スカルリーパーを倒した後、誰も歓声を上げなかった。
人が死に過ぎた。
最初に二人が死に、その後五回ガラスが砕けるような音が聞こえた。
そこから、俺は数えるのを止めた。
シリカと背中合わせになりながら座り込む。
フィーとピナも疲労してるのか蹲り、動かなかった。
「何人やられた?」
座り込んでるクラインさんがキリトさんにかすれた声で聞く。
キリトさんはマップを出し、人数を調べ始める。
「……十四人、死んだ」
「………うそだろ」
エギルさんが有り得ないと言った風に言う。
いつもの張りのある声じゃない。
「あと、25層もあるんだぞ……」
「俺達、本当に頂上に辿り着けるのか?」
アヤメさんとアルブスも地面に座り込み、弱音を漏らす。
クォーター・ポイントだからっていくらなんでも強すぎる。
この先、一層辺りに十五人死ぬとして、100層に辿り着くころには300人は優に超える。
攻略組のプレイヤーは数百人程。
下手すれば100層のボス戦では、一人とかになるかもしれない。
もしそうなったら、ボスと対面するのは《ユニークスキル》持ちの俺かキリトさんか、ヒースクリフさんか。
そのヒースクリフさんはというと、背筋を伸ばし立っていた。
キリトさんとアスナさんの二人掛かりで押さえてた鎌を、ヒースクリフさんは一人で裁き切った。
HPもかなり減ってるが、それ以上に精神的疲労もあるはずだ。
それなのに、座り込みもしないとは、流石は最強のプレイヤーだ。
そう思ってるとキリトさんがいきなり走り出した。
そして、片手剣基本突進技の《レイジスパイク》をヒースクリフさん目掛けて使った。
キリトさんの行動に気付いたヒースクリフさんは十字盾でガードしようとする。
だが、キリトさんは盾にぶつかる寸前に軌道をずらし、楯の縁をかすめるようにして、ヒースクリフさんの胸の中央に剣を突き刺す。
だが、剣はヒースクリフさんを貫かなかった。
紫色のシステムタグがそれを防いだ。
《Immortal object》
この世界で何度も見たタグだった。
「キリト君!何を……!?」
アスナさんも、ヒースクリフさんに出ているシステムタグを見て驚いている。
「システム的不死……どういうことですか、団長?」
「この男のHPはどうあってもイエローに落ちることは無い。そうシステムに保護されているんだ」
アスナさんの問いに、キリトさんが答える。
「この世界に来てからずっと疑問に思ってたことがあった。あの男は、今何処で俺達を観察し、この世界を調整しているのか。でも、俺は単純な真理を見落としていたよ」
一拍置き、キリトさんはヒースクリフさんを見据えて言う。
「『他人がやってるRPGを傍らから眺めるほど詰まらないことは無い』…………そうだろ?茅場昌彦」
その言葉に全員が息を呑み、空気が凍り付いた。
「何故気付いたのか、参考までに聞かせてほしい」
否定しないってことは茅場昌彦なのかよ…………
「最初におかしいと思ったのはデュエルの時だ。最後の一瞬、アンタあまりにも速過ぎたぜ」
「やはりそうか。あれは私にも痛恨事だった。君の動きについ圧倒してしまいシステムのオーバーアシストを使ってしまった」
ヒースクリフさんはやれやれといった表情をした後、プレイヤー全員の顔を見渡す。
「確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」
シリカが「……嘘」と呟きよろけた。
それをなんとか支える。
「……趣味がいいとは言えないぜ。最強のプレイヤーが一転最悪のラスボスか」
「なかなかいいシナリオだろう?最終的に私の前に立つのは君らだと予想していた。全十種存在するユニークスキルのうち、《二刀流》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担うはずだった。だが、君は私の予想を超える力を見せつけた。まぁ、この想定外の事もネットワークRPGの醍醐味と言うべきか………」
その後、茅場は俺の方を見る。
「レイン君。君の持つユニークスキル《大太刀》。その武器《大太刀・白楼秋水-龍-》を得ることで発言するスキルだ。圧倒的な火力に加え、刀・両手剣スキルをも扱えるスキル。そのスキルの発現方法は《大太刀・黒楼秋水》と《白龍刀》の二つを合成し、《大太刀・黒楼秋水》をベースにしたときのみ発現する。勇者と共に魔王を倒す戦士の役割を担う者に与えられし技だ。君も、選ばれし存在だ」
なんというか、全て茅場の思い通りのような気がしてきた。
「俺たちの忠誠……希望を……よくも……よくも……よくも―――ッ!!」
《血盟騎士団》のプレイヤーが戦斧を握り締め、地を蹴り、武器を振りかぶる。
茅場は左手でウィンドウを操作する。
すると、そのプレイヤーは空中で停止するとそのまま地面に落ちる。
見るとHPバーにグリーンの枠が点滅している。
麻痺状態だ。
茅場は、素早く次々と他のプレイヤーを麻痺状態にする。
シリカも倒れそうになり、咄嗟に抱える。
見ると麻痺状態じゃないのは、俺とキリトさんだけだ。
「どういうつもりだ?ここで全員を殺して隠蔽するつもりか?」
「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。こうなっては致し方がない。私は最上層の《紅玉宮》にて君たちの訪れを待つとしよう。ここまで育ててきた《血盟騎士団》、攻略組プレイヤー諸君を途中で放り出すのは不本意だが、何、君達の力ならきっと辿り着けるさ。
だが、その前に」
そこで言葉を区切り、十字剣を収めた十字盾を黒曜石の床に突き立てる。
「キリト君。君には私の正体を看破した報酬を与えなくてはな。チャンスをあげよう。今この場でレイン君と共に二対一で戦うチャンスだ。本来なら、君を筆頭に十人の《ユニークスキル》使いと十対一で戦うシナリオだが、その場合、私のHPバーは四本になる。今この場でのみ、HPバーは一本。無論、不死属性は解除するし、私も《神聖剣》の力の範囲で戦う。私に勝てば、ゲームはクリアされ、生き残った全プレイヤーがゲームから順次ログアウトできる。……どうかな?」
その言葉に俺は揺らいだ。
この先、残り25層のボスを倒せるのか?
無理かもしれない。
だが、今この場でなら、俺とキリトさんが、茅場と戦って勝てばゲームは終わる。
「レイン」
キリトさんに声を掛けられた。
「一緒に、戦ってくれるか?」
「………はい」
「!?……レイン、そんな!」
シリカの手が俺の服を握り締める。
「大丈夫だ。死んだりしないから、必ずお前と現実世界に帰る。約束だ」
「…………わかった」
そこでシリカの手が俺の服を離した。
シリカを優しく床に寝かせ、大太刀を抜く。
キリトさんもアスナさんを床に寝かせ、背中の二本の剣を抜いた。
「キリト!やめろ!」
「キリト―!」
「レイン!危険だ!戻れ!」
「レイン!」
俺とキリトさんが呼ばれ後ろを振り向くと、クラインさん、エギルさん、アヤメさん、アルブスが必死に体を起こしながらこっちを見ていた。
「エギル、今まで剣士クラスのサポート、サンキューな。知ってたぜ、お前が儲けの殆どを、中層プレイヤーの育成につぎ込んでたこと。クライン、俺、あの時……お前を置いて行って、悪かった」
「て、テメー、キリト!謝ってるんじゃねぇ!今謝るんじゃねぇよ!許さねぇぞ!向うでメシの一つでも奢ってからじゃねぇと、許さねぇからな!」
「分かった。次は向うでな」
キリトさんは右手を上げ、答える。
「アヤメさん、アヤメさんには色んなことを教えられました。感謝してます。俺に兄貴はいませんけど、アヤメさんは、俺の兄貴のような人です。アルブス……お前とは殺し合いもしたけど、最終的に友達になれて良かった。向うで必ず会おう」
「……くっ、俺はまだ、お前に借りを返してないんだ。全部向うで返す。だから、絶対に勝てよ」
「ああ」
会話を追え、茅場に向き直す。
「一つ頼みがある」
キリトさんが茅場に声を掛けた。
「何かな?」
「簡単に負けるつもりはないが、もし俺が死んだら、暫くでいい。アスナが自殺できないように計らってほしい」
キリトさんの頼みに茅場は意外そうな顔をするが、頷いた。
「よかろう、彼女は《セルムブルク》から出られないようにしよう」
「キリト君!駄目だよ!そんなの、そんなのってないよ!」
アスナさんの悲痛な叫びが聞こえる。
「レイン君、君はいいのかね?」
茅場の言葉に俺はシリカの方を向く。
シリカは不安そうに俺を見ていた。
そんなシリカに俺は微笑んだ。
それに安心したのかシリカの顔から不安は消えた。
「向うで会う約束をしたんです。そんな死んだらなんて話しませんよ」
「そうか」
茅場は笑い、左手を動かし、不死属性を解除し、十字剣を抜いた。
そして、互いに構える。
自然と持っている剣に力が籠る。
そして、とうとう動き出した。
キリトさんが絶叫を上げ、斬り込む。
キリトさんの一撃を茅場は十字盾で防ぎ、キリトさんに剣を振り下ろす。
それをキリトさんは体を仰け反らせて回避する。
そこに、俺が大太刀を振りかぶり斬り込む。
それを十字剣で防ぎ、十字盾で攻撃を仕掛けてくる。
剣を振った時の力を殺さず、その力を利用して盾の攻撃を躱す。
そこにキリトさんが二本の剣での連撃を浴びせる。
ソードスキルは全て茅場がデザインしたもの。
なら、全ての連続技がどこにどうくるのかも知っている。
だから、自分の技量のみで戦うしかない。
それにしても、子供とはいえ、二対一で互角に渡り合うとは茅場自身のスペックも凄い。
茅場に感心しながらも攻撃の手を止めない。
腰を落とし、剣先を茅場に向け、突きを放つ。
茅場はそれを躱し、十字盾を下から突き上げ俺の顎にぶつける。
「ぐあっ!」
その攻撃に俺は吹き飛び、転がる。
「レイン!……くそぉぉぉぉ!」
そこで、キリトさんがソードスキルを使ってしまった。
二刀流最上位剣技《ジ・イクリプス》
連続二十七連撃を繰り出す技だ。
その時、茅場が笑った。
キリトさんは怒りに任せてソードスキルを使ってしまった。
もう、止まらない。
上下左右から繰り出される斬撃を茅場はいともたやすく防ぎきる。
最後の一撃が十字盾にぶつかると、左手に握られた《ダーク・リパルサー》は砕けた。
そして、キリトさんはソードスキル発動後の硬直に入った。
「さらばだ、キリト君」
茅場の無慈悲の声が響く。
剣を握り走る。
だが、間に合わない。
キリトさんが死ぬ。
その瞬間、誰かがキリトさんの前に立ちふさがった。
アスナさんだ。
胸を張り、両腕を広げたアスナさんはキリトさんの代わりに斬られた。
そして、
「うそだろ……アスナ……こんな……こんなの」
倒れ込むアスナさんをキリトさんは抱き込む。
「 ご め ん ね 。 さ よ な ら 」
その言葉を最後に、アスナさんはその体をポリゴンに変え、散った。
「これは驚いた。自力で麻痺から回復する手段はないはずだがな………こんなことも起きるのだろうか?」
茅場の言葉に俺はキレた。
その言葉が、どうしても許せなかった。
「うおおおおおおおお!」
怒りに任せて剣を振る。
上から、下から、右から、左から。
「ふざけるな!人の命をなんだと思ってる!人の命はアンタのおもちゃじゃないんだ!」
「そんなこと、分かってるさ」
怒りに任せて振った剣は簡単に弾かれ、茅場は神聖剣スキルを使った。
刀身がクリムゾンの光を迸らせる。
Nを書く様に剣が振るわれる。
その三連撃は、俺の右腕、左腕を斬り落とし、そして、《大太刀・白楼秋水-龍-》を叩き折った。
予想より強い威力の攻撃の為、俺のHPはごっそり減る。
そこに、茅場は止めの一撃と言わんばかりに俺の腹を突き刺す。
そして、HPが0になった。
俺の体が淡い光に包まれる。
俺の、負け、か。
いや、まだ負けてない!
ここで、終わってたまるか!
「う、うおおおおおおおおおおおおお!!」
絶叫を上げ、俺は茅場を睨みつける。
そして、頭上から降ってくる、俺の最後の一撃。
《大太刀・白楼秋水-龍-》の折れた刀身が降ってくる。
俺はそれを口でキャッチする。
「ぬうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
叫びにならない叫びをあげ、口に咥えた刀身を茅場に向ける。
茅場は目を見開き驚いてる。
そして、刀身を茅場の首に突き刺した。
「くっ!」
茅場は十字盾で俺を殴り、弾く。
「最後の一撃、見事だ。だが、私のHPを全て奪う事は出来なかった」
「何言ってるんですか?魔王を倒すのは戦士の仕事じゃない。勇者の仕事です」
俺はにやりと笑い、茅場を見る。
「キリトさん、後は頼みます」
そして、俺の体は消滅した。
消滅する瞬間、シリカの絶叫が聞こえた気がした。
約束、守れなかったな………
キリトSIDE
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
シリカの絶叫が聞こえる。
レインが死んだ。
アスナも死んだ。
もう、戦う気もおきない。
床にはアスナの細剣が転がっている。
それに手を伸ばし、掴む。
軽いな………
右手に《エリュシデータ》を握り、左手にアスナの細剣を握り、のろのろと立ち上がる。
もういい、このままmアスナとの記憶を持って俺もアスナと同じところに行こう。
剣を振り下ろす。
技とも言えない剣を振る。
そんな俺に茅場は呆れたような顔し、溜息を吐く。
俺の剣を弾き、俺の胸を十字剣で貫く。
1ドットずつ俺のHPが減っていくのが見える。あと10ドット、あと5ドット
『信じてるよ。キリト君』
『キリトさん、後は頼みます』
その時、不意に俺は、かつて感じたことのない激烈な怒りを覚えた。
こいつだ。
アスナとレインを殺したのはこいつなんだ。
俺たちは一体何なんだ?
SAOシステムという絶対不可侵の糸に踊らされる滑稽な操り人形の群か?
システムが良しと言えば生き延び、死ねと言えば消滅する、それだけの存在か?
俺の怒りをあざ笑うかのようにHPバーがあっけなく消滅した。
視界に小さく映る紫の文字【You are dead】。死ね、という神の宣告。
そうはいくものか
「……まだだ」
体が消えかけていく中、俺は左手の細剣を握り締める。
「まだだ」
一歩、一歩、足を進める。
茅場が驚愕の表情を出す。
細剣を構え、
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
茅場の胸の中央を突き刺す。
突き刺す瞬間、茅場が笑った気がした。
茅場は目を閉じ、静かに攻撃を受け入れていた。
互いのHPバーが消滅する。
俺たちは互いに剣を突き刺し合った体勢で動かない。
これで………いいかい?
俺の心の呟きに応えるかのように、細剣の装飾が輝いた。
そして、俺と茅場の体は消滅した。
次回、エピローグ
そして、ALO編に突入!