あれから数日が経つけど、未だにあのライブのことが忘れられない。
それだけわたしの中ではすごいことだったし、強いものだったから。
だけど勿論それで普段の生活が回らなくなるというようなことはあってはいけない。仕事はきちんとこなしてるし、皆には変わらずいつものように愛を注いでる。
けどアイちゃんを迎えに行ったりしたときみたいに二人きりになったとき、あのライブの光景と幼い頃のアイちゃんの両方が出てきて、あそこまで成長してくれた嬉しさからついつい甘やかしてしまう。愛は平等であるべきなのに。
でもアイちゃんは普段からアイドルとして多くの人に愛を注いでる。デビューを果たしたことで少しずつ仕事も出てきて、そんな機会が増えていってるみたい。だからもしかしたらアイちゃんの愛は不足気味になってるかもしれない。
もしそうなら、わたしが甘やかしてあげるのは正解のはず。余計なお世話かもしれないけど、こうすればアイちゃんは愛して愛される存在だ。愛が足りなくなるなんて問題もなく、ずっとアイドルで在り続けられるはず。
……とはいえ、ちょっと過剰にやりすぎてるところもあるかもしれない。でもアイちゃんを愛さないなんて選択肢はあり得ない。うーん、難しい。
こればっかりは時間の問題なのかな。先送りになっちゃうけど、下手に動いて変になっちゃうよりも時間の経過を待ってから動いてみてもいいかもしれない。
「……お姉ちゃん? どうしたの?」
「あぁううん、ごめんね。考え事してた」
「あっ……えへへ」
あ、まただ。ついつい頭を撫でたりしちゃう。しかもかなり丁寧に。前までこれは意識して出てくるレベルだったのに、アイちゃんの前だと無意識でやっちゃう。
……うん、あんまりよくはない気がするけど、アイちゃんが喜んでるからいいのかなぁ。
「じゃ、そろそろ寝よっか」
「え、でももっとお姉ちゃんと一緒にいたい」
「嬉しいけど、明日も早いんでしょ? 寝るまでは一緒にいてあげるから、ね?」
アイちゃんの普段寝る時間は施設の子たちより少し遅い。だからこうして二人きりの時間を取ることが出来るわけでもあるんだけど。
「……わかった」
「うん、偉いね」
でも流石に遅すぎるのはアイちゃんの身体に響く。だから、節度は大事。
「──♪」
いつもの子守歌。アイちゃんに限らず、施設の子なら全員知ってるわたしの歌。嬉しいことに、これを聞いてくれた子は皆気持ちよさそうに眠ってくれる。
この時間まで寝付けない子もいれば一緒に聞かせるけど、今日はアイちゃんだけ。だから静かに、優しく、アイちゃんを眠りに導く。
「……」
「おやすみ、アイちゃん」
さて、とその場から離れて、今日の仕事を片付けに行く。今日の夜ごはんの後片づけと明日の朝ごはんの下準備。それからちょっとした書類関係と、少しの雑務。
もう毎日ずっと続けてきたからっていうのもあるけど、これをやってきてきついと感じたことはない。だってこれが、皆を愛することに直結するから。安心して愛するためには、ちゃんと下地も必要だから。
それに、これをやるのはわたし一人じゃない。わたしと同じ志を持っている同僚もいる。全員年上でわたしが幼い頃からお世話になった方々ばかりではあるけど、優しい人たちばかりだ。
さて今日も、そんな人たちと一緒に仕事を始めていく──そんな時だった。
「あいちゃん、ちょっと」
「? はい」
突然、呼ばれた。ちょっと急ぎのような、そんな感じだった。
「はい、なんでしょうか」
「いやね、あいちゃんに電話が来てて」
「わたしにですか……?」
こんな時間に……いや、まだ深夜ってわけじゃないから仕事帰りとかだったら普通なのかな?
いやそれ以上にわたし宛て? 珍しい。わたしは特段目立ったことはしてないのに……?
「最初は間違い電話か何かかと思ったんだけどね、結構あいちゃんについて知ってたから知り合いかなって思って」
「……」
誰だろう。でもわざわざわたしを指定してくるってことは……もしかして。
「……とりあえず、出てみますね」
「わかった」
受話器のほうに連れられ、手に取り耳に当てる。
「もしもし、お電話変わりました」
『もしもし。すみません、大総あいさんであってますか?』
聞いたことしかない声だった。思わず、ぽろっと声が出てしまっていた。
「──先輩?」
『あぁ、よかった。雨宮だ。久しぶりだな』
「えぇ、お久しぶりです」
近くまで来てくれたその人に、知り合いであるということをジェスチャーで知らせると、ほっとした様子で先に仕事に行ってる旨を伝えて出て行った。
「本当にお久しぶりですね、先輩。卒業式以来でしょうか」
『そうだな。電話番号交換はしてたが、結局今まで一度も使うことはなかったな』
「そうですね。学校に行けばお話出来ましたし、先輩の卒業後はお医者さんへの勉強で忙しくなると思っていたので連絡しないようにしてましたから」
『別に連絡くらいならしてもよかったんだが……』
こうして声を聞くのは本当に久しぶり。でも久しぶりって感じさせないくらい、すごく話しやすい。まるで昨日も、こうしてお話をしたみたいな感じがする。
『それにしても、出てくれて助かった。どこかにもう出て行ってしまってたら連絡が通じなくなるところだったからな』
「まぁここに就職しましたからね。もししていなかったら話は違っていたかもしれないですが」
『その施設にそのまま就職したのか。……そうか、もう卒業式から大分経ってるもんな』
「えぇ、時の流れは早いものですね」
そう、わたしや先輩が高校を卒業してから、結構な時間が経ってる。そろそろおじさんやおばさんと呼ばれるくらいの年齢になりつつある。わたしからしたらあっという間だったけど、多分このままあっという間が続いていくんだろうな。
「先輩は今何をなされてるんですか?」
『あぁ、宮崎の病院で研修医をしてる。多くの事を実践で勉強してるって感じだな』
「流石です。先輩の大きな愛を見習っていかないといけませんね」
『お前は相変わらずだな……』
「これがわたしですから」
さて、そろそろ世間話もいいくらいだろう。
「先輩、何かわたしに用事があるんですよね?」
そうじゃなきゃ、わざわざ電話をかけてくる必要がない。用事がなかったから電話をかけてはいけないというわけではないけど、だとしてもこのタイミングである意味がない。
何かわたしなら出来そうだと思って、わたしを頼って電話をかけてきてくれたはずなんだ。
それなら、先輩の力になりたい。折角頼ってくれたんだから、期待には添いたい。
「なんでも言ってください。わたしに出来る事なら、なんだってしますよ」
『っ……そう、か』
すごく言いにくそうにしてる。多分、すごく難しいことなんだと思う。
でも、こうして電話までかけてくれたんだ。言わないってことはないはず。
「ゆっくりで大丈夫です。待ってますから」
だから、待つ。待ち続ける。先輩がその用事を、自分の言葉で紡いでくれるまで。
『……俺はお前に、すごく酷なことを頼む。だから、断ってくれても構わない』
「はい」
受け入れる覚悟は出来ている。それで先輩の悩みが解決するなら、愛を持って日々を過ごせるようになるなら、なんでもやってやるつもりでいた。
そして先輩は紡いだ。初めての電話で、初めてのお願いを。
『お前に──愛してほしい子がいるんだ』
大総あい。
ライブの影響か若干アイちゃんを贔屓気味・・・? よくないかもとは思ってる。
尊敬する先輩に頼られて張り切ってる。
先輩。
あいに頼み事をしに電話。