あいの女神様   作:エンゼ

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もっと早く書けるようになりたい


22話

 いつものように、自分の家ではなくて人の家のリビングにいる。もう実質ここが自分の家だと言っても過言ではない。

 

 そして今日もいつものように、双子の面倒を朝から見続けて、倒れるように眠る日々を過ごすのだろうと考えていた。だけど、不思議と今日は夜になってもなお元気。そこはやっぱり、今寝室でその子どもたちとその母親に子守歌を歌っているあの人のおかげなんだろう。

 

 ──♪

 

 聞こえてくる歌声は、ゆったりとしていて非常に心地がいい。扉越しで聞こえるのに、気を抜けば瞼が下がってきてしまいそうなほどに。短くはない付き合いになってきたけれど、こんな特技があったなんて初めて知った。

 ……今度機会があったら、歌ってもらおうかしら。

 

 そう思っていた最中、寝室とリビングを繋ぐ扉が開き、件の人物がこちらにやってきた。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 大総あいさん。星野アイさんの抱える闇深事情を把握している数少ない一般人。子どもたちの育児を自身の仕事をこなしながら手伝ってくれている凄い人で、愛に関して真摯に向き合っている人。

 

 今こうして私と大総さんが一対一でいるのは、今日の昼に大総さんの方から誘ってきたため。思えばこんな感じで話をする機会は無かったからちょっと新鮮な気分。仕事で忙しいだろうし、話をするとしたら前から仲が良いらしいアイさんや一護あたりだと思っていたから。

 

「大丈夫よ。……それにしても、心地の良い歌だったわ」

「ありがとうございます。久々だったのですが、上手く歌えてよかったです」

「久々ってことは、前もやっていたの?」

「はい。昔アイちゃんたちを寝かせる時によく歌ってました。最近施設の皆は寝つきがいいので、あまり歌ってきてなかったんですが、アイちゃんからリクエストを受けちゃって」

「そうなの」

 

 仕事の中で身に付いたスキルみたい。流石大総さん、と言った感じだ。

 

 ただ、施設の子たちやあの子たちに対しての子守唄だけで留めておくというは、どこか勿体ないような気がしてならない。

 

「ウチで歌手デビューとかしてみない? 今からでも十分やっていけるとは思うわ」

「まぁ」

 

 冗談大半、一部本気の部分もありながら、軽い感じで誘ってみる。大総さんは手で口元を隠して嬉しそうに笑った。

 

「お上手ですねミヤコさん。かなり前にはなりますが、似たようなことを斉藤さんに言われましたよ」

「あら、そうなの?」

 

 完全な冗談として受け止められたみたい。というか、一護も誘っていたのね。気持ちは凄く分かるわ。

 とはいえ、芸能界に大総さんは似合わなさそうだから、これは断られてよかったのかもしれない。

 

「はい。芸能人としてデビューするには年を取りすぎてしまいましたし、施設の仕事もありますからお断りしましたけどね。当然冗談でしょうけども」

「ルックスは十分若い方だと思うわよ?」

 

 確か大総さんは、年齢だけを見れば確かに若者とは言い難いはず。だけど、然程化粧だったりはしていないはずなのに、若々しい。幅広い年齢層の子どもたちの相手をしていたり、こっちの育児に参加していたりしてるのに、どうしてそんなに若さを保っていられるのか、不思議でならない。

 

「ふふ、ありがとうございます。──さて、ミヤコさん」

 

 冷蔵庫に向かい、戸を開ける大総さん。取り出されたのは、二缶のアルコール飲料。

 

「お酒は好きですか? 折角ですし、飲みながらお話しましょ?」

 

 奇しくもそれは、私の好きなお酒であった。

 最近は育児をしているということもあり、全く飲めない日々であった。だから飲めるというなら、素直に嬉しい。

 

「えっと……私はいいけど、大総さんは大丈夫なの?」

 

 これは勝手な妄想だけど、大総さんはお酒を飲むような人ではないと思っていた。単純に飲むイメージがないというのもそうだけど、仕事のこともあってなおのこと飲めないのではと思ったからだ。

 

「嗜む程度でしたら大丈夫です。それに、明日はお休みをいただいてるので」

「そうなの……?」

「えぇ、明日のライブに行くと約束してましたから」

「ライブ? ……あぁ、なるほど」

 

 そういえば、明日はアイさん所属のB小町のライブがある。大方そこに誘われた、という形なのだろう。

 

「気にしなくてもいいって言っていたのは、そういうことだったのね」

「はい」

 

 実は大総さんと私は、育児を始めてから完全に初めましてというわけではない。アイさんが妊娠する前のライブで会ったことがあるし、なんならその前からアイさん経由で色々と聞いていた。

 

 曰く、アイドルになったきっかけでもあるそう。確かにアイさんは大総さんに凄く懐いている。幼少期からの付き合いらしいし、施設でアイさん含めた子どもたちに愛情を注いでいたらしいから、そこまで不思議ではない。

 

 もしかしたら、恩返しをしようとしているのかもしれない。大総さんから受けた愛で、アイドルとしてここまでやっていけてるんだよというような。

 

「ライブはそんな早くに開催ではなかったものね」

「そうですね。睡眠時間も含めるとアルコールは抜けきると思うので。ということで、飲みましょうか」

 

 缶を受け取り、プルを引っ張る。

 カシュ、の音と共にお酒の匂いが漂い始めた。

 

「「乾杯」」

 

 ──カンッ

 

 互いに缶を当てあい、そのままごくりと酒を喉に流し込む。久々に飲んだけれど、やっぱりおいしい。求めていたものがやっとやってきた、そんな感覚がする。

 

「──ん、やっぱりおいしいですね。久々に飲みましたが、たまにならいいですね」

「あら、大総さんもこのお酒好きなの?」

「はい、飲みやすくて。今のところこれが一番です。

 ……あれ。"も"ということは、ミヤコさんもこれ好きなんですか?」

「えぇ。大総さんが言っていた理由と同じだけれどね」

「ですよね。うふふ、好きなものが一緒ですと、何か嬉しいですね」

 

 アルコールが入ると人間、どこか酔いの状態になってしまうもの。大総さん、割とごくごく飲んでいるからそれが顕著に出てくるものだと思うけど、様子は普段と変わっていないように見える。

 結構、お酒に強いタイプなのかもしれない。

 

「それにしても、大総さんってお酒を飲む方なのね。嗜む程度ならってさっき言っていたけど、仕事柄あまり飲めないでしょうに」

「そうですね。アルコール臭が子どもたちにはよくないのもそうですが、仕事に支障をきたす場合もありますし」

 

 そう。こうして大総さんがお酒を飲んでいる光景は、付き合いが短い私でもすごく珍しいことなんだろうなとわかる。だけど大総さんは今飲んでいるものを好きだといったり、久々とも言っていたりしていた。少なくとも一回は、飲む機会があったということになる。

 

「なら大総さん、初めてのお酒はどこで味わったの? 気になるわ」

「施設の職員さんとです。ご存じかもですが、実はわたしも施設育ちでして。20歳になった記念ということで、飲ませてもらったんです。そこでこれと出会いましたね」

「そうなのね」

「はい。それ以降は機会に恵まれなかったので、今日は初めてお酒を飲んだ時以来になりますね。……ん、おいしい」

 

 つまり、二回目。なのにこの飲みっぷり。慣れではなく遺伝であろうか。何にせよ、大総さんは飲めちゃう方だと知れた。飲み友達が出来たみたいで、少し気分が高揚する。

 

「さて、お酒だけでは少々進みにくいでしょうから……ちょっと、待ってくださいね。じゃーん」

 

 その場に立ちあがり、再び冷蔵庫へと向かった大総さん。戸を開けて取り出されたのは──耐熱容器に入ったおつまみ。

 

「実は手作りなんです。お箸も持ってきますね」

 

 どうやら、夜ごはんを作ったときにちゃちゃっと仕上げたらしい。

 ……その、ちょっと大総さん凄すぎない? 至れり尽くせりで……申し訳なくなってくるわね。

 

「どうぞ」

「いただくわ……おいしい。全部やってもらっちゃってごめんなさいね。後でお酒代や材料代は出すから」

「いえいえ、わたしから誘ったんですから、これくらいさせてください」

 

 なんでもないように微笑んでいる。

 なんというか……強い人だ、と感じた。ただ、逆にこれくらいの温かい心の持ち主だからこそ、仕事を続けられるのかもしれない。

 

 だけど、大総さんだって人間だ。仕事に一切の不満をもっていないということはあり得ないはず。折角だし、この場で色々聞いてみることにした。

 

「それにしても、大総さんは大変でしょう? お仕事に加えて、こっちに来て育児の手伝いだなんて。こっちとしてはありがたいけれど、実際どう? 大変じゃない?」

「まさか! そんなわけない……ならよかったんですけどね」

「あら、そうなの?」

 

 まさかの返答だ。十割くらい「そんなわけない」と言われるものだと感じていたので、内心驚いてしまった。

 だったら、逆になんだろう? 大総さんだったら、子どもたちからの要望もすんなり受け入れちゃいそうだし、凄くいい人だから嫌がらせとかもされないだろうし……。

 

「その……お恥ずかしいことなのですが、昔に比べ、身体が動かなくなってきたことが少し……」

「あ、あぁ……」

「若い頃に比べると……えぇ」

 

 アイさんからの話を聞く限り、凄く幼い頃からお世話になっていたそう。それも大総さんが未成年の頃から。

 大総さん自身も施設育ちであると言っていた。アイさんをお世話する以前も誰かをお世話していたはず。その頃と比べて老いを感じてきた、ということかしら。

 

 ……正直まだまだ若そうに見えるけれども。けれど比較対象が未成年だったころとかなら仕方がないのかもしれない。誰だって老いには勝てないのだから。

 

「けれども、やりたくないとか嫌だとか、そういうことは感じてません。むしろ、この育児含め天職だと思っているので」

「そうねぇ。大総さん、心から楽しそうだもの」

 

 身体はともかく、心の方は大丈夫そう。良いことだ。どちらかと言えば大総さんの仕事は心を病まれるタイプであろうから。

 

「ありがとうございます。──ですが、正直一番大変なのはミヤコさんでしょう?」

「え?」

 

 コリッと、おつまみがかみ砕かれる音がする。思わず顔を上げると──優しい笑みを浮かべて、大総さんが私を見ていた。

 

「わたしはやりたくてやっているからまだいいんです。しかし、ミヤコさんはそうではないはず。本来、このような仕事をする予定はなかったはずですから」

「……」

 

 図星だ。先日も大総さんが来なければ、子どもたちに八つ当たりしていたかもしれないと思えるくらいには。

 

「……そう、ね。この場だから言っちゃうけど、正直やりたくはないわ。押し付けられたという感じだから」

 

 お酒の場で嘘をつく必要はないし、大総さんなら言っても大丈夫かと思えた部分もあった。

 

「というか、アイドルが妊娠って何?! そのせいで一護も私も苦労してるし! 当の本人は育児の良い所だけを取っていって、きついところは全部私任せ! そりゃ不満も溜まるわよッ!!」

 

 最初に軽く吐き出すだけのつもりだった。だけど自分の中だけで蓄積されていた本音が、零れて来る。

 酒がさらに進んじゃう。ちびちび飲んでいただけなのに、ぐびぐび行ってしまう。

 

「やりたかった仕事は出来ないし!? 大総さんが結構な割合で来てくれるとはいえ、基本育児は任せっきり! そしてまるでそれが当たり前であるかのようにされるのが腹立つッ!」

 

 ダンッ! と思わずグラスを机に叩きつけてしまった。そうでもしないと、自分の中のもやもやが晴らせない気がして。

 

「私は、育児をしに()()に来たんじゃないのにッッ!!」

 

 ──大総さんは、ただ黙って聞いてくれた。

 急に垂れ流してしまった愚痴。さらに自身が大切にしてきたアイさんへの悪口とも取れる表現もあった。聞いてる側からすれば嫌な気持ちになってもおかしくないのに。

 

 それには、すぐに気が付けた。反射的に気が付いたのだ。やってしまった、と。

 

「……あ、ごめんなさいね。急に叫んじゃって。あの子たちも寝てるのにね。それに、楽しいお酒の場で聞かせていいことじゃ」

「ミヤコさん」

 

 大総さんの声は、優しかった。

 

 でも何故か後ろから聞こえたし、急に心地の良い温かさがやってきた。

 

「!?」

「ハグです。少しでもストレス軽減になれば、と思いまして」

 

 大総さん、酔ってる?! でも正直酔ってなかったとしても行動に違和感がない!

 

「いや……でした?」

「嫌というかなんというか……嫌ではないのよ? ただ──」

「うふふ、だったらよかったです」

 

 一部だけを切り取ってしまったのか、続きの言葉には耳を傾けずにハグをさらに強める大総さん。聞こえていない様子。やっぱり多少は酔っていそう。

 

 大総さんが、酔ったときの記憶をなくすタイプなのか覚えているタイプなのかは分からないけれど、下手に拒否してさらに大胆な行動をされてしまうかもしれない。黒歴史を生み出しちゃうのも可哀想。

 ここは満足するまで大総さんにされるがままにしたほうがよさそうだ。

 

 とはいえ、言葉にも出したが嫌なわけじゃない。びっくりしただけ。

 そういえば、こうして人と人とのふれあいをしたのはいつぶりかしらね……。

 

「──いつもありがとうございます、ミヤコさん」

「!」

 

 今度は優しく頭を撫でだした。とうとう扱いが多分子どもたちへのそれと同じになってきている。

 

 だけど不思議ね。全く嫌じゃない。むしろ心地よすぎるというか……。

 

「本当に、ミヤコさんは頑張っています。逃げ出さないで、よりよい育児の方法を学ばれていて……あの子たちはきっと幸せでしょう」

 

 めちゃくちゃ、褒められてる。あぁ、大総さんはきっと素でこれなんだろう。

 

「……そんなことはないわ。だって、いつも大総さんがいてくれるから」

「わたしはいつもいるわけじゃありませんし。そんなとき面倒を見ているのはいつもミヤコさんですよ?」

「そうだけど……」

「ミヤコさん、あなたはもっと称えられるべきです。先ほど吐き出してくれたように、不満を多く持っていた。しかしあなたは逃げなかった。今の今まであの子たちを見てきてくれた。あなたはもうアイちゃんと並ぶ、あの子たちのもう一人の母親なんです」

 

 ふと、大総さんの方を振り向く。

 

「ですが、甘やかすだけでは壊れちゃいます。だから、母親にも甘える場所がなくてはいけない」

 

 瞳が、開いていた。初めて見たかもしれない。

 

「役者不足かもしれないですが……わたしが、ミヤコさんにとってのその場所になれたらと思います」

 

 そこには確かに、慈愛の象徴(ハート)があった。

 引き込まれる。そう感じた。

 この人なら、ぶつけられる。この人は、それを許してくれる。

 

 心も、身体も、何かで満たされているように温かい。荒んでいた心に、一気に潤いがやってきたかのような、そんな感覚。

 

 大総さんは、本当に女神様だったりするのかもしれない。

 

「……嬉しいわ。またこうして、一緒に飲んでくれる?」

「! えぇ! 是非とも! いつでも誘ってくださいね?」

「そ、それは流石に申し訳ないわ。流石に大総さんの次の日が休みの日とかにしましょ?」

「分かりました。でも、ご無理はなさらないでくださいね? ミヤコさんはかけがえのない存在なのですから」

「ありがとね大総さん。……あとちょっと、このままでいいかしら?」

「うふふ。えぇ、構いませんとも」

 

 

 

 ────

 

 

 

 大総のあの異常に心地よい子守唄を乗り越え(とはいえ半分以上眠りかけていたが)、こっそりとミヤコさんと大総の話の様子を見ていた。

 

 意外に大総がお酒いけちゃう面、互いの大変なところの出し合い、大総に愛されているミヤコさん……ここまでの一連の流れを見ていて、感じたことが一つある。

 

 大総は──あいつは、今でも何も変わっていない。

 

 自分のことは二の次。全てにおいて他者を優先する。そして──あの愛し方。

 

 絶対計算なんかしていない。素であれのはずだ。それが大総という人間なんだから。

 

「……」

 

 未だにハグでくっついてる二人。……ここでアイやルビーが目覚めたりなんかしたら、恐ろしいことになりそうな気がする。そんなわけないと信じてる自分もいるのだが。

 まぁ、今はアイもルビーも眠ってるからセーフだろう。

 

「……大総」

 

 今さっきあいつは言った。『甘やかすだけでは壊れちゃいます』と。

 だからミヤコさんを愛したんだろう。アイやルビーにするように。全てのものは愛されるべきと考えているお前だからこそ。

 

「ならお前は……」

 

 一体誰に甘えるんだ。

 かなり前に抱いた疑問と同じものを、ここでも抱いてしまう。

 

 俺が赤ん坊である間は、先輩という手は使えない。威厳が無さすぎる。

 

 ──だけど、もう少し歳を経れば? ある程度大人になり、そこで(アクア)(雨宮吾郎)であると伝えることが出来れば……?

 

 あいつが歳を取り過ぎてからじゃ意味がない。適切にタイミングを見極める必要がある。

 

「……どうせ、偶然手に入れた命だ。だったら、前世の続きをしてもいいだろう?」

 

 引っかからない点がないわけじゃない。死ぬ直前のあの少年について。

 だが、あんなことをされる覚えは全くない。半分くらい、事故のようなものじゃないのかと思ったりもする。

 

 正直それ以上に気になるのは──今の事柄ばかり。

 その中でやり残したことの一つである、大総を支える柱となること。これを今世の目標に据えてもよい気がする。

 

 これまでぼんやりとしていた今世での生き方が、なんとなく鮮明になってきたような気がした。




大総あい。
ミヤコさんはいつも一人で大変な思いをしてるはず!
→だから愛さなきゃ!
多分こんな思いで飲み会を提案。結果大成功。

斉藤ミヤコ。
アイちゃんやカミキくんほどではないが、大分堕ちちゃった気がする。
だけど大人だから線引きはきっちり出来ている。
これからあいちゃんを最低月1くらいの頻度で飲み会に誘いそう。

星野アクア。
今世の生き方の軸が定まったっぽい。
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