上手く書けていると嬉しいです。
一体どうしてこうなったのだろう。
その思いが今の俺を支配していた。
アイの子を取り上げるつもりでいたのに、一時帰宅の最中変な男にアイのことを知っているかのような言い方をされ、黙ってもらうように逃げたその子を追いかけたら崖から落とされて、気が付いたらこうなっていた。
最後に殺意たっぷりの何かを言われた気がするが……それは一旦置いておこう。
結論から言おう。どうやら俺は転生してしまったらしい。それも──。
「よ~しよし。いいこでちゅね~、愛久愛海~っ」
──前世から推し続けて、何なら俺の患者であったアイの子に、だ。
最初はめちゃくちゃ困惑したし、『あ、無事に出産成功したんだな』のようなどこか他人事のような感想すら抱いた。
しかし徐々に、推しであったアイが俺を甘やしてくれるという天国のような空間であることを理解し、そこから甘えまくっていた。
あぁ、なんて最高なんだろう。転生出来て幸せだ。……そう、思っていた。
そう、俺は忘れていたんだ。母となったアイのことを知っているのは、そのプロダクションの社長や社長夫人だけではなかったということを。
そいつが俺のような赤ん坊を放っておくはずがないのだということを。
「アイちゃん、ただいま」
「あ、おかえりお姉ちゃん!」
ここで、別の者が家に入ってくる。
「大丈夫だった? 疲れてない?」
「ううん、大丈夫。アクアったらね、すごく心地よさそうにしてくれるの!」
「うふふ、そっかー。良い子だね、アクアくん」
大総あい。雨宮吾郎の後輩で、愛の化身。児童養護施設の職員をしており、大人子ども問わず今まで多くの人を愛してきた存在。
ここはアイの家ではあるが、当たり前のように別の場所に住んでるはずの大総がよくここに来る。
だけど、そりゃそうだって話ではある。アイも、社長夫人も育児の経験はないらしい。そこに、育児経験豊富で事情を知ってるし、アイを幼少期から見てきたであろう人間。
当然、大総を頼る。俺が当事者でもきっとそうしてしまうし、あいつも快く引き受けるだろう。それくらいにはあいつは愛することに関してスペシャリストだ。
それの何が俺の中でよくないのか。むしろ良いことだと、アイの負担が減るし、赤ん坊の面倒をよく見るなら最高ではないかと、多くはそう思うだろう。
正直、その通りだ。だがこれは、俺の、雨宮吾郎のとしての俺が囁くのだ。
──後輩に赤ん坊として甘えるのはキツイッッッ!! と。
俺の中で大総はどうやっても後輩だ。加えて、俺はむしろこいつに頼られる存在になりたかった。それを成し遂げられず、こいつに甘えることはどうしても出来ない……!
いや、あいつの愛が決して悪いわけじゃない。むしろこの身体はあいつの愛をもっと欲していると言ってもいいくらい。
何せあいつの育児は完璧だ。泣けばその意図を大体察してくれるし、ミルクは適切な温度になっており、味もいい割合で作られてる。これ以上ないくらいに最高なのだ。
だけど、それでもあいつに甘やかしてもらうのはどこか罪悪感もそうだし気恥ずかしい……! それにくん付けで呼ばれるのも、かなりむず痒い……!!
「よしよし」
「……ぅやぁッ」
「あら……やっぱりママじゃなきゃダメなのかな?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんの良さは大きくなったらきっとわかるから」
「だといいけどね」
あぁ、すまない大総。お前にそんな悲しそうな顔をさせるつもりはないんだ。だけど恥ずかしいんだ! 無理だと思うが、どうか察してくれ……!
──はんぎゃあああ!
向こうにあるベビーベッドから泣き声が響く。もう一人のここの住民、俺の双子の妹の星野瑠美衣だ。先ほどまで眠っていたが、どうやら起きたらしい。
「わたしが行くね」
「あっ、ありがとうお姉ちゃん」
どうやらあいつも転生者のようで、さらに俺以上と言っていいくらいB小町の、アイのファンだった。……人のスマホを勝手に借りて、SNSでアイのアンチとレスバトルするくらいの。
ルビーは、かなりのお転婆娘だ。アイに対しても俺以上に甘えるし、授乳を躊躇なく受け入れる。
「よっと、よしよし。どうしたのかなー?」
「……」
「……あらあら、うふふ」
だけど大総に対してだけは、凄くしっとりとした甘え方をする。今も二度と離れたくないと言わんばかりに、抱っこしている大総をぎゅっと掴んでいる。
今でこそ多少軽減しているが、最初に大総とルビーが会ったときなんかは凄かった。泣きはするけど絶対大総を離さないし、珍しく大総も困惑気味だしでカオスだった。
正直、ほぼ毎日のように大総は来てくれるのだから、そろそろ慣れてもいいと思うんだが……。というか、あんまり中身が得体のしれないやつを大総に甘やかせさせたくない。
そいつが裏ではアイの厄介ファンだと知ったら流石の大総も……いや、ないな。あいつはどんなやつであろうが変わらず愛するやつだった。
「ルビー、お姉ちゃんが大好きなんだね」
「そうみたい。昔のアイちゃんを思い出すかも」
大総、なんだそのエピソード。聞きたい。だけどここでしゃべったら変に思われるから出来ない……!
……まぁ、それにしてもルビーの大総への甘え方は異常だ。あいつの前世は詮索するつもりはないが、もしかして大総のことを知ってるやつだったりして……な。
それこそ、どこかさりなちゃんに近いようにも見える。だけど大総のことだ。こんな感じで甘えてくる子にいっぱい会って来ただろうから、一概にそうとは言えないだろう。あと俺の知ってるさりなちゃんはこんな感じではなかった気がする。そうだと思いたい。
「そういえばアイちゃん、今日から復帰なんだってね」
「うん、生放送みたい」
「そっかぁ。大変だろうけど、頑張ってね。ここで見て応援してるから」
「! 見ててくれるのっ!? じゃあ私すごく頑張るよお姉ちゃんっ!」
「うふふ、楽しみにしてるね?」
大総が見ると言った瞬間露骨に元気になったアイ。……やっぱり、姉として慕ってるとはちょっと違う気がするんだよなぁ。
「──よ、アイ。そして嬢ちゃん」
「あ、社長! と、奥さん」
「お二人とも、お疲れ様です」
そこへアイの所属する苺プロダクションの社長の斎藤壱護さんと、その夫人のミヤコさんが訪れる。どうやら、まもなく出発のようだ。
「これからアイを現場に連れて行く。嬢ちゃんもそろそろ仕事もあるだろうし、ここからは妻にお願いしようと思う」
「いえいえ、大丈夫ですよ。帰ってこられるまでは見ておきますから、お二人でアイちゃんをお願いします」
「そ、それは流石に申し訳ないわ大総さん。結構お仕事は忙しいとは聞いてるわよ……?」
「最近はそれで大丈夫という風に言われていますので問題はないですよ。心配してくださってありがとうございます、ミヤコさん」
「だけど……」
ミヤコさんと大総は最近結構話をする。主にミヤコさんの愚痴を大総が優しく受け止め、慰めるといった形ではあるのだが。
「んー……でしたら、ミヤコさんも一緒に居ていただけますか? 双子なので、一人だと厳しいかもしれないので」
「えぇ、分かったわ。正直、大総さんが居てくれると心強いの」
「あら、嬉しいです。じゃあ、ご飯はミヤコさんの分も一緒に作っちゃいますね」
「え! ズルイ! 私もお姉ちゃんのご飯食べたい!」
「ちゃんと作り置きしてるから、帰ったら食べてね? あ、斎藤さんのも作っておいても大丈夫ですか?」
「お、おぉ……すまないな嬢ちゃん」
「いえいえ、わたしが出来ることはこれくらいしかないですから」
お前、相当凄いことやってるんだが……自覚ないよなぁ、それが当たり前なんだからな。
「あ、ねぇねぇ、子どもたちも現場に連れて行けないの? そしたらお姉ちゃんも一緒に直接見てくれるのに」
「バッ、お前そんなことやってバレたら全員地獄行きだ。あとさんざん言ってるが、その子らは俺達の子であるという体で動いてくれよな」
「はーい、面倒くさいよねールビー?」
「アイちゃん、その子アクアくんだよ」
アイは名前を覚えることが苦手らしい。だが、自分の子どもの名前まで間違えるとほどだとは思わなかった。
そしてだが、やはり俺やルビーはアイと普通の親子のように過ごすことは難しいらしい。まぁ分かっていたこととはいえ、仕方ない。
「時間も押してるし、そろそろ行くぞ。ほら、その子をミヤコへ」
「はーい。じゃあ、二人をお願い」
「うん、行ってらっしゃい」
「あ、お姉ちゃん! これからの生放送、ちゃんと見ててね!」
「うふふ、はーい。しっかり見るからね」
そのまま、アイは社長さんに連れられて行ってしまう。残ったのは、俺と俺を抱っこしてるミヤコさん、大総と未だ大総にしがみついてるルビーのみとなった。
「じゃあ、時間ですしご飯作っちゃいますね。アクアくんをお願いします」
「えっと……大丈夫? ルビーを抱っこしながらって」
「大丈夫ですよ。絶対落としませんから」
「いやそういうことじゃないのよ……?」
ミヤコさんが俺の面倒を見てくれることになったようだ。正直有難い。大総に面倒見てもらうのは、やっぱりまだきついところがあるからな……。
ちなみに、料理の最中ルビーはしがみついたまま眠ってしまったようだった。……あいつ、めちゃくちゃ大総のこと好きだよな。
そういえば、まだその理由は聞いたことがない。今度聞いてみてもいいかもしれないな。
──────
「つ……つかれた……」
「お疲れ様です。後片づけも終わりましたし、眠っていても大丈夫ですよ」
「いやでも、大総さんも疲れてるでしょうに、私だけそんな……」
「慣れていないことなので仕方ないですよ。ささ、お休みになってください」
「……ごめんなさいね。じゃあ、少しだけ……」
ベッドの方にミヤコさんを送る。リビングに残っているのはわたしとアクアくんと、ベビーベッドで眠っているルビーちゃんだけ。
本当なら、アクアくんも寝かせてわたしは職場に帰るべきなんだろう。まだまだ愛さなきゃいけない子もいるし、仕事も溜まってきてるはずだから。
でも、帰らない。だって、今日はアイちゃんが出る生放送があるのだから。ここで見るって、約束したんだから。
『B小町の皆さんでーす!』
登場した。どうやら、歌のパフォーマンスもあるみたい。
「……ん? アクアくんも興味あるのかな?」
じっと、テレビのほうに注目してるアクアくん。ママがそこにいるって、分かっちゃってるのかもしれない。
ルビーちゃんもだけど、二人はすごく賢い気がする。今までの赤ちゃんとは違って、一つひとつの行動に意志を感じるというか……。不思議な感覚だった。
『あ、ご飯と言えばこの前ウチの子がね──』
「ブーッ!」
『──じゃなくてウチの子猫がね! 休養中に飼い始めて……』
うちの子って言葉を聞いた瞬間、アクアくんは吹いた。確かにあまりよくない発言ではあったかもしれないけど、これを聞いて反応してるってことは多少言葉の意味を理解してるのかもしれない。
……まぁ、何であろうと愛することには変わりない。
生まれてきてくれた、それだけで愛される資格があるんだから。
『それでは『サインはB』です! お願いします!』
──歌が、始まる。
久々に聞いたけど、やっぱりすごい。
込められてる愛が、形だけじゃなくなってきてる。満たされてきてる。全部ではないけど、最初に比べると大きい進歩だ。
それに、どこか張り切ってる気がする。もしかして、久しぶりだから気合を入れてるのかな。それとも、子どもたちが見てくれてるって分かってたりするのかな。
どこか、惹きつけられちゃう。きっと、これがアイドルなんだろうな。
子どもを産むって経験がどこかで生きてるのかもしれない。それ以降かな、段々と愛に中身が出てきたような気がする。
このままいけば、総てを愛せるようになる。日本中を、世界中を。
アイちゃんなら、きっと出来る。勝手だけど託してしまおう。
──わたしがいなくなっても、世界中を愛で包み込んでくれますように……。
……いなくなるつもりなんて微塵もないけれど。なんとなく、そういう気分だった。
大総あい。
変わらず愛し続ける女。アイに勝手にお願い事をする。
星野アイ。
画面の向こうのお姉ちゃんのことしか考えていなかった。
実はこういう場でお姉ちゃんの話はしない。お姉ちゃんの良さを広めたくはないという意図があったりする。
星野愛久愛海。
推しにはいいが、後輩に愛されるのはしんどいところがある様子。
とはいえ嫌ってるわけでもないので、罪悪感もあるのだとか。
星野瑠美衣。
あいにだけしっとり甘える。まるで夢ではないかを確認するように。