エギルさんの店は、台東区御徒町のごみごみとした裏通りにある。
煤けたような黒い木造で、小さなドアの上に金属製の看板があり、《DiceyCafe》と刻まれている。
扉を押し開けると、カランっとベルの音が響く。
カウンターでグラスを拭いていたエギルさんがこっちを見て、笑う。
「よう、来たか」
「どうも」
軽く挨拶をすると、エギルさんは、俺の前にカフェオレを出す。
淹れたばっかなのか、湯気が立っていて温かい。
お礼を言って、一口飲む。
身体の底から温まる。
「エギルさん、あの写真は」
「まぁ、待て。もうすぐキリトも来る。そしたら全て話す」
そう言われ、大人しくカフェオレを飲みながら待つ。
一杯目を飲み終わり、二杯目を淹れてもらうと、店の扉が開いた。
入って来たのはキリトさんだった。
「あ、レインも来てたのか」
「はい、エギルさんに呼ばれて」
キリトさんは、カウンターに座り、エギルさんに聞く。
「で、あの写真はどういうことだ?」
「少し長くなるんだが………これ、知ってるか?」
エギルさんはカウンター下から何かを取り出し、テーブルの上を滑らせて、俺達の前に出す。
「これ、ゲームですか?」
「《アミュスフィア》っていうナーヴギアの後継機対応のMMOだ」
「ってことは、これも、VRMMOか」
パッケージを見せて貰い、タイトルを読む。
「あるふ……へいむ……おんらいん?」
何とか英語のタイトルを読む。
どういう意味だ?
「アルヴヘイムって発音するらしい。意味は、妖精の国だそうだ」
「妖精?なんかほのぼのしてそうだな。まったり系か?」
「そうでもないぜ。どスキル制。プレイヤースキル重視。PK推奨」
「どスキル制?」
聞いたこと無い言葉なので聞き返す。
「いわゆる《レベル》が存在しないらしい。各種スキルが反復で上昇するだけで、HPもたいして上がらない。戦闘もプレイヤーの運動能力依存で、ソードスキルなし、魔法ありのSAOってところだ」
「PK推奨ってのは?」
キリトさんが質問をする。
「プレイヤーはキャラメイクでいろんな種族を選ぶわけだ。違う種族ならPKできるんだとさ」
「確かにハードだ。だけど、そんなマニア向け仕様じゃ、人気で無いだろう」
「それがそうでもない。今、大人気だそうだ。理由は《飛べる》からだそうだ」
「「飛べる?」」
キリトさんとハモる。
「妖精だから、翅がある。フライト・エンジンとやらが搭載されていて、慣れると自由に飛びまわれる」
「凄いな、翅はどう制御するんだ?」
「さあな。だが、相当難しいらしい」
「そりゃそうさ。人間には無い翅を操るんだ。背中の筋肉を動かすのかな?」
キリトさんの目がゲーマーの目になってる。
「キリトさん」
「んん!」
エギルさんが咳払いし、俺は名前を呼ぶ。
キリトさんは我に返り、コーヒーを一口飲む。
「で、この大人気ゲームがアスナとどういう関係があるんだ?」
そうだ。
俺とキリトさんはあの写真の件で呼ばれたんだ。
エギルさんは今度は写真を取り出し、俺達の前に置く。
「どう思う?」
「……似ている」
「はい、確かに似ています」
「やっぱりそう思うか」
「早く教えてくれ、ここは何処なんだ!」
キリトさんが大声を上げてエギルさんに問い詰める。
「その中だよ。アヴルヘイム・オンラインの」
俺とキリトさんは驚く。
エギルさんは手元にあるパッケージを引っくり返し、後ろのイラストの真ん中にある樹を指差す。
「世界樹、と言うんだとさ。九つの種族に分かれたプレイヤーは世界樹の上にある城に、他の種族に先駆けて到着する事を競ってるんだ」
「なら、飛んで行けばいいんじゃ……」
「滞空時間があって、無限には飛べないらしい。でだ、体格順に五人のプレイヤーが肩車をして多段ロケット方式で樹の枝を目指した」
「ははは、なりるほど。馬鹿だけど頭いいな」
あれ?それって結局バカなの?頭良いの?
どうでもいい疑問が頭に浮かんだ。
「だが、ぎりぎりで到着できなかったそうだ。でも、到達高度の証拠に五人目が何枚か写真を撮った。その一枚に巨大な鳥籠が写ってた」
「鳥籠?」
「そいつをぎりぎりまで引き延ばしたのが、その写真だ」
「でも、どうして、アスナがゲームの中に?」
キリトさんがもう一度パッケージを見ると、いきなり険しい顔になった。
どうしたのかと思い、覗いてみると、そこには《レクト・プログレス》とあった。
そこで俺は気づいた。
《レクト》はアスナさんのお父さんがCEOを務める会社。
その会社のフルダイブ技術部門は、あの男、須郷が託されてる所だ。
自分の領域に入れておけば安全とでも思ったのか?
どちらにしろ、好都合だ。
ゲームの世界なら俺とキリトさんで行ける。
それにスキル制ならレベリングする必要もない。
「エギル、このソフト、貰って行ってもいいか?」
「構わんが、行く気なのか?」
「この目で確かめる」
ソフトを鞄に詰めるキリトさんを、エギルさんは心配そうに見る。
キリトさんも心では、何かまた嫌なことが起きるのではと思ってるはずだ。
でも、キリトさんはその恐怖を振り払うかのように笑う。
「死んでもいいゲームだなんてぬるすぎるぜ」
そう言うキリトさんにエギルさんは呆れたような顔をした。
「キリトさん、俺も行きます」
「……いいのか?」
「はい、戦力は多い方がいいです。それに、大切な人を助けたいってのはキリトさんだけじゃないんです」
「……分かった。なら行くぞ」
「はい!」
「………はぁ、こんなことだろうと思ったよ」
溜息を付き、同じソフトを取り出して渡してくる。
「エギルさん!」
「こんなこともあろうかと二つ買っといたんだよ。都合で俺は一緒には行けない。だから、お前たちで行くんだ」
「ありがとうございます!」
お礼を言って、コートのポッケにソフトをねじ込む。
「ハードを買わなきゃな」
「ナーヴギアで動くぜ。アミュスフィアはナーヴギアのセキュリティ強化版でしかないからな」
なら、よかった。
ナーヴギアならまだうちにある。
「そりゃ、ありがたい」
「助け出せよ。アスナを。でないと、俺たちの戦いは終わらない」
「ああ、いつかここでオフをやろう」
「必ず、連れ戻します」
そう言って、俺達は拳をぶつけた。
家に着くと、二階の自分の部屋に駆け上がり、コートを脱ぎ、ソフトを取り出す。
ナーヴギアの電源を入れ、ROMカードをスロットに挿入する。
そして、ベッドに横になりナーヴギアを被る。
「リンク・スタート!」
暗闇の世界に飛び、そして、虹色のリングを潜り抜けるとアカウント情報登録ステージについた。
『アルヴヘイム・オンラインへようこそ。最初に、性別と名前を入力してください』
性別は男で、名前は二年間愛用した《Rain》と入力した。
『それでは、種族を決めましょう』
種族か…………どれにするか………
俺は両手剣や両手斧といった重量系の武器が初期装備なのはノームかサラマンダーだな。
この二つから選ぶか。
どれにするかを考えながら二つの種族を行ったり来たりする。
「よし、ノームにしよう」
そう思い、ボタンを弄るのを止め、ノームにする。
その時、操作をミスり、ノームではなく、敏捷性に長けたケットシーが目の前に来る。
「あ……」
おまけに、決定ボタンも押してしまった。
『それでは、ケットシー領のホームタウンへ転送します。幸運をお祈りします』
その言葉を最後に再び光の渦に巻き込まれ、次に感じたのは浮遊感だった。
「やっちまった」
目線を腰に移し、そこに装備されてる貧弱そうな短剣を見つめ、溜息を吐く
下に視線を移すと、海に浮かぶ孤島の真上にいた。
あれが、ケットシー領のホームタウン。
徐々に中央の城に近づいて行く。
すると、急に映像がフリーズした。
あちこちでポリゴンが欠け、ノイズが走る。
「な、なんだ!?」
喚く暇もなく、再び落下し、暗闇の中に落ちていく。
そして、森の中に落下した。