──あぁ、あなたは僕に試練を与えているのですね。
女神様。現代に人の形をして誕生された祀られるべき存在で、僕の生きる意味。そんな女神様の様子を幾度も拝見していた時、気が付けたことだ。
女神様は、世界を愛で染め上げることを望んでおられる。そして僕はその存在に、その事柄に、全てを捧げようと初めて会った時から決めていた。
きっと、そんな僕を試している。僕が女神様に着いて行けるのかどうかを。
僕は、あの方の
──女神様は、孤高で在らなければいけない。
全ての者たちに同じようにとてつもない大きさの愛を与えられる。そこに『特別』はあってはならない。誰も女神様の"近く"に行ってはならないんだ。
つまりは、そういうことなのだろう。あぁ、貴女もひどいお方だ。この意図に気が付かせるためとはいえ、誰かと『特別』を装うだなんて。
いいでしょう。叶えて差し上げましょう。この試練、満足のいくように突破して見せましょう。
──全ては女神様、貴女のために。
──────
「ごちそうさま! 美味しかったー」
「ふふ、持ってきてよかった」
あいが持ってきたリンゴを食べ終わり、ゆっくりのんびりお話をするターンに突入。会うのは数週間ぶり。その嬉しさを二人は共有しあっている。
「それにしても久しぶりだね。思ったより結構元気そうでよかった」
「お姉ちゃんが来てくれたからだよー!」
「あら、嬉しい」
今病室には二人以外誰もいない。扉も閉まり切っているため二人切りという状態ではある者の、いつ誰が入ってきてもおかしくない。油断しないで"アイちゃん"呼びをしないように改めて決意した。
「それにしてもアオイちゃん……本当、大変でしょ? 双子みたいだし。一応持ってこれるものは持ってきたけど、何かこれがほしいってものがあったらすぐ言ってね?」
「……うーん、でもそうでもないかな。周りの人たちがね、結構手厚くしてくれるから、そんなに大変じゃないかも」
「そうなんだ。……この病院を選んで正解だったねぇ」
始めは、あいの先輩である吾郎がいるためにこの病院を選んだ。しかし先輩だけではなく、アイに接してくれる人たち全員がアイに優しくしてくれていることを知り、改めてあいはこの選択に間違いがなかったと感じる。
全員がきちんとした愛を持って患者に接してくれる。つまりそれは、子どもたちが無事に生まれる可能性が大分高いということ。それを嬉しく思い、あいは大きくなっているアイのお腹を撫でた。
「そういえば、もう名前とかは決めてるの?」
「あ、うん! 初めはお姉ちゃんに教えたくて、頑張って決めたんだよ!」
自分の荷物を漁りだすアイ。そこから取り出されるのは一冊のノート。
「じゃーん」
開かれたあるページ。はっきりと書かれていたのはたった二つの名前。
──星野愛久愛海
──星野瑠美衣
「……??」
一瞬、あいは固まった。そこに書かれている文字を何と読めばいいのか分からなかったからだ。
あいは既に成人しているしなんならアイより一回り近いほど年を取っている。加えて多くの人と接するような仕事をしているため、そこらの人よりは一見読めないような名前に関する知識も高い。
そんなあいでも読むことが出来ない文字がやってきてしまった。なんとか知識を総動員して読もうと頑張ったのだが、それでも正解らしき答えにたどり着くことが出来なかった。
「……ごめんアイちゃん。これなんて読むの?」
「えっとね、上から、『アクアマリン』『ルビー』だよ」
「……なるほど」
言われれば確かに読める。無理やりの当て字ではあるが。
「……」
あいは考える。この名前を貰った子どもたちのことを。
近年社会問題になってきているキラキラネーム。その子たちが大きくなって、独り立ちしたときにそのような名前であった場合、色々と苦労する面があるかもしれない。子どもと接することが多いあいだからこそ、深く深くこれについて考えてしまう。
流石にもう一回考え直してもらうように伝えるべきか、そうあいが思考している時だった。
「……!」
気が付く。開かれたページが一ページではないことに。そして決めた名前たちの周りには色んな名前のアイデアが書かれては消されているのが繰り返されていた跡があることに。
アイが人の名前を覚えることが少し苦手ということをあいは知っている。だからこそこのように奇抜でユニークな名前にしたのだろう。
加えて二人の名前にある『愛』という文字。少なからず意識して入れたのだということも推測できる。きっと、色んな思いを込めてこのような名前にたどり着いたんだということがあいには感じられた。
このようなアイの思いも否定したくない。しかしこの名前をつけられた子どもたちの未来のことを考えるとすぐにこれでいいんじゃないかとは言いづらい。少し考えて──あいは一つの折衷案を出した。
「……うん、いい名前だと思うよ。特に愛って文字が入ってるのは個人的には凄く素敵だと思う」
「ホント!?」
「うん。だけどね、せめてここは消してもいいんじゃないかな」
そうして指さしたのは愛久愛海の"海"の部分。
「多分これだけでマリンって呼ぶんだよね?」
「うん、そうだよ」
「アクアマリンってのは名前としては長いと思うんだ。ルビーに比べると二倍くらいあるし。だったらこれを抜いて、
キラキラ部分はあまり失われていない。しかし、アクアとアクママリンではかなり違う。
「それにね、名前ってこれからこの子たちの一生になるの。だって自分の表すものなんだから。そうなると書きやすさ、呼ばれやすさも大事になってくると思う。こうやって考えるのは数日かもしれないけど、この子たちにとっては何十年との付き合いになるから」
「……」
「出来ればもう一回、考え直してみて? それでもこれがいいっていうなら、多分それはそれで正解だと思うよ」
あくまであいは助言の域を超えない。アイはこれから親になる。子どもたちを引っ張っていく存在になる。いつまでのあいに頼りっぱなしというわけにはいかないからだ。
「……わかった、考え直してみる」
「うん、いっぱい悩んでいいんだよ。きっと親ってそういう事なんだと思うから」
あいの出会って来た子どもたちの中には、これ以上のキラキラネームの子もいた。推測でしかないが、あまり子どものことを考えていないような名前をもらい、棄てられてしまった子。もちろんそのような子もあいは沢山愛し、希望があれば改名の手続きをしてあげたりしたこともある。
だがノートの汚れ具合から見てアイは大丈夫だとあいは確信していた。きっとアイにとっての最善の結論を出してくれるだろう、と。
「──さ、堅苦しい話はここまでにして、またお話ししよっか。ね、さっき言ってた病院での生活について聞かせてくれる?」
「あ、うん! あのね──」
ここから考えるのはアイが一人になってからゆっくりするだろう。折角こうして久しぶりに話せるのだし話そうと、あいが話題を振って話が始まっていく。
なんでもないことから面白いことまで、話題がころころ移りつつも途切れることはなく、笑顔が絶えることはなかった。
面会終了となってしまうその時まで、二人は殆ど二人きりで一緒に過ごしているのだった。
──────
面会時間終了。また明日ということでアイとは別れ、あいは一人病院の外──正確には駐車場付近にいた。その立ち振る舞いから、誰かを待っているように見える。少量の花束を持ちつつ空を眺めて、ただひたすらにそこに居続けていた。
「大総」
ここで、待ち人来る。声のしたほうにいつもの笑みを浮かべ、振り向く。
「先輩、お疲れ様です」
「あ、あぁ、お疲れ。……すまん、待たせた」
「いえいえ、そこまで待ってませんから」
空はもう暗く、星が綺麗に見える。日が沈んで結構経ってることが予測できる。
そのまま二人は車に乗り込んだ。吾郎は運転席、あいが助手席。あいが吾郎に連れて行ってもらう形だ。なにせこれから向かうのは、車で行くことが前提となっている場所なのだから。
「すみません、よろしくお願いします」
「あぁ」
発進。病院から離れていき道路を走ってある場所を目指して進んで行く。
「それにしても……あの"お姉ちゃん"問題、思い返してみれば簡単な話だったな。というか俺から広めてしまった感じか、すまん」
「え? あの……結局何だったんでしょう? 齋藤さんにも考えなくていいと言われましたし、アイちゃんからもそれっぽいこと言われませんでしたし……」
「ん? 何ってお姉ちゃんはお前なんだろ? あの子もそう呼んでたし。てっきり年齢が近い別の人だとばかり思ってたんだが」
「……あ、あぁ! なるほど、確かにそうですね」
吾郎に言われ、ようやく話を理解したあい。長い長い勘違いが解けた瞬間だった。
「『お姉ちゃん』は言われ慣れてたので気がつけませんでした。てっきり他にアイちゃんに親しい子がいるのだとばかり……」
「お前今の今までそう思ってたのか……今日会ったときのあの反応からしてお前以外にいなさそうだと誰でも思うと思うが」
「そうなんですか? あれがいつもの感じでしたから」
「……そうなのか」
それにしては懐きすぎてる気がする、と内心で感じる吾郎。親のように慕う、というようならただ微笑ましいというだけで終わるであろうが、そのようには見えなかったよう。
そう、あれはまるで、片思い中の人が来てくれたときのような……。
「(……いや、まさかな)」
自分の推しが後輩に恋焦がれているという、ちょっとすぐに受け入れることが出来そうにない事象を一旦無視することにする。考えたくないことを考えないようにすることで、変に不安を抱かないようにするという処世術。
しかしこの思考が割と的を得てしまっていたことを、後に知ることになってしまうのだが。
「あの先輩、大丈夫ですか? 信号、青ですよ?」
「あ、あぁすまない。今出す」
時間が時間のためか、そこまでの車通りがなかったためにそこまで影響はなかったものの、集中せねばと切り替える。
「お疲れでしたら、運転代わりましょうか?」
「いや、大丈夫だ。……あれ、お前免許持ってたのか?」
「一応持ってます。まぁ、あまり乗る機会はないですけどね」
「なら猶更大丈夫だ。お前の横に座るのは怖い」
「まぁ」
くすくすと笑顔を崩さないあい。あいの言葉に、吾郎がちょっとしたからかいの意味を込めた言葉を返し、それをあいは楽しそうに受け止める。いつものやりとりだ。
「──さて、そろそろでしょうかね」
「あぁ」
しかしこのような雰囲気も、目的地に近づくにつれて落ち着いたものに変わっていく。車通りも人通りも少なく、夜ならば誰も来ることはないであろう場所。
到着。ここは、霊園だ。
「……」
無言で車から降り、まずは二人はある所へと向かう。そこは二人が看取った少女──さりなのお墓。
「──久しぶりだね、さりな」
お墓の前に立ち、しゃがみこんで同じ目線になってあいは話しかける。
「とはいっても、今回はちょっと早めですかね」
「そうだな」
二人でここに来るのは初めてではない。毎年さりなの命日の日には、あいが宮崎に来て一緒にお参りをしている。しかし今回はアイのためにやってきたということで、来たのだから顔を見せに行こう、ということになった。
「あ、ちょっと汚れてますね。拭かないと」
持ってきたタオルで拭いて汚れを落とすあい。その間に吾郎は近くにある手桶棚から手桶と柄杓を取りに行った。
このお墓は、吾郎とあいが出し合って立てたものである。当時、さりなが亡くなったことを母親に電話したところ、あまり話したくないといった様子であり、吾郎がさりなのお墓を立ててもよいかと聞いた際も、好きにしてくれとのことだった。そのため、こうしてさりながきちんと生きたんだという痕跡を、形にして残したのだ。
「……あれから、もうあんなに経つのか」
毎年ここに来ているが、年々とその間隔が短くなっているように感じる吾郎。今回の場合は本当に短いのだが。
「汲んできた」
「ありがとうございます」
柄杓で水を汲み、打ち水。その後花を変えてやり、線香をあげる。
「……」
合掌。目をつむり、天国にいるであろうさりなに心で語り掛ける。
「(さりなちゃん。きっと君がいれば、今の状況に驚きっぱなしだろうな)」
推しが宮崎にやってきただけでも驚きなのに、自分の入院してた病院で妊婦として入院。加えて"おかあさん"と慕っていたあいがアイドルアイの保護者で、しかもめちゃくちゃ仲が良い。それこそ、さりなとあいの仲くらい──いやもしかしたら、それ以上かもしれないが。
目を開け、ふと横に目をやると、そこには未だに合掌を続けるあい。
こいつもこいつで話したい事いっぱいあるんだろうなと、その様子をじっくりと眺めることに。
その間、思考はさりなからあいのことに切り替わる。
「(大総は……本ッ当に変わらないな)」
さりなが亡くなって多少ながら時間は経った。吾郎は自分でもあの時から多少なりとも変わったと言える。どうしても心にはさりなという存在がいてしまうのだから。
しかしあいにそんな様子は一切ない。今日もまるでいつものように、施設の子たちと接するかのごとく、直接愛しに来ているだけのように見える。死を引きずっているとか、さりなのことで寂しく感じているとか、そのような雰囲気は感じ取れなかった。
そう、変わらなさすぎるのだ。
「……」
メールで頻繁にやり取り──とは言っても基本的に吾郎からのメールにあいが応えるというのだけではあるのだが──をするようになり、何にも接点がなかった以前に比べると比較的良い関係になっているであろう。だが、そこまでなのだ。それ以上の手ごたえを何にも感じていなかったのだ。
だから今回頼ってきたことに吾郎は凄く心が揺さぶられた。多少は心を開いてくれるようになったのかと思ったから。
しかし今日接してみて吾郎は気が付いてしまった。
あいは、何にも変わっていなかったのだということに。
「──よし……っと、先輩?」
「もういいのか?」
「はい。たっぷり愛を伝えてきました」
「そうか、ならよかった」
線香を消し、二人で手桶などを片付けに行く。
「それにしても、最近ここに来る時間が早まった気がします。もう私たちもおじさんおばさんなんですねぇ」
「お前もか。というか、あんまりそういうこと言わないでくれ……」
「大丈夫です。先輩はまだまだ若く見えますから」
「それを言うならお前のほうがが若いだろ。多分芸能界でも全然通用するぞ?」
「まぁ、口説かれてます?」
「事実を言っただけだ」
「うふふ」
雑談をしながら、帰宅のためそのまま駐車場へと向かう二人。
「──なぁ大総」
道中、吾郎はふと声に出してしまう。
「俺は──」
──俺は、お前を支える柱になれてるだろうか。
「……先輩? どうしました?」
無意識だったのか、自分の口からその思いが出掛けていたことに一瞬戸惑い、フリーズ。すぐに戻って、言葉をひっこめた。
「……いや、なんでもない。それよりお前夕食は?」
「実はまだなんです」
「ちょうどよかった。俺もなんだ。よかったら食べに行かないか? その後は、お前の宿まで送るよ」
「いいですね。お願いします。この辺り何があるかは知らないので、お任せしますね」
「あぁ、任せとけ」
何にせよ、後輩のためにも関係はさらに深めてきたい。なら飯だろうとして食事に誘い、見事に釣れた。
折角だから宮崎の美味しいものを食べてほしいということで、連れていく店のピックアップを脳内で始める吾郎なのであった。
大総あい。
子どもたちと接するため、名前に関しては一般人より敏感だったりする。長く生きてるからある程度の常識は備わってるみたい。でも否定はしない。
あとようやく誤解が解けた。確かに呼ばれ慣れてるし、"お姉ちゃん"って年齢でもなくなってきてるからね、仕方ないね。
星野アイ。
お姉ちゃんに会えて最高に嬉しい人。
ウッキウキで名前提案したら、あまり良い反応を貰えなかった。お姉ちゃんに諭され、改めて子どもの名前ということについて考えるように。
雨宮吾郎。
後輩は何にも変わってないって感じてしまった人。
あと二人の関係についても(本人にとっては)変な思考に走ってしまった。
両方正解。
???
全ては女神様のために。