夜、皆が寝静まって、施設の職員全員が子どもたちが眠っている時に進めるべき作業をある程度完遂して、終業時刻になってからのこと。わたしは話声で邪魔にならないように外に出て、ある方に電話をかけていた。
時間は殆ど深夜。他の職員さんたちは挨拶をして帰る人がいたり、ちょっと残って仮眠する人がいたりしてる。
もう日が変わってしまうほどの遅い時間であることに内心申し訳なく思いつつ、この時間からしか自由にかける時間がないから仕方ないから許してほしいとも思い、相手が出るのを待つ。
『……もしもし?』
「もしもし、夜遅くに申し訳ありません。大総です」
最初若干警戒してそうな先輩ではあったけど、わたしの声を聞いてそれが解けたのを感じた。
『あぁ、大総か。珍しいな、お前から電話をかけてくるなんて』
「電話くらいはしてもいい、と言ってくださったのは先輩ですよ? ただ、こんな時間にかけてしまったのは申し訳ないです」
『いや、起きてたから大丈夫だ。今日の仕事はもう終わったのか?』
「はい、先ほど。先輩はこんな時間まで何を?」
『ぼーっとして今日の疲れを癒してたところだ。今日も結構ハードでな……』
「それはそれは……お疲れ様です」
ちょっとした世間話になる。遅い時間だから早めに済ませたほうがいいかなと思ってたけど、気が付けば先輩との会話が弾んでしまう。
『そういえば、携帯買ったんだな』
「え? はい、そうですけど……なんで分かったんですか?」
『番号だよ。前掛けた番号とは全然違ったし、番号の形が完全に携帯のだったからな』
「あ、なるほど。実はそうなんです。まだまだ操作には慣れなくて分かる子に教えて頂いてる状況ですが……」
わたしはどうやら携帯が苦手みたい。普段よく使う電話とかは大分慣れてきて間違いは少なくなったけど、他の操作にはどうしても慣れない。
アイちゃんばっかりに頼り切りなのは申し訳ないから早く一人で出来るようにならないと……でもこればっかりは時間でしか解決できないからなぁ。
『というか、携帯買ったんだろ? さりなちゃんと電話はしないのか?』
「あ、それです先輩。今回それで連絡したんです」
「……どういうことだ?」
改まった雰囲気になる先輩。そんな先輩にさらに申し訳ないと思いつつも、言葉を続けた。
「──さりなちゃんの電話番号、教えてくれませんか?」
一瞬、静寂が訪れた。
『──は?』
「あいや、これは本当にわたしが悪いんですけど……」
思い出しながら事情を先輩に話していく。
「帰る前日、さりなちゃんと先輩に携帯買いますってお話したじゃないですか」
『あぁ、そうだな』
「そこでこの施設の番号を渡したんですよ」
『……ってことはあれだな? 自分の番号は渡したけどさりなちゃんの番号は受け取ってないってことだな?』
「おっしゃる通りです……」
目の前に先輩はいないけど、思わず縮こまってしまう。
『まぁ……気付かなかった俺も俺だからな。気にしなくていいと思う。それより今から教えるから、明日にでもさりなちゃんに電話してやれ。多分お前からかけたほうがいいから』
「そうなんですか……?」
『迷惑になるんじゃないかって思って電話したいけどできないって状態みたいでな。事情は明日早めに説明しておくから、時間ある時にちゃんと電話するんだぞ?』
「はい……」
その後、電話番号を教えてもらって、メモ帳に記載。方法はアイちゃんのを登録したときのをすればいいはず。電話が終わったら登録しよう。
『……そうだ。ここまで来たらちょっとしたサプライズにしてもいいかもしれないな』
「サプライズ、ですか?」
『あぁ、内容なんだが──』
先輩からそのサプライズについて話をされる。それで喜んでくれるのかちょっと首をかしげて先輩に聞いてみたけど、絶対に喜ぶと言っていた。
だったら、それに従おう。遅くなっちゃった分、電話という形ではあるけど、いっぱい愛を伝えたいから。
『それで、お前は何時ごろからなら電話出来そうだ?』
「えっと、あんまり長くは取れないんですけど──」
──────
次の日のある病室。そろそろ夕方から夜になるような時間帯。そこに患者のさりなと、研修医の吾郎がいた。いつものようにアイを始めとしたB小町についてや、日常の他愛ない話などが行われている。
「え、おかあさんっていつも弁当自分で作って来てたの?!」
ただ最近ではその話題の中にあいに関する話だったり、吾郎とあいの高校時代の話をさりなが吾郎にねだってするようになったりもしてるようだ。
「あぁ。勉強もあったはずなのに、自分のだけじゃなくて施設の子たちの分の朝ご飯だったり夜ごはんだったりも作ってたみたいなんだ」
「すごーい……。おかあさんの料理、食べてみたいな」
「ま、今度来るときにお願いしてみたらどうかな? 多分ウッキウキで作ってくれるぞ」
「あー……うん、そうだね」
しかし変化はそれだけではなかった。
さりなの手元に握られている携帯電話。たまにちらちらと携帯の方を見ている。中々踏ん切りがつかないといった様子だ。
「……まだ、電話してないのかい?」
「……うん」
理由は以前さりなは吾郎に伝えていたものと同じ。迷惑になるんじゃないかっていうもの。
数回しかあって話をしてないが、さりなはあいがどんなところで働いてて、どんな生活をしてるのかを軽くではあるが知っている。そう、結構時間に余裕がなさそうで、疲れも溜まっていそうな生活をしてることを知っているのだ。
加えてあいがその仕事に誇りを持っているということも知っている。だからこそ、かけられないのだ。
「……おかあさんには、嫌われたくないから」
自分の中で存在が大きくなってきた故のことだった。そこがくずれてしまったら、壊れてしまったら、おかしくなってしまう。それをさりなは自覚しているのだ。
「……そうか」
吾郎は、これに反論はしない。内心は絶対嫌うなんてことはしないだろうし、なんなら電話かかってきたら喜んで出るに決まってるとは思ってるものの、これはさりなが勇気を振り絞れるかどうかの問題でもあるとして、敢えてここで深くつっこまないでいた。
そう。ここでは、だ。
「!」
途端、さりなの電話に着信が入る。相手は、さりなの登録してないものであった。
「……誰だろう?」
さりなは自分の番号をあいに教えてないことをあいが帰省した後で気が付いた。だからあいがかけてくることはあり得ないと知っている。
そのため誰か分からないのだ。あるとすれば、間違い電話くらいだろう、と。
「まぁ、とりあえず出てみたらどうかな? 間違い電話ならすぐに切れるだろうし、何かあったら俺が出るから」
「うーん、そうしてみる」
吾郎からの押しもあり、とりあえず出て見る事に。
「もしもし」
『──もしもし、聞こえてるかな?』
すぐに、気が付いた。そして反射的に叫ぶようにしてこの問に返した。
「──うん、聞こえてるよおかあさんっ!」
今日一番──いや、ここ最近で一番の笑みを浮かべ、大事そうに携帯を抱えながら、さりなはあいとの会話を始めた。
成功した、と吾郎はほっとした。そして同時に感じる。サプライズをしてよかった、と。
あいとの電話を我慢してた時のさりなは、ずっと先ほどのような雰囲気でありあまりよろしくないと思っていたため、ここで崩すことが出来たみたいで、吾郎はかなり安心したようだ。とても優しい目で目の前の彼女を見つめている。
「ねぇねぇおかあさん! 今度こっち来るときさ、料理作ってきてほしいな! おかあさんの手料理食べてみたい!」
さっきまでの表情はまるで嘘のよう。アイのことを話すくらいの明るい笑顔で、止まる様子のない会話。力が少し抜けるのを吾郎は感じた。
「──え、そうなの?! せんせが……」
突然吾郎に向けられる目線。不意をつかれ少し怯んでしまう。
「……うん、わかった。少しかわるね。はいせんせ、おかあさんから」
「あ、あぁうん……」
携帯を渡され、そのまま吾郎は耳元に置く。
「もしもし」
『もしもし、大総です。大成功でしたね、先輩』
「……そうだな」
あいの声ですぐに戻り、改めてサプライズが成功してよかったことを喜ぶ。
『本来は後で電話すべきなんでしょうけど、この後時間が取れるか怪しかったのでここで御礼を言わせてください。今回はありがとうございました』
「いや、こっちこそ急に頼んだのを引き受けてくれてありがとな。おかげで上手くいったよ」
『うふふ。お互い様、ですね』
「あぁ……おっと」
吾郎がふとさりなに目をやると、羨ましそうな目で吾郎を見ている。そんなさりなにくすっと吾郎は笑って、電話先のあいに告げた。
「さりなちゃんが待ってるからそろそろかわるな」
『あら。ではまた』
「はい、さりなちゃん」
「あっ……うん!」
吾郎から電話を受け取り、再び元気よく会話を始めるさりな。まだまだ話し足りない、という様子ではあったが、ここでさりなはあいからこう切り出された。
『あ……ごめんねさりな。そろそろ時間だから電話切らないと』
「えっ……もう終わりなの?」
『本当にごめんね。今日は、ここでおしまいにしてほしいな。また明日ね』
「! 明日もいいの?!」
『もちろん! だけどちゃんとお話できるのは今日みたいな時間だけだから、この時間帯だったら掛けてきてくれても色々お話出来ると思うよ』
時間の指定はあったものの、あいからの電話してもいいよという意図が含まれた言葉。本人から直接言葉で言われたのだ。もうさりなの中で遠慮する理由はない。
「この時間だね? ゼッタイ電話するから!」
『うふふ、待ってるね。じゃ、そろそろ切るね』
「うん! また明日ね、おかあさん!」
交わされる明日への約束。それだけで、明日への楽しみが湧いてきて止まらない。
「せんせ! おかあさんに番号教えてくれてありがとう!」
「どういたしまして。それより、早めに大総の番号登録しといたほうがいいんじゃないかい?」
「あ、そだね。すぐに電話出来るようにしないと……」
今日も夜は更けていく。ただしこれまでに比べ、非常に楽しい時間を過ごせた。
きっと、明日も今日みたいに続いていく。灯火が消えてなくなる、その時まで。
─────
「ふふ、喜んでくれて本当によかった」
アイちゃんを迎えに行っているその道中にしていたさりなちゃんとの電話が終わると、今の気持ちがするっと口から出てきていた。
先輩から提案されたちょっとしたサプライズ。予想より凄く喜んでくれて、とても嬉しかった。短い時間ではあったけど、凄く充実した時間になってたと思う。
そうだ、今度向こうに行くときに料理を頼まれてたけど、何を作ろうかな。
病気の関係で食べられないものとかあるだろうし、そこは先輩と相談しつつ、さりなちゃんの好きなものを作りたいな。
その辺りも含めて、明日の電話で聞いてみてもいいかもしれないね。
「……ん?」
ふと、携帯を確認すると、不在着信の通知が来てた。えっと番号は……アイちゃん? どうしたんだろう。
気になりはするけど、もうアイちゃんの迎えの場所まで後少しではあるし、とりあえず早めその場所に向かうことにしよう。
少し早足で歩いて、いつもの迎えの場所を目指す。そこに、アイちゃんはいた。
「あ、アイちゃ……ん?」
ちょっと、雰囲気が違う気がする。疲れてるって感じではなさそう。……本当にどうしたんだろう?
「ねぇアイちゃん、どうした──」
「お姉ちゃん」
顔を上げてこっちを見るアイちゃん。
「教えて。さっき、誰と電話してたの?」
その目には──黒い星が宿っているように見えた。
大総あい。
電話を少し使えるようになった女神様。
電話帳にはアイの他にさりな、吾郎の二名が登録されてる。
さりなと話すときには意識して“ちゃん“を外して呼んでる。
雨宮吾郎。
サプライズを企てたせんせ。
勉強とか色々大変みたい。
天童寺さりな。
話題に“おかあさん“が追加された系少女。
この日以来その時間が楽しみになっている。
星野アイ。
おや? 一番星のようすが……。