菜さんと、明日菜さんのクラスメイトの十人程と、校内を回っていた。

 

俺は少し、時間を置いて合流することにした。

 

暫くすると、明日菜さんがユウキと中庭のベンチに腰かけていたので近づいた。

 

「ユウキ、初日ご苦労様」

 

『あ、レイン!とても楽しかったよ!』

 

「そりゃよかった」

 

「あ、そうだ。これから外に出るんだけど雫君もどう?」

 

「もちろん行きますよ」

 

学校のある西東京市から電車を乗り継いで移動し、横浜市保土ヶ谷区へと到着した。

 

電車内では小さな声で囁くように喋り、だけどそれ以外の路上とかでは人の目を気にしないで三人で話しをして移動した。

 

移り変わった街の風情と接しながら移動したからか、目的地の星川駅で電車を降りた時には夕方の五時半を過ぎていて、

 

空の色も紫に変化していた。

 

「綺麗な街だね、ユウキ」

 

「空が広く見える」

 

『うん…。それよりも、二人はお家の方とか大丈夫なの? ボクのわがままで、こんな遅くになっちゃってるけど…』

 

「へーきへーき!遅くなるなんていつものことだもん」

 

「俺も連絡は入れてるから大丈夫だ。で、ユウキの行きたい所ってどこだ?」

 

『えっとね、駅前を左に曲がって、二つ目の信号を右に行って』

 

「ん、解かった」

 

俺たちはユウキの説明を受けてから歩き出し、ユウキのナビゲーション通りに進んで、街の中を通っていく。

 

ユウキは懐かしそうな言葉を何度も呟いていて、だからこそ俺は気が付いた。

 

この街にかつてユウキが住んでいたんだ………

 

少し歩いてから一軒の住宅の前に辿り着いた。

 

白いタイル張りの壁を持ち、青銅製の門扉を構える家。

 

プローブからはユウキの長い吐息が聞こえてきた。

 

「ここがユウキの家なんだな…」

 

『そうだよ…。まさか、もう一度見られるとは思ってなかったけどね…』

 

白い壁と緑色の屋根、周囲の住宅よりも小さめの家だけど広い庭、芝生には白木のベンチ付きのテーブル、赤レンガで囲まれた大きな花壇のある家。

 

だけど、放置されているのが良く分かるくらいになっている。

 

テーブルは色をくすませていて、花壇には枯れた雑草、家の窓全てが雨戸によって閉ざされている。

 

もう、この家には誰も帰って来ていないことを物語っていた。

 

『ありがとう、ここまで連れて来てくれて』

 

「中に入る?」

 

『ううん、もういいよ。早く帰らないと遅くなっちゃうよ』

 

「……もうしばらくなら大丈夫だよ」

 

向かいにある公園の膝の高さくらいまである石積みに腰かける。

 

ここからなら、ユウキでも家を全部見渡せるはずだ。

 

しばらくの間、沈黙が流れたけれど、ユウキがポツポツと語り始めた。

 

『この家で暮らしたのは一年足らずだったんだけどね。でも、あの頃の一日一日は、良く覚えてる。前はマンション住まいだったから、庭があるのが嬉しくてさ。ママは感染症を心配してたけど、いつも姉ちゃんと走り回って遊んでた。バーベキューしたりとか、パパと本棚作ったりもしたよ。楽しかったな』

 

「いいなー。私、そんなことしたことないよ」

 

「俺もあんまりないな」

 

父さんが医者で、母さんもカメラマンのせいか休日に家族で過ごすことはあまりなかった。

 

だから、ユウキの語る家族の思い出は、俺の胸に響いた。

 

「そうだ。明日菜さん、今度二十二層の明日菜さんの家でバーベキューしましょうよ」

 

「あ、それいい!友達やシウネーたちみんなも呼んでやろうよ」

 

『なら、お肉すごい用意しといたほうがいいよ。ジュンとタルケンが、むっちゃくちゃ食べるから』

 

「ジュンは分かるけど、タルケンは意外だな」

 

「確かに」

 

三人で笑い合ってからもう一度家を見る。

 

『今、この家の事で、親戚じゅうが大揉めらしいんだ』

 

つぶやいたユウキの言葉には僅かに寂しさがあった。

 

「大揉めって?」

 

『取り壊してコンビニにするとか、更地にして売るとか、このまま貸家にするとか……みんな色んなこと言ってるみたい。こないだなんか、パパのお姉さんって人が、フルダイブしてまでボクに会いに来たんだよ。病気の事知ってから、リアルじゃすごい避けてたくせにさ…………ボクに……遺言を書けって……………あ、ごめんね。変な愚痴言っちゃって』

 

「いや、大丈夫だ、すっきりするまで言っていいぞ」

 

「うん、どんどん言っちゃって」

 

『じゃあ、言っちゃう、それでね、ボク言ってやったんだ。現実のボクはペンを持つことも、ハンコを押すこともできないけど、どうやって書くんですかって。そしたら、口をパクパクしてたんだ』

 

ふふふと笑うユウキにつられて俺も明日菜さんも少し笑う。

 

『でね、その時に、この家をこのまま残してほしいって頼んだんだ。でも、やっぱダメみたい。多分、取り壊されると思う。そうなる前に、もう一度見て起きたかったんだ』

 

家を残しておきたいか………

 

叶えてあげたいが、これに関しては完全に俺達は部外者だ。

 

どうすることもできない。

 

「じゃあ、こうすればいいんだよ」

 

明日菜さんが何か思いついたらしく提案してきた。

 

「ユウキは今十五歳でしょ。十六歳になったら好きな人と結婚する。そうすれば、その人がこの家を守ってくれるよ」

 

『け……結婚!?』

 

なるほど、その手があるか。

 

となると、ユウキの好きな人は自然と決まってくるな。

 

候補としてはジュンかテッチさん、タルケンさんの三人。

 

見た感じ、ジュンの可能性が高いな。

 

『アスナ、凄いこと考えるね。そっか、結婚か………。うん、婚姻届なら頑張って書けそうな気がするよ。でも、相手がいないかな』

 

「そう?ジュンとかいい雰囲気だったじゃない」

 

『だめだめ、あんなお子様じゃ!そうだねぇ………………』

 

ん?今、ユウキの奴こっち向いたか?

 

「ユウキ、どうかしたか?」

 

『へ!?い、いや、なんでもないよ!』

 

慌てたような声が聞こえた後、落ち込み気味に言う。

 

『でもさぁ、ボクみたいな子と、結婚してくれる人なんていないよ』

 

「それはないと思うぞ」

 

『え?』

 

「ユウキは魅力的でとても可愛いと俺は思う。そんなユウキなら、本気でユウキを愛してくれる人もいるはずだ。少なくとも、俺なら惚れてるぞ」

 

『そ、そうかな?』

 

プローブからユウキのてれた声が聞こえてきた。

 

「あれ~?いいのかな~?そんなこと言って。シリカちゃんに言いつけちゃおっかな~」

 

「ちょ!?そ、それだけは勘弁してください!」

 

そんなことされたらたまったもんじゃない!

 

『………そっか、やっぱり………』

 

「ん?ユウキ、今何か言ったか?」

 

『ううん、何にも。……ありがとう、二人とも。もう一度この家を見られただけで、ボクは凄く満足してる。思い出はここにある。パパやママ、姉ちゃんと過ごした楽しい思い出は、ずっとここにある』

 

思い出は心の中にある。

 

そう言ってはいるが、ユウキの言葉にはまだ若干悲しさがあった。

 

本当は、この家を残して欲しいんだろう。

 

そこから彼女は再び言葉を紡いだ。

 

ユウキと藍子さんが薬を飲むのが辛かった時、二人の母親はイエス・キリストの話しをして、二人を諭したらしい。

 

ユウキはそれが不満で、聖書の言葉じゃなくてお母さんの言葉を聞きたかったって、ずっと思っていたという。

 

けど、今日この家を見て解ったと言った…お母さんは言葉じゃなくて、気持ちで自分達を包んでいてくれたことを。

 

辛くても、悲しくても、最後まで自分が前を向いて歩けるよう祈ってくれていた、そう気付いたというのだ。

 

すると明日菜さんは胸の内をさらけ出すかのように、語り出した。

 

明日菜さんは、明日菜さんの母親の言葉が分からないと言った。

 

向かい合って話しても、心が判らない。

 

どうしたらいいのか判らない。

 

それで、ユウキに、どうすればユウキみたいにできるのか、強くなれるのかと聞いた。

 

ユウキは、自分は強くないと言った。

 

皆を心配させないように辛い検査も、薬を飲むのが辛くても笑顔でいたら、いつの間にか、そんな風にしか振る舞えなくなった。

 

でも、演技でもいい。

 

それで笑顔でいる時間が増えるならそれがいいし、嫌われるのが怖くて端っこで突っつき合ってるより最初からどーんとぶつかった方がいい。

 

ユウキはそう言った。

 

「そんなユウキだからこそ、俺も明日菜さんもすぐに仲良くなれたんだな」

 

呟くように言うと、ユウキはううんと言った。

 

『それはボクじゃないよ。ボクが逃げても、二人が一生懸命追いかけてくれたからだよ。昨日、モニタールームにいる二人を見て、声を聞いてたら、二人の気持ちが伝わって来た。僕の病気の事をしっても、まだ僕にもう一度会いたいって思ってくれてるんだって分かって、本当に………本当に、泣いちゃうぐらいに嬉しかった。だから、アスナ。あの時みたいに、お母さんと話してみたらどうかな。気持ちって、伝えようとすればちゃんと伝わるものだよ』

 

「そうだね。ありがとう、ユウキ」

 

そう言って明日菜さんは、目に溜まった涙がこぼれないように上を向く。

 

釣られて上を見上げると星空が見えた。

 

人工の光なんかより、ずっと煌めく星が幾つも見えた。

 

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