年を取れば取るほど、年月の歩みはあっという間に感じる。時間は早くなったり遅くなったりしてるわけでもないのに、不思議な感じ。
ここ数年の間、変わったことも多くあった。こう思うと、普段の日々は少しずつ変化していて、目に見えるようになるのはある程度経ってからなのかもしれない。
個人的に大きいと感じた変化は四つ。一つ目は、ここを巣立っていく子が出てきたってこと。入ってきた頃から愛してきた子が大きくなって愛を知って、普通になってくれたことだ。
元々愛を知らなかったんだとを感じさせないくらいに成長してくれて、かなり嬉しい。少し寂しいけど、それ以上に嬉しさが勝つ。たまに帰ってきてくれると、もっと嬉しいかな。
二つ目は、新しい子が入ってくるようになったこと。毎年のことだけど、色んな子がいる。引っ込み思案な子、喧嘩っぱやい子、勝ち気な子。だけど全員に共通してるのは、愛を知らないってこと。これからたっぷり愛してあげるから、覚悟をしておいてほしいな。
三つ目は、なんと先輩とほぼ毎日連絡をするようになったこと。先輩も忙しくなるだろうし、あまり理由もないから、さりなとの別れがあってからもう連絡は取らないつもりではあったんだけど、先輩のほうから取らないかと言われた。
とはいえ最初は先輩の迷惑になるだろうってことで、こっちからしないようにしてたんだけど、何故か先輩のほうからガンガンしてきてくれた。
そこでメールの返信方法を教えてもらったりして、今では基本的にメールでやり取りしてる。先輩から来たのを返す、くらいしかまだ出来ないんだけど。
そして四つ目。これが一番驚きというか、戸惑いしかないもの。それは──。
「……えっと、聞き間違いかな。もう一回お願いしてもいい?」
「うん。私、妊娠したよお姉ちゃん!」
現在アイドルとして活動してて、名前が売れてきてるアイちゃんからの妊娠報告のことだった。
「そっかぁ……」
……わたしもバカじゃない。アイちゃんよりも長く生きてきたわたしは当然、赤ちゃんがどういう風に生まれていくのかを知ってる。
アイドルは恋愛禁止、なんて言葉を聞いたことがあるけど、アイちゃんも人間だもんね。誰かと付き合って、結婚して、母親になっていっても全然おかしくない。
それにしてもそっかぁ……アイちゃん、ちゃんと誰かを愛せるようになったんだね。
「とりあえずおめでとう、でいいかな?」
「うん、ありがとうお姉ちゃん!」
嬉しそうなアイちゃん。うん、とってもおめでたいことなんだけど……いきなりすぎてお姉ちゃんずっと困惑中だよ、アイちゃん。
「それで、お相手さんは?」
「いないよ?」
「……へ?」
さらに、困惑が加速。……どういうことなの?
「いない、の?」
「うん、いない。いないんだよ、お姉ちゃん」
──言い聞かせてる? でも身ごもったことに対して嫌という感情は全然見えない。なら身体を売ったりしてるわけではない? そもそもこのことを斎藤さんは知ってるの?
さまざまな疑問が交差する。その一つひとつを大雑把に見て思考して、わたしなりの結論を出すことができた。
──自分の子ども、欲しかったのかな? だけど、父親は欲しくなかった?
なんでそう思ったのか。どうしてそうなったのかはわたしには分からない。だけど、アイちゃんがそれを望んでいるのなら……。
「──そっか。そうなんだね。改めて、おめでとう」
「うん、ありがとう!」
わたしにできることは、愛することだけ。アイちゃんが望んで妊娠してるのなら何も言うことはない。出来た赤ちゃんも、そんな結論を出したアイちゃんも、愛そう。
「ちなみにこのこと、斉藤さんには伝えた?」
「ううん、まだ。これから伝えようかなって」
「……それ、大丈夫?」
「んーと、多分」
すごく怒るだろうなと、すぐに想像できた。なにせ斎藤さんはアイちゃん以上に熱意を持って仕事に取り組んでる。きっと、アイドルという存在に強く愛を抱いているから。
アイちゃんを始めとしたB小町という存在に、斎藤さんはわたし以上に大きい愛を抱いてる。愛しているからこそ、怒るんだ。アイちゃんのことが心配だから。
考える。今日の自分の仕事を。緊急なものはない。ちょっと皆が帰った後も頑張れば終わるものばかり。だったら、大丈夫。
だけどこれだけは聞いておかなくちゃいけない。
「ねぇアイちゃん。アイちゃんは、この子たちを産みたい?」
優しく、アイちゃんのお腹を撫でて告げた。瞬間、アイちゃんはゆっくり、そして力強く頷いた。
「うん、産みたい」
理由は聞かない。目を見れば、ちゃんとしようとしてるってことは伝わるから。
けれど、まだ確かめる。それがハリボテかどうかを見極めるために。
「わたしは産んだことはないけど、かなり大変みたいだよ? すっごく痛いし、すっごく大変なことだってこれからあると思う。それに別に今じゃなくても産むことだってできる。それでも、産みたい?」
「……うん、分かってる。それでも、産みたいの」
感じる。アイちゃんが子どもたちを愛そうとしてることを。アイドルのときみたく、まだ形だけで中身は満タンじゃないみたいだけど、それでも愛そうとしている。愛に向かって真摯に向き合ってる。
──なら、きっと大丈夫。
「だったら、わたしは全力でアイちゃんをサポートする。アイちゃんが無事に産めるように、その後のことだってわたしにできることなら何でもやるよ」
「お姉ちゃん……」
「大丈夫、アイちゃんは一人じゃないからね」
ぎゅっと、抱き寄せる。……大きくなったなぁ、本当に。
わたしが出産のことをもっと知っていれば、体験出来ていれば、もっとアイちゃんに寄り添えたかもしれない。でもそんなたらればを言ってても仕方ない。
アイちゃんは産むと決めた。だったら、わたしはそれを手助けしよう。出来ることは何でもやろう。次の世代に愛を繋いでいくために。
「それじゃ、斎藤さんにこのこと話そっか。ちょっと待っててね」
ちょっとアイちゃんから離れて自分の荷物を置いてる場所に向かう。携帯と、普段からよく使ってる手帳を取るために。
これは結構大事な話。だからアイちゃんからよりもわたしから連絡すれば大事な話ってより早く察してくれるかもしれない。
手帳を何枚か捲る。確かここに斎藤さんに教えてもらった連絡先が書いてあるはず。……あった。
そのまま電話の画面を開いて、斎藤さんに電話を掛けた。繋がるか少し心配だったけど、少しすると繋がった音がした。
『はい、こちら苺プロダクションです』
あまり聞きなれない敬語での対応。斎藤さんに敬語で話されたのは最初以来だったから少し驚いたけどすぐに持ち直した。
「もしもし、いつもアイちゃんがお世話になってます。大総です」
『ん? あぁ! 嬢ちゃんか。久しぶりだなぁ』
「はい。その、ちょっとお話がありまして」
世間話もいいけど、今はそれどころじゃない。真剣な話であるという雰囲気を出し、斎藤さんの様子をうかがう。
『……なにか大事そうな話だな? どうしたんだ? アイに何かあったのか』
「はい、実はそうなんです。……アイちゃんが妊娠してしまったみたいで」
『はぁなるほど、アイがねぇ──はぁ?!?』
驚きの叫び声。思わず怯んでしまったわたしに、ガンガン質問を飛ばしてくる。
『アイが?! どういうことだ?! 相手は? アイは大丈夫なのか? 無理やりさせられたってことか?!?』
まだ怯んでいて中々回答こそできなかったものの、これを聞いていたわたしは内心嬉しかった。アイちゃんに対する強い愛が感じられる言葉だったから。やっぱりこの事務所にお願いしてよかったと心から思いつつ、なんとか怯みから回復して斎藤さんのその言葉に答えた。
「──いえ、そういうわけではないみたいです。とにかく、諸々をしっかりとお伝えしたいのでお会いできませんか? 勿論、アイちゃんも一緒に行きます」
『……わかった。こっちとしても受け入れる時間が欲しい。それにあまり話を広めたくない。だから1……いや2時間後にうちに来てくれないか? 場所は分かるかい?』
「はい、大丈夫です」
『あぁ……あと、すまない。つい大声を出しちまった』
「いえいえ、仕方ないですよ。わたしもさっき聞いたときは同じように声を出しちゃいましたし」
『あいつ、嬢ちゃんにすら今まで言わなかったのか……色々気になるが、一旦2時間後だな。じゃあ、また』
「はい。では2時間後に」
そこで、電話は切れる。
これからちょっと大変になるだろう。アイドル活動だとか、出産についてとか話合いも増えていくはず。
だけどもうわたしは決めてる。アイちゃんは産むと覚悟を決めていた。だから全力で手助けするだけだ。
出来ることは多分あんまりない。でもやれることはやろう。先がまだまだ長いこの子たちを導くのは、当たり前なんだから。
──────
今日の話し合いも終了。日も暮れて帰路について、いつも通り皆にご飯作ったりちょっと遊んだりした後寝かしつけて、後片づけを含めた普段の業務と、残していた仕事もなんとか終わらせて、わたしは一人外に出てぼんやりしていた。
「……」
仕事でほんの少しだけ疲れたってのもあるけど、それ以上に今日あったことのインパクトが大きすぎてまだ実感できてないってのもある。
結論から言うと、産むことになった。決め手はやっぱりアイちゃんが最後まで産むとしか言わなかったこと。途中で産むことは今このタイミングじゃなくて後からでも出来るとか、思っている以上に絶対大変だと斎藤さんが問いかけていたけど、それをも知ってるとアイちゃんは言ってのけた。
知ってなお産みたいと、強く言った。他の人に惑わされず、ブレずに言うその愛はすぐにでも本物になっていくと思う。
そんなアイちゃんに、斎藤さんは折れた。正直あんまり納得はしてない様子ではあったけども。
だけどここで問題が発生してくる。どこで産むかという問題だった。
アイちゃんは今や人気上昇中のアイドル。そんな中で活動拠点にしてるこの地域で病院に行ったらすぐにバレてしまうだろう。そのため、まだアイちゃんの存在があまり広まってないであろう地方の病院あたりがいいと。
けれどもある程度設備がしっかりしているところであってほしいともあった。これはごもっともだと思う。さてどこにしようかと首をかしげていたとき、わたしはふと思いついた。
先輩の病院とか、いいんじゃないかって。
さりなのお見舞いに行ったあの病院の規模は結構大きいものだったし、加えて今先輩は産婦人科の先生になってるという。さらに、あの当時からアイちゃんを始めとしたB小町について話していたのはさりなと先輩だけ。
それに先輩はさりなほど熱狂的って感じではなかったと思うし、何よりあの先輩なら信頼できる。ここ以外選択肢はないんじゃないかと思えたほどだった。
だからその場で提案した。まずはわたしからアポイントを取って、行けそうならそこにしようという運びになった。
「……起きてるかな、先輩」
携帯を見てみる。時間はもう日を跨いでる。流石に研修の時期と過ごし方も変わってきてるだろうし、日中はさらに忙しくなっているだろうから寝れる時間を寝ることに費やしてるかもしれない。
だけどわたしが取れる自由時間はこういう時ぐらいしかない。それに連絡は早めがいいはず。
「……あそっか、こういうときのためのメールか」
ちょっと説明はしにくいことだから出来れば電話で伝えたい。だからここはちょっと大切な話があること、文章にしにくいから電話で話したい事、電話はいつ頃ならしていいのかということを書いて、送ることにした。
──意外にも、返事はすぐ返ってきた。
内容も、今電話でも大丈夫というもの。早速先輩に電話をかけることにした。
「──もしもし、夜分遅くに失礼します。大総です」
『あぁ大丈夫だ。ちょうど起きてたところだから気にしなくていい』
久しぶりな先輩との会話。だけどやっぱり久しぶりという感じはしない。
『それで、早速内容を聞かせてほしいんだが』
どこか嬉しそうにも感じる先輩の様子。だけどまぁ気のせいだと思うし、この気になる部分を無視して内容を話すことにした。
「実は、施設の子の一人が妊娠してしまいまして……。加えてあまり話を大きくしたくないということで、そちらの病院で見て頂けないかという話です」
『……結構闇が深そうな話な気がするが、それは聞いていいものなのか?』
「はい、先輩でしたら大丈夫であると信じていますので」
『っ──』
一瞬、先輩の反応が途切れた。流石にこれには気になって声を掛ける。
「……先輩?」
『──あ、いや、なんでもない。それで、この病院でその子を診てほしいってことだな?』
「はい。正確には、先輩に診てほしいと考えています」
『分かった。引き受けよう』
「! 本当ですか! ありがとうございます!」
先輩にも先輩の予定があるはずなのに、すぐに返してくれた。……やっぱり先輩はすごい。
「それで、その子の詳細なんですけど」
『いや、それは言わなくていい。どんな子だろうが、俺は一人の患者として接するだけだからな』
「分かりました」
贔屓はしない、ということだろう。これも人への愛があるからこそできることだ。
『とりあえず、いつ頃こっちに来ようとしてるか教えてくれないか? 俺がいる時間と一致しているかを確認したい。病院に電話して一致してる日時で予約してもらえれば、俺が診れるはずだから』
「分かりました。それで、日程のことなんですけど──」
斎藤さんから事前に行くとしたらこの日、という日程は少し聞いていた。その日を伝えていって、どの日時なら先輩がいるということを聞いて、纏めていく。
この調整は意外と突っかかることはなくすぐに終了することが出来た。
『──よし、じゃあこの日時にしよう。すまないが、これで予約を頼む』
「分かりました」
『じゃあ、おやすみ』
「はい、おやすみなさい。色々とありがとうございました」
これを最後にして、電話は切れた。
何年経っても、先輩は先輩だ。何も変わってない。それが凄く嬉しい。
先輩が診てくれるなら大丈夫。心が大分軽くなった感じがした。
サポートの覚悟を決めた女神様。
子を産むという強い決意をしたアイを前にして、全力で支えようと決意。
年月は経ったもののその根底には愛があり続けてるという本当に昔から全くブレてないある意味すごい人。
妊娠しちゃってるアイちゃん。
お姉ちゃんが全肯定してるから心もめちゃくちゃ強い。
ただお姉ちゃんにも話してない何かを諸々抱えてそう。
折れちゃった社長さん。
アイ自身も、女神も産むことに賛成してるという状況で反対の立場を取り続けたが、折れちゃった。
これからのことを考えてめちゃくちゃ頭抱えてる一番の苦労人。
頼られたゴローせんせ。
初めて頼られたのでウキウキ状態だったりする。
ただ後輩には格好つけたいお年頃なので極力そういったところは見せないように振舞ってる。