アイちゃんの迎えの途中にさりなちゃんと電話するっていう習慣が付いてから結構経った。仕事がすごく忙しくて有休を取ろうにも中々変わりが見つからないみたいで現状会いには行けてないけど、その分声でちゃんと伝わるように愛してる。
内容は、B小町についてだったり、先輩についてだったり、わたしについてだったりと色々ある。そこに加えて今日何があったとか、こういう発表があったねとかの何気ない話もしたりする。短い時間ではあるけど、たくさんさりなちゃんを愛することが出来て嬉しい。
当然だけど、さりなちゃんだけに愛を注ぐようなことはしてない。施設の子たちや、歳になって施設から離れて行ってしまった子、逆に住まいは施設ではなくなったけど就職先をここにしてくれて愛を与える側になったような子も、総て愛してる。
特に最近は、伝える側になってきている子がちらほら出てきてる。アイドルのアイちゃんを筆頭に、さっきも言ったここに就職してくれた子や、教師になった子とかもいる。
わたしの愛を受けてくれて、今度は愛する側になってくれている。これが続けていけば、きっと世界の総てが愛になる。うん、間違いない。
だから、今日も明日も総てを愛する。わたしの愛はいつかきっと、世界に繋がるから。
そう心の中で唱えながら、わたしは買い物から帰宅していた。手持ちのバッグやリュックはもうパンパンになっている。大量に必要だから、こうなるのも当然。これも愛に繋がるから苦は感じない。むしろこれによってさらにあの子たちを愛せると思うと、胸が高まった。
「おや、大総さん」
ふと、声をかけられる。聞き覚えしかない声だった。
「あら、カミキくん。こんにちは」
「こんにちは。……大荷物ですね」
「そうだね。まぁこれくらい慣れてるから平気だよ」
そういえば、カミキくんと会うのは久しぶりかもしれない。アイちゃんと同じ芸能関係の仕事をしてるからやっぱり忙しいのかな。
「よろしければ、お持ちしましょうか?」
「え? いやいや大丈夫だよ。カミキくんも何か用事があるんじゃないの?」
「あるにはありますがまだまだ時間に余裕があるんです。それにお久しぶりにお話などもできますし、是非ともお手伝いをさせていただけないでしょうか?」
「そこまでかしこまらなくてもいいのに……。でもわかった。じゃあ、これお願いしていい?」
「もちろん」
一番軽い荷物を手渡して、横並びになって歩き始める。
「こうして会って話すのは久しぶりだね」
「そうですね。忙しかったものですから」
「そっかぁ。あ、そういえばわたしが有休取ってたときも来てくれてたんだってね。ごめんね、その時いなくて」
「いえいえ。何か理由があってのことでしょうから」
にこにこと笑ってくるカミキ君。わたしが抱いてるこの子への印象は、出会ったときから大きく変わった。
一言で言うなら、素直になった。最初に比べて愛のおかげで歪んでたのが真っ直ぐになったし、裏が見えなくなった。会った時間はそんなに長くないのに、ここまでわたしの愛を受け取って変わってくれた。
今の笑顔を見せてくれるようになったのも、全部愛があってこそ。愛させてくれたこともそうだけど、これを素直に受け取ってくれた証拠が目の前にあることが、すごく嬉しい。
「そういえばカミキ君は、演劇のお仕事をしてるんだよね。やっぱり、お仕事は大変?」
「そうですね。大変だと思う点もありますが、やりがいもありますから」
「そうなんだ。まだまだ小さいのにすごいね」
「──あっ」
両手で持ってた荷物を片手に集中させて、空いた手で頭を撫でる。
まだまだこんなに小さい子でも頑張ってるんだ。わたしなんかが大変だとか疲れたとか言っちゃいけないね。
「でもね、無理はしちゃダメだよ? 元気でいるのが一番なんだから。ね?」
「……はいっ」
素直に返事をしてくれるカミキ君。
……うん、この子はまだ小さいけど、殆ど大丈夫だ。このまま何もなければ、ちゃんとした子になってくれるはず。
そのように、考えてた時だった。
「──大総さん。一つ、聞いていいですか?」
「? どうしたの、カミキ君」
こちらを向いて、先ほどのように笑顔ではなく、真剣な表情をして続けた。
「貴女にとって、“愛“とはなんですか?」
「総て」
即答していた。端的に言えば、これしかない。
「すべて、ですか?」
「うん、総て。例えばこうやって話ができてるのも、人間社会が形成されてるのも、世界が成り立ってるのも、全部愛があってこそ。何もかも愛という土台の上に成り立ってる。だから、“総て“」
話し終わってから、ちょっと難しかったかなとカミキ君の反応をうかがうと、意外と理解出来てそうだった。最近の子はすごい。
「もしそうならば、皆愛の普遍さを知ってるはず。愛を知らない子なんていないのでは?」
「……うん、そうだね。本来ならその通りだよ」
愛が存在するのは当たり前のこと。だけど──。
「愛があるのは当たり前。そう、当たり前になりすぎちゃったんだと思う。皆、忘れてきちゃってる。そこにあって当然で、覚える必要がないって思っちゃうから」
だから、と言葉を続ける。
「だから、わたしは愛するの。総てを。世界が愛を思い出すために。元々あったはずの素晴らしい世界に戻すため、その一要素になるためにね」
これが、わたしの答え。今持ってるわたしの根幹。これを聞いたカミキ君は──満足そうな表情をしてた。
「──やはり、貴女は女神だ」
とても、嬉しそうだった。この答えはカミキ君のお眼鏡にかなったみたい。
「あはは、女神なんて大げさだよ」
「いえ。貴女は間違いなく女神です。僕は貴女に愛され続けるためだったら、なんでもやりますよ」
「何もやらなくていいんだよ。そこにいるだけで何もかもが愛される権利があるんだから」
愛する、愛されるためにやるべきことなんて、あるわけがない。何もやる必要なんてない。そこにいるだけでいい。愛は、そういうもののはずだから。
あとちょっと女神は恥ずかしい。それにわたしよりもっと女神らしい人がいると思う。
そうやって色々話してるうちに、施設に到着。そこまで長い道のりではないけど、いつもよりもあっという間だった気がする。話をしてると時間が経つのは早くなるね。
「本当にありがとう、カミキ君。よかったらこの後、用事の時間になるまでゆっくりしていかない? 疲れたでしょ?」
「是非、と言いたいのですが……非常に残念ではありますがこの後ちょうどその用事の時間ですので、ここで失礼します」
「あら、そうなんだ……。残念」
わたしが指定した場所まで荷物を持って行ってくれて、そこで別れることになった。
「では、僕はここで」
「うん。また近くによったら来てね。今日の分も含めておもてなしするから」
「ありがとうございます」
それを告げた後、歩き出す。せめて見えなくなるまではここにいようと見守っていると、何か忘れ物に気が付いたようにカミキ君がこっちに振り返って歩み寄ってきた。
「──大総さん」
「カミキ君、どうしたの? 何か忘れ物?」
「いえ……すみません、最後に一つ確認したいことがありまして」
一つ呼吸を入れて、カミキ君は尋ねた。
「これからも、愛してくださいますか?」
──答えは決まっている。
「もちろん。もし不安になったりしたら、いつでもおいで? わたしは大体いつも、ここにいるから」
今、感じ取った。カミキ君は不安なのかもしれない。アイちゃんや他の施設の子とかと違って、この子はわたしと接することができる時間は短い。だから、わたしの愛が崩れないか心配なのかもしれない。
言葉でこう言っちゃうのは簡単。態度でも示していかなきゃ。
「──」
「大丈夫だからねぇ」
苦しくないようにそっと、カミキ君をこっちに引き寄せて、腕の輪の中へ。一瞬驚いたようだったけど、すぐに受け入れてくれた。
本当はもうちょっとこうしてあげたいけど、カミキ君も用事があるみたいだから、すぐに解放した。
「どうかな。これで安心できた?」
「──はいっ」
「そっか。ならよかった」
「えぇ。改めて決意できました」
すごく良い表情で、カミキ君は続ける。
「貴女が女神で居続けられるように、僕の全てを捧げます。だからどうか貴女は、これまでのように愛し続けてください。貴女が僕にしてくれたように」
それだけ言って、カミキ君は去っていった。
……ちょっと恥ずかしい言い回しもあったけど、演劇の人って皆あんな感じなのかな。そこまで崇めたりしなくてもいいのに。
今のわたしは、きっと皆の隣にいるくらいがちょうどいいと思ってるから。
でもどこか、カミキ君はなんか遠いって感じる。わざと遠くに居ようとしてるかそうじゃないのかは分からない。だけど他の子に比べてもかなり遠い。だからかな、ちょっと難しいって感じちゃう。細かいことなんて考えないでいいのに。
カミキ君も皆みたいにもっと近くにくればいいのになぁ。
─────
いつもの迎えの道、いつもの天気、いつもの電話。もはや日常になったさりなちゃんとの電話の時間。
だけどここ最近……いや、思えば少し前辺りから、それが変わってきている気がする。
「……ねぇ、さりな。体調悪かったりしない?」
『え……? だいじょうぶ、だよ?』
わたしの勘違いであればいい。だけど、前に比べて少し元気が落ちてきてるような気がしてならない。
「……それならいいんだけどね? 無理はしちゃだめだよーって思って」
『むりなんか、してないよ。だってほら、こんなに元気だから……!』
以前みたいに振る舞ってるようには感じる。だけど、なんとかそんな元気を出そうと頑張ってるようにも感じちゃう。
いきなりこうなっていったわけじゃない。思えば長い時間でゆっくりこうなっていってる気がしてる。わたしが気が付かないくらい徐々に落ちて行って、今こうなってる。そんな気がする。
『それよりおかあさん、きょうはなにがあったの……?』
「……そう、だね。今日は──」
だからといって、わたしは直接何かできるわけじゃない。先輩みたいにそういう関連の知識はないし、下手に動いて悪化させたくない。
それにさりなちゃんは、わたしとの電話を楽しみにしてくれてる。なら出来ることは、今みたいに楽しく電話することなのかもしれない。
きつかったり苦しかったりするなら無理しないでゆっくりしてほしいけど……。
「──あ、そろそろ時間だね」
『ぁ……そ、そっか。もうおしまい……』
「あんまり時間取れなくてごめんね。ホントはわたしもたくさんお話したいんだけど……」
だからほんの少しだけ、早めに時間だと伝えた。こうすれば焼け石に水程度だろうけどゆっくり出来る時間を多く取れる。
「じゃあ、また明日ね。明日はわたしからかけてもいい?」
『! いいの……? じゃあ、おねがいっ』
「うん、わかった。それじゃ、またね」
『うんっ』
電話を一緒に切る。……やっぱりさりなちゃん、空元気だった気がするな。
ちょっと今度の有休の時期、早めにしてもらえるように変更をお願いするべきなのかもしれない。
──その事がこの後も、頭の片隅から離れないでいて、夜の仕事をしている最中、先輩からこんな電話がかかってきた。
『さりなちゃんの容態が悪化し続けてる。そっちの都合もあることは十分承知しているが……頼む。あの子がまだ元気で振る舞えてる内に、会いに来てやってくれないか……?』
大総あい。
カミキ君に対してはもっと近寄ってきてもいいのになと感じてる。女神と呼ばれるのは恥ずかしいみたい。
さりなちゃんの元気がなくなってるっぽいのを心配してる。会いに行く予定は元々立ててたみたい。
カミキ君。
女神の意向とは若干ではあるがズレてるところもある子。
女神本人からハグという形で愛を直接受け取ったので、もう何でもできるし何でもやってしまうと思う。
さりなちゃん。
あいに心配されたくないからなのか、元気に振舞っている。