二人のビーストテイマー   作:ほにゃー

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第14話 芽吹く若木

四月四日 土曜日 午後三時

 

横浜市保土ヶ谷区の丘陵地帯にあるカトリック教会でユウキの告別式が行われた。

 

告別式の方はユウキの親戚筋の出席者が喪主を務めた叔母を含め四人対し、ユウキの友人を名乗る十代二十代の出席者は百人は超えていた。

 

全員ALOプレイヤーだ。

 

三年もの入院生活で、友人なんていないと思っていた親戚たちは目を白黒させていた。

 

式が終わっても、全員帰ろうとせず、教会の広大な前庭で、三々五々に固まり《絶剣》の思い出話に浸っていた。

 

俺はどうも、話しに加わる気になれなく教会の周りをうろうろしていた。

 

うろうろしていると礼拝堂の陰にあるベンチに明日菜さんが座っていた。

 

「隣、いいですか?」

 

「あ、雫君。どうぞ」

 

失礼しますと言い、隣に座る。

 

とくに会話せず、沈黙が流れる。

 

「……最近さ、命ってなんなんだろうって考えるんだ」

 

明日菜さんは語るように話してくる。

 

「何十年か前に“全ての生命は遺伝子の運搬装置でしかなく、己の複製情報を増やし、残すためのみに存在する”っていう説が流れたんだ。その観点で見てみるとね、ユウキの身体を蝕んだウイルスも純粋な生命っていうことになるの。だけどね、そのウイルスは遺伝子を運搬して、複製することはしても、最後は宿主の命を奪って、自分達も死に絶えてる」

 

明日菜さんの話を聞きながら、俺は確かにと思った。

 

「だけど考えてみたら、人もウイルスと同じことを繰り返してるんだよね。自己の利益を優先し、時にとして複数の人命を奪い、自国の安全を保障するために、他の人や国を犠牲にしてる。そのうえで、わたし達は生きてる…。その先では人もいつかウイルスみたいに、この世界地球そのものを壊し尽くすか、別の知的生物との生存競争に負けて、全滅するんじゃないのかなって、思うの…」

 

命に関わったからなのか、俺も明日菜さんと同意見だった。

 

「でも、ユウキとの思い出は確実に、ここに残ってます」

 

俺は自分の胸に手を当てる。

 

「ユウキの魂が、ここで息づいています。今日、この場所に集まった人たちだって同じです。時が過ぎて、記憶が消えかかっても、思い出が結晶化したとしても、残るものは必ずあると思います」

 

「そうだね……なら、命には遺伝子情報を運ぶ機能だけじゃなくて、魂や精神を運ぶ機能も存在する。いつか遠い未来、あいまいな概念じゃなく、純粋に魂や精神を記録できる媒体が実現されたら、人間と言う不完全な生命の自滅を止められると思う」

 

いつの間にか、明日菜さんの顔には笑顔があった。

 

「その日が来るまで、私は私の方法でユウキの事を伝え続ける。子供が出来たら繰り返して聞かせる。仮想世界と現実世界の狭間で、奇跡のように眩しく煌めいた女の子のことを」

 

「………俺も、俺なりの方法で、ユウキの事を伝え続けます。それが、俺に出来る唯一のことだから」

 

すると、建物角から誰かが曲がってくるのが見えた。

 

明日菜さんは涙を拭い、そちらを見る。

 

深い黒色に肩まであるストレートの髪をした女性で、やや長身のその身に、シンプルな黒のワンピースを着てショールを羽織り、細い銀のネックレスを身に着けてる。

 

女性は俺と明日奈さんの近くまでくるとお辞儀をしたので、

 

ベンチに座っていた明日奈さんは立ち上がって俺と一緒にお辞儀を返す。

 

「レインさんとアスナさんですね。向うと同じ姿なので、すぐ判りました」

 

俺たちのプレイヤーネームを知ってる。

 

それに、この雰囲気………

 

「シウネーさん………ですか?」

 

「はい。本名は、安施恩と言います。初めまして、ご無沙汰してます」

 

「こ、こちらこそ初めまして!結城明日菜です………お久しぶりです」

 

「あ、朝霧雫です!……一週間ぶりですね。改めて、初めまして」

 

どこか矛盾した挨拶を交わし、俺達はくすりと笑った。

 

「あの……お体の方は?」

 

俺は思い切って、気になったことを聞いた。

 

「はい。この四月でようやく外出を許してもらえたんです。付き添いには兄が来て貰っています。今は、表で待ってもらっていますが」

 

「じゃあ、お体は、もう……」

 

「………私の病気は《急性リンパ性白血病》と言うもので………発症したのは今から三年前でした。一度は化学療法で寛解したのですが、去年再発してしまって………。再発してからは、有効な治療法は骨髄移植しかないと言われましたが、家族は誰も、白血球型が一致しなくて……骨髄バンクでも、ドナーは見つかりませんでした。それからは、サルベージ療法という色んな薬の組み合わせで寛解を目指したんですが、新薬や治験薬も積極的に使うようで、副作用も強く、何度も挫けそうになりました。でも、ユウキを見てると、挫けちゃダメだって思ったんです。ユウキは十五年も同じ苦しみを味わい続けてる。なのに、年上の自分が三年ほどでなにを挫けてるのって言い聞かせたんです。ところが、二月頃には少しずつ薬の量が減って、お医者様も数値が良くなっていると仰ったんです。私は、その時が来たのだと、悟りました。《QOL(クオリティ・オブ・ライフ)》優先の療法に変わったんだって。恐怖はありました。でも、ユウキと一緒なら、何処へだって行けるとそう思っていました。………それなのに、ユウキとお別れした次の日でした…。お医者様が、私に完全寛解したことを告げたんです。治療薬の一つが劇的に効いたそうです。私、混乱しちゃって、訳が分からないままに退院して、病気が完治したって理解できたのは、昨日のことなんです。………………行き成り失くしたと思っていたはずの時間を返されて戸惑うばかりです。それに………」

 

施恩さんは、肩を震わせ涙交じりに続ける

 

「ユウキが待ってるのに……私だけここに残っていいのかなって。ユウキや、ランさん、クロービスやメリダと、ずっと一緒って、約束したのに………」

 

涙を流す施恩さんの右手を明日菜さんは手に取り、握り締めた

 

「施恩さん。わたし、命は心を運んで、伝えるものだって思うんです。私、人に気持ちを伝えるのも、人の気持ちを知ることも怖かった……でも、ユウキはその進むことの大切さを教えてくれました。その強さも、貰うことが出来ました。わたしはその大切さと強さを、色々な、たくさんの人に伝えていこうと思ってます。それが、いつかまたユウキと出会った時に、彼女に返してあげられることだと思いますから」

 

明日菜さんは、つっかえながらも、話し終えた。

 

明日菜さんの言葉を聞き、施恩さんは左手を明日菜さんの手に置く。

 

「………ありがとう」

 

手で目元の涙を拭き、施恩さんは続きを話す。

 

「私達、お二人にはとても感謝しています。私達が出来なかったユウキを支えるということを、お二人はやってみせてくれました。二人といる時のユウキは、とっても楽しそうで、自然で、まるで飛ぶことを思いだした小鳥の様でした。どこまでも、高く、高く………私たちの、手の届かない所まで行ってしまいましたけど………」

 

そこで、言葉を切り、再び涙を拭う。

 

それから聞いたのは他のスリーピング・ナイツのメンバーのことだ。

 

ジュンは難しい癌ということだけど、最近使い始めた薬がかなり効いているらしくて、腫瘍が小さくなったそうだ。

 

タルケンやノリ、テッチも、完治とは行かないが、徐々に良い方向に症状が回復してるとのことだ。

 

まるで、ユウキがこっちにくるのは早いって言ってるみたいだ。

 

何分か、そこで話し込んでいると、誰かがこちらに来た。

 

来たのは俺達と同じ制服を着た和人さんと、黒い礼服を着た倉橋先生だった。

 

「ここに居たんだな。お邪魔しちゃったか?」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

「和人くんと先生はどうして一緒に?」

 

「通信プローブのことで色々とな」

 

「あのカメラを医療用フルダイブ機器に活かせないかと、桐ヶ谷君に相談していたところなんです」

 

そこで、俺はあることを思い出し、倉橋先生に聞くことにした。

 

「倉橋先生。メディキュボイドのテストって、どうなったんですか? 他の人がモニターを引き継ぐとか…」

 

「いえ、テストはもう終わりましたよ。木綿季君のお陰で十分なデータを得ることが出来ました。今後は製品化に向けて、メーカーとの協議になる予定です」

 

そうか、ユウキの頑張りが無駄にならずに良かった。

 

「……安さん、退院おめでとう。木綿季くんも、きっと喜んでくれていますよ…」

 

「ありがとうございます。私はもう、使うことは無いでしょうけど、メディキュボイドが、これから多くの人を助けてくれることを思うと、ユウキの頑張りが私も凄く嬉しいです…」

 

「本当に、あの機械をテストした被験者の一人として木綿季くんの名はずっと残ると思います。初期設計の外部提供者と並んで、何か凄い賞を送られてもいいぐらいです」

 

「多分、そんなもの貰ってもユウキは喜ばないと思いますよ。食べられないしなあ、とか言いそうです」

 

施恩さんの言葉に全員が笑う。

 

そこで、明日菜さんは何かに気付き、倉橋先生に聞いた。

 

「あの、先生。さっき、初期設計の外部提供者って仰いました?設計したのは、医療機器メーカーではないんですか?」

 

「ああ、……ええとですね。試作機そのものの政策はメーカーが行ったんですが、機器の心臓たる超高密度信号素子の基礎設計は、外部からの無償提供があったんです。たしか、これも女性で、海外の大学の研究者で、日本人です。確か、名前は―――――」

 

倉橋先生が言った名前は、聞き覚えが無かった。

 

だが、和人さんは知っているのか、口を開けて、視線を虚ろにしていた。

 

「ど、どうしたの、キリト君!?」

 

「か、和人さん?」

 

心配になり声を掛ける。

 

「俺……その人を知ってる」

 

「「………え?」」

 

「会ったこともある……その人は……ダイブ中のヒースクリフの身体の世話をしていた人だ。彼と同じ大学の研究室で、一緒にフルダイブ技術の研究をしていたんだ……つまり、メディキュボイドの基礎設計の本当の提供者は………」

 

俺も明日菜さんも言葉を失った。

 

それはつまり、メディキュボイドも、《ザ・シード連結体》と同様、あの人がまいた種が芽吹いた若木だということだ。

 

……これも、貴方の思惑通りなんですか?茅場さん。

 

相変わらず何考えているのか分からない人だ。

 

でも、今回はあえて言わせてもらいます。

 

ユウキと出会わせてくれて、ありがとう。




次回……エピローグとなります。
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