ライブ当日。朝早くから準備があるアイちゃんを見送って、その後時間までやれる仕事を全部こなし、施設の子達にその時間で注げるだけ愛を注ぎきった後、休みをもらった。
もちろんいきなり休むってことを伝えたわけじゃなくて、ちゃんと前から今日は休みたいってことを伝えてはいた。
だけどこの施設、結構人手は足りてない方だって聞いてた。だから休みを取るのは難しいかなって思ってたんだけど、あっさり貰えた。
楽しんでおいで、って言ってくれた。だから、今日は目一杯楽しむことにしよう。
さらにチケットをよくよく見てみたら、かなりステージに近い席みたい。アイちゃんがこれまでどんなことを積み上げてきたのか、それがよく分かる場所ということ。成長したあの子が凄く楽しみ。
それにしても……『アイドル』かぁ。確か、元々の意味は『偶像』なんだっけ。日々の生活に潤い──愛を求められ崇拝されるもの。だけど今のアイドルはちゃんと生きてる。
つまり、愛を振り撒く存在こそアイドルということなんだろう。まるで、わたしの生き様をそのまま職業にした感じだ。
愛を知らなかったアイちゃんが、そんなアイドルになったんだ。ホントに、成長したなぁ。この前まで、愛を知らなかったのに。
……時が経つのは早いなぁ。
色々と考えている内に、ライブ会場へ到着。どこかこじんまりとしてる場所だった。
まぁでも、あんまり大きさは関係ないと思う。大事なのは規模じゃなくて、内容だしね。
周りのお客さんのちらほら来ている。満席じゃない。でも、多いほうだと思う。
指定された場所に来て、その時を待つ。アイドルのライブには一回も行ったことがないんだけど、何かしないといけないものなのかな……? ペンライト振るとか。
でも周りを見る限り、全員が全員そうじゃない。だから別にやらなくてもいいのかな。その辺りのマナーは分からないけど、とにかくアイちゃんの晴れ舞台だ。それはしっかり目に焼き付けないと。
……そういえば、アイちゃんはユニットでデビューするんだっけ。なら、他の子もアイちゃんと同じように愛を振り撒いてくれるのかな。これは期待が高まるね。
「──お、嬢ちゃんじゃないか」
「あら、斉藤さん。お久しぶりです」
今か今かと待っているとき、アイちゃんが所属してる事務所の社長、斉藤さんがやってきた。
「いよいよ、なんですね」
「あぁ、ついにだ」
こうして斉藤さんと話すのは初めてじゃない。アイちゃんがアイドルになるために書類とかの手続きをするとき、保護者として私が相手をしたから。
最初は若すぎるってことでちょっと不安そうではあったけど、認めてくれたのか段々と普通になってくれた。
始めは敬語ではあったけど、明らかに斉藤さんが年上ということで、素で話してもらうのをお願いした。だからこうして、普通に話してくれている。
「しかし、その中でもアイは特に頑張ってた。お姉ちゃんにいいところ見せるんだって勢いでね」
「あら、本当ですか? 嬉しい」
さらに期待が高まってく。あぁ、本当に楽しみ。
「おっ、そろそろか」
ステージに目を向ける斉藤さん。どうやら、そろそろ始まるみたい。
わたしもステージに目を移す。もうすぐ始まるんだ。アイドルのライブを見るのは初めてだから、心がぞくぞくしてきている。
さぁ、見せて。ちゃんと、目は離さないから。
─────
一つ、深呼吸。それでも止まらない若干の震え。
今までで、多分ここまで緊張したことないと思う。
ステージ脇から見える、私を待ってくれているお姉ちゃん。今日は、今日だけは、失敗は許されない。
この日のために、頑張ってきた。この日のためだけに、完璧に仕上げてきた。
全ては、お姉ちゃんの愛を私だけのものにするために。今日で、少しでもお姉ちゃんの中のわたしを大きくするために。
だから、私は全力でやる。一緒にやる皆には申し訳ないけど、今日の主役は私たちじゃなくて私だけでいい。
そうしないと、お姉ちゃんの目に他の子も映ってしまうかもしれないから。
もう一度、深呼吸。お姉ちゃんのことを思うと、不思議と震えは止まってきた。
……よし、いける。
タイミング良くかけられる出番だという声。これから、本番だ。
見ててね、お姉ちゃんと、ステージに出たのも束の間──
──気が付いたら、終わってた。
とにかく夢中だった。全てを出しきった。息が切れてることに今気が付いた。
大きな声たちが私たちにかけられてる。皆、こっちを見てる。盛り上がってる。佐藤社長の言ってた成功って、こういうことだと思う。
だけど私が欲しいのはこれじゃない。すぐにお姉ちゃんのほうに目をやった。
──あぁ……っ!
どくんと、心が激しく動いた。全身が喜び出してきた。ぞくぞくが止まらない。
お姉ちゃんが私を見てくれてる。でも、それだけじゃない。
今のお姉ちゃんの目の中には、私しかいない!
これが喜べないわけがない。今までちゃんとレッスンをしてきて本当によかった。
確実にお姉ちゃんの中の私を大きくできた。大きすぎる一歩だ。この道は正しいんだって、今はっきり分かった。
『ありがとうございました!!』
メンバーで声を揃えて最後の挨拶。同時に起こる沢山の拍手。最高の形でこのライブを行うことが出来た。
だけど、これは始まりでしかない。まだまだこんなもんじゃ満足出来ない。
確かにお姉ちゃんの中の私は凄く大きくなってくれた。でもそれじゃダメ。
全部私になってくれないと、イヤだ。
他の施設の子も、“センパイ“も、全部私で塗りつぶしてしまわないと、お姉ちゃんの『唯一』になれない。
これが出来て初めて、お姉ちゃんの『愛』は全部私だけのものになる。それが最高の幸せなんだから。
だから、これからが本当に大事。これからも手を抜かないで、完璧で究極になれれば、きっとお姉ちゃんは私だけを見てくれるようになるはず。
お願い、ずっと見ていてお姉ちゃん。
私だけが映るようなっても、二人でお婆ちゃんになっても、死ぬときも、その先でも、ずっとずっとずぅっと、ね。
────
──気が付いたら、全部終わってた。
感動って、こういうことを言うんだと思う。何も考えられなかった。分かるのは、すごかったってことだけ。
終わって、ステージからアイちゃんたちが居なくなって、ようやく感覚が戻り始めた。
──あぁ、すごい。すごい! これが、アイドル!
総てが一つの愛を築いていた。ダンスも歌も、全部愛で出来ていた。
あの愛を知らなかったはずのアイちゃんが、ちゃんと愛を振り撒くことができていた。
……ホントに、大きくなったなぁ。
あの頃のアイちゃんが、こんなになっちゃって。
なんとなく、いつもと立場が変わっちゃった気がした。わたしが愛を受け取る側で、アイちゃんがくれる側。
まだ本物じゃないみたいけど、形が出来てるだけでも成長してる。
ここから本物になっていけば、今以上にアイドルとしてアイちゃんが輝く。それはすなわち、アイちゃんが幸せになっていくのを意味する。
なんて喜ばしいことなんだろう。嬉しいなぁ。……わたしも、見習っていかないと。
「──ゃん、嬢ちゃん!」
「──っ! 斉藤さん? どうしました?」
「お、戻ってきたか。いや、ステージからずっと目を離してなかったからな。大丈夫か?」
「あぁはい。大丈夫です」
少し辺りを見渡してみる。ちょうど物販のほうへ人が流れているのが見えた。
「すごかったろ?」
得意気な表情でこちらを見てくる斉藤さん。
「──はい。とても」
そう言われたら、こう返すしかない。
これを聞いて斉藤さんは、どこかほっとした様子だ。
「おぉ、そりゃよかった。これで約束も守れるってもんよ」
「約束……?」
「おっと、こっちの話だ。すまない」
なんの話だろ……? まぁでもわたしには関係ない話みたいだし、深く突っ込まないほうがいいね。
再び、視線を誰もいないステージに向ける。
「それにしても……ホント、すごかったです」
まだうっすらと、さっきのライブの様子が見えている。ここまで感動したのは、初めてなのかもしれない。
「アイドルって、すごいんですね」
「お、嬢ちゃん。アイドルに興味出てきたのか?」
「あはは、もうそんな年じゃないですよ。でも……」
一息置いて、続けた。
「もし昔に戻れたり、生まれ変わったりしたら、アイドルを目指したくなる……そんなライブでした」
アイドルという存在をそこまで知らなかったから、昔は選択肢にすらなかった。だけど、“こうだ“と知ってしまった。
思っていた以上に愛を大切にして、さらに愛を振り撒く素晴らしい存在。わたしの生き様がそのまま……いや、それ以上に現れていた。
今のわたしはもうやることもあるし居場所もある。年もアイドルをやるにしては高くなりすぎてしまった。
だから、アイちゃんに託そう。この先アイドルとして世界中に愛を振り撒くことを。
「斉藤さん」
「ん、どした?」
そのために──。
「アイちゃんを見つけてくださって、ありがとうございます」
向き直し、頭を深く下げる。
「そしてこれからもアイちゃんを、どうかよろしくお願いいたします」
この人になら、任せられる。スカウトからデビューまで、しっかりアイちゃんを見てきてくれて、ここまで持ってきてくれた。
だからきっと、大丈夫。
「……あぁ、任された」
力強いお言葉。……うん、これなら大丈夫。
「さて、物販に行きましょうか」
「お、アイには会っていかないのか?」
「おそらく事務所で打ち上げがあるでしょう? 終わる頃、また迎えに来ますね。では、失礼します」
「いや、多分そのまま迎えに来て貰ったほうが喜ぶだろうが……まぁいいか」
今日は凄く疲れて帰ってくるだろう。ここで沢山の愛を貰ったから、返していかなきゃ。うんと甘やかしてあげよう。
あぁ、良いライブだった。次のライブも見れたらいいなぁ。
大総あい。
アイに対する気持ちは大きくなった(無意識)。
初ライブの感動はまだ抜けそうにない。
星野アイ。
大きな一歩を歩めた。
多分着実に完璧で究極、最強で無敵のアイドルになる。