菊岡さんが教えてくれた病院までタクシーを使い、タクシーが病院に着くとあたしは財布からお金を取り出し、運転手に押し付ける。
「おつり要りません!明日菜さん、早く!」
「ちょ、珪子ちゃん!落ち着いて!」
アスナさんの言葉も聞かずに、タクシーから飛び降りるかのようにして降り、アスナさんの手を掴んで走り出す。
自動ドア横の夜間面会口のガラス戸を押し開け、面会受付カウンターに走る。
菊岡さんから病院へ連絡が入ってるはずだから、そのまま、カウンターに居る看護師さんに、用意していた文言を言う。
「七○二五号室に面会のある綾野と結城です!」
ポケットから学生証を出し、看護師さんに見せる。
看護師さんが写真とあたしたちの顔を照合してる間に近くの見取り図で病院の構造を覚える。
照合が終わり、面会者パスを貰って、小走りでエレベーターを目指す。
エレベーター前のゲートにパスをかざし、金属バーが上がるや否や通過し、エレベーターの上へのボタンを押す。
エレベーターの扉が開くとすぐ乗り込んで、目的の階のボタンを押す。
扉が閉まりエレベーターが動き出す。
階を通り過ぎるごとに、穏やかな電子音が響く。
『お姉ちゃん』
手にしていた携帯端末からユウナちゃんの声が聞こえた。
これは、ユウナちゃんのコア・プログラムをあたしの持ってる据置型のサーバーに移され、必要時にALOにダイブしたり、現実で携帯端末を使って会話したりできる。
これをやってくれたのはキリトさんだ。
現実でもユウナちゃんと一緒にいれたらいいとレインと話してたら、キリトさんがユイちゃんと同じ方法で、一緒に入れるようにしてくれた。
「どうしたの?」
携帯端末のマイクに、囁き返しながら聞く。
『お兄ちゃん、大丈夫かな?』
「………大丈夫。信じてあげて。レインはユウナちゃんのお兄ちゃんなんだから」
『………うん!』
ユウナちゃんの元気のある声と同時に、扉が開く。
誰もいない無人の廊下をダッシュし、スライド扉の脇の金属プレートに書かれた番号を目端にチェックしながら探す。
部屋が見つかると、パスをプレートに押し当て中に入る。
中には密度自動調節型ジェルベットとその上にアミュスフィアを被って寝ている雫と和人さんが居た。
そして、ベットの近くの床で倒れてる看護師さんと、同じくベットの近くで、注射器を片手にノートパソコンで何かを見ている男の医者がいた。
その医者はわたしたちを見ると驚いた表情になる。
「な、何してるんですか!?」
見ただけで、この光景が普通じゃないのが分かる。
あたしの声に驚き医者は、持っていた銃のような形をした注射器を掲げる。
「で、出て行け!」
走って、注射器の先端をこちらに向ける。
あたしは、走ってくる向うのタイミングに合わせて屈む。
そして、素早く踵を相手の足の甲に目掛けて落とす。
ゴリッとした感触と、ボキッと言う音が聞こえた。
「ぐあっ!………おお!」
手から注射器を離し、膝をつく。
足元に転がった注射器を滑らせるように蹴り飛ばして、部屋の外に出す。
「こ、このガキィィ!!」
医者が飛びかかろうとするが、足を痛めてるため、動きが遅い。
あたしは医者よりも先に動き、足を振り上げた。
「せいっ!」
振り上げた足は、医者の足と足の間を通り、そして、股に当たる。
「!?…………」
医者は白目を剥いて、その場に倒れ込んだ。
「け、珪子ちゃん………強いんだね」
「殆どここまで動けたのが奇跡ですよ」
あたしは乾いた笑みを浮かべ、さっきまでの自分の行動を思い出す。
よくあんなこと出来たな、あたし。
床に倒れている看護師さんを明日菜さんと起こす。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ、ありがとう。少し体が痺れるけど」
きっとスタンガンか何で痺らせられたんだろう。
ちなみにさっきの医者は包帯を使って縛って置いた。
「それにしても、二人とも心拍数が高いわ」
看護師の安岐さんがそう言って、眼をモニターに移すと、『132bpm』と書かれていた。
VR空間で、恐ろしげなモンスターと対峙すれば脈は速くなる。
だが、レインとキリトさんはSAOで多くの死地を潜り抜けてきた人たちだ。
そんな人たちがこんなノーマルなゲームで脈が速くなるほど緊張したり、焦るなんて余程のことだ。
『ママ、シリカさん!壁のパネルPCを見てください!』
『回線を《MMOストリーム》のライブ映像に繋げるよ!』
ユウナちゃんとユイちゃんが叫んでそう言ったので、あたしたちはパネルPCを見る。
映し出されたのは二つの戦闘だった。
パネルには四つに分かれた映像が映し出され、四人のプレイヤーの背後から撮影してるようだ。
四つの内一つの映像のアバターの足元に小さなフォトンで《Rain》とあった。
このプレイヤーがレインなんだ。
べつの映像には華奢な体型の女の子が映ってたが、足元には《Kirito》とあった。
レインはガンブレードを持ったプレアデスという人と戦い、キリトさんはJ・Bごとジョニー・ブラックと戦ってる。
その様子をアスナさんは不安そうに見ていた。
あたしも不安でたまらなかった。
アルブスさんはプレアデスがスバルさんだと言ってた。
もし、あの人が本当にスバルさんなら、レインは本当に過去と戦っている。
一緒に戦いたい、戦いたいのに傍に行けない。
こんなに近いのに、とても遠い。
とても…………つらい。
『お姉ちゃん、お兄ちゃんの手を握って』
「え?」
『ユイちゃんが言ってたの。アミュスフィアはナーヴギア程、体感覚インタプラント完全じゃないって。お姉ちゃんの手の温かさならきっとお兄ちゃんに届くよ。だから、私の分までお願い』
「………そんなこと無いよ。ユウナちゃんの温かさもきっと届く。だから、一緒に応援しよう」
レインの右手に携帯端末を握らせ、その上から包み込むように握る。
隣のベットではアスナさんも同じようにしていた。
眼を閉じ、ただ念じた。
レイン、こっちのあたしにはこれしかできない。
でも、心ならずっと傍にいる。
だから、お願い。
無事に帰って来て。
優しくそっと、それでいて、しっかりと体温を乗せ握る。
その時、一瞬、レインの左手がかすかに動いた。